私はお母さんで、あなたは息子で

 叶わぬ恋をした。それは死んで、新たな命として生まれ変わってもなお、引きずって。
 剣を取って戦う必要もなく、空に島が浮いていることもなく。空の記憶は今のこの世界で言えば空想の話に出てくる夢物語。
 今でも鮮明に思い出せる仲間たちの姿。ルリアやビィの姿をいつまでも探しながら、私は一人の女として現代社会で生きていた。
 かつての力はなく、今ではただの一般人。毎日を仕事に忙殺されながら暮らしていたある日、私は彼と出会った。
 様々な理由で親元から離れて暮らす子どもたちがいる施設。そこで私はベリアルと出会った。
 ずっと止まっていた時計の針が動き出したような気がした。青い空の下、永遠に叶わないと思っていた……胸にくすぶる恋が激しく私に訴える。
 気づけば私は彼を引き取り、血の繋がらない母親として彼を育てていた。
 ベリアルには記憶がなく、素直に母と慕ってくれる彼に私は女から母親へと変わっていった。
 そして、今日。彼は無事高校を卒業した。
 反抗期もなく、かつての彼のように淫らな生活を送ることもなかった。真っ当な人間に育ってくれた。これからも彼との平穏な日々が続くのだと思っていたし、願っていた。
 ……けれど。

   ***

「今まで育ててくれてアリガトウ。――特異点」
 ベリアルの言葉に、ジータの時が止まった。
 夕食を終え、リビングで雑談している最中。自分のコップの中身が空になったので冷蔵庫に入っている飲み物を入れようと立ち上がり、さあ扉を開けようとしたときだ。
 彼の言葉に手から力が抜け、持っていたガラスコップが割れ、乾いた音と一緒に床に破片が散らばるもジータの心は別のところに意識が向いていて気づくことはない。
 心臓が激しく脈打ち、耳と胸が痛い。今、ベリアルはなんと言った?
 激しく動揺するジータをよそに、ソファーに座っていたベリアルは立ち上がるとキッチンの母親のもとへ。
 ベリアルに背を向けるように立っていたジータは彼に腕を取られ、無理やり体を反転させられると、両手首を掴まれて冷蔵庫に縫い付けられる。
 制服の上着を脱いだワイシャツ姿の彼。見慣れた姿だというのに、体の芯から震えてくる。
「べリ、アル……? 記憶が……?」
 義理とはいえ、息子。大切に育ててきた男の行動に対してようやく吐き出した言葉は乾き切った微かな声。
 信じられない。いつから? 揺れる瞳が物語り、ベリアルは妖しく口元を上げながら答える。
「最初から。まさかキミがオレを引き取って育ててくれるなんて思わなかったよ。面白そうだから今までずっとイイ子の振りをしてた」
「ッ……!」
「キミもよく知ってるだろ? 人を騙すのが生きがいなのさ」
 最初から。その言葉に打ちのめされる。全てはベリアルの手のひらだったのだ。
 目の奥が熱くなり、涙が浮き出て頬を流れる。胴震いし、嗚咽を漏らすジータの雫をベリアルが舌で舐め上げ、鼻先が触れるほどの距離でクツクツと笑い始める。
「くくくっ……ハハハハッ! そうだ! その顔がずっと見たかった! 長い長い焦らしプレイでイッちまいそうだ!」
 声高らかにあざ笑うベリアルは今までの優しい彼の面影はなくて。
「やめて……」
 揺れる声で絞り出すのは否定の言葉。違う。こんなの嘘だ。悪い夢ならば覚めてほしいと希求していると、再びベリアルが顔を近づけてきた。
 ──怖い。この世界ではジータはか弱い一般女性。かつての力はない。強まる手首の力に男女の純粋な力の差を感じ、そしてこの先の展開を想像して顔から血の気が引いていく。
「やめて、だなんてどの口が言うんだ? オレに欲情してたクセに」
「そんな、んっむ!?」
 拒絶の言葉は乱暴な口づけによって封じ込まれる。
 彼の言うとおり前世でベリアルに対して禁断の恋心を抱いていた。けれど自分の立場を考え、封印した。
 かつての世界で命の灯火を燃やし尽くした果てに新たな命として、なににも縛られない一人の人間として生まれ、生きていたジータの前に施設で育つベリアルが現れた。
 かつての恋を忘れられずに彼を引き取り、一人の母として大切に育ててきた。その過程で恋の感情は親の愛情へと変わっていき、これから先も平和に暮らしていくのだと思っていた。それなのに……。
「ふっ、や、んっ、うぅ……!」
 逃げようと顔を背けても蛇のような舌が口の中に入り込み、絡め取られる。くちゅくちゃと恥ずかしい音が鼓膜と脳を犯し、頭がぼうっとしてくる。
 血が繋がっていないとはいえ、ここまで大事に育ててきた息子に口を犯されている事実は親として到底受け入れられない。
 それなのに身体は熱くなっていく。前世はもちろん、現世も宿世の恋を引きずっていた影響でこの歳まで恋人はおらず、キスの経験もない。
 ベリアルにもたらされる快感に溺れそうになる。駄目なのに。母親と息子なんて駄目なのに。
「ぁ……」
「おっと。キスだけでトロットロじゃないか。もしかしてハジメテだった?」
 無理やりのキスなのに最後は可愛らしいリップ音を鳴らしてベリアルは離れた。すると身体から力が抜けていき、立っていられなくなったジータは膝から崩れそうになるが、途中でベリアルが抱きとめたため、ガラスの破片が散らばる床に膝をつくことはなかった。
 そのままベリアルはジータを横に抱き、前髪にキスを落とすも彼女は無反応。絶望に縁取られた目は光を失い、微かに開いた唇からはボソボソと言葉を発しているが、内容は聞き取れない。
 そんな彼女を見てベリアルは柔らかく笑うと鼻歌交じりに歩き出す。向かうはジータの部屋。しかし、ドアノブに手をかけたところで口元を吊り上げると扉を開けずに隣の部屋へと移動し、中へと入る。
 そこは──ベリアルの部屋だった。
 置かれているのは必要最低限のもので悪く言えば殺風景。極々普通の高校生の部屋。部屋全体の明かりは点けず、自らが使用しているベッドにジータを横たえるとサイドテーブルに置かれているテーブルランプを灯す。
 ふんわりとした橙色の光がベッドを照らし、未だに反応を示さない母親の姿をベリアルは視界に捉える。身体を小刻みに揺らす女はかつては全空最強とまで言われた女とは思えないほどに弱々しい。
 歪んだ征服欲が湧き上がる。前世ではついぞ味わうことができなかった女。弱くなってしまったのは残念だが、“ジータ”を犯せるという現実にベリアルの股間が痛いほどに膨れ上がる。
 ジータの脚を開き、その間に身体を滑り込ませる。首筋に顔を寄せればその体臭は甘ったるく、同時に安心感を感じさせた。
 こうして甘えるのもいいが、今から──血の繋がりはないとはいえ、母をレイプするのだ。本当は合意がいいが、ジータは無理だろう。彼女はこの世界でもいい子ちゃん過ぎるのだから。
 上体を起こしてジータの服を捲り上げれば控えめなデザインのブラジャーに包まれた乳房が現れた。年齢とは裏腹にみずみずしく、ハリがあり、ベリアルは乾いた笑いを漏らす。気付けば、片手を伸ばしていた。
 布越しなので触り心地はあまりよくない。それでも男の手の中でふにゅふにゅと形を変える様は見ていて面白い。
 胸を隠す邪魔な布を上へとずらすと、まろい果実が転び出た。先端は生娘を連想させる薄紅色でツン、と尖っている。それはベリアルに“食べて”と言っているようにも思えた。
「なあ、息子のベッドの上で我が子に抱かれる気分はどうだい? マ・マ♡」
「あぁっ……! 嫌だっ! イヤぁッ!!!!」
 ベリアルの言葉に意識がこちら側に戻ってきたジータは激しく暴れるも、無意味。
 ベリアルは勉強机の椅子に掛けてあった制服のネクタイを身を乗り出して取ると、ジータの両腕を頭上で固定し、縛り上げた。
 ジータは泣きじゃくりながら「こんなのおかしいよ……っ」とベリアルを拒絶するも彼は無視して母性を感じさせるたわわな膨らみへと向かう。
「ひぅっ!?」
 かぷ、と乳輪ごと胸の飾りを口に含み、吸い上げる。それは赤子が母乳をねだるような可愛いものではなくて、雄が雌を喰らういやらしいモノ。
 じゅるっ、ちゅっ、ちゅぅぅ。
 わざと音を立ててジータを辱め、残りの柔肉もその感触を楽しむように揉み込む。手の平に吸い付く肌はすべすべで、極上。空の世界では男女問わず様々な身体を味わってきたが、ジータの肉体は一番心地いい。
 こう感じるのは彼女への歪んだ感情からなのか。
「やだぁ……! やめてっ……! あッ、んぅぅ……!!」
「フフ。嫌だって言っても身体の方はキミの心を表しているじゃないか」
「ン……あぁッ!」
 羞恥心に頬を染めたジータが嫌だ嫌だと駄々をこねるようにかぶりを振るが、ベリアルによって尖りを抓られると首を反らせて甘い声を上げた。
 ベリアルは乱れる母の様子をじっくりと見つめ、乳首を摘んでいる指で乳頭をこねたり潰したりと遊んでいると少しずつ我慢という名の壁が崩れていくのを感じた。
 拒絶と嫌悪の大粒の涙は、今ではどんな感情の涙なのか。
 泣きながら感じているジータを視姦しながらしばらく乳房を味わっていたベリアルだが、次の行動へと移る。
 自分の印を付けるようにキスマークを白い肌に散りばめながら少しずつ下へと移動していく。
 下半身はロングスカートによって守られているも、ベリアルは気にすることなく布地の上から子宮がある場所に愛おしくキスを送り、その身を起こした。
「一気に大人しくなったねぇ? 諦めて息子に抱かれる気になったかい?」
「そんなわけ……」
「本気で嫌だったらもっと暴れるし、叫べば誰か通報してくれるかも? そうしたらオレは無事お縄というワケさ」
 両手首を合わせて手錠をかけられる動作をすれば、ジータの顔が悲痛に歪む。
「優しいのか、馬鹿なのか……。まあイイけど」
 ベリアルはもう星晶獣ではない。ジータと同じ人間なのだ。下手をすれば人生が破滅する。
 義理の息子にレイプされているというのになんておぞましい博愛。
 なにも言わないジータに対してベリアルは興味なさそうに息を吐くとその両手はスカートと下着へと伸びる。二枚とも指に引っ掛けると、一気に脱がした。
「ッ……!」
 眼前に現れたのはうら若き乙女をイメージさせる初々しい女陰。ジータは恥ずかしさから目を強くつむり、顔を背けると脚をぴたっと閉じた。
「隠すなよ。よく見せてくれ」
「っ……うぅ……!」
 ジータの両脚をM字に開き、顔を近づければメスの淫靡な香りが鼻腔をくすぐる。
 男など知らないと主張するピンク色の女性器。形の整った陰唇の中心にある小さな穴からはトロトロと愛液が流れ、性器を卑猥に輝かせている。
「アァっ! そんなところ、やっ……! 吸わないで……っ……! や、めっ……!!」
 上部に付いている飾りを剥き、ぬめった舌で撫で上げればジータの腰が揺れる。クリトリスに当てた舌を左右に動かしたりと、小さいのに快楽を得やすい淫乱器官への責めは強くなるばかり。
 コリコリとした小さな豆に何度もキスを送り、吸えば強すぎる悦楽に女の悲鳴が上がる。蜜も溢れるばかりでジータのアソコはもうぐちょぐちょ。
「ン……フフ。ママの愛液で指がヌルヌルだ」
 性器全体に甘い蜜を塗り広げ終わる頃にはベリアルの指はテラテラと淫猥に光っていた。その指をジータに見せつけながら閉じたり開いたりすれば、動きに合わせて粘性の透明な糸が引く。
 ジータを揶揄したところでベリアルは再び顔を淫性器へと埋める。向かうは吐淫を滴らせる矮小な穴。物欲しそうにヒクヒクと蠢き、貫かれるのを待っているようだ。
 うっそりと目を細めると小さな花びらを軽く食み、長い舌を産道に続く穴へとゆっくりと沈ませていく。温かく狭い道を進んで行けば触れている脚がぶるぶると震える。
 際限なく湧き出るシロップに溺れそうになりながら、細かい襞を舌で撫でればジータの身体の振動が面白いように大きくなった。
 脚に触れていた両手を胸へと伸ばす。汗ばんだ肌はしっとりして触り心地がいい。ただ揉むだけなのに欲を煽り、ベリアルの顔が火照ってくる。
 ジータの身体の感触、声……全てが果て無き欲望を増長させ、ベリアルを楽しませる。
 思うがままに揉みながらカチコチに勃った乳頭を摘んだ。コリコリと芯のある感触に今度は強めに刺激すればジータは左右に首を振りながら背をしならせる。
「ひぃっ! もう許してぇっ! そんな一気に、あぁッ! んん〜〜〜〜ッ!!」
 瞬間、ジータの身体は脱力し、ベリアルは堕ちた女を前にして上半身を起こす。見下ろす彼女は絶頂したことで大きい呼吸を繰り返し、頬を涙で濡らしながらぐったりと動かない。
「…………」
 ベリアルは制服のボトムを寛げると反り勃つ男性器を露出した。鈴口からは我慢汁がとろりとろりと流れ落ち、血管の浮かんだ砲身を濡らしている。
 太さも長さも星晶獣時代とあまり変わらない凶悪な代物。受け入れるためには指で解したりも必要だろうが、ジータの年齢からしてオトコは経験済みだろう。
 膣はたっぷりと潤っているし、多少無理をしても大丈夫。そう考え、ジータのナカへと緩慢な動きで少しずつ腰を進めていくと、無反応だったジータが鋭い声で痛みを訴えた。つられるように結合部を見れば、ソコからは血が滲み出ている。
 まさかその優れた容姿で、その歳で──処女。
 これには素直にベリアルも驚いたが、ここで抜くほど彼は優しくはない。
「おやぁ? キミ、ヴァージンだったのか。オレに操を立ててくれていたのかい? 嬉しいねぇ。実はオレも今世ではまだ童貞でね。息子のハジメテ貰っておくれよ、マ〜マ♡」
「ひッ──ぁ、あ……!」
 どちゅん! と、一気に貫けばジータの双眼は見開かれ、衝撃により口は餌を求める金魚のように開閉を繰り返す。
 ベリアルが童貞なのは事実。今日という特別な日のためだけに姦淫することはせず、育ての母をオカズにした自慰だけに留めてきた。
 久々の肉快楽は強すぎる締め付けと共にベリアルを一気に射精へと導く。まだまだ射精せるのでこのまま一度達してもいいのだが、堪える。
「あっ、ぁ、アァッ……」
 浅い抽送を繰り返していると身体を揺さぶられる度にジータの声が上擦り、短い啼き声は痛苦の中に快楽が混じり始める。痛みはそこまで感じていない様子。
 愛液と血液がペニスで撹拌され、繋がっている場所で泡立つ。粘った音と肌のぶつかる音やジータの声が合わさって部屋に広がり、膣肉との摩擦快楽にベリアルの息も上がってくる。
 下りてきた子宮口が亀頭にちゅうちゅうと吸い付き、ザーメンがせり上がってくるのをベリアルは自覚した。
「別に処女厨ってワケじゃないんだが……。ハァ……まさかキミが生娘だなんて思わなかった」
「うっ……うぅ……」
 下半身を揺り動かしながらの言葉にジータははらはらと涙を零し、歯を食いしばる。
「ハッ……そろそろ射精させてもらうよ。もちろんキミの子宮ナカに」
 決定的な言葉にジータの涙は止まり、濡れた瞳がベリアルを映す。その目は激しく動揺しており、すぐに言葉が出てこず、数回口を開閉させたのちにようやく言の葉を絞り出す。
「な、か……? 待って、あなた人間……」
「そう。星晶獣のオレは種無しだったが今は違う。キミもオレもニンゲンだ」
 つまり、子どもを作ることができる。
「あ──あぁぁぁっ! 駄目っ! それだけはっ、お願いベリアル! 中に出したら赤ちゃんできちゃうからぁぁっ!!」
「いいじゃないか。オレとキミの子ども。オレがキミを本当のママにしてあげる」
 今までの無抵抗が嘘のように暴れだすも、ベリアルはどこ吹く風。上機嫌で欲望の限りを尽くす。
 口ではベリアルを拒絶しても膣はぐっぽりと彼自身を咥え込み離さない。子種をねだるように絡みつき、愛液をたっぷりと纏った肉壁で抱きしめてくる。
 一人アソビでは得られぬ胎内の熱にベリアルは──果てた。
「やめてぇぇぇっ!!!! やだっ──あ……ぁァァッ!!!!」
「ッ、フフフ……! あぁ、射精る……ッ!」
 ジータの言葉とは裏腹に潤った肉貝が蠢き、その導きに抗うことなくベリアルは精液を赤ん坊の部屋の奥の奥に向かって注ぎ込む。
 子宮の入り口にぴったりと当てられた小さな穴からは熱くたぎった濃厚体液がびゅるびゅると溢れ出し、一度に入り切らなかった白露が逆流して結合部の隙間から滲み出てきた。あまりの淫らさに射精したばかりだというのにペニスは萎えず、逆に硬度が増してくる。
 ──今頃ナカでは精子がジータのモノに群がっている頃だろう。外でも、ナカでもレイプされて本当にかわいそうに。
 どこか他人事のように考えながらベリアルは汚濁を膣壁に馴染ませるように腰を前後させる。ナカが痙攣しているのを味わいつつ、ぬちゅぬちゅと恥ずかしい音を立てながら汚染液で母親を犯し尽くす。
 ふぅ……。ひと息つくと、ジータの両脚を持つ。前へと重心を移動させ、のしかかった。
 より深くねじ込まれる猛りにジータは苦しそうな声を漏らし、それはかんばせにも表れる。双眸を閉じるとギュッと眉根が寄せられた。
「もう、やめて、抜いてっ……」
「ムリムリ。十代の性欲を舐めないでもらいたいねぇ。それに……キミは本当は嬉しいんじゃないか? オレに抱かれて」
 ベリアルはジータの手首の拘束を解き静かに告げる。その目に彼女をあざ笑う様子はない。
 ジータはベリアルの言葉に瞠目する。互いの呼吸が感じられるほどに近い距離で見つめる彼女の瞳の奥からは動揺が感じられた。
 愚かだと、ベリアルは思う。ジータが自分に恋愛感情を抱いていたことは知っていた。そして自らの立場にがんじがらめになって、その感情に蓋をして奥底へと封じていたことも。
 そんな彼女は空の世界ではついぞ誰とも契らず、寿命を迎えて散っていった。
 記憶があってももうここは空の世界ではない。彼女を縛るものはなにも無いというのに、ジータは自分自身でその心に呪縛をかけている。
 偏見と固定観念にまみれた“常識”という鎖で。
「なぜ気持ちを偽る? もうキミは特異点でも、団長でもないんだ。……前世では他人に尽くしてきたんだ。今世くらいキミ自身の人生を謳歌するべきでは?」
 自由になったジータの腕を取り、ベリアルは自分の背を抱かせる。
 ジータの顔は“どうしてそんなことを言うの”と大粒の涙を目元に蓄え、忘れかけていた本当の気持ちと義理の親子という天秤の間で感情を揺らめかせていた。
「……もちろん今でも一番はファーさんさ。それはどう足掻いても覆らないんだよ。申し訳ないけどね。けど今はキミだけを見ている」
 愛なんて陳腐な言葉では表すことなど到底できない主とは未だ出会えていない。それでもベリアルはルシファーを求める。もはやベリアル自身でもどうすることもできない激情。
「やめて……私はあなたのお母さんなんだよ……? そんなこと言わないで……私を女に、しないで……」
「ここにはオレとキミしかいない。誰もキミを咎めたりしない。これはオレとジータだけの──ヒミツ」
 ジータの両頬に触れると静かに、真綿に包むように極めて優しくベリアルはジータの唇に己を重ねた。舌を絡めることはしないプレッシャーキス。
 混沌とした感情の荒波に揉まれているジータの目からは一縷いちるの涙が流れ、表情もくしゃりと歪む。けれどベリアルの背を抱くその力が、彼女の心の傾きを示していた。

   ***

「ただいまママ。今日はファーさんを連れてきたんだ」
「あら、おかえりなさい。そして久し振りだね、ルシファー。元気そうでよかった」
 ベリアルに連れられて彼の自宅マンションへとやって来たルシファーはソファーから立ち上がった一人の女の姿に無言で眉をひそめた。
 ──ベリアルとルシファーの出会いは大学に入学してしばらくしてからだ。互いに目立つ顔をしているためすぐに噂になり、それを聞きつけたベリアルがルシファーのもとに駆け付けたのだ。
 そのときのベリアルの顔はずっと会えないでいた親にやっとの思いで再会した子どものような表情をしており、人目も憚らず抱きついてきて離れず、現在でも時間があればべったりなので大学の人間たちの間では二人は恋人ということになっているが、そんな事実はない。
 訂正するのも面倒なのでルシファーは放置し、ベリアルは逆にそういう認識が他人にあることに悪い気はしないのでなにも言わず、ルシファーに対して以前と同じように振る舞っていた。
「オレの母親に会わせたいと連れてきた結果が……特異点か」
「よかったねベリアル。ルシファーと再会できて。あっ、そうだ。時間も時間だから夕飯食べてって。積もる話もあるし、ね?」
 いいことを思いついたとでも言うようにジータは手を合わせると、ニコニコとした笑顔を浮かべたままキッチンへと向かう。
 ルシファーにかけた言葉からしてジータにもはっきりと記憶が残っているはず。それなのにあんな笑みをかつての敵に送るとは。
 これは狡知がなにかをしたと、隣に立つ男をルシファーが見上げれば視線が絡み合う。
「特異点はオレの育ての親だよ。施設から幼いオレを引き取って大事に大事に育ててくれた」
「…………」
「だが壊れちまった。蒼空の頃からの恋を転生してまで引きずって……オレを引き取ったのはいいものの、女を封じて母親になってしまった彼女の中では女としてオレを愛する心と、親としての自分がせめぎ合って……今ではオレのことを息子として認識できなくなった。昔と変わらずママと呼んでも今の彼女は夫婦間の呼称としか思わない」
「自己防衛本能で記憶を改ざんしたか。自分の都合のいいようにお前との関係を新たに作り出した」
「ま、別にオレは気にしてないけどね。それに彼女にはこれでも感謝してるんだぜ? つまらない場所から連れ出して不自由ない暮らしをさせてくれた。そして……オレの密かな願いも叶えてくれた」
「願い?」
「星晶獣時代には興味から空の民と家族ごっこをしたこともあったんだが……自分の血を分けた子じゃないからピンとこなくてね。孕ませたくてもオレは種無しだったし。けど今は人間だ。だから彼女を孕ませた」
 キッチンに立ち食材を切るジータのところへとベリアルは向かい、後ろから抱きしめるとその手は腹部へと重ねられる。
「オレたちの子はどんな子になるかな? 楽しみだね、ママ」
 ルシファーから見える位置に立つジータの腹はよく見れば少し膨れており、子が宿っているのは事実のようだ。
 ベリアルの腕の中にいるジータは困り顔をしながらもどこか嬉しそうで。
「そうだね」
 彼の手に自分の手を重ねてうっとりする女は、壊れた笑みを浮かべている。