竹刀片手に織部とタイマンを張る未来ちゃんの話

(ん……? これ、織部くんの声?)
 放課後。部活終わりの未来が帰ろうとして昇降口へと向かっているときだった。近くの空き教室から織部の声が聞こえた。
 毎日のように蒼人をパシリのように使い、最近では蒼人が怪我をしていることも増えた。相変わらず彼は理由を詳しくは話してくれないが、大切な人を傷つけられて黙っていることに限界を感じてもいた。
 そんなときに織部の声が聞こえた。気になった未来は周りに誰もいないことをいいことに、気づかれないように息を殺して扉越しに耳をそばたてる。
(この声は不破君? 蒼人のことを話しているみたいだけど……)
 交わされる会話の内容からして、織部にとって蒼人が相当気に入らない人間だと分かった。
 小さなきっかけをいつまでも根に持って嫌がらせをして、本当に陰湿な男だ。顔だけはいいとはいえ、なぜ女子たちはこんな男を好むのか理解に苦しむ。
「えー、そう言わずにさ。なんだかんだファーさんだってあいつのこと使ってやってるじゃん」
「……だったら、あの手紙の相手を上手く使ってやれ。その為に紹介しろなんて命令したんだろう」
「あれ、バレてたんだ。さすがファーさん。全部お見通しってわけか」
(紹介……!? そんな、あの子まで巻き込んで……!)
 蒼人にとっても自分にとっても大切な存在である“あの子”。まさか遠くの地にいる彼女にまで手を伸ばそうとしているなんて。
 怒りで体が震えるのが分かる。こんなにも誰かを許せないと思ったことは初めて。
 ──なんとなくは分かっていた。蒼人がなにを隠しているのかを。織部のことだ。どうすれば蒼人の精神に深い傷を負わせられるのかは簡単に浮かぶ。蒼人自身ではなく、周りの人間への攻撃。蒼人はそれを良しとする人間ではない。
 大切な人たちを守れるならどんなことでも耐える。そういう人間だ。蒼人は。
(絶対に、許さない)
 力強く握られた拳。見開かれた目には強い決意が宿っていた。

   ***

「やあ未来ちゃん。まさかキミがオレをこんなひと気のないところに呼び出すなんて……。他の人に聞かれちゃマズい話でも?」
「……どうして不破君が?」
「あぁ、ファーさんのことは気にしなくていいよ。キミとオレの話を聞いて他言するような人じゃないしな」
「ううん。不破君にも関係ある話だからいてくれてよかった」
 数日後。蒼人や櫂に内緒で織部と接触し、彼を校舎裏の林へと呼び出した未来。放課後、時間どおりに向かえばそこには織部と、奥には不破がいた。
 不破に関しては呼び出しても来るとは思っていなかったため織部一人に約束を取り付けたが、まさか彼がいるとは。未来にとっては好都合だ。
「蒼人やあの子から手を引いて。私の大切な人たちにもう近づかないで」
「蒼人のことはキミに関係ないだろ? 彼とオレの契約なんだから」
「実際織部君とどういう契約をしたのかは分からない。でも……蒼人のことだから、私たちやあの子を守るために大人しく従っていたんだと思う。でもあなたはそれを破ろうとしている」
「……へぇ。もしかして、聞いてたんだ? ファーさんとの会話」
「全部聞いてた。あなたたちが蒼人に嫌がらせをする理由も、あの子に何をしようとしてるかも」
 蒼人がどれだけ従順になっても結局は彼を絶望させるためならなんでもする男なのだ。それだけでも許せないが、あの子にまで魔の手を伸ばそうとしているのはもっと許せない。
 蒼人が耐えているのに勝手なことはできないと大人しくしていた。それも今日で終わり。ここで断ち切らねばならないと、未来は肩に掛けていたスクールバッグをその場に落とし、背負っていた竹刀袋から愛用の竹刀を取り出すと先端を織部へと真っ直ぐ向けた。
「なんの真似だ田尻未来。オレと戦うつもりか?」
「そう。私とタイマン勝負をしましょう。私が勝ったら蒼人との契約を解消して今後二度と、私の大切な人たちに近づかないで」
「……キミが負けたら?」
「蒼人の代わりに……私があなたたちに従う」
「勝っても負けても蒼人からは手を引けってことか。ただの幼馴染みのくせにまぁ……」
「もしかして怖いの? 女に負けるのが」
「……ハッ! 言うねぇガキ大将。いいぜ。その勝負受けてやるよ。勝敗が分かりきっているとはいえ、女の子から挑まれるのは初めてだ。強気な子を屈服させるのも一興か」
 余裕たっぷりで構えることすらしない織部。後ろにいる不和は我関せずと読書をしている。完全に舐められているが、それも仕方のないこと。男すら彼らに勝てないのだ。いくら道具を使うとはいえ女が勝てる道理はない。……普通の女の子ならば。
「いくよ……」
「いいぜ。どこからでもかかってこい」
 織部と直接戦ったことはないので彼がどれほどの能力を秘めているのかは未知数。それでも未来は彼を恐れずに地面を踏みしめ、一気に飛びかかる。
 その動きが織部の想像を超えていたのか、顔に向かって振り下ろされた竹刀を織部は腕をクロスさせることで防御する。重い一撃。腕の隙間から見えた彼の眉間には皺が寄せられていた。
 拮抗する力に未来は攻撃を解くと素早く距離を取る。竹刀を構え直した先にいる織部は未来に向かって殴りかかってきたが、彼女は身を屈めることで避けると彼の胴目掛けて竹刀を打ち抜く。
 これが部活ならば互いに防具を身に着けているが、これは喧嘩。ノーガードの織部に竹刀のダメージが入り、彼の顔がわずかに歪んだ。
 一撃で倒れるようなら彼は誰からも恐れられていない。体勢を崩しかけた織部は踏みとどまり、これは楽しめそうだと口元を吊り上げる。
 戦いは、まだまだこれからだ。

   ***

「はー……ハハッ。大人しそうな顔してここまでやるとは。ガキ大将は今も健在ってところか」
「私の勝ち。約束は守ってもらう」
 勝負の決着は──未来の勝利だった。地面に尻をつき、倒れ込む織部へと竹刀の先を向ける彼女の額からは大量の汗が流れ、どれだけ集中力の要る戦いだったのかが分かる。
 また、織部も息が上がり、肩で呼吸しながら軽口を叩く。負けたというのにどこか挑発的な表情なのは彼の性格ゆえか。
 決着が着いたと未来が織部から離れると、彼は立ち上がった。その際に多少ふらついたのが彼女に与えられたダメージを物語っている。
「……オーケイ。約束は守ろう。だけど……ウフフフフッ。女の子であるキミが勇敢に立ち向かって来たってのに蒼人は情けないな。ホント、ファーさんもなんであんなヤツに声をかけたのか……。惨めにならないのかねぇ? 中三にもなって女の子に守られるなんて」
「──っ!」
 気づいたときには竹刀を放り出し、体が動いていた。思考するよりも前に行動を起こした肉体は織部に体当たりをして押し倒し、馬乗りになる。
 自分でももう止めることなどできない。激烈な赤い感情が心身を支配し、それは握り締められた右腕を振り上げ、渾身の力で織部の頬へと振り下ろされる。
 骨と骨がぶつかる嫌な音。手が痛い。それでも殴るのをやめられない。
 左腕も同じように振り上げられ、頬を殴る。交互に腕を振り、殴る、殴る、殴る──。
「謝れっ! 蒼人に謝れぇぇっ!!」
 大粒の涙を散らし、それは織部の顔へと落ちる。目の前が滲んで見えないが、織部は笑っているようにも見えた。それがまた怒りを煽って未来は手の痛みすらも忘れて殴り続ける。
 一方的な暴力。普段の彼女ならば絶対にしない行為が、彼女の怒張具合を示す。
「蒼人は私たちを巻き込まないように、ずっと一人で耐えてきたんだ……! それをもてあそんだ織部君に蒼人を侮辱する権利はないッ!」
 叫ぶ間も左右の手よる殴打は続く。
 こんなにも誰かに怒りを覚えたことは初めて。そこまで長くは生きていないけれど、色んな人たちと出会った。中にはムカつく人間もいたが、その誰よりも織部は邪悪で悪辣。
「っ、う……! あなたみたいな最低な人間、これ以上殴る価値もない……!」
 自分でも無意識の内に相当の力を込めていたのか手のひらに爪が食い込み、血が滲み始めたことでようやく未来は止まった。
 織部の顔は赤く腫れ、口内を切ったのか端からは血が流れている。殴られて痛みを感じているはずなのに、彼は鼻血を垂らしながら薄気味悪い笑みを浮かべるばかり。加え、腫れとはまた違う頬の赤さが確認できたが、未来にはその意味が分からない。
(どこまでも人を馬鹿にしてッ……!)
 その顔面にストレートパンチを入れたくなったが、歯噛みをしながらこらえる。
 どんなに訴えても響かない相手にしぼみかけた苛立ちが芽生えそうになるが、これ以上やっても無駄だと自分に言い聞かせた。
「約束通り蒼人との契約は解消してもらう。それと、私の大切な人たちにも二度と近づかないで」
 織部の胸ぐらを掴み、鼻先が触れそうなほどの距離で怒気を含んだ低い声で警告する。相変わらず彼の面様は変わらないが、未来は波が引くように無表情になると掴んでいた手を放した。
 織部から下りると放り出した竹刀を拾い、竹刀袋にしまうと背負う。あとは鞄を持って帰るだけだと彼らに背中を向けたところで、ずっと沈黙を守っていた不破が「待て」と呼び止めてきた。
「こいつの鞄の中に封筒が入ってる。持っていけ」
「封筒……? あっ……!」
 もしや蒼人とあの子の文通で使われている封筒では。手紙を返す代わりに従わされていたと思ったら、思わぬ人質。蒼人が契約を破らぬように持っていたのだろう。織部のことだ。手紙を返しても、封筒を返すとは言っていないと取り上げたままの可能性は高い。
 不破のことは織部以上に分からない。織部を倒したら、もしかしたら不破とも戦わなければならないかもしれないと思っていた。だが現実は逆に封筒の存在を教えてくれた。仲間がやられたのだ。報復に来るものでは……? と未来は考えるが、心身ともに疲弊していたのでこれ以上思考するのはやめた。
 彼の言うとおりに織部の鞄を確かめればすぐに封筒は見つかった。あの子の住所が書かれている紙。以前蒼人が取り戻したからといって、一度見られているから──と言っていたのを思い出す。
 さすがに他人の記憶を消す手段は持ち合わせていないので、織部が約束を守ると信じるほかない。
「封筒のことはありがとう。でも私は不破君も許せない。あなたが蒼人に声をかけなければ、織部君が嫌がらせをすることはなかった」
「こいつが勝手にしたことだ。俺には関係ない」
 不破は本に顔を向けたまま、淡々と話すばかり。とことん他人に興味がない彼にも苛立ちを感じるが、織部よりかはマシか。
「聞いて不破君。頭のいいあなたや織部君には分からないかもしれないけど、今の時期は私たち凡人にとってはとても大切な時期なの。お願いだから真面目に頑張っている人たちの足を引っ張るような真似はしないで」
 不破からの答えはない。それでも少しはこの気持ちが届いていることを信じ、未来は自分の荷物をまとめるとこの場を立ち去る。
 最後まで背中に織部の視線を感じたが、彼が言葉を発することはなかった。

   ***

 ──次の日。今日は土曜日で学校は休み。なので前日に蒼人に連絡し、直接会って話したいことがあるのと駄菓子屋の前で待ち合わせをしていた。
 待ち合わせ時間数分前に着いた未来だったが、駄菓子屋の前のベンチにはすでに蒼人の姿。小走りになって向かえば、足音に気づいた彼が軽く手を上げた。
「ごめん! 遅くなっちゃった!」
「いいよ。僕が早く着きすぎただけ。ところで未来、話──って、あれ? どうしたんだ、その手……!」
 蒼人の隣に腰掛け、さあ目的の物を渡そうと膝の上に置いた鞄の中へ手を伸ばそうとしたところ、蒼人が驚きの声を上げる。それもそうだ。未来の両手には真っ白な包帯が巻かれているのだから。
 これは織部を殴った際に力を入れすぎたせいで爪が皮膚に食い込んでしまい、できた傷。
 未来は蒼人の問いには答えず「はい」と封筒を差し出した。チャック付きの透明な袋に入れられているのは蒼人が織部に人質代わりに奪われていた大切な物。
 蒼人の目は驚愕に丸くなったが、未来の手の怪我の理由を悟り、そっと……彼女の手を握った。
「もしかして……織部と戦ったの?」
「私、聞いちゃったの。織部君が不破君と話していたこと。……織部君は結局蒼人との約束を破ろうとしていた。あの子にも被害が及ぶかもしれないって思ったら、許せなくて……! 彼と勝負したの。私が勝ったら蒼人との契約を解消して、私の大切な人たちに近づかないでって」
「……ありがとう。そしてごめん。また僕は未来に守られた」
 俯く蒼人は幼い頃を思い出しているのだろう。どちらかといえば大人しい蒼人は男子に絡まれたりすることが多く、その度に未来が相手を逆に泣かせて蒼人を守っていた。
 まさか中学生になってまで……。と、蒼人は自分を恥じている様子。
「私の方こそごめんなさい。蒼人が耐えていたのに……」
「ううん。僕も織部たちの会話を聞いていたら未来と同じように行動していたと思う。……僕ももっとしっかりしなくちゃ。もうすぐ高校生なんだし」
「高校生、かぁ……。織部君と一緒に不破君もいたから、彼に私たちの邪魔をしないようにって伝えたけど分かってくれたかどうか。はぁぁ〜〜……ちょっと月曜日が憂鬱かも」
「もし織部たちが未来に絡んできたら今度は僕が守るよ。その前に……未来はやり返しそうだけど」
 もしかしたら負けた腹いせに嫌がらせのターゲットが自分になるかもしれない。仮にそうなっても、蒼人の言うようにやり返すが。
 向日葵のようなエネルギッシュな笑顔を浮かべて「もちろん!」と肯定すれば、蒼人は頼もしいと小さく笑った。

   ***

 月曜日。織部や不破が登校してくることはなかった。特に織部に関してはかなり痛い目に遭わせたのだ。何度も殴り、頬は腫れていた。まだ治っていないはず。もちろんそれに対して未来が後悔したりすることはない。今まで蒼人が受けてきた嫌がらせに比べたら軽いものだ。
 蒼人も織部から開放され、また楽しい学校生活を送れるようになった。勉強や部活にも集中でき、その明るい表情は爽やかだ。それでもまだ彼に対する悪い噂や陰口は消えないが、時間が経てば収まるはず。
 櫂や有田先生、友人には手の怪我を心配されたが、派手に転んだのと嘘をついた。わざわざ織部と戦ってできた傷なんて言う理由もない。それこそ大騒ぎになる。
 けれど櫂や有田先生は蒼人の雰囲気が変わったことで、未来がなにをしたのかなんとなく感じ取っている様子。それを口にすることはないが。
 ──日常が戻ってきた。穏やかな学校生活を未来は心から楽しみ、あっという間に金曜日。手の怪我はもう治っているものの、今週いっぱいは休むことにしたので放課後の部活はなし。
 蒼人の方も今日は部活がないというので一緒に校庭を歩いていると、校門のそばに女子生徒の黄色い声に囲まれる誰かの姿。
 未来から見て背中を向けている彼。中学生でありながら高校生と思ってしまいそうなくらい高身長の彼の姿を確認した途端、口からは「うわ……」と短い一言。
 聞こえているわけがないのだが、未来が言葉を発した瞬間、彼──織部は振り向き、ばっちりと目が合う。すると彼は纏わり付く女子たちをウザったそうに振り払い、一直線に未来の方へと歩いてきた。まるで彼女しか見えていないかのように。
「っ……な、なによ……!」
 目の前に立ち、こちらを見下ろしてくる織部に対して怯むわけにいかない。未来は柳眉を逆立て、胸を張って彼を見上げた。すると……。
「手の怪我は治ったようだな」
「えっ!? えぇ、まぁ……」
 片手を握られ、手のひらを上に向かせられる。そこには爪が食い込んだ痕はもうなかった。だがなぜ織部がこちらを心配するのか訳が分からず、未来はうろたえてしまう。
「…………」
「あの、織部君……?」
 握った手を見つめる織部。遠巻きにこちらに嫉妬の視線を向ける女子たちの圧に耐えかねて声をかければ、彼の緋色の瞳が未来を映す。
「オレの女になれ。田尻未来」
「…………はぁぁぁぁぁ!?」
 大声を出したのは二人のやり取りをすぐそばで見ていた蒼人だ。彼は絶句している未来を庇うように織部の前に立ち、彼に詰め寄る。どういうつもりだと。
 織部も蒼人が割って入ってきたことに分かりやすく不機嫌になり、纏う雰囲気に怒気が混じる。
「蒼人。キミに用はない。……別にキミの彼女じゃないんだろ? それともナイトのつもりかい? お姫サマに守られるナイトがどこにいるってんだか」
「なんだと……!」
「二人ともやめて! 織部君。これは新手の嫌がらせ? もしかして仕返しのつもり?」
 今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな空気だったので慌てて未来が間に入り、織部に問いかけた。あまりにも突拍子な告白。ただの嫌がらせだろうと問い詰めれば、彼は居心地が悪そうに視線を逸らす。
 これがあの織部君なの? そう思ってしまうほどに今の彼は……歳相応の男の子。
「初めて喧嘩に負けた。しかも女の子に、完膚なきまでに。それからキミのことが忘れられなくなった。オレの中にはファーさんだけがいればいいのに、キミがいつまでもいる。追い出すこともできない。逆に欲しいとさえ思う始末。なあ、キミなら分かるか? これがどういう意味を持つのか」
(それって……)
 こういうことに一番慣れているはずの織部が感情の意味を分からないと言う。嘘をついているようにも思えない。
 相手の方から寄ってくるばかりで遊び放題だった織部。不破に対しては恋愛というよりかは崇拝なので、恋愛的な意味で自分が求める立場になるのが初めてだからこそ、未来に対する気持ちを理解できない。
「……なあ織部。例えばだけど、未来に彼氏ができたらお前はどう思う?」
「気分がいいものではないのは確かだな」
「なら未来がお前のことを大切に思ったとしたら、どう感じる?」
「まあ……悪い気はしない。想像するだけで……」
「その先は言うな! というかお前! 未来のことが好きなんじゃないか!」
 蒼人に指摘されたことで織部は瞠目する。その表情からして、まさか自分が……? と驚きを隠せないようだが、すぐに受け入れたのか元の顔に戻る。完全に置いてけぼりの未来も、ここでようやく口を開いた。
「……私の織部君に対する印象はゼロを通り越してマイナス。それに仮にプラスであっても、いきなり自分の女になれって言われるのは嬉しくないかな……」
「そうくるだろうとは思っていたよ。キミは他の女たちとは違う。オレが声をかければ喜んで尻尾を振るような安い女じゃない。……ますますキミが欲しくなった」
「諦めてはくれないのね……」
「キミもよく知ってるだろ? 一度執着するとしつこい男だって」
 些細なことで蒼人に執着していた件があるので、彼のしつこさはよく分かっている。ここで拒否してもすんなりと身を引いてくれそうもない。
 かといって彼の彼女になりたいかと考えれば、それはノーで。こちらが断っても無意味だろう。
 あと少しで卒業。同じ高校に入る確率も高くはない。きっと織部の進学先は不破と同じなのだから。不破ほどの人間ならば県外のレベルの高いところに行く……と思いたい。離れれば気持ちも冷めるはず。
「好きか嫌いかで言えば、織部君のことは嫌い。でも毎日学校に来て授業を受けて、問題を起こさないんだったら……少しは見直すかも」
「オーケイ。善処しよう」
「見直すかもしれないだけだから、変に期待されても困るよ」
「それでも少しは可能性があるかもしれないんだろ?」
「うっ……。まぁ、そうだけど……」
「その言葉、忘れるなよ? ではまた月曜日に。良い週末を」
 逆に羨ましいと感じるほどの自信に未来はたじろぐが、一度言った手前取り消すことなどできない。
 手をひらひらとさせながら去っていく織部の背中を見つめながら、未来はがっくりと肩を落とす。
「大丈夫なの? あんなこと言って……」
「たぶん……。でもきっと一時的な気の迷い。すぐに飽きるって! ……さてと。おばあちゃんのおせんべえ食べてから帰ろっ!」
 一抹の不安を抱えながらも、未来は気を取り直すと蒼人を連れて馴染みの駄菓子屋へと向かう。
 平穏が戻ってきたと思った矢先の波乱の予感に蒼人は胸騒ぎを覚えつつ、幼馴染みの背中を追うのだった。

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