幻のひと、夏の日のあなたと。 - 3/6

第二章

 夏休みに入って早くも二週間が経とうとしていた。八月になり、日差しが強い日が多くなって本格的な夏を感じさせる。
 時折風とともに運ばれる風鈴の音を心地よく感じつつも未来は中学最後の大会があるため、部活に参加しつつ時間を見つけては隣町の図書館に通う日々を送っていた。
 普段も読書はそこそこ。かといって読書感想文に使えそうな本は手持ちにはなく。題材は特に指定されてはいないものの、どんな本がいいだろうかと悩みながら様々な本を手に取って数ページ読むもピンとくる本は見つけられず。
 本来であれば本探しに集中するべきなのだが、図書館に来ると例の女性の姿をどうしても探してしまう。そしてかなりの頻度で見つける。
 このあたりでは見ない、白を基調にした服装は本人の容姿も相まって大都会からやってきた令嬢のようにも見え、人目を引く。
 彼女自身の圧があるのか、周囲に座ろうとする者もいない。もともと利用者が少なく、空いているからというのもあるが。
 図書館に訪れた回数はそこまで多くはないが彼女に関して気づいたことがあった。それは長時間滞在していること。未来が夕方頃に図書館を訪れた際にも彼女は熱心に本を読み耽っていることがあり、それを目撃すること数回。
 開館して数時間後に訪れたときにもすでに彼女は当たり前のように本を読んでいた。もしや彼女は開館から閉館までここにいるのかもしれない。そんな想像が容易く浮かんだ。
 そして、今日も。
(あ、いる……!)
 昼下がり。お気に入りのトートバッグにフェミニンな雰囲気の服に身を包んだ未来が図書コーナーにやってくれば、ほぼ定位置になっている席に見慣れた白銀を見つけた。
 館内の照明を受けて煌めく絹のように細い雪髪に完璧な造形は何度見ても飽きることはないのだと、未来は漠然と思いながらも相手がこちらに気づいていないからと熱視線を送ってしまう。
 彼女が読んでいるのは表紙からして自分には理解できない本なのだと分かり、集中して読み進める伏目がちなライトブルーサファイアや、ページをめくる細長い指に心臓が過剰に反応して苦しい。
 館内は冷房が利いていて涼しいはずなのに体が内側から熱を持ち、このままいけば脳が茹だってしまうのではないか──。
「っ!」
 熱のこもった視線を感じたのか、寒空色が未来へと向けられる。ピン、と糸が張るように緊張が走り、今まで不埒な目で見ていたゆえに慌てて軽く会釈し、小走りで近くの本棚へと隠れてしまった。
 あそこでにこやかに努め、堂々としていれば変に思われなかったかもしれないがこれでは完全に不審者だ。
 あぁ、なにをやっているんだろうと落ち込んでしまい、ふと“どうして”という疑問が浮かぶ。
 なぜこうもあの女性に関心を抱くのか。綺麗だから? 一度助けたから? 名前すら知らない女性に対して不可思議な感情が心を渦巻く。
 分かりきっていることは彼女に嫌な印象を持たれたくない──。
(……いやいやいや。なに考えてるの私。変なの……こんな、)
 分からない。こんな気持ちは初めてだ。未来は脳内を埋め尽くす感情を振り払うように首を左右に振ると、ここに来た目的を果たすべく今日も本を探す。

   ***

 一度意識すれば、もう元には戻れない。
 例の女性に対する名前も知らない感情を胸に燻らせたまま、数日。未来の中で図書館に行く目的は本ではなく、女性に会いたいからというものに変わっていた。
(届かない……っ……!)
 背の高い本棚。ぎっしりと本が詰め込まれている棚の最上段に向かって未来は手を伸ばしていた。気になるタイトルがあり、手に取ってみようとしたのだが背伸びをして限界まで腕を伸ばしてもあと数センチ届かず。
 これは受け付けの人に言うしかないか。痺れを感じ始めた腕を下ろし、つま先立ちをやめて踵を床につけたところで背後から伸びる白魚の手。
 え、と思ったのも束の間。ふわっとした幽香ゆうこうを纏った手は欲しかった本を難なく取ると、未来の頭上をとおってそのまま後方へ。
「あ、その……。えぇと……」
 くるりと半回転すれば想像と同じ人物が立っていた。こんなにもいい香りを纏った人は未来の中ではひとりしかいないのだから。
 無表情で立っていたのは銀髪の女性。身長差から必然的に見下ろされ、思いの外近い距離に頭が一気に熱くなる。
 思考も漂白されてなにを言っていいのか分からなくなってしまい、固まってしまう未来をよそに女性は手にしている本をスッ、と差し出す。
「ぁ……ありがとうございます。これ、届かなくて……」
 両手で受け取ると反射的にお礼の言葉が出てきたのでよかったが、やはり女性は特に反応することなく隣の列の本棚へ向かうと、未来の本を取った手とは反対に持っていた本を棚に戻した。
 新たな本をその棚から取ると行ってしまったため、未来は通り道で困っている様子だったから手を貸してくれたと定義付け──それでも彼女の小さな親切に嬉しくなってえくぼが深くなる。
 自意識過剰だとは思う。だけど一度繋がりができて、こちらが一方的に気になっている人に優しくしてもらって、妙に意識してしまうのは確かだ。
 けれどこの気持ちはなんなのだろうか。仮にこれが女性以外の誰かだったら同じ気持ちになる? いいや。ならない。
 即答だった。
(……あれ? こんな感じの話を誰かから聞いたことがあるような……)
 一方的に気になっている。相手がしてくれた些細なことがすごく嬉しくなる。その人を前にすると過剰に緊張したり、変に顔が熱を持ったり。
(あ、)
 そうだ。いつか友達とした恋バナ。当時の自分は誰かに恋をしたことがなく、あまり盛り上がれなかったが友人たちの話と今現在自分の身に起きている変化に共通することがいくつもあった。
 ただ、相手が同性という以外は。
(私……まさか、あの人に一目惚れを……? けどお姉さんに対するこの気持ちは紛れもなく……でも憧れを勘違いっていう線もあるし……)
 あぁ、駄目だ。考えれば考えるほどに深みに嵌って答えが遠くなる。
 今すぐに答えを出す必要もない。そう自分に言い聞かせて未来は彼女から受け取った本を大事そうに胸に抱えると、読書スペースへと向かった。
 ──この日からさらに女性を意識するようになってしまった未来はなんとか彼女と距離を縮めたいという感情を秘めつつも、なかなか声をかけられずにいた。
 しかし転換期は突然やってきた。夏の大会が近いということもあり、なかなか図書館に行けずにいたが今日は練習が休みということで朝から隣町に来ていた。
 気温もここ最近と比べると高く、さらにアスファルトに囲まれた場所ということで自宅を出たときよりも暑く感じていた。ただでさえ暑いのに絶え間ない蝉の鳴き声を聞いているとより強く感じる。
 向こう側から来る人も額に滲んだ汗をハンカチで拭っているほどだ。
(早く図書館に行こっと。……ん?)
 このまま行けば開館ちょうどくらいかなぁ。そんなことを思いながら歩いていると前方には見慣れた白。日傘に上品なワンピース、小さなショルダーバッグを肩にかけている銀髪女性は紛れもなく未来が気になっている人。
 だが様子が少しおかしい。電柱の柱に片手をつき、前かがみ気味になって立っている。どう見ても具合が悪そうな後ろ姿に未来は駆け寄り、前に回り込む。
 考えるより先に動いていた。そして回り込んだことにより見えた女性は明らかに熱中症になりかけている様子。陶磁器のような白さに朱が差し込んでいる。
「お姉さん、具合悪いんですよね?」
「…………」
 女性は未来の登場に一瞬目を見張るも、ばつが悪そうに視線を逸らす。おそらくプライドの高い人。弱った姿を他人に見られたくないんだと直感しつつも、放置するという選択肢は未来にはない。
 ちょうどすぐ近くに休めそうな公園があるため、女性に提案してみるも彼女は視線を合わそうとすらしなかった。
「ここにいても体調は悪くなる一方ですよ! さあ行きましょう!」
 こうなったら意地だ。手を繋ぐために片手を差し出せば女性にも思うところがあったのか、柱から手を離すがなにか彼女の中で葛藤があるらしく伸ばしてこない。
「……!」
「体の中に熱がこもってる……。お姉さん、行きますよ」
 少し強引かもしれないがここは自分が動かなくては。女性の手を取り、改めて見る青にだるさが混じっていることにやっぱりと内心呟く。
 今日はいつもより暑い日。ここは湿度も高めで蒸し暑いので体調を崩してしまうのも十分あり得る。様子からして熱中症になりかけ、というところか。これならば少し休めば回復するはず。
 体調不良の女性を気遣いながら小さな歩幅で公園へと向かえばちょうど木々の下で日陰があるベンチが空いていたため、女性を座らせると愛用しているトートバッグから汗拭き用にと持ってきたハンドタオルを差し出した。
「これで汗を拭いてください。まだ使ってない綺麗なものですから」
「……」
 躊躇うことなく受け取ってくれ、そのまま額にタオルを当てたのを見届けた未来は近くの自販機でスポーツドリンクを買うとそれも渡した。
 これで少しは回復してくれればいいけど……。願いながら自然な形で彼女の隣に腰を落ち着ける。大胆な行動だが、人助けという気持ちからなのでやましい感情は一切ない。そもそも頭になかった。
「今日は本当に暑いですよね。家の方はそこまでじゃなかったけど、コンクリートに囲まれていると体感温度が全然違うっていうか」
 自分用に購入した飲料を口にすれば口内から胃に向かって冷が駆け抜ける。これだけで少し暑さが楽になった。乾いた体はさらに水分を欲し、こくりこくりと喉を上下させたのちにふぅ、と息をつく。
 それを見ていた女性もつられるようにひと口。暑い体に冷たい飲料が染み渡るのか最初は数口飲む程度だったが、首を後ろに傾け一気に煽ると急速に中身が減っていき、姿勢が元に戻った頃には半分を少し下回るくらいしか残ってなかった。
 お嬢様な風貌ゆえに一気飲みが豪快に映り、知らない一面を見れたことに新鮮な気持ちがあふれるとともに、どこか親近感が湧く。
 地上に舞い降りた美を司る女神とも表現できるほどの人が、誰しもしたことがあるであろう飲み方をした。たったそれだけでどこか身近に感じられた。
 彼女の行動に目を奪われたままもいいがこれからのことを考えなければ、と未来は考える。
 きっと女性の目的地は自分と同じ。ここからならそこまで距離はないし、館内併設されているカフェには冷たい飲み物やアイス、デザートに軽食まである。なにより涼しい。
 中で休めばこのまま外にいるよりかも回復が早いはず。けれど女性に歩く気力が残されているのか。
「お姉さんも図書館に向かう途中ですよね?」
 聞けば、青い星に未来を映しながら小さく首を縦に動かす。
「少し休んだら行けそうですか? それとも今日は帰りますか?」
 女性は逡巡したが、首を横に振ると図書館がある方向を指差す。どうやら家に帰る気はないらしい。そんなに行きたいものなのかと未来は思うが、今の自分も可能な限り行きたい理由があるため、女性もなにかしらの理由があるのだろう。
 ずっと本を読み耽っている彼女。図書館には膨大な知識が本という形で詰まっている。もしかして知を求めて? 異常なほどに。
 そういえばクラスメイトの不破君もよく本を読んでいたなと、不意に思い出す。きっと彼が女性と同じ髪や目の色をしてるいるからだ。
 とにかく。女性が図書館に行きたがっているのだ。その意思を尊重しなければ。
「分かりました。少し休んでから図書館に行きましょう」

   ***

 しばらくのあいだ公園で休み、体調がよくなってきたということでふたりは図書館へと向かった。女性を気遣っての移動なので到着は予想より遅くなってしまったが、これでもう彼女も自分も暑い思いをしなくていいと思うと気が楽になる。
 日傘を畳む女性をちらりと見れば先ほどよりか顔色は良くなってはいるが、もう少し休んだほうがいいかもしれないという印象を受けた。
 未来自身も移動で火照った体を休ませてから本を読みたいという気持ちがあった。幸いなことに図書館にはカフェがある。この時間帯ならば利用客も少ないはず。
 それに……彼女に声をかけたときにはなかった感情が生まれていた。少しでも彼女とお近づきになりたい。助けたときには下心は一切なかったのに今になって。
 自分が酷くはしたない女に思えながらも、未来は我慢を知らぬ気持ちのままにさり気なくカフェに誘う。
「ここまで来るのに暑くてまた喉が乾いちゃって。お姉さんももう少し休みませんか?」
 小首を傾げながら見上げる。下心がバレないように、慎重に。
 すると女性も休みたい気持ちがあったのか今度は素直に頷いてくれた。
 図書館内のカフェは外が見える造りになっているので明るくすっきりとした印象だが、夏休みといえど平日の昼前ということで人がほとんどいなかった。
 ゆっくりと過ごすにはもってこいの空間。先に注文してから座るスタイルの店なので入り口すぐに設置されている大きめなメニュー看板を見て、どうしようか悩む。
「私はオレンジジュースとバニラアイスにしようと思いますけど、お姉さんはどうします?」
「…………」
 すると女性は注文する商品名を指差していく。
 アイスコーヒーのブラック、チーズケーキ、バニラアイス。
(お金、足りるかな……)
 淡々と指を指す女性に未来は自分が誘った手前、こちらが奢るつもりであったためにお金の心配をしてしまう。中学生の未来は毎月お小遣いの中でやり繰りしているのだ。
 お財布の中身を思い出しながらメニュー表とにらめっこしていると、視界の端に何かが映った。
「お財布?」
 気品の感じられるデザインの女性向けの長財布。ブランドものには詳しくないが、きっとハイブランドと呼ばれるものなんだろうなぁ、と簡単に想像できる。
 女性の見た目からしてもそうとしか思えないのだ。服装の上品さから自然と身に着けているアイテムも一級品のはずだ、と脳が勝手に思い込む。
 なににせよ、これで自分の分を払えという意味なのかと少しだけホッとする。
「じゃあレジに行ってきますね。お姉さんは先に座っていてください──ん?」
 財布を受け取り、さっそくレジに行こうとする未来の手首を女性が掴む。
 視認すれば心臓が鷲掴みされたようにギュッと苦しくなる。シミやくすみの無い卵の殻のような白い手が、自分の手を掴んでいる。
 館内の冷房によって涼しいはずなのに炎天下で歩いているときのように急激に熱が全身に広がり、ドッドッドッ、と心音が耳元で聞こえてくるようだ。
 女性を助けたときは自分から彼女の手を取っていたというのに、逆のことをされるだけでこんなにも違うだなんて。
 口内に溜まった唾液を飲み込むと、おそるおそる顔を上げる。そうすれば白縹しろはなだはじぃっとこちらを見下ろしている。
 目や表情からは感情が読み取れず、なにか失礼なことをしてしまったのかと不安になってしまう。指先から熱が奪われていくようだ。
「えっと……お姉さんの支払いはこのお財布から出していいんですよね?」
 確認する。答えは頷きひとつ。しかし。
 女性は人差し指を未来に向けると、そのまま財布へと移す。もしやこれはまとめてこの財布から支払えという意味なのか。
「私から誘ったのに奢ってもらうなんて悪いですよ……!」
「…………」
 慌てて断れば分かりやすく眉間に皺が寄る。機嫌を損ねても綺麗だなんて……とつい見惚れてしまう未来だが、女性がここまで言っているのだ。大人しく聞いておいた方がいいとすぐに判断した。
「……分かりました。お姉さんの気持ちに甘えさせてもらいます。注文してきますね」

   ***

 奥まったところに座る両名の前には注文した飲み物や食べ物が並んでいた。女性と向き合う形の未来は近い距離に好意を寄せる女性がいることにこれは夢なのでは? と不思議な気持ちが胸を満たす。
 フォークでチーズケーキをひと口サイズに切り、口に運ぶ単純な動作さえ彼女がすれば見入ってしまう魅力があった。
 白い肌によく映えるブルースピネルはまるで精巧なビスクドール。
 自分と同じ人間なのかと思ってしまうほどの美。きっとその頬は撫でれば最上級の触り心地なのだろう。
 ふっくらとしたサーモンピンクの唇は潤んでおり、小さく開かれた口に挟まるストローがどうしようもなく羨ましい。
 今までの人生で他人の食事風景をまじまじと見ること、ましてや熱い瞳で見つめることなんてなかった。
 なにもかもが女性によって変えられている事実に、いっそのこと全部彼女に変えられたいという危ない感情まで生まれてしまう始末。
「……?」
「あっ、ごめんなさい……。お姉さんの食べ方がすごく綺麗だったから。……えっと、だいぶ顔色もよくなってきましたね。よかった」
 不埒な感情を誤魔化すと、未来は心からの言葉を発する。今の女性は普段見るのと同じ様子であり、ついさっきまでの体調不良が嘘のようだ。
 女性はまた食事に戻ったが、未来の中にはなにか会話をしたいという思いがあった。成り行きとはいえこうして向かい合うことができたのだ。もう少しだけでいいから彼女との時間を思い出として残したい。
「そういえばお姉さんって普段どんな本を読んでるんですか? 分厚いのが多いし、表紙からして難しそうな感じですけど」
「…………」
「あのっ……、よかったらこれ使って筆談……しませんか?」
 バッグから取り出したのはボールペンとメモ帳。女性は終始無言であり、もしかしたら“喋らない”のではなく、“喋れない”のではないかという考えに至り、こうして持参したのだ。
 テーブルに置かれた道具に向かう青の視線。女性はおもむろにフォークを皿に置くとメモ帳とペンを手に取り、さらさらと軽やかな動きで文字を書いていく。どうやら未来の考えは当たっていたらしい。
「禁帯出……きんたいしゅつ?」
 目の前の女性に似合う流麗な文字で書かれた三文字の漢字は馴染みのないもの。
 疑問を呈すれば女性はさらにペンを走らせた。
「館内でのみ閲覧可能な本……そういうのがあるんですね。初めて知りました」
 なるほど。それならば長時間図書館にいるのも理解できる。
『お前も頻繁にここに来て本を探しているようだが? 読書感想文と言っていたか』
「はい。夏休みの宿題にあって。指定されている本はないんですけど、普段読書をあまりしないのでどういうのがいいかなって迷ってて」
『あんなもの適当に書けば終わるだろう。最悪教科書に載っている作品でも問題ないはず』
「……なるほど。その手があったか……。けどやっぱり、それだとなんかなぁ、って。あはは……」
 こうして女性の言葉──筆談といえど彼女と会話していることが嬉しくて未来は熱を持つ一方の体を冷やすためにアイスを食べつつ、女性の提案にハッとするも、ここで同意してしまったらなんとなく図書館に来づらいような気がしてしまってやんわり断る。
 今の自分にとってここに来る第一目的は本ではなく、白雪の美女に会うため。憧れなのか、恋なのか。未だ判断がつかないながらも女性に強烈に惹き付けられてどうにもできない。
 この会話を皮切りに未来は自分と女性の間にあった高い壁が少しだけ低くなったように思え、食事の邪魔をしない程度に筆談を交わし──たわいない会話ながらも穏やかな時間が流れていった。