ソウル・スレイヴ

「今日も、来てしまった……。……ルシファー。あなたがここにはいないって分かっているのに、私は……」
 空の世界の人々からは到達不能区域と言われているカナンの地。そこにジータの姿はあった。なんの変哲もない墓石には名前が掘られておらず、最愛の人の死を認めたくないという彼女の思いを表しているようだ。
 墓前に佇む彼女は白いローブ姿ではなく、見た目通りの年齢を思わせるピンク色のワンピースに身を包んでいた。だがその表情は憂いを帯びており、かつての快活な面はない。
 ルシファーがルシフェルに粛清されてから二千年の時が流れた。その間に様々な出来事があったが、ジータは星の民が撤退した後もずっとここで暮らしていた。
 永遠に満たされることのない空虚な日々。この先も終わりなどなく続いていくのだろう……と、思いながら手を握り、祈る。祈ってもなんの意味もないと知りながら。
「それってファーさんの墓かい?」
「!?」
 突如として背後に現れた気配と懐かしい声にジータは勢いよく振り返る。するとそこには黒い服に身を包んだ堕天司ベリアルの姿があった。
 かつてはルシファーの補佐として稼働していた彼。まさか彼女と一緒に世界に終末をもたらそうとしていたとはジータは露知らず。
 逃亡を謀った彼をミカエルが追跡したが仕留め損ねたと聞いており、生きているとは思っていたがまさかこんなところに姿を見せるなんて。
 ルシフェルに見つかれば今度こそ粛清、もしくはパンデモニウム送りは確定。そんな危険を冒してまで一体なんの用なのか。ジッ……と顔を見つめるも、さすがは狡知。なにも読み取れない。
 一つだけ言えることは、殺意が感じられないことか。もし彼が危害を加えるつもりならとっくに殺されているはずだ。
「……二千年ぶりね。元気にしてた?」
「色々あったけど……まぁ、お陰様で。キミは……ちょっと雰囲気が変わってしまったようだけど」
「こんなところになにしに来たの。……ルシフェルに見つかればただじゃ済まない。あなたはそれが分からない愚か者ではないはず」
「ここに用事があってね。時間もあるし、懐かしい気配を辿ってみたらキミがいたってわけ。覇空戦争に敗れた星の民たちと一緒に星の世界に帰ったとばかり思っていたが……まさかカナンにいるとは思わなかったよ」
「…………」
 ジータは視線を逸らす。ベリアルは「フフ……」と小さく笑うとわざとらしく肩を竦めた。
「星の民の軍も、研究所も、バブさんやファーさんがいない間に随分と弱体化したものだ。彼女たちがいれば星側の勝利で終わっていただろうに。……いや、キミがいればもう少しはマシだと思ったんだけど。キミは戦争には関わっていないのか?」
「覇空戦争──星と空の神の代理戦争。ルシファーのそばで実験の手伝いをしていたから、その技術を買われて声が掛かったけど……興味がないから関わることはなかった」
 ルシファー不在の研究所の質ははっきりと分かるほどに落ちていた。そんな中ジータに戦争に参加するように圧力がかかった。
 研究所で研究員として働いていたわけではないが、ルシファーの従者であるジータは彼女の手伝いをしており、天才と言われる女の技術を長年間近で見ていたため、造ろうと思えばルシファーには劣るが天司レベルの星晶獣を造ることも可能。
 だが戦争そのものに興味のないジータは己の力を一切振るうことはなかった。
 なにをしても、ルシファーは戻ってこないのだから。
 どちらが勝とうと……どうでもいい。
「まあこの話はこれくらいで……。一つ確認なんだけど──その中にファーさんはいるのかい?」
 ベリアルの視線を追うように首だけ振り返り、石の板を数秒見つめると目線をベリアルへと戻し、力なく否定する。
「ルシファーの体は最高評議会によって廃棄されたわ……。もし、彼女の肉体が残っていたのなら……私はとうの昔にあなたを探している」
「ふぅ〜ん……? ……正直さ、オレ、キミが体を持ってきてくれると思ってたんだよ。少しだけね。だってキミとオレ、同じことを考えてる。そしてキミならルシフェルの隙を狙うことも可能……。いいや、本気のキミなら真っ正面からルシフェルと戦って勝つことも……」
「さすがに買いかぶり過ぎよ。それに……彼女は私の恩人。そんなこと……できるわけない。──まさか……」
 刹那、神殿の奥から地響きが聞こえた。加えて激しい戦闘音。
「うそ……! この気配はベルゼバブ……!」
 強大な力の奔流の持ち主にジータは信じられないと目を見張る。なぜならベルゼバブはルシファーと同じようにルシフェルの手で粛清された……はずだった。
 空の底へ落ちていき、生きていてもそこは幽世。だがあのベルゼバブならば地獄のような場所でも生き延びることは不可能ではない。
 心臓が緊張に脈打つ。揺れる瞳でベリアルを映せば──彼は微笑んでいた。
 ベリアルがここに来た真の目的を知ったジータは駆け出すが、その腕をベリアルが掴み、そのまま引き寄せられる。
「離しなさいベリアル! ルシフェルのところに行かなくちゃ……! 今の彼女は戦えない。私が代わりに……!」
 背に腕が回され、強く抱きしめられる。脱出するために激しく抵抗するも、ルシフェルと同等の性能を持つベリアル相手には無駄な抵抗。
 暴れるジータに対してベリアルは涼しい顔をしながら、疑問を口にする。
「どうして? ファーさんにまた会えるんだぜ? キミができなかったことを代わりにオレがしてやるよ。……最後に確認だけど、終末計画に協力してくれるかい? ファーさんのために」
「それは……っ……!」
 かつての自分には知らされなかった計画。果たして知らされたとして、賛同できたのか。今でさえすぐに答えを出すことができないのだ。
「……ハァ。やっぱり駄目か。キミがいれば頼もしいんだが……仕方がない」
「ッ!? ア……っ……」
 大げさにため息をつくと、ベリアルはぐい、とその整った顔を近づけた。互いの息遣いが感じられるほどの至近距離。目の前が赤一色に染まると、ジータの意識は奈落の底へと引っ張られていく。
「起きたらきっとそばに大好きなファーさんがいるよ。それまでおやすみ、ジータ」
「ルシ、フ…………」
 意識が霞み、消えていく。無意識のうちに呟いた名前はルシファーなのか、ルシフェルなのか。
 ジータ本人でさえ分からないのだった。

   ***

「こ……ここは……」
「ようやく目を覚ましたか」
「……ルシフェル? …………違う、そんな、うそ……!?」
「…………」
 目覚めるとジータは不思議な場所にいた。夜空を散りばめたような景色が永遠に続く空間は上下左右も分からず、自分が浮いているのかさえも判断ができない。まさに異空間。
 ジータは自分の最後の記憶と全く違う場所にいることに、そして死んだはずの自らの主であるルシファーが傍らにいることに激しく動揺する。
 ルシフェルと間違えられたルシファーは彼女の口から最高傑作である存在の名前が出たことに冷ややかな視線を向けた。
 凍てつく瞳にジータは背筋が凍るような気がした。
「ここはどこなの。それにその体は……」
「その問いにはオレが答えるよ。ジータ」
「ベリアル……!」
 いつの間にいたのか。背後にはベリアルが胡座をかいて座っていた。彼がベルゼバブと共にルシフェルを襲撃したのをジータは思い出す。
 ルシファーの復活。そして彼女の願いである終末に協力することを迫られ、拒否したところベリアルの魔力に当てられ──そこから先の記憶がない。
 自分の意識のない間に世界はどうなったのか。もしや終末が成就して……。
「キミが思っているようなことにはなってないよ。残念ながらね」
「終末は回避されたってこと……? ルシフェルの体を使って復活したルシファー、ルシフェルと同等の力を持つあなたを一体誰が止めたの? 四大天司たち……?」
「オレやファーさんと戦ったのは天司長の力を受け継いだサンディと特異点、その仲間たち。……正直、見誤ったよ。キミが力を貸してくれていれば、また違った結果だったかもしれないけどね」
 わざとらしく肩を竦めるベリアルを前に、とりあえず世界が終わっていないことに安堵する。特異点の少年の存在は知っていたが、まさか終末を阻止するなんて。
 ジータは改めて空の民の進化の可能性に思いを馳せる。星の民は完成されているが故に停滞しているが、空の民は不完全だからこそ時に協力し合って強大な力にも打ち勝つ力を秘めている。
「仮に私が力を貸していたとしてもこの結末は変わらなかったでしょう。……それで、ここは一体どこなの」
「ここは次元の狭間。預言者ってヤツが世界の脅威であるオレたちを閉じ込めたのさ。あ、そうそう。昏々と眠り続けるキミを連れてきたのはオレね」
「どうして私を……」
「だってキミ、ファーさんが死んだ悲しみをルシフェルの側にいることで誤魔化していたじゃないか。そんなキミを見ていたら会わせてあげないと、と思ってね。優しいだろ? オレ」
 ニヤニヤしながらこちらを見つめるベリアルから逃げるようにジータは視線を外し、ルシファーの方を向けば彼女と目が合う。
 ルシフェルは優しい空色の瞳で、見ているだけでどこか優しい気持ちになれたが、ルシファーは違う。刺すような青は体が冷えていくよう。けれど、その瞳が懐かしい。
 湧き出る激情を抑えていないと手を伸ばして彼女の顔を引き寄せ、そのサファイアに自分だけを映したくなる。
「ジータ」
「っ……」
「私のためにその力を使え。お前の力、たかが二千年で衰えてはいまい?」
 フッ、と口元だけ軽く緩ませてルシファーはジータの顎を漆黒の鎧に包まれた手でやや乱暴に掴む。
 ああ、こちらの考えなんてお構いなしに自分の都合を押し付けるこの我の強さ。
 ルシファーの従者として、一人の女として、愛する人に求められるのは至上の喜び。彼女のためならばこの身に秘める力を存分に使ってもらって構わない。
 ジータの本心と、世界を破滅へと導く者に加担してはいけないという良心がせめぎ合う。
「…………いや」
「……なんだと」
「私が協力することでこの空間から出られるかは分からない。けど……世界のためにはあなたはここにいた方がいいのよ」
 出した答えは個人を選ぶものではなかった。ジータの返答に感情の発露が淡白なルシファーにしては珍しく、心底不愉快そうに双眸を細められる。
 ルシファーに対してジータが許される答えはYESのみ。それがNOと言われた。主に反抗する従者。気分がいいものではない。
「嘘はよくないなぁ。それに自分で言ってて苦しくないの? キミがルシフェルの元にいたのは彼女を通してファーさんを見ていたから。そのファーさんが目の前にいて、キミの力を欲している。求められて嬉しいはずだろう?」
「ち、違う……! 私は、そんな……!」
「いいや。違わない。いい加減に認めろよ」
 ベリアルの言葉にジータに迷いが生じる。そこを狡知が見落とすわけがなく、さらに追い詰めるがジータは本心へと続く道を閉ざし、違う違うと口にするばかり。
 すると業を煮やしたルシファーが乱暴に口づけてきた。屈服させるかのような動きの舌は逃げるジータの舌を絡め取り、無理やりに愛してくる。
 忘れていた被虐が蘇る。本人が自覚しているかは分からないがルシファーはS気質で、そんな彼女に抱かれる日々を送っていたジータの体はどんどん変わっていった。
 ルシファー以外に許すことのないこの体。最愛の人が亡くなってからは貞淑に生きてきたジータであったが、久々のルシファーの熱に気を抜くと身を委ねてしまいそうになる。
 駄目なのに。駄目なのに。でも……気持ちいい。
「いやっ……!」
 ルシファーの体を押し、顔を背けて拒絶する。本心とは違う行動に心が悲鳴を上げるような気がしたが、聞こえないフリ。
(預言者という人も何回もルシファーを封印できるとは限らない。この人を外に出しては駄目……)
「……フン。二千年の間で誰がお前の主なのか忘れてしまったようだな? ジータ」
「ひッ……!」
 腕で口元を拭ったルシファーの氷の眼差しがジータを射抜く。刹那、恐怖にも似た感情が体中を巡り、体を小刻みに震わせながらジータはじりじりと後退する。しかし。
「つ〜かまえた」
「きゃっ!? ベリアル離してっ……!」
 後ろにベリアルがいるのを失念していた。背中側で両手首を拘束されるとそのまま引っ張られ、ジータの頭部は胡座をかいているベリアルの足に乗せられた。
 両方の腕も万歳をするように上げさせられ、手首を握られて動かすことができない。そして脚の間にはルシファー。どう足掻いても逃げられない。
 本当はこのままルシファーに身を委ねたい。数千年振りに彼女を感じたい。けれどそれは駄目なのだ。ジータは自分の気持ちを封印してこの状況から脱するために脚を暴れさせる。
「嫌だっ! やめてルシファー! こんなの……!!」
 子どもが駄々をこねるように、かぶりを振りながら否定する。圧倒的優位な立場にいるルシファーからしてみればジータの抵抗は小さなものだが、鬱陶しいことには変わりない。
「ッ……!」
「わ〜お、いきなりビンタとかファーさんこっわ……」
 頬に走る衝撃にジータの拒絶の言葉と体の動きは停止する。手の装備が外されていたのがせめてもの救いか。ジータはじんじんと痛みを訴える肌に涙が溢れ、泣き声を抑えながら静かに頬を濡らす。
「なぜ私を拒絶する。お前に許されることは私を受け入れることだけ。その瞳に映すのは私だけでいい」
 頭部を乱暴に掴み、美しい顔を近づけてくるルシファーの言葉はジータには届いていない。
 ああ、なんて美しい……。
 体はルシフェルのものでも、首から上はルシファー本人のもの。変わらぬアイスブルーに映る自分の姿を目にして、渇いた心が癒やされていく。
「あっ……!? やだっ……!」
 ルシファーの右手が服の中心を滑ると布が音もなく裂けていく。服の下の肌は一切傷をつけず、邪魔な衣服だけ裂く手は下腹部付近で止まった。
「ん、ン……ぅ……!」
 ルシファーの手がジータの片方の胸に伸びる。大きめな乳房の触り心地を確かめるように揉まれれば忘れていた快楽に肉体は反応し始める。
 乳首に触られているわけでもなくただ揉まれているだけなのに、ジータの脳は思い出さないようにしていたルシファーとの情事の記憶を紐解く。
 甘い疼きが胸から伝わり、涙の膜が張った瞳は熱を帯び、吐息には湿っぽさが出てきた。ベリアルが視姦するように見てくるのも気にならないほどに、ジータはルシファーに魅了されていた。その双眸は乱暴な手付きで胸に触れてくる彼女の手に夢中だ。
「随分と感度がいいな。ルシフェルに抱いてもらっていたのか?」
「ちがっ……! ルシフェルとはそんなんじゃ……! あっ!」
 本当は正直に言葉にしたい。この身を許すのはあなただけだと。でもそれができないジータは否定するに留めると、ルシファーが胸の先端に吸い付いてきた。
 かつてのルシファーにはなかった豊かな膨らみが腹部に押し付けられ、その柔さと視覚情報に心臓が痛いほどに脈打つ。
 サラサラの髪が肌を撫でる感覚、熱い口の中で乳頭を転がされる気持ちよさに腰を浮かせながら甘い声を上げれば、胸をいじめてくる手や口の動きがさらに活発になる。
 じゅるっ、じゅぱっ、と恥ずかしい音を立てながら舐めしゃぶられ、歯を立てられ、指では硬くなった蕾を押し潰され……。
 二千年振りの快感はジータを容赦なく襲い、陥落させていく。
「やらしい女だ。口では拒絶する癖に体は早々に堕ちているぞ?」
「ンふぅッ……! ン、ぁあ……っ!」
「素直になったらどうだい? 忘れられないからこそ、ファーさんの墓を作って縋るように祈る日々を続けていたんだろう? 禁欲的に生きるキミに誰かがなにかしてくれたか? 最高傑作の天司長様でさえ、キミの望むことはできなかったはずだ」
 頭上から降ってくる甘言。つられるように視線を向ければ逆さまの世界に輝くレッドベリルがジータを誘う。
 彼の言うとおり、ジータの望みを叶えようとすれば別の──ルシフェルの命を犠牲にすることになる。ベリアルと同じことを考えることもあったが、ついぞ実行に移すことはなかった。
 それをジータの代わりにベリアルが実行し、愛しい人が再び目の前にいる。本当は泣きたいくらいに嬉しい。けれどそれをしてしまったらもう戻れない。
 様々な感情渦巻く坩堝に叩き込まれたジータは底へと沈んでいくだけ。
「あんっ、あぁッ! だ……めっ……! ン、ぁ……! ひっ、うぅ……!」
 ベリアルに意識を向けることを許さないと言うようにルシファーの指が下半身へと伸び、乱暴にショーツの中に突っ込まれると硬く膨らんだ淫乱芽を指の腹で左右になぶられる。
 女体の弱点に触れられたことで秘部がジットリと濡れていることを思い知らされ、目を閉じて喘ぐジータの頬が見る間に紅潮していく。
 与えられる悦に対して誘うように腰が揺れているのを起き上がったルシファーに指摘され、開眼して彼女を視界に映せば唇に指が伸びてくるところだった。
 てらてらと光る細指。今の今まで自分の股間を弄っていたモノが唇に触れると、ルシファーが命ずる前にジータは口を開いてちゅぅ、と吸い付く。
「ん……ふ……」
 人差し指、中指、薬指。考える前に咥えていた。
 ハッ、とした後もどうしても愛撫するのがやめられなくて。ジータは熱に浮かされた瞳で指フェラを続ける。
 夢うつつ。溶けた眼差しでルシファーを見つめながらジータは舌を這わせる。
 口内に溜まっている唾液で包み込むように優しく吸引し、舌全体で華奢な指を愛していく。耳に届くだけで恥ずかしい水の音を立てながらブロージョブに徹していると、口の中の指たちが「いいこ」とでも言うように柔らかな舌を撫でてきた。
(指を舐めてるだけなのに、アソコがどんどん濡れてきちゃうっ……!)
 指を濡らした後のことを思い、どうしても期待してしまう。ルシファーを拒絶しておきながら、なんて浅ましい……! と己を批判する声がどこからか聞こえたような気がしたが、すぐに聞こえなくなった。
「ぁ……」
 指が引き抜かれ、たらりと唾液の糸が引く。離れていく指たちをジータはどこか残念そうな表情をしながら見つめる。
「フ……」
 白銀の美女の視線の先には濡れて濃い色をしているジータのショーツ。嫌だと拒否していても体は素直なもので溢れた膣液が肌と布を密着させ、勃起しているクリトリスの形が浮き出ている。
「脚を開け」
「へぇ? 清楚なカオして調教され済みって訳ね。エロすぎだろ」
 ルシファーの命令どおりに開脚するジータを見て、ベリアルが揶揄するもジータの視線は目の前の主から動くことはない。
 脳の片隅では抵抗しなければ……という考えがあり、実際に全力で抗えばこの状況を脱することはできるだろうが、ルシファーを傷付けるかもしれないと思うとできなかった。
 加えてレイプに近いこの状況でも、ルシファーに抱かれているという事実に力を発揮するという気力が削がれていく。
「…………」
 アクアマリンの瞳に魅入っているとルシファーの片手が陰部へと伸び、服を裂いたときと同じように中心をなぞった。音もなく裂かれる布。現れた水蜜桃は愛蜜をたっぷりと溢れさせていて、美味しそうだ。
「確かお前は……ここが好きだったな」
「ッ〜〜〜〜!! うぅ、あぁぁっ……!」
 人差し指、中指、薬指を重ねて一本の太い棒にするとルシファーはジータの淫穴へと沈めた。温度の低い指が温かい内部へと侵入し、ありありとその存在が感じられて、圧迫感にジータは声を上げながら体をよじる。
 その様子を見てなにを思ったのかベリアルは舌なめずりをすると、ジータの手首を拘束する手を一つにし、自由になった方の腕は白い果実へと向かうが──。
「触るな」
 地の底から発しているような低い声の圧は凄まじく、ルシファーのたった一言で空気がピリつく。
 睨むルシファーにベリアルは「はいはい……」と仕方がないように笑うと、伸ばしかけていた腕を大人しくジータの手首へと戻した。
 明らかな独占欲でもルシファーは無自覚。ルシファーにとってはジータは自分だけのモノ。他の誰かが好きにしていい存在ではない。それが彼女の中では当たり前なのだから。
「それにしてもジータ……。女性の指とはいえ、三本は慎ましく生きていたのなら結構苦しいと思うんだけど、キミはぐっぽりと咥えているねぇ。もしかしなくてもファーさんをオカズにオナニーしていた? いやいや、別に責めているわけじゃないぜ? フフ……」
 嘲る言葉にジータは否定できなかった。彼の言葉のとおりなのだから。
 ルシファー以外とはしないと誓いを立てているジータではあるが、彼女も人間。性欲はある。
 亡き主を想って自分で自分を慰めたのも数え切れないほど。
 性熱気に包まれているときはいい。だが熱を解放して思考がすっきりとすると、途方も無い寂しさに打ちのめされる。その繰り返し。
 だが今はルシファーがいる。二千年ものあいだ求め、叶わぬ願いに絶望した果てに彼女が──。
 アンバーの双眸から涙が流れる。それはこの状況下でも美しく、清らかなもの。
 ルシファーは無表情のまま自らの目にジータを映し、指は膣壁を撫で上げる。
「あぁぁぁっ……! や、ふ、うぁぁ……! ひぃっ!? そこはだめぇ!! あん、アァっ!!」
 クリトリスの裏側をたんっ、たんっ、とリズミカルな動きで力を加えられ、表に顔を出している陰核は下腹部に置かれた手の親指によってぐりぐりと弄られる。
 性器から這い上がってくる淫乱電撃にあられもない声を上げ、勝手に浮く腰をくねらせてしまう。
 弱点ばかりを責められ、頭が真っ白になっていく。股間を襲う快感に正常な思考ができない。
 視線の先にあるのは出入りする指たちと赤い種子をなぶる手。淫熱気に溢れているというのにルシファーは薄ら笑いを浮かべながらこちらを見つめるばかり。
 犯されている。私は今、ルシファーに犯されている。
 自覚するだけで、信じられないほどに快感が増幅される。
「いく……いくッ……! こんなのぉっ……! あぁ、ぁ……ぁっ……!!」
 最後は仰け反りながら絶頂を迎えた。自慰では決して得られなかった深い深いオーガズム。ビクビクと全身を痙攣させながらも奥底から湧き出るのは幸福感。
 この先永遠に満たされることはないと思っていたが、今は心身ともに充足感に包まれている。
「うぁぁ……」
 潤みの壺から抜かれる指に自然と声が出てしまう。もっと入れていてほしい。ルシファーを感じていたい。その心を言葉にできたらどんなにいいか。
 どうしても決断できないでいるジータを見かねて、ベリアルは呆れるように息を吐くと様々な水分で濡れた顔を覗き込みながら、言い聞かせるように言葉を連ねる。
「ジータ。言ってごらん。私はルシファーの従者です」
「ッ……」
「言うんだ」
 言おうとしないジータに対してベリアルは唯一触れることを許されている手首を握る力を強めた。
「ッあああっ!! 痛い! やめて、言う、からぁ……!」
 このまま握られたら骨が折れてしまいそうな気配と痛みを感じ取ったジータは追い詰められているせいもあり、悲鳴を上げる。
 弱まる力に涙を流しながら手首を見れば、歪んだ視界の先に怖いくらいににっこりとした笑みを浮かべているベリアルが見えた。
 普段するような人を小馬鹿にしたようなものではなく、見慣れぬ種類の笑顔に恐怖すら覚える。
「ちゃんとファーさんを見て言うんだぜ?」
 言葉の刃により無理やりルシファーの方を向けさせられる。脚の間にいる彼女は真っ直ぐにジータの方を向いており、自分だけがその瞳に映されているのを感じ取って、禁断的な欲望が背筋を走った。
「私っ、はっ……ルシファーの従者……です」
 言葉にすると、なぜか少しだけ胸が軽くなった気がした。
「私の全てはルシファーのものです」
 頭上から降ってくる言の葉は心地よいもので、むしろ自分から言いたい気持ちに駆られる。
「私の全ては……ルシファーのもの、です」
 口にする間もルシファーの視線はジータが独り占め。二千年の渇望が満たされていき、心が安らぐ。
 ずっと寂しかった。けれどこの気持ちを誰にも言えずにいた。星の民たちからすればルシファーは大罪人。その彼女を求めることなどできなかった。
 従者だったから、と罪人のように扱われていたのを助けてくれたルシフェルに対してはより強くこの気持ちは隠し続けた。
 その呪縛から解き放たれた今、ルシファーに対してずっと隠していた気持ちを口にすることができ、ジータの本心が少しずつ正義の心を蝕んでいく。
「私の全ては永遠にあなたのもの。この命ある限りあなたを愛することを誓います」
(私……なんで我慢していたんだろう。こんなにもルシファーのことを愛しているのに)
 堕ちていく認識はある。だがなにも我慢せずに好きな人を愛することができることに、ジータは多幸感に満ち足りる。
 自分が今まで耐えてきて、誰かがなにかしてくれただろうか。ルシフェルは優しくしてくれたが……彼女はルシファーではない。瓜二つの顔をしていても別個体。違うのだ。
「私の全ては永遠にあなたのもの。この命ある限りあなたを愛することを──誓います」
 最後の言葉は自分の本当の心。二千年前に言うことができなかった言葉。ようやく伝えられたことにジータは嬉し涙を流し、その腕はルシファーを求めるように何度も前へと力が加わる。
 ジータを拘束しているベリアルも彼女がなにをしたいか分かったようで大人しく解放すると、ジータは体を起こしてルシファーの頬を両手で包んだ。
「ルシファー……」
 そのまま近づく顔。距離が近づくにつれて閉じられるジータの目。重ねた唇は少しだけ冷たく、熱を奪っていく。
 まるで誓いのキス。愛する人と永遠を誓う際の儀式のようだ。
「ずっと……寂しかった」
 唇を離したジータがぽつりと呟く。
「星の民が覇空戦争に敗れ、撤退するときも一緒に行かなかったのはあなたの存在があったから。あなたがいるこの世界を離れるなんて──考えられなかった」
 ルシファーの頭部に繋がれたルシフェルの肉体を抱きしめる。ルシファー本来の体とは違う感触と、気が遠くなるほどの時間触れられずにいた主の体に自然と抱く力が強まる。
「私はもう自由の身だと、ルシフェルは言ってくれた。けど彼女のそばを離れなかったのは……彼女を通してあなたを見ていたから。忘れられるはずがない。ずっと昔から愛していた人を……」
「ジータ……」
「もう、自分に嘘をついたりしない。私はあなたと共にいたい。それが終末に向かうものだとしても」
 体を離し、今一度向かい合う。ジータの瞳は仄暗い光を帯びており、同時に強い思いも感じられる。ルシファーも彼女の気持ちが完全にこちら側に傾いたことに満足そうな微笑を浮かべると、十二枚の漆黒の羽を広げてジータを包み込む。
 巨大な羽に隠されてジータの姿は外からは完全に見えなくなった。ルシファーと二人きりの世界にジータは奥底から湧き出る歓喜の感情を隠すことなく表に出し、自らルシファーを求める。
「ルシファー。お願い。あなたのモノだっていう印が欲しいの……」
「ようやく思い出したか。自分が誰の所有物なのか」
 胸を突き出し、おねだりをすればルシファーからは蔑むような言葉が返ってくるが、逆にその口角は上がり、ジータの胸元に吸い付いた。
 チリっとした痛みが走り、ジータは与えられる証にゾクゾクと体を震わせる。一つだけじゃ足りない。もっと、もっと欲しい。二千年分、この身を愛してほしい。
「ルシファー。今も昔も、あなただけを愛してる」