愛は矛盾するモノさ

「ルシフェルを殺したのはキミなのでは? って、最近ほんの少しだけ思うんだよねぇ」
 次元の狭間に閉じ込められたルシファー、ベリアル、ジータの三人。最初はなにもない空間だったが、ルシファーが星の民の創造の力を使用し、研究と実験、居住空間を兼ねた建造物を生み出してからはそこでジータたちは暮らしていた。
 今はベリアルと共にルシファーのいる部屋に向かう最中だった。研究所によく似た廊下を歩いていると、ベリアルが思い出したように呟く。
 その呟きにジータは歩みを止め、ベリアルも数歩先で止まった。
 ルシフェルの件はある意味ではそう取れる。
 だがジータは涼しい顔で口元を柔らかくカーブさせるだけ。
「私が動揺する様を見て嘲ろうと思ったみたいだけど、今更そんなことで私が動揺するとでも? ベリアル」
「昔ファーさんの実験でオレたち、本気でヤったことがあるだろう? 蒼い髪のキミは冗談抜きで本当に強くて……最後は島が崩壊するってんで引き分けだったけど、アレがなかったら、ね。今だから言うけどあのまま続けていたらヤバかったかも。オレ」
「…………」
「だからさ。オレをフッてルシフェルのもとに行くことは可能だったんだよ。どちらかがサンダルフォンの繭を守る、もしくは二人でバブさんと戦うこともね。だけどキミはそれをしなかった。……心のどこかで思ってたんじゃない? このまま流れに身を任せればファーさんとまた会えるって。自分の手を汚さずに、長年の悲願を達成できるというワケだ」
 赤い目を半月状に歪めるベリアルの言葉にジータは声を荒げることもなく、静かに両目を閉じる。
「……否定はできない。あなたの言うとおりだから。本気でルシフェルを救おうとしたのなら、あなたの腕を振り払ってあの場に駆けつけられた。それをしなかったのは……心のどこかで彼女の死を、ルシファーの復活を願っていたんだと思う」
「後悔してる? 彼女を助けなかったことに」
「…………」
 目を開いたジータの顔は憂いを帯びる。答えることは──できなかった。悔いはある。同時にルシファーを大切に想う気持ちも。二つの感情は対極にあるもの。
 ルシフェルを救えばルシファーとは再会できず、今はない。なにが正しいかなんて、分からない。
「いいんじゃないかな。ルシフェルへ悔恨、ファーさんへの愛。──愛は矛盾するモノさ」
 反応を示さないジータに対してベリアルは愛を語りながら歩み寄り、腰を屈めて顔を寄せたが──。
「ウッフフフ……さすがファーさんに操を立てるだけある」
 その唇が触れたのはジータの手のひらだった。ルシファー以外には決して身を許さないが故の本能。
「部屋の前でなにをしている」
「いいえ、なにも。坊やが構ってほしいって言うから少し相手をしてあげただけよ」
 二人の背後からは嘆息しながらの声。そちらを向けば研究者時代の服装をしたルシファーの姿があった。
 ジータは間近にあるベリアルの髪を何度か撫でると愛する人のもとへと向かう。その面様は先ほどと打って変わり、とても明るいもの。そして愛しい人へと向けるどこまでも優しい顔だった。