堕天司の穴

 この日、依頼を終えたジータはまだ明るいというのに早々に自室へと戻ってきていた。その顔は赤く、呼吸も肩でしていてどこか苦しそうだ。
 ふわふわのベッドの縁に座る彼女の膝には可愛らしい桃色した少し大きめの箱が置かれており、熱視線が注がれている。
 ふう、と大きく息を吐き出したジータは決心したように表情を引き締めると、ゆっくりとした動きで蓋を開けた。
 中身はサーモンピンクの色をした筒状の柔らかそうななにか。その横にはローションと書かれたボトルが入っている。
「シェロさんから貰ったこれ……オナホ? だっけ。なんか試作品って言っていたけど……」
 オナホール。男性の自慰に使う道具。なぜそれをシェロカルテがジータに渡したのか。その理由はすぐに分かった。
 箱を脇に置くと誰もいないのにキョロキョロと周りを確認し、ジータは軽く腰を上げるとスカートの下、秘部を守るショーツに指を引っ掛けて下ろしていく。
 健康的な太ももを通り、爪先からピンク色の布が離れると丁寧に畳み、箱とは反対の脇に置いた。
 無防備になった下半身。下着がなくなったことにより、女の子にあるのは不自然な盛り上がりが股間に現れる。確認するようにスカートを捲り上げれば、股間には勃起した荒々しい男性器があった。
 ジータはふたなりというものだった。男性器も女性器もある存在。珍しいながらも、そこまで驚くものでもない。が、ジータはビィやルリア以外には内緒にしていた。その理由はやっぱり恥ずかしいから。なんとも乙女らしい理由である。
 なぜかシェロカルテは知っていて、こうして贈り物をしてきたが、特に他言することもしていないようなのでジータはそこまで気にしていなかった。
 抜く頻度もおそらく同年代の男よりは少なく、ジータの性欲は弱めなのだが、今回の魔物討伐の依頼ではなぜか昂ってしまい、こうして勃起という形で性欲が現れた。
 このまま放置すればいずれ萎えるだろうが、耐えられないほどに体が熱くてつらい。そんなときに思い出したのだ。シェロカルテから貰った物を。今までずっとベッドの下に隠していた物。それを使ってみることにした。
 箱からオナホを手に取れば想像以上に柔らかく、男性器を挿入する場所には女性器を思わせる切り込み。
 シェロカルテから教えてもらった使い方を思い出しながら、ジータはローションのボトルを手に取った。
「たしかこのくらい……だったかな?」

 ジータが粘性のある液体をオナホの穴へと注入している頃。次元の狭間ではベリアルがルシファーに「ファーさん、姦淫しようぜ」とウザ絡みをしている最中だった。
 なにもない退屈な空間に愛する人と二人きり。邪魔をする者もいないここはベリアルにとって最高の空間。
 何度もこうして誘っているのだが、ルシファーは興味がないのか首を縦に振ることはなく、逆に襲いかかってきたベリアルを沈ませることも多々あった。
 それもベリアルにとってはご褒美なのは言うまでもない。
「なあファーさ、っう……!?」
 どこまでも同じ景色が続き、上下左右や浮いているのかも分からぬ空間を歩くルシファーの後ろをついて歩きながら絡むベリアルの声が、急に詰まった。
 ここに来てから初めて見る彼の一面にルシファーは足を止めると、耳に届くのはベリアルの湿った声。情事を思わせるそれに一瞬で美しい顔が険しいものへと変わり、振り向こうとした瞬間、ベリアルが崩れた。
 床という概念があるのか、蹲るベリアルの体はルシファーの足元にある。膝をついて体を前方に丸めるベリアルの体は小刻みに震えており、途切れながらも熱い声が漏れている。
 一人で発情しているのは見慣れているが、今回は様子が違うように思え、ルシファーはそのままベリアルを観察することにした。
「っは……、ぁ、ふ、ファーさん、オレにナニかしてる……?」
「なにもしていない」
「ならこれはいったい、ッく……! ファーさん、オレの尻なんともなってない……?」
「……なっていない。急にどうした」
 このやり取りの間にもベリアルの声はどんどん濡れていき、ルシファーのイライラが募る。ベリアルも主の雰囲気からそれを察するも、今は己を襲う不可解な、だが知っている感覚に困惑しながらも興奮していた。
「誰かが……ア゛っ!♡ オレのケツ穴をっ……! ハァっ……♡ ところでファーさん、オレのアナルって、ひっ♡ 濡れるようにできてたりする……?」
「お前は雄だ」
「だよなっ、今まで濡れたことないし。ハァ……なら誰かがケツ穴に直接ローションでも入れてんのか……? んぅ゛!? ァ゛っ!♡ そこはっ……!」
 顔は伏せられているのでルシファーからはベリアルの顔は見えないが、想像するのには難しくない。
 謎の現象にルシファーは気配を探るが、どこにも預言者の気配はない。そもそもあの男にコレを犯す趣味でもあるのか? と自問自答すればすぐさまノーの答え。
「やめろっ、そこばかり押す、なぁァッ♡ はっ、ぁ♡ おおっ゛♡♡」
 気持ちのいい場所ばかりに走る刺激にベリアルの膝も崩れ、床にうつ伏せの状態。ふと、ルシファーが足元の向こう側に目をやれば、ベリアルが垂らしている唾液が終わりがないと思われる空間へ落ちていくのが見えた。
 なにもかもを無視した特殊な空間。これもその影響なのか。ルシファーは椅子に腰掛けるような動作をし、長い脚を組むと、ベリアルの身に起きていることを見極めるためにアイスブルーの瞳で被造物を見つめ続けた。

「なんかコリコリしてる? なんだろう。でもキツくて、あったかくて気持ちいい……。指でこれなんだもん。おちんちん挿入いれたらどうなっちゃうんだろう……」
 ベリアルが次元の狭間で喘いでいるとは露知らず。ジータはオナホにローションを入れ終わると本体を挿入する前に指で内部の感触を確かめていた。
 探るように中指を動かしていたところ、妙な場所を見つけたジータは気になり、同じ部分を押したり軽く引っ掻いたりを繰り返す。
 気のせいかもしれないが、そこを刺激する度に内部が反応しているような感じもする。
 オモチャといえど恥ずかしい部分を思わせる穴に指を挿入していることにジータの欲望がさらに膨れ上がり、天高く屹立する男根はもう待てないと訴えるように太い血管が浮き出ていた。
 そろそろいいかと指を引き抜けばとろり、と糸が引く。処女であり童貞でもあるジータはこれだけでも痛いくらいに心臓が脈打つ。
 口内に溜まっていた唾をごくり、と飲み込み、左手でオナホを持ち、右手で竿を固定する。緊張からなのか若干震えながらオナホの穴が我慢汁を垂れ流す先端へと近づいていく。
 そして──。
「あぁっ♡ なにこれ気持ちいいっ……!♡ 手でするよりも、ずっとぉ♡♡」
 入り口を通り抜けると肉茎が内部を一気に満たし、軽く上下に動かしただけでナカが締め付けてくる。本当にオモチャなのか。それすら疑ってしまうほどの熱と蕩け具合。
 こんな悦を知ってしまったらもう手淫では満足できなくなってしまう。体験したことのない快楽にジータは愛らしい声を上げ、オナホを包み込むように両手で持つと、童貞そのものの、自分の気持ちよさだけを求めた乱暴な抽送を開始した。

「ぎっ……、ぉ……!?」
 それは突然襲ってきた。甘ったるい喘ぎばかりを繰り返すベリアルの声音が変わったことに、なにを思ったのかルシファーは靴の先でベリアルの顎を持ち上げた。
 もともと肌が白いせいか茹だったかのように紅潮した頬の表面を生理的な涙が伝い、口の端からも唾液を垂らしている。
 緋色の瞳も蕩けており、情けない顔ながらもルシファー以外の者が見たら性欲を爆発させそうな表情をしていた。
「言え。いまお前はなにを感じている」
「お、オレのアナルにぃ……! あァ゛ッ゛!♡ ナニか、いいや、ペニスがッ、挿入って、る……!」
 ベリアルの申告に改めて彼の下半身を見るが、腰布と革のパンツに包まれたまろい臀部があるだけ。内部に直接作用するなにかがベリアルを犯している。
 断絶されているはずの空間にある謎の繋がり。ルシファーを封じた預言者がこんなことをするはずがない。ならば一体誰がこの空間に介入している?
 閉じられたこの場から脱出する手がかりになるかもしれない。そんなことをルシファーが考えている間にもベリアルは己を襲う極悪な肉の感触に口を歪めながら悶えていた。
 自分を犯しているのが誰なのか検討もつかないが、ハメられている棒は今までの誰よりもベリアルにフィットした。まるで彼にハメるためだけにあるような熱杭。
 ルシファー以外で本気のアクメを迎えたくないと思っている彼もその誓いが相性抜群の肉竿による掘削で少しずつ、そして確実に削り取られていく。
「はっ♡ おッ゛!♡ 誰なのか知らねぇけど、こんなッ♡ 童貞丸出しピストンでこのオレを──ぃ゛うッ!? んぉ゛ォっ゛!?」
 衝撃に瞠目し、舌が伸びるとそこからはもう何者かのペース。抱かれる側になっても決して主導権を離さなかったベリアルも自分で戸惑うほど簡単に飲み込まれてしまう。
 雁高の亀頭が前立腺を抉りながら最奥にドスッ! とぶつけられ、抜けるギリギリまで引かれ、再びドゴッ! と重たい一撃がベリアルの腸を思うがままに嬲る。
 気が遠くなるほどの時間。様々なセックスを楽しんできた百戦錬磨のベリアルにとって、気遣いのないオナニーのようなセックスも数え切れないほどに体験してきて珍しいものでもないはずなのに。
 それなのにこの雄の滾りには逆らえないような気がした。ただひたすらに雌のように喘ぎ狂えと言われているような気がした。
 雌のように乱れろ、と言われて演技をしたことはある。だがこれはそういうレベルではない。本能に揺さぶりをかけてくる直接的なもの。
 原初の星晶獣であり、堕天司である己に命令できるのはこの世でただ一人。目の前で絶対零度の視線を向ける造物主ルシファーのみ。それ以外の者に屈することはベリアルは望まない。
「んぉ゛ッ!♡ オぉ゛!♡ 嫌だ、やめろ、オレはファーさん以外には絶対に、ア゛、ァぁぁ゛ぁ゛っ!!♡♡」
 ルシファーに見られながらの行為は普段ならばベリアルの欲を激しく掻き乱すだろう。こちらを穿ってくる何者かをただの肉バイブ扱いにして、意識は造物主にのみ注がれる。
 しかしこの雄勃起相手にはそれができない。視界にはルシファーだけが映っているのに、頭の中は自分を犯す楔のことばかり。
「オごッ!♡ ん゛はぁッ! オ゛、ォ゛っ♡♡ んぎィっ♡ だめだ、ナカはぁっ、ア゛ッ♡!」
「これは……!」
 肉の塊が一層大きくなったことにベリアルは射精されるのだと察し、ルシファーではない誰かに駄目だと懇願する。
 全く彼らしくない行動だが、ナカに射精などされたら百パーセント負けてしまう。堕ちてしまう。
 首を左右に振り、必死になって届かぬ言葉を口にしているとルシファーはベリアルの背後の空間にヒビが入るのが見え、普段は感情が乏しい彼にしては珍しく目を見開く。
「アぐっ……♡ やめろっ……! 射精す、なァッ! や、め──」
「っ……!」
 空間の小さなヒビは大きくなり、鏡が割れるように広がっていく。割れ目からは堰き止められていた水のように勢いよく光が溢れ出し、二人の姿をベリアルの絶頂の声と共にまばゆい光が飲み込んだ。

「あっ、もうむりぃっ!♡ でるっ、射精るうぅぅっ!!!!」
 最後に出したのはいつだったか。久しぶりのウェットオーガズムを迎えたジータが濃厚なふたなり精液をオナホに向かって吐き出すのと、“コト”が起こったのは同時だった。
「えっ……?」
 興奮を極めていたジータもなにかが割れるような音に冷水を頭から浴びたように思考が冷え、音がした方、目の前の宙を見れば空間がひび割れ、中から二人分の影がまろび出た。
 重力に引き寄せられるように床に倒れるベリアルは見ているこちらが心配するほどに体を震わせており、ジータの方に向けられている顔は口からは透明な体液を流し、白目を剥きながら泣いていた。
 床に綺麗に足を着いたルシファーは見慣れぬ場所に出たことに視覚情報を得ようと横を向いたところ、ベッドに座るジータと目が合う。
 そして視線はすぐに彼女の股間部分へ。オナホを手にし、自慰に耽っていたその証に。
「あ、ぁ……」
「ジータッ! ルシファーたちの気配が! なぁッ……!?」
「ぃ、いやぁぁぁぁぁっ!!!!」

 アヘ顔を晒す堕天司に無表情の堕天司の王とオナホを片手に見つめ合う特異点。そして気配を察知して飛んできた天司長という混沌を極めた部屋に、ジータの絶叫が響き渡った。

「なあ特異点。オレと姦淫しようぜ」
「お断りっ!」
 とある島に停泊中のグランサイファーの艇内に廊下を歩くジータと、彼女の背に抱きつきながら漂うベリアルの姿があった。
 あの大惨事のあと色々あったのだが、団員や四大天司たちとの話し合いの結果、野放しにするよりかも力の半分以上を封印した上でこの艇に乗せ、監視した方がいいという答えが出た。
 ジータとしては世界の敵だった二人が乗ることに降りる団員も出てくるだろうと思っていたが、奇跡的に仲間は減ることなく、今に至る。
 預言者──ルシオの協力のもと、艇に乗ることになった二人。ルシファーは滅多に部屋から出ず、ベリアルが世話の全てを担っていた。
 ある意味ではルシファー以上に危険な存在であるベリアルは多少のセクハラ発言はあるものの、それなりに紳士的に振る舞っていて団員たちとはそこそこ良好な関係を築いていた。
 一番最初に打ち解けたのはローアインたちか。そこからベリアルは少しずつ馴染んでいった。この件についてはジータは狡知ゆえの賜物だと思っている。だからこそ油断はできない、という点もあるが。
 ちなみにサンダルフォンとは言わずもがな。出会った瞬間に衝突するのでなかなかの困りもの。ジータが仲裁したことも数え切れないほどだ。
 敵対していた頃に比べて性の香りを団員たちに向けないベリアルだが、ジータに対しては違う。毎日のように姦淫に誘っては拒否されるの繰り返し。
 最初こそカタリナを始めとする大人たちがベリアルを止めていたが、ジータに大丈夫だからと言われてからは見守るのみに留めている。
 また、人によってはベリアルとジータのやり取りはなかなか微笑ましいものがあるのか、反応に困る笑みを向けられることも。
 なので今の状況もジータにとってはもう慣れたことだ。
 人を惑わす甘い声で姦淫のお誘いをするベリアルにいい加減にしろとジータは立ち止まり、完璧な造形美を横目に見ると柳眉を逆立てる。が、彼は涼しい顔のまま、さらに続けた。
「キミのペニスが忘れられないんだよ……。まるでオレにハメるためだけにあるその熱を解放したいと思わないか? なに、オレと直接ソドミーするのが嫌ならあのオナホ越しでもいい」
「ベリアルのためにあるわけじゃないんだけど」
「フフ……キミだってオレのナカ、気持ちよかっただろ? あんなにたくさん射精して……」
 目で笑むベリアルにジータは苦虫を潰したような表情をして押し黙る。
 オナホの穴はベリアルのアナルに通じており、挿入する側のジータもとてもいい思いをしたのは事実。
 念のためにシェロカルテに受け取ったオナホについて聞いてみたが、そのような機能はついていないと言われた。当たり前だ。
 ジータが特別な存在だからこそ、繋がってしまった穴。ルシファーが次元の狭間から出られたのもベリアルが特異点であるジータと繋がった影響だった。
「キミに天国を見せてあげるよ。特異点」
 腰にまとわりつく低音ボイスがジータを誘惑する。ベリアルの誘いに乗るわけには……! とジータは目をつむるが、正直またあの肉の感触を味わいたいとも思う。
 ぐらぐらと揺れる理性。ベリアルは性格に難がありすぎるが、外見や声は最上級。ジータも十五歳の女の子。気を抜けば堕ちてしまいそうになる。
「あっ、ジータ! それにベリアルさんも」
「やあ、コンニチハ。蒼の少女」
 呑まれそうになったジータを引き止めたのは透き通る蒼の髪を持つ少女、ルリアだった。ジータと命のリンクを繋いでいる彼女はジータにとって半身と言ってもいいくらいに大切な存在。
「どうかしたんですか……?」
「実はねぇ……特異点と“仲良し”したいんだが、彼女が首を縦に振ってくれないんだ。キミからもなんとか言ってくれない?」
「うーん……。ジータ。たしかにベリアルさんは敵でしたけど、今は同じ艇に乗る仲間です。もう少し仲良くできませんか……?」
 困ったような顔をしてこちらを見つめるルリアを見て、ジータはベリアルへの怒りをふつふつと煮え滾らせていた。
 ルリアがそういうことが全く分からないからと隠語を堂々と言いやがって、と。
 純粋なルリアはベリアルの発した“仲良し”を言葉通りの意味として受け取ったが、ジータは彼がどういう意味で発言したのかすぐに分かった。
 このままだとまたなにを言い出すか分からない。ルリアと引き離さなければ!
「うん。そうだよね。頑張ってみるよ。さー、ベリアル。依頼に行くよー」
「特異点、棒読みが過ぎるぜ。って、いってぇ!」
「さあさあ早く依頼者さんのところに行きましょうねー」
「はわわ……! い、いってらっしゃーい!」
 ジータはルリアに笑顔を見せながらも、発せられる言葉には感情が乗っていない。
 依頼に行くのは本当なので胸元に回されている腕に己の手を乗せ、さりげなく抓りながらジータはベリアルを連れてルリアから離れていく。
 ああだこうだ言いながらも険悪、というわけではない。どこか仲が良さげな二人の後ろ姿にルリアはそっと、微笑むのだった。