序章
「ん……? ここは……?」
ジータが目覚めるとそこは見知らぬ部屋。まるで王族や貴族の者の部屋かと思うほどに広く、絢爛なここは彼女の記憶の中にはない。
記憶の糸を手繰り寄せるも、自分がここにいる理由は分からずじまい。ぐるりと周りを見渡し、ジータは自分の置かれている状況を整理する。
彼女が寝かされていたベッドは大きく、おそらくはキングサイズ。離れた場所には暖炉があり、ぱちぱちと音を鳴らしながら木が燃えている。火があるということはこの場所は寒いということだろう。
部屋のどこにも窓はなく、唯一の出入り口は正面にある木製の扉のみ。
(ここはどこなの……? たしか、一人で街を歩いていて、それで……)
時計もなく、外の様子を確認できる窓もない場所に一人。ジータの中に不安が芽生える。だがこのままジッとしているわけにはいかない。とりあえずは部屋の探索をしようと動き出そうとしたとき、赤茶色の扉のドアノブが回った。
「やあ、特異点。目が覚めたのか。気分はどうだい?」
「ッ!? ベ、ベリアル……!? どういうことなの……!?」
木が軋む音を立てながら入ってきたのは狡知の堕天司ベリアル。彼は弟のグランや仲間たちと一緒に戦った相手。
それでもあのとき、彼は本気ではなかった。未だ実力が未知数の星の獣、しかも訳も分からないこの場所で二人きりということにジータは内心焦る。
武器があればそれを手に取り、立ち向かうことができるが、今の彼女にはなにもない。
全身の毛が粟立つ。心臓は鼓動を速め、呼吸も浅くなる。きっとこの男がこんな場所に連れてきたんだ。この状況からしてそれしか考えられず、また、なぜ自分が? とジータの中に疑問が浮かぶ。
ベリアルはジータが混乱する様子にいじらしいものでも見るような眼差しを向け、楽しそうな雰囲気を纏うと床に敷き詰められた絨毯の上を口元に弧を描きながら歩き、ベッドの縁に腰掛けた。その様子をジータは見ていることしかできない。
自然と向き合う形となり、ジータの黄星とベリアルの赤星が重なり合うも、ジータには彼の感情は読み取れず。
「ここはどこ。私を閉じ込めてなにをするつもり」
彼に不安の感情を悟らせぬよう、睨みつけながら気丈に振る舞う。彼に付け込む隙を与えるわけにはいかない。
「どこか、なんてどうでもいいじゃないか。終末が成就するまでキミはここから出ることはできないんだから」
「意味が分からない……」
「そんなことより気分は? どこか具合悪かったりする?」
「気分なら最悪。知らない場所に閉じ込められて、いきなり訳の分からないことを他の誰でもない、あなたの口から聞かされてね」
「ふむ。術後の経過はよし、と」
「術後……?」
「さて、と。特異点。キミが知りたがっていることを教えよう。キミには──星晶獣を生む“苗床”になってもらう」
「星晶獣を生む……!? な、なに言ってるの……!?」
「大いなる目的のためには駒はいくつあっても困らない。そうだろう?」
終末の邪魔をする者たちに対抗するため、強大な力を持つ星晶獣を戦力に加える。その理由は分かったが、人間の腹に宿すことなどできるわけがないとジータは息を呑む。
ヒューマン、ドラフ、エルーン、ハーヴィン。人間同士でも違う種族間には子供は生まれない。なのにヒトですらない星晶獣をどうやって生むというのか。混乱を極めるジータを他所にベリアルは過去を懐かしむように目を閉じ、ゆっくりと思い出のカケラを語り始めた。
「昔、凍結されたファーさんの研究の中に人間の女に星晶獣を産ませるというものがあった。星晶獣の子供を孕めるように改造を施すまでは成功したが、空の民も星の民も妊娠はできても出産時に死亡。肝心の星晶獣も出来損ないの失敗作。危険極まりないと最高評議会によってすぐさま凍結された禁断の研究だ」
ジータは言葉を失う。自分が星晶獣を産めるように改造された? もしこれが本当ならば自分も死ぬのではないか。成功例がないのだから。
「だけどキミなら上手くいく気がするんだ。キミは“特異点”なのだから」
特異点。ジータとグランのことを天司たちはそう呼ぶ。この世界にとって特別な存在らしいが、彼女や彼はそういった自覚はあまりなかった。
ベリアルはジータの揺れる瞳を見つめ、安心させるように両手で頬を包み込むと暗示をかけるように言い聞かせ、彼女をベッドに押し倒した。
柔らかなマットレスが優しく体を受け止めたので痛みなどはないが、覆い被さってくるベリアルに対してジータの頭の中で警鐘が鳴り響く。
ベリアルはジータを星晶獣を生む苗床にすると言っていた。子供を作るために行う方法は未経験とはいえ、なんとなくは分かる。
このままではまずい! そう直感したジータは考える前に行動を起こしていた。全力で暴れ、ベリアルを振り払うと部屋に一つしかない扉へと駆ける。
だがその扉が開くことはない。ドアノブはガチャガチャと虚しく回るばかり。鍵穴もないため、魔法かなにかで施錠しているのだろう。
冷や汗を流しながら必死の形相で扉を叩き、ノブを回していると、背後から忍び寄る影。
「こらこら暴れない暴れない」
「放してッ! 誰が星晶獣の子供なんかっ!」
「落ち着けって。痛いことをするわけじゃないんだから。まあ最初はチクッとするかもしれないが、きっと病みつきになるさ」
後ろから抱きしめられ、腕の動きが封じられる。堕天司と人間。その力の差は歴然。どんなに暴れてもびくともしなかった。
それでも逃れようとする意志は潰えず。ベリアルはため息を一つつくと、片手でジータの顎を掴み、無理やり上へと向かせる。
ベリアルの行動の意図を知ったジータは彼の赤い目を見ないように目を閉じようとしたが、その前に視界が紅く染まった。
アナゲンネーシス。彼の得意技。至近距離で浴びせられた魅了の術はジータに強烈に入り、全身に淫らな熱が走る。膝が笑い、自分の力で立っていられなくなったジータの両膝は絨毯の上に崩れ、思考に深い霧がかかっていく。
動けないでいるジータを優しく横抱きにすると、鼻歌交じりにベリアルはベッドへと向かい、中心に彼女を下ろすとその上に覆い被さる。
鼻先がくっつきそうなくらいの距離。ジータはせめてもの抵抗だとベリアルを睨むが、彼は意に介さずその口を邪悪に歪めるのみ。
「さあ、愛し合おうか」