サマー・ラブコール

「はあ……」
 自室のベッドに仰向けになって倒れ、見慣れた天井を見上げながら最近の悩みをため息として吐き出すこともう何回めか。
 日曜日の夕方。父は用事で外出、母は一階のキッチンで料理中。未来は二階の自室でぼうっとしていた。
 悩みというのは恋人の不破大黒のことだ。ひょんなことから彼──彼女の恋人になり、不破が本当は女の子だということ、さらには未来の初恋の相手というのが分かり、それからは本当の恋人として過ごすようになってしばらく経った。
 ついこの間には不破の家にお泊まりデートをし、そこで体を重ねた。蕩けるような甘い時間。今でもあれは夢だったんじゃ? と思うほどの幸福。しかしそれが未来の悩みへと繋がる。
 初めて知った快楽。心の底から好きな人に与えられる“それ”は時折未来の身体を性熱で蝕む。不破といるときには彼女の些細な動作で行為中を思い出してしまい、彼女に触れたい・触れられたいという欲望が燃え上がるが、はしたない女だと思われたくない一心で抑え込むことができる。
 しかし誰もいない、自分のプライベートな空間にいると話は別。今の時間帯はしばらく母親も上がってはこないし、いやらしい妄想に身を委ねるにはもって来いだ。
 こちらもいつもは違うことを考えたり、別のことをしたりして桃色の感情を無理やり忘れているが、今日は違った。
 頭も身体も熱くて熱くてたまらない。不破君に会いたい。彼女とえっちしたい。つい数ヶ月前には考えたこともなかったことが、知ってしまったばかりに未来を追い込む。
 浅く速くなる呼吸。腹部の下側がじくじくと疼く。頭の中は不破のことでいっぱいだ。
(駄目だよ、こんなこと……。でも、不破君っ……!)
 部屋着の未来は上下ともに半袖のシンプルな装い。頭では駄目だよと理性が語りかけるも、彼女の手は違う。ブラジャーに包まれた乳房の片方に躊躇いを残しながらも触れる。
 恐るおそる、といった様子で撫でるだけだったが、すぐにその手はボールを握るように閉じたり開いたり。しかし布に守られているために触り心地は正直悪い。
 そう判断した脳は新たな指示を下す。シャツの裾側から中へと手を忍ばせ、ブラの下から生乳へと触れた。直に触れる桃の膨らみは柔らかいものの、揉んでも不破にされたときと同じ快楽は得られなかった。それでも触り続けていくと、
「ひぁ……!」
 指が乳首を掠めると弱い電流が走り、未来は驚いて手を止めるもそれは一瞬。
 気持ちよくなれる場所を見つけた手は指先で赤い尖りをくりくりと弄り始め、最初は柔らかかった乳頭が少しずつ硬くなり、感覚も鋭敏になってきた。
 痛いけど気持ちいい。未来は口を手で押さえ、目を閉じて不破を思いながら一心不乱に指を動かす。
(不破君っ……! 不破君、好きっ……!)
 急激に上昇する体温。熱を帯びる呼吸は乱れ、艶っぽい。今の未来は少女というよりかは女。
 脚の間が切なくなり、ぴったりと閉じると無意識に擦り合わせてしまう。かりかりと爪で優しく引っ掻けば指で捏ねるのとはまた違う悦が顔を見せ、未来の顔が赤くなっていく。
 いけない。こんなの駄目だよ。脳の片隅で訴える理性も火のついた欲望には勝てず。胸を愛撫していた手は緩慢な動きで下へ。下へ。
 腹部のなめらかさを感じれば不破の肌の触り心地を思い出す。
 自分よりかもすべすべで、ずっと触っていたいくらいの極上の肌。未来の知る誰よりも頭がよくて、顔だって綺麗で格好よくて、その中に可愛さもあって。
 身長も女子と比べて高く、それが不破の本当の性別を疑う者がほぼいないことへと繋がる。あの冬の季節を閉じ込めた冷たい瞳に映されながら、低い声で名前を呼ばれる妄想を繰り広げればさらに性欲の炎は燃え上がるばかり。
 いよいよショートパンツのゴム側から内部へと手が侵入しようとしたとき。
「ッ!?!?」
 聞き慣れた電子音。枕元に置いておいたPHSの呼び出し音に未来の思考は一気にリセットされるも、画面に表示された番号と名前に心臓が鷲掴みされたような気がした。
「不破君……!」
 会えるなら今すぐにでも会って触れたいと思っていた人物からの着信。彼女からの電話に出ないという選択肢は未来の中には最初からないので、ほぼ反射的に出ていた。
「もしもし……不破君、珍しいね。あなたの方からかけてくるなんて。どうかした?」
『別にこれといって用事はない。ただお前の声が無性に聞きたくなった』
(ぁ……不破君の声っ……電話越しだけど、ゾクゾクってする……っ……!)
 本来女性である不破。幼稚園時代に一緒だったときは女と分かる声をしていたが、いつからなのかは不明ながらも今は男と偽り低い声で生活をしており、それがもう彼女自身の素の声になっていた。
 えっちな気分のときに不破の低音は電話の向こう側のものといえど刺激が強すぎると、未来は背筋に走る甘い痺れに身を震わせながら体勢を仰向けから部屋の扉に背を向ける形へと変えた。
 激しく脈打つ心臓。着信音で一度は正気に戻ったものの、今の未来は先ほどの状態へと戻りかけている最中。
『……未来?』
「ぁ、ううん……なんでもない、よ……?」
『呼吸が乱れているぞ。加えて声音に熱も感じる。……時間がないのならまた後でお前の方から掛け直せ』
「ち、違うよっ! 時間ならたくさんあるから……、っ……」
 不破の声は子宮に響く。いつか織部の取り巻きの女子グループが彼の低い声もいいよねと話していた。聞いたときは声でそんなわけ、と内心思っていたが、彼女たちの言葉は本当だ。
 織部とはまた違う低い声はズン……と下腹部に淫圧を与え、さらに呼吸が湿っていく。未来の声の様子から忙しいのかと判断した不破が電話を切ろうとした際には食い気味に否定し、もう、言い訳のしようがないくらいだ。
『未来。お前……今なにをしている』
「えと……ちが、…………ごめんなさい。ごめんなさいっ……」
 察しのいい不破だ。もうバレている。いくら恋人といえど妄想してひとりでするなんて、欲に溺れた下劣な女だと幻滅されてもおかしくない。頭から氷水を掛けられたように冷えてく心身。自然と涙が滲み、謝罪以外の言葉が浮かばない。
『ほう……。もう一度聞こう。未来、お前は今なにをしていた』
「ふ……不破君のこと、考えてっ……そしたら身体が熱くなって、駄目だって分かっていたけど止まらなくてっ……! え、えっちなこと、してました…………」
 この世の終わりとも思える絶望感が未来を支配する。涙を帯びた震える声で、まるで罪を告白するような気持ちになりながらの懺悔を聞いた不破は数秒黙り込み、それが酷く長く思えた。
 彼女はいったいどのような罰を与えるのか。もしかして別れを告げられる? そんなの嫌だ。幼少の頃からの初恋の人に振られてしまったら立ち直れない。
『俺のことを考え、どのように身体を慰めている最中だ? 報告しろ』
「ぁ……! ふ、不破君との初めてのえっちを思い出しながら、胸を触ってみたけど自分じゃ気持ちよくなれなくて……。でも乳首は少し気持ちよくて、指でぐりぐりしたり、爪で引っ掻いてみたり……。もっと欲しくなってアソコに手を伸ばそうとしたら、不破君から電話がかかってきたの」
 羞恥心をかなぐり捨てて未来は全てをさらけ出した。恥ずかしがっている場合ではない。大人しく従うことで彼女の機嫌がとれるのならば、と若干の早口で捲し立てた。
『ならばこのまま自慰を続けろ。俺も協力してやる』
「え……? 怒って、ないの……?」
『この程度で俺が不快感を感じるとでも? お前が俺ではなく、織部で自慰をしていたのなら話は別だが』
「そんなわけないでしょ!? 私が好きなのは不破君だけだよ」
『フ……。確か織部が言っていたな。通話をしながらのセックスもあると。初夜の次にコレとは少々アブノーマルな気がしないでもないが、』
「ふ、不破君こそこういう雰囲気のときに他の男の子の話をしないでよ……! ……嫉妬、しちゃうから。特に織部君だと」
 最大級の絶望は回避できたが、このままひとりでしろという命令はともかく織部のことを話すことに対して未来はムッとした声で返してしまう。
 不破と織部は一応は男女の組み合わせだがそういった関係はなく、本当に親友同士なだけ。いいや、親友なんて言葉では足りないか。
 ひとり暮らしの不破の家事などを織部が自ら望んでやっており、これで恋人同士じゃないのが不思議な関係だ。
 いくら不破にそういった気持ちがなくとも織部は違う。彼女に対する献身的な態度や彼自身のスペックの高さ。到底太刀打ちできない。
 だからこそ、こういうときには彼の話をしてほしくないのだ。今だけは不破と自分だけの時間。他の誰も入り込ませたくないと。端的に言えば“独占欲”。
『……そうか。……未来』
 どこか嬉しそうな声音から一気に叩き込まれる纏わりつくような低音に未来の身体のスイッチが入れ替わる。忘れかけていた熱が一気に引き戻され、びくん! と肩が跳ねた。
 ちゅ、と耳元で音が鳴ったかと思えば徐々に湿った音が大きくなり、この場に彼女がいないのに深いキスをしているかのような錯覚に陥る。
 ぬめった音で耳が犯され、口の中は彼女の舌がちゅるちゅると這いずり回って頭がくらくらしてくる。未来もより没入感を高めるために両目を閉じ、不破に合わせて口を動かす。
「ふぁ……くちゅっ……、は……んん、ぅ……ふ、ぁ、ああ……っ……」
『お前は耳も弱そうだな』
「ひぁっ! 耳、息吹きかけないでっ……! はあっ、んッ……ぁ、うぅ……!」
 ふうー、と音が聞こえれば本当に耳に風を感じたように未来の身体はぶるぶると可愛らしく震える。そのまま舌が耳の形をなぞるように這い、くちゅん、という音を伴って穴の中へと入り込んできた。電話の向こうで実際に舌を突き出して音を出しているのか、くぐもった彼女の声が生々しい。
 ぐちゅぐちゅと掻き回されるとダイレクトな悦が襲い、電話前と比べても明らかに大きな性衝動に未来は膝を曲げて丸くなった。
 服の上から子宮付近を押せば、胸を弄っていたときとは違う鮮烈な快楽に甘い声を出してしまう。
「はっ……はっ……不破君、もうだめ、わたしもう待てない……」
『堪え性のない奴め。まあいい。膣内に指を挿れられるか?』
「中は……自分じゃ怖い、かも……」
『ならクリトリスでいい。膣口の上部に触れると鋭敏な場所があるはずだ。俺の手がお前の下腹部へと触れ……』
 一度指を挿入されたが、それを自分でやるとなると話は別。怖いと素直に告げれば代替案を出され、それなら大丈夫そうだと未来は不破の声に倣って片手をショートパンツの中へ。さらに下着に隠された柔らかな脂肪の割れ目の上部へと指を忍ばせる。
 クリトリスはすぐに見つかった。すでに陰部はぬめりを帯びており、軽く触れただけでも痺れるような媚電流が流れて脚を閉じる力が強まってしまう。
『キスと耳だけでもうこんなに濡れているのか。つい先日まで処女だったとは思えぬ痴態。もしかしなくてもお前には淫乱の素質があるようだ』
「ぁ……! 不破君の指がっ、あっあっぁあ……! ぬるぬるして気持ちいぃっ……!」
『皮も剥けて……見ろ、指で挟もうとしても滑って掴めん』
 不破の言葉どおりに親指と人差し指で挟もうとするが、大量の愛液を纏った淫核はぬるついて掴めない。何度やっても無駄だが、その掴む行為が淫らな器官を刺激して足の指先が自然と丸くなる。
 ただ通話しているだけなのに今、この場で実際に性行為をしているかのようだ。相変わらず目を閉じたままの未来は母親に聞かれぬよう声を抑えつつだが、甘い啼き声を不破へと漏らし、離れた場所にいる彼女を煽りに煽る。
『もう限界か? 腰が揺れているぞ。……イきたいか』
「んっ、あぁぁあああんっ……! イき……たい! 気持ちよくなりたい──お願い大ちゃん……大ちゃんの……はっ、ン……指、でっ……!」
 陰部をまさぐる手はもはや未来のものではなく、不破のもの。彼女の白くて繊細な指先がまるで楽器を奏でるかのように巧みに動かされ、大洪水状態のソコからは卑猥な音が脳へと直接響く。
 激しい運動をしているかのように呼吸は乱れ、顔や首周りも熱を帯びて身体は性行為が齎す解放感を求め、指の動きは激しくなる一方。いつもは不破君呼びの未来もかつてのあだ名で彼女を呼ぶ辺り本当に限界のようだ。
『ッ……! なら望み通りにしてやる。未来っ……みく……!!』
「だいちゃ、だいちゃん! 好きっ、好き、だいちゃん……! はぁっ、はっ────ンっ、んんぅぅぅうううう……ッ!!!!」
 バツン! となにかが切断された音が聞こえた瞬間、溜まりに溜まった快楽が弾け、爆発的な多幸感が未来の心身を包み込む。
 宙にふわふわと漂うような浮遊感。下半身の痙攣はすぐには収まる気配がない。ガクガクと震えながら未来はなにも思考できない頭で短い呼吸を繰り返し、不破も未来が落ち着くのを待つように黙ったまま。
 ようやく呼吸が整ってくると未来は指を下着の中から引き抜いた。指はべったりと膣液がコーティングを施し、部屋の照明を受けて淫猥な光を返す。
 今までの興奮が嘘のように思考はすっきりしているが、気だるくて動けない。隣に彼女がいれば少し休んでからまた……。初夜ながらも激しく交わった記憶が自動再生され、不破に直接会いたいという気持ちがより強くなる。早く明日になればいいのに。そうすれば学校があり、放課後には彼女の家に行って──。
「未来ー! ご飯できたわよーー!」
「ッ、はい! すぐ行くー!」
 煩悩にまみれた考えを中断させたのは階段の下から呼ぶ母親の声。あまりの驚きにベッドが揺れ、未来は慌てながら返したが怪しむ要素はなかったようで、そのまま母親は階段から離れたようだ。上ってくる様子はない。
『夕飯か。ふっ……母親も娘が電話口で自慰をしているとは思うまい』
「も、もぉ……やめてよぉ……。なんだか無性に恥ずかしくなってきた」
『今更だな。あんなに気持ちよさそうな声を出しておきながら』
「……うん。不破君の言うとおりだけど、やっぱり……」
『やっぱり?』
「不破君に直接触れられたいし、私もあなたに触りたい。……早く会いたいよ」
『なら明日は学校をサボって朝から俺の家に来い。抱き潰してやる』
「学校はサボっちゃ駄目だよ。でも、学校が終わって不破君の家に行ったら……勉強じゃなくて、いっぱい……その、え、えっち、したい……かも?」
『疑問形でカマトト振るな。……明日、覚悟しておくんだな』
「ふふっ……うん。不破君も学校に来るよね?」
『さあな』
「それじゃあまた明日、学校で。まだだいぶ早いけどおやすみなさいって言っておくね、不破君」
『……おやすみ』
 どこか名残惜しいながらも電話が終わり、部屋の時計を見れば思ったほど時間は経っていなかった。気持ち的にはもう少し彼女と話をしていたかったが、あまり遅くなると母親が来てしまう。後ろめたい気持ちもあるので仕方のないことだ。
「…………」
 ふと、PHSを持っているのと反対の手を見てそのまま口に運ぶ。これの味なんて知らない。きっと本来の味とは違うのだろうなと思いつつも切なさを感じる甘さに、この場にいない恋人への愛情がさらに募っていくのだった。