星と蒼空の獣(未完) - 2/2

第一章 星の苗

 初めては好きな人と、心から愛し合う人とするのだと思っていた。だがその小さな願いも今、砕かれようとしている。
「さあ、愛し合おうか」
 アナゲンネーシスを至近距離で浴び、性愛器官が甘く、妖しく疼くのを認めたくなくてジータはベリアルに鋭い視線を向けるものの、紅潮し潤んだ瞳では逆に雄を煽ることになるのだとは処女ゆえに分からない。
 少しでも体の自由がきくのならばその憎たらしい顔を殴ってやるのに……! と歯噛みする。こうしている間にも顔に当たる湿った息が気持ち悪くて仕方がない。
「んっ、ぁ……! んぅ……!」
 堪らず顔を背けると逃げるなと言わんばかりに顎を掴まれ、ジータの乙女の唇を悪魔の唇が塞いだ。だが想像していたものより優しい口づけでジータは戸惑ってしまう。
 無理やりの行為のはずなのに、まるで恋人同士の触れ合いのよう。ちゅっ、ちゅ、と啄むように食まれ、薄く開いてしまった唇の間からベリアルの舌が入り込む。
 こちらを見つめる赤い瞳を拒絶するようにジータはギュッ、と目を閉じるも、ベリアルは目で笑いながら口内を犯していく。
 逃げる舌を絡め取り、ジータの呼吸を奪うような深い深いキス。何度も角度を変えながらの貪りの果てにどちらのものか分からない唾液がジータの口から流れ落ち、肌を濡らす。
 顎を掴んでいた手はいつの間にか外され、ベリアルの両手がジータの耳を塞ぐと、聞きたくない水音が響き、魅了の影響もあって脳を直接犯されていると錯覚してしまいそうだ。
 歯列を丁寧にねぶり、硬口蓋を舌先で撫でられるとくすぐったさにジータの体が揺れる。下腹部も自分の物じゃないように脈打ち、性的な淀みを訴える。
 脚の間にある性器の淫熱が上昇し、ベリアルがいなかったら欲望のままに自らの手で触れてしまいそうだ。
 ジータの太ももの間に体を滑り込ませているベリアルが動く度に秘処に不規則な刺激が加わり、ジータをさいなむ。
 無意識に脚をすり合わせて快楽を逃がそうとしており、その結果、まるで自分から求めるようにベリアルの体を脚で抱きしめてしまっている。
「ふむ……」
「ぷはっ……! はぁ……はぁ……え、やだ! なにしてるの!? そんなところ見ないでっ!!」
 永遠とも思える接吻が終わり、酸素を得ようと深い呼吸を繰り返していると、ご馳走様と言うように唇をペロリと舐めたベリアルがおもむろに体を起こし、ジータの両脚を掴むとそのまま腹に向かって折り畳み、ひっくり返った蛙のような体勢に変えた。
 普段着のワンピースに隠されていた秘められた場所は下着を穿いておらず、サーモンピンクの恥部が丸出し。
 自分の記憶の中ではしっかりと穿いていたはずなのに、なぜ今はないのか。だがそんなことを考えている余裕はジータにはなかった。
 誰にも……自分だってまともに見たことのない恥ずかしい場所をよりにもよってベリアルに見られているということにジータの双眸からは羞恥の涙が溢れ、頬を伝う。
 涙を流している間にも敏感な場所にベリアルの視線が向けられ、たったそれだけでも気持ちがよくて、自分の体がおかしくなってしまったのかとジータの濡れた瞳は不安に揺れた。
 彼女を開脚させたベリアルはというと、手は脚に触れたまま伏臥位ふくがいの体位になると顔を粘性の涙を流す穴へと近づけた。
 目を閉じ、彼女の雌の香りを楽しむように深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す様子は高級ワインを嗜む姿のようにも思える。下品なことをしているというのに、どこか気品が感じられるかんばせだ。
 目の前で行われている行動をジータは見たくないと目を閉じるが、すぐに開くことになる。
「ひぃっ!? だ、ダメッ! そんなところ舐めちゃ、ひゃぁぁっ!?」
 柔らかな脂肪の割れ目に舌を這わされ、舐め上げられると甘い悦が広がり、ジータの頬にさらなる朱が散ると知らない感覚に悲鳴を上げた。
 さらには陰部の上部にある小さな珠を口に含まれ、舌先でネットリと愛撫され、ピリつく性電気に喉を反らせる。
 ベリアルは彫刻のように美しい顔の眼窩がんかに嵌まる二つのルベライトを閉じるとジータのクリトリスを吸い上げたり、軽く歯を立てたりしながら脚を抑えていた右手をスライドさせ、ヒクつく矮小な穴に人差し指と中指を挿し入れた。
 処女にいきなり男の指二本はキツいと思われたが、赤く熟れた膣肉はベリアルの指を難なく飲み込む。
 隘路あいろを拡げるように指を開いたり閉じたりすると空気に触れている淫水がぷちゅっ、くちゅっ、と音を奏で、ジータは耳を塞ぎたくなる衝動に駆られるが、未だ解けぬ魅了の影響で腕を動かすことができない。
 尽きぬことを知らない幼液は穴と指の隙間から漏れ伝い、肛門まで濡らしていく。
(え、この感覚……うそ、やだ!)
 指で腹側の場所をこすられ、雌猫の甘ったるい啼き声を上げていると、不意によく知る感覚が表層へと顔を出す。
 それは──尿意だった。
 このまま続けられればベリアルにかかってしまう。そもそも人前で漏らすこと自体忌避するもの。ベリアルは逆に喜びそうだが、ジータにはそんな変態的嗜好はない。
「ベリアルやめてっ! 漏れちゃう、からぁ! お願いだからもう許してぇっ!!」
 ジータの懇願も虚しく逆に口と指の動きは激しさを増し、それは漏らしちまえと言っているようで。ジータは奥歯を食いしばり、膨らむばかりの尿意を必死になって我慢するが、股間を襲う強すぎる刺激に一瞬だけ、そう、本当に一瞬だけ気を緩ませてしまった。その刹那。
「ぃ、いやぁぁぁッ! 止まってっ! やだやだやだぁッ! あァぁぁっ!!」
 ぷしゃぁぁっ! と尿道から噴き出す透明な液体は水鉄砲のようにベリアルの顔にかかり、顔だけでなく前髪も濡らしていく。
 サラサラ液の勢いはすぐに弱くなったが、ベリアルはもっと撒き散らせと言わんばかりにジータの肉芽を指で左右に激しくこすり、追加で噴き出した体液を自ら浴びる始末。それも心底楽しそうに。
「ぁ……あ……」
 ジータはというと、自分の意思ではないとはいえ、漏らしてしまったことに人間の尊厳をズタズタにされ、絶望の底へと叩きつけられていた。
 光を失ったブラウンの瞳は涙を流しながら天井をさまようが、その目にはなにも映ってはいない。
「ハジメテなのに女の子の射精ができるなんてすごいじゃないか、特異点。それにコレはキミが思っている体液じゃない。オレとしては聖水でも大歓迎だが」
 出るものもなくなり、切なげに膣を収縮させる孔を見つめながらベリアルは起き上がり、濡れた髪を掻き上げた。
 単純な動作なのにセクシーで、ポタポタと顔のラインに沿って滴る雫が酷く扇情的。彼が夜の相手に困らないのも頷ける。
「あなたなんか嫌い……死ね……」
「フフ。こうしていると特異点と呼ばれるキミもただの女の子だな。興奮するよ。……さて、と。そろそろ始めようじゃないか」
 泣きながら睨みつけてくるジータを見てもどこ吹く風。
 始めようと呟き、紫羽根のファーストールを消すとベリアルは己に服に手をかけ、ドレスシャスをベッドの上に放るとたくましい肉体が露わになった。
 星の民ルシファーによって設計された肉体はため息が出るほどに美しく、隆起した胸に割れた腹筋は男の色気をこれでもかというくらいに振り撒いている。
 一方ジータはベリアルの言葉に目を見開く。性知識に疎い彼女もベリアルがナニをしようとしているのかはさすがに理解できた。そもそも子供を作るためには膣内射精をしなければならない。
 つまりはベリアルのペニスをジータの膣に挿入する。
 自然と視線はベリアルの股間へ向いてしまう。不自然な盛り上がりは大きく、未知への恐怖に矢継ぎ早に分泌される唾液をジータは音を立てて飲み込んだ。
「そんなアツイ目で見つめなくてもすぐに満たしてあげるよ」
 見せつけるように腰を突き出しながらゆっくりとジッパーを下げていくと、外へ飛び出すのを今か今かと待っている肉塊が見えた。まだその全貌は明らかになっていないというのに、血管が浮き出た陰茎にジータの体は小刻みに震える。
「ッ……!」
 最後まで下げると、窮屈そうにしていたベリアルの男根が弧を描きながら腹に向かって反り勃つ。それはジータの手首ほどの太さがあり、カリも高く“凶悪”という言葉がぴったりのモノ。竿部分も血管が盛り上がり、おぞましさに拍車をかけている。
 とてもではないが入らないとジータは心ともなく何度も首を左右に振る。あんなモノを挿れられたら体が真っ二つに裂けてしまうと。
「だぁいじょぶさ。魅了のおかげでナカは柔らかくなってるし、きっとすぐに気持ちよくなれる。……空の民のキミと星の獣であるオレ。いったいどんな子供が生まれるんだろうな」
「ひぐっ! はぁ……っ……! あ、ぁ、」
 小さな入り口に亀頭を添えられると、緩慢な動きで前進してきた。閉ざされた道を進んでくる長大はジータから正常な呼吸を奪うも、覚悟していた痛みはなかった。ベリアルの雄によって破瓜もしたのだが、強すぎる魅了効果は彼女の痛覚を遮断しているようだ。
 あるのは圧倒的な圧迫感のみ。生まれて初めて男を受け入れ、腹を満たす熱に妙な満足感と幸福感がジータの中に生まれる。
 これも全て魅了のせいだ。これは偽りの気持ち。心から愛する人ならば今感じているのと同じ気持ちが自然と溢れるのだろうが、目の前のこの男は違う。
「お腹いっぱいだなぁ?」
「う、あ……やだ、触らないで……!」
 ペニスが埋まっている場所を腹の上から押されると、苦しさに拍車が掛かる。ゆっくりとした動きで探るように内部を掻き回す男根にジータは目を閉じ、眉間に皺を寄せて呻き、シーツを思い切り握る。そうしてないと経験したことのない恐怖と苦しみに、ベリアルに縋ってしまいそうだった。
「あぅぅ、はぁっ……あッ! あアっ……! やだっ、やだぁっ……! やめてよぉっ……!」
 閉じた目蓋の裏に浮かぶのは弟であるグランや家族のビィ、グランの命を救ってくれたルリアを始めとする仲間の姿。彼らの姿を思い浮かべることでかろうじて心を保っていられた。
 勇敢な騎空士である彼女も魂まで穢そうと陵辱してくる狡知の獣に一人では勝てなかった。
 大事な場所をベリアルのモノが出たり入ったりしていると、とある一点でジータが強く反応するところがあった。そこを見つけるとベリアルはニィ、と片方の口角を上げてそこばかり狙って猛りを押し付けてくる。
 ジータのイイところを集中的に責められれば、出したくない声も勝手に出てきてしまう。まるでこの行為を喜んでいるような甘い声が自分の口から漏れていることをジータは認めたくなくて、涙を流す。
「どんなに助けを求めてもここには誰も来ない。キミを解き放ってくれる存在など現れない。……諦めて堕ちろ。そうすればなにもかも楽になるさ」
 頬を伝う悲しみの雫をベリアルが舐め取ればジータは開眼した。濡れたはしばみ色の瞳の奥には静かながらも力強い光が宿っており、彼女の心が折れていないことを示している。
 真っ直ぐな目で射抜かれたベリアルはそうこなくては面白くないと言いたげに高笑いし、体重をかけてのしかかると、より深いところまで陰茎が届き、ジータは一瞬呼吸を忘れた。
 絶対に孕ませてやる。そんな意志が伝わる体位で激しく穿たれ、子宮口を突かれる度に蕩けた悲鳴が上がる。
 気持ちよくなったら駄目なのに……! という気持ちとは裏腹に背筋を媚電流が駆け抜け、思考能力を奪っていく。
 一方的な蹂躙は続き、内部に埋まっている肉が脈打つと──ぶしゃり、と弾けた。動きを止め、若干紅潮した顔のベリアルはジータの子宮に向かって大量の精を吐き出し、出される側のジータは歯を食いしばりながら命が宿る部屋が彼によって満たされるのを感じていた。
 熱気が交じる部屋に聞こえるのは薪が燃える音と二人分の呼吸のみ。胎内に出される新たな精液の気配も消え、ようやく終わったとジータはわずかに安堵したが、それはすぐに打ち砕かれることになる。
 抜かずのままベリアルが再び動き出したのだ。
「もう、やめて……」
 か細く、悲痛な訴えはベリアルのせせら笑いにかき消される。
「やめて? キミの腹がオレの精液で膨れるまでするのに?」
「ぅ……」
「体力が心配? フフ。キミのカラダはもう普通じゃない。一日中オレとヤってもそんなに疲れないさ」
 ジータの顔は絶望の色へと変わる。
 分かりきっていたことだが、ベリアルにとってジータは駒を生み出すための“道具”。そこに気遣いなど存在しない。

   ***

「オハヨウ、特異点」
 水の底から水面に顔を出すように意識が浮上し、重たい瞼を開ければ目の前には男の胸板と黒い服。それだけではなく、朝の挨拶と一緒に髪を撫でられ、ジータは自分の置かれている状況を鮮烈に思い出し、体をこわばらせた。
 悪い夢と思いたかった。だがリアル過ぎるこの感覚からしてこれは現実。おそるおそる顔を上げれば口角を軽く上げている血の瞳と視線が重なる。
 そうだ。自分は昨日──といえるのかは時計がないので分からないが、気絶するまでベリアルに抱かれ、彼の宣言した通り子種を腹が膨れるまで注がれた。
 下半身に残る違和感に体を確認すれば、丈が長く、黒いキャミソールワンピースを着ていた。汗や白濁で汚れた体も綺麗にされ、清潔な香りが漂う。どうやら眠っている間に風呂に入れられたようだ。
 抱き潰された、と表現していいくらいに何回もされたというのに疲れは感じなかった。ベリアルが言っていたように自分の体は以前とは別のモノになってしまったのだという事実を突きつけられ、ジータの胸に空虚感が漂う。
「よく眠れたかな? 腹が減ってるだろう。食事を持ってこよう」
「要らない。……っ」
 眉間に皺を寄せながら心の中に渦巻く感情をそのままぶつけたが、肉体は精神を裏切り、空腹の音を告げた。あまりにもお決まりすぎる展開にジータの頬に朱が差す。
「フフ……カラダの方は素直だねぇ。用意してくるから顔を洗ったりして待っているといい」
 ベリアルは体を起こすと部屋の中に何個か存在する扉のうち、一つを指差す。会話の内容からしてそこが洗面所なのだろう。
 ジータは部屋を出て行くベリアルの背中を眺め、一人になると上体を起こした。体の調子を確認するように伸びをしたり、腕を回したりするも、不調はない。あんなに貫かれたというのに秘処に痛みさえない。あるのは違和感だけ。
 本当に星晶獣の子供を宿すことができるのか。もし、宿せたとしても彼の話から考えると自分に待っているのは“死”。
 今まで何度も危険な目に遭い、いつかは命を落としてしまうかもしれない。ジータ自身そう思ったことはあるし、覚悟もしていた。だが──やはり心残りはあるわけで。
 特異点という特別な存在だから死なないかもしれない。だがそれは星の苗として星晶獣を生み続け、やがては仲間たちの敵となる。
 生も死も今のジータにとってはつらい選択。仲間や空のためには潔く死んだほうがいいのは分かっている。それでも生きていたいと心が泣き叫ぶ。
「だめっ、希望を捨てちゃ……! 絶対にグランたちが助けに来てくれる……!」
 負の感情に囚われそうになり、ジータは両頬を自ら打つと、気持ちを切り替えた。ベリアルは誰も助けに来ないと言っていたが、そんなことは分からない。
 ジータはベッドから下りると、絨毯の上に置かれている黒い靴を履き、改めて部屋を見渡す。部屋はところどころに置かれているフロアライトや壁に付いている照明が照らしており、視界は良好。食事をするためのテーブルも置かれ、部屋全体がとても広かった。
 ジータが眠っていたベッドは出入り口の扉の目の前、部屋の中心の壁につけるように置かれていた。とりあえずベリアルの指差した部屋へと向かえば、思った通り洗面所があった。
 洗面所の隣の部屋にはトイレもあり、まるで監禁部屋のようだ、とジータは思う。生きるために一番必要な食事はベリアル──自分を監禁している者によって与えられる。
 今の彼女の生殺与奪の権利はベリアルが握っているに等しい。もっとも、星晶獣の生んでもらうという目的からしてジータを生かしても殺すことはないだろうが。
 洗面所も広く、内装はグランサイファーにあるものより上等。監禁状態でなければ心躍るが、今の状況からしてとてもそんな気持ちにはなれない。
 大きな鏡には金髪の少女の疲れた顔が映っている。ここにいる限り毎日こんな顔なのだろうな、とジータは思い、備え付けられていた歯ブラシで口内を清潔にし、水で顔を洗い終わると部屋に戻り、テーブルに着いた。
 少しすればトレイを手にベリアルが戻ってきた。食事の乗った皿たちを配膳していく様子は一流レストランのウェイターのよう。
 肝心の料理たちはパンや温かいスープ、みずみずしい野菜たちのサラダに、オムレツやベーコン……といった極々普通の朝食だが、空腹のスパイスによってとても美味しそうに見える。
「……いただきます」
「味はどう? ファーさんに作っていた頃の記憶を頼りに再現してみたが」
 手を合わせ、食事を始めるも、ジータの向かい側の椅子に座ったベリアルがずっとこちらを見てくるので正直食べづらい。
 居心地の悪さを感じながらも口にすれば、グランサイファーのキッチンに立つローアインの作る料理を思い出させた。独特の話し方をするが、気が良くて優しい彼の作ってくれる料理が恋しい。
「味は……悪くない」
 本当はとても美味しいが、死んでもその言葉は口にしたくない。それにきっと空腹だからだとジータは決めつけ、ぶっきらぼうに答える。が、ベリアルは「よかった」と微笑むばかり。
「ねえ……ちゃんと食べるからこっちを見ないで」
「いやぁ、人が食事するところなんて普段見ないからさ」
「あなたってルシファー以外はどうでもいいんじゃないの?」
「他の有象無象はそうだが、キミは特別なのさ」
 なにを言っても思う通りにはならないこの男にうんざりするようにため息をつくと、ジータは黙々と食事を続けた。艇ではグランやルリアたちと会話を交えながらの楽しい食事時間が、今では遠い日々に感じられる。
 いつかここでもそんな日が送れるようになるのだろうか。いいや、きっと来ない。もし送れるようになったらそれは、ジータが壊れてしまったときだ。

   ***

「オハヨウ、特異点。よく眠れたかな?」
「ぅ……」
 時間や日付が分からないジータにとって三度目の目覚め。だが、昨日と違って吐き気が彼女を襲った。
 慌ててベリアルの腕から逃れ、ベッドから下りると口を押さえながらトイレへと駆け込み、便器の中へ向かって嘔吐していると背中をさすったり、髪が汚れないように耳にかける手があった。
 それを振り払う余裕など彼女にはなく、介抱を受けるしかない。
 しばらくして落ち着きを取り戻したジータはベリアルに促されて洗面所で口をすすぎ、ベッドへと戻った。縁に座り、違和感を感じる腹部に手を当てていると、視界の中に黒い靴が映る。顔を上げれば、処理を終えて戻ってきたベリアルが正面に立っていた。
 具合を聞かれ、素直に腹部の違和感を訴えれば彼にしては驚いた表情をし、膝を折ったベリアルが耳をジータの腹部に当てれば、高揚したような笑いが短く漏れた。
「今までの被験体は早くて一週間くらいかかったのにマジかよ! やっぱりキミは特別なんだな! 特異点!」
 ジータの腰に腕を回し、ぎゅうぎゅうと子供のように抱きつきながら見たことのないくらいに大喜びするベリアルの様子にジータはぞくり、と背中にくるものがあった。
 まさか、そんな、だってありえない。
「オメデトウ、特異点。懐妊だ」
 腹から顔を上げ、興奮しながらの言葉はジータにとって死刑宣告をされたようだった。
 頭が真っ白になる。通常の妊娠はこんなにも早くはない。そこで思い出すのはベリアルの言ったある言葉。
 ──キミのカラダはもう普通じゃない。
 ジータの目から、一筋の涙が流れた。