ハンドクリーム

 夜空を駆けるグランサイファー。団長の部屋にて。
 この部屋の持ち主は大人の階段を上り途中の少年だった。彼の名前はグラン。子供ながらもさまざまな種族や地位の団員を引っ張る団長だ。
 日中は重い装備を身に着けている彼も、今はもう眠るだけなのでゆったりとした服装。
 今日も一日依頼で疲れた彼はようやく眠れると息をつくと、温かなベッドに入り込む。
 冷えた体に布団の温かさは染み入り、目を閉じ、ゆるゆると襲いくる眠りに身を委ねようとしたとき──気配を感じた。
「もうおねむの時間かい? 夜はまだまだこれからだろう」
「ベリアル……! はぁ……今日は寝かせてくれ。疲れてるんだ」
 ベッドの縁が沈み、当たり前のように腰をかける男をグランは掛け布団から目元だけ出して見つめ、大きな息を吐く。うんざりとした感情を隠すこともせず。
 この男は世界に終末をもたらそうとした人物。今は特に目立った行動はしていないとはいえ、こうしてグランにちょっかいを出しに艇に来るのはもう何度目か。
 だが二人の関係は団員も知らぬ間に深い仲になっていた。
 団の大人たちはみんな彼に穢れたものを見せないように努めているが、グランはすでにベリアルによって爛れた世界を知ってしまった。もう無垢な存在には戻れない。
 不埒な男を無視するようにグランは掛け布団を深く被ると、ベリアルに背を向ける形に臥位がいを変える。とにかく今日は疲れているのだ。別の日にしてほしい。
「つれないこと言うなよ。それとも放置プレイ? キミにそんな加虐嗜好があるとは知らなかった。興奮するよ」
「ちょ、なに勝手に入ってきてるんだよ! 放せって!」
「キミの体ずいぶんと冷えているな。オレが温めてやるよ……」
 グランに冷たくされて大人しく帰る男ではない。ベリアルはベッドの中に体を滑り込ませると、ヘッドボードに寄りかかり、横になっているグランの脇に両手を差し込む。まるで子猫を抱くような軽い動きで抱きかかえ、脚の間に閉じ込めた。
 驚いたグランがもがくが、上半身は太い両腕でがっちりとホールドされており、下半身も脚を絡ませられていて身動きが取れない。
 さらには耳に直接囁かれ、それだけでもくすぐったいし、変な気分になってしまうのに最後にふうっ、と息を吹きかけられればたまったものではない。グランは反射的に短い悲鳴を上げ、体を縮こまらせた。
 だがこれ以上抵抗するのも億劫なのか、グランはすぐに大人しくなった。背中から全身を包み込むように広がる心地のいい熱に力が抜けていく。
 温めてやる、という言葉は行為を暗示しているのかと思っていたが、ベリアル自身の熱を指しているようだった。見た目からして体温が低そうな彼。
 けれど実際はとても温かく、こうしているだけで気持ちがいい。ルシファーに造られた天司だからか、体温を自在に調節できるのかもしれない。
 あまりにも極楽で、グランはベリアルの登場によって忘れていた睡魔に堕ちようとしていた。こくり、こくりと船を漕ぎ始めている。
「ダメじゃないか特異点。手がガサガサだ。これじゃあナニするときに引っかかるぜ? あぁ、キミは自分でする必要がないか。オレがヤッてやるもんな」
「うるさいなぁ……乾燥してるんだからしょうがないだろ」
 大人しく眠らせてくれないのがベリアルという者。
 グランの手を弄るベリアルの手は大人の男の手なのだが、荒れなどとは無縁。指も繊細で女性ならばネイル映えするだろう。
 対するグランの手はカサつき、剣ダコもできている。ケアをすれば多少はよくなるだろうが、男ゆえにそういう頭がなかった。
「そんな特異点にいいモノをやるよ」
 いったいどこから出したのか、ベリアルの右手にはチューブ状の容器があった。キャップを捻り、白色の中身を左手に出す。
 クリームのテクスチャーは固め。ベリアルはまず自分の手のひらに塗り広げ、次いでグランの両手をクリームでぬめった手で包み込んだ。
 にゅるにゅるとイヤらしい手つきでハンドクリームを塗っていくベリアルの手があまりにもすべすべで、グランは変に意識してしまう。
 これはただクリームを塗っているだけ。そう言い聞かせるも、一度意識してしまったらなかなかその思考から抜け出せない。
 指の付け根部分を指の腹を使って塗り込み、手のひらや指を執拗に絡ませてニチャ、ネチャと卑猥な音を奏でる。まるで行為を連想させる調べにグランは耳を塞ぎたい気持ちに駆られる。
「ほぅら、オレと特異点が熱く絡み合ってなかなかクるものがあるだろう?」
「な、なんで興奮してるんだよこの変態!」
 臀部に感じる異物にグランは信じられないという目で真横にある顔を見つめた。ベリアルはそれには答えず、鼻歌を交じえながらグランの子供の手を性器に見立てた動きを継続させる。
 ぬちゃ、くちゅん、くちゅくちゅ、にゅるん。
 目を閉じれば音に犯され、開いていれば手の動きから視線を逸らせなくて心を惑わされる。どう足掻いてもベリアルの手のひらで踊らされてしまう。
 背後には布を押し上げる硬くて熱いモノ。目の前には交合の暗喩。グランは己を貫かれながら前を弄られたときを思い出してしまい、口内に唾液が矢継ぎ早に分泌され、端からあふれる。
「これでよし。終わったぜ、特異点。それじゃあオヤスミ──と言いたいところだが、こんな状態じゃ寝るに寝れないなぁ?」
「ッ……っ……!」
 人差し指と親指でピン、と弾かれたのは緩いながらも反応してしまい、不自然な膨らみを見せるズボン。
「ただクリームを塗っただけなのに勃起するなんてキミも十分変態だな。変態同士、仲良くしようぜ?」
「や、やめろっ……触るなっ……!」
「分かったよ」
「ぇ……」
「なんだよその目。キミがやめてほしいって言ったんじゃないか」
 触るなと言っておきながら素直に手を引いたベリアルに対して衝撃を受けたような声を出してしまい、目も“どうして”という感情を訴えている。
 どこかで期待していた自分を見つけ、グランは言葉を失ってしまう。本当はやめてほしくない。いつもなら言ってもやめてくれないだろ? と。
「キミはオレが無理やり……と、オレのせいにして罪悪感なしに快楽だけを享受しようとしてる。別に悪いことじゃないが、たまにはキミから求めてくれよ」
「っあ……!」
 耳たぶを食み、溝をねぶればグランの体はどんどん熱を孕む。
「オレは別にこのままでもいいんだぜ? 特異点」
 ベリアルは本気だ。彼自身が反応していても素知らぬふりをして絶対に手を出してこないだろう。だがグランは違う。この熱を放置して寝るなどできなかった。
 観念したかのようにうなだれると、口を開く。
「……触って」
「お?」
「触って、ベリアル」
「オレに触られて、どうなりたいの?」
「っ〜〜! き、気持ちよく、なり……た、い……」
「ハハハッ……! キミも可愛くおねだりができるじゃないか」
 恥ずかしさのあまり目が潤んでいるグランの頭ををよしよしと撫でつけ、ベリアルは彼の腹に片手で触れるとそのまま下がっていく。
 ズボンの下、下着の中に消えていき、目的のモノに触れれば始まりの合図。
 今宵グランは、眠れそうにない。

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