第三章
「浮かないカオをしているけど、大丈夫? ジータ」
「え? 私、そんな顔していました……?」
色とりどりの植物に囲まれた広大な庭にぽつん、と置かれているガゼボ。その下でジータは一人の男とティータイムを楽しんでおり、声をかけられたことで我に返る。
顔を上げた先にいるのは暗い茶髪の男。白を基調にした軍服に身を包んだ男はジータよりも透明感のある肌に血液を一滴落としたような目、鼻筋の通った大変美しい顔をしていた。
「姫と結婚して二ヶ月ほど。国が恋しいと思うのも当然のことだ。気にする必要はないよ」
「……ありがとうございます。皇子」
専属メイドを一人連れて大国に嫁いできた少女に対して柔らかく微笑む男は年上の余裕があった。どこまでも優しい彼にジータはまた一つ、心惹かれる。
──剣が握れなくなってから二年ほど経ち、十七になったある日、ジータのもとに結婚話が舞い込んだ。相手はジータの国よりかも遥かに巨大な帝国と呼ばれる国の皇子。
こんな田舎の国の王女になぜ? という気持ちもあったが、最近は魔物が増えて負傷する兵や民間人も増えており、帝国と繋がりができれば守りの強化や商いでも自国の助けになるはずだとジータはすぐに縁談を受け入れた。
結婚式は盛大に行われ、ジータは専属メイドのルリアと共に国を離れて帝国へ。新しい生活に慣れるのはとても大変だったが、夫である皇子──ベルは年の離れた妻を気遣い、ジータは平穏な日々を過ごしていた。
故郷では力が強い者が先陣切って戦うのが当たり前という意識から兵士たちに混じって魔物と戦うこともあったが、帝国ではそれもない。
兵士たちの数も使用する武器の質も圧倒的に上で上流階級や王族が戦うことなどまずなかった。
剣は握れずとも、魔法を駆使して後方から敵を殲滅してきた身としては少しばかり今の生活は歯痒いが、色々気を遣ってもらっているのだ。余計なことは言えず。
「皇子、聞いてもいいですか?」
「ん? なんだい」
ティーカップを持ち上げ、香り高い紅茶を一口飲んだところで口を開くジータの目線は自らの手元に向けられている。
左の薬指に光る真っ赤な宝石があしらわれた指輪は、ベルとの夫婦の証。
「皇子はなぜ私を妻に? 私は……帝国と比べると小さな国の王女。……正直、皇子ならば選び放題でしょう?」
純粋な疑問だった。国も小さい。顔だって自分より整っている姫も多くいる。その中でなぜ私を選んでくれたのかと。
不安げな顔を浮かべるジータに対して、ベルは「ウフフッ」と軽く笑う。それにつられて顔を上げれば、彼はどこか恥ずかしそうに指で頬を掻く。
その仕草がどこか幼く見えて、ジータの心臓が高鳴る。
「実は……一目惚れなんだ」
「一目惚れ?」
「ああ。キミの強さと、身を挺して民を守るその高潔さにね。出会った瞬間、オレの妻になるのはキミしか考えられなかった」
「私、皇子と会ったことが……?」
「覚えてないみたいだね」
「……すみません。私、記憶が欠落している部分があって。もしかしたらその記憶の中で皇子と会ったのかもしれないですね」
「オレのことを覚えていないのは残念だけど……些末なことさ。これからはずっと一緒にいるんだから」
「……私は皇子に相応しい女でしょうか」
「なぜ自分を卑下する? オレとしてはキミのような女性は初めてなんだが……」
「民を思う気持ちは今も昔も変わりません。でも……今の私は、弱い女です。リディルを握って戦うことができなくなりましたし、最近では魔法の調子も悪くて……」
ジータは腰にある剣を見る。
共に戦うことはできなくなった相棒だが、今でも肌身離さず帯剣している愛剣。いつかは再び手に取って戦える日がくるのだろうか。
剣の代わりに魔法の修行を積み、それなりに戦闘はできるようになったが、理由は分からないが最近は魔力コントロールが上手くできず、初級の魔法が使えるかどうかまで弱体化してしまった。
ベルはジータの強い姿に惹かれたと言っていた。だが今の彼女は弱い魔物も一人で倒せるかどうか。完全に自信を失っていた。
「それは……」
「ッ!? なに!?」
穏やかな雰囲気の中に突如として耳をつんざく爆発音が響く。四方八方から聞こえる悲鳴に異変を察知した二人が立ち上がるのとほぼ同時に、丈の長いメイド服を着た蒼髪の少女が慌てた様子で駆けてきた。
「姫さまっ、皇子! 大変です! 市街に突然魔物が現れて……! 大群の中には巨大な竜の姿も確認されています! 早く城の中に避難してください!」
息を切らしながら告げる少女の言葉にベルとジータの身に緊張が走る。ベルは冷静に「民の避難は?」と聞き、ルリアは「兵士さんたちが手分けしていますが……」と言い淀む。その言葉で事態は芳しくないことが容易に分かる。
「キシャァァァァッ!」
「っ、下がってジータ!」
獲物を見つけたと、空からの強襲。中サイズの飛竜が一匹ジータたちがいる庭へと舞い降り、その鋭い鉤爪を振り下ろそうとしたがベルが飛び出した。
彼の手には瞬時に真紅の魔力剣が出現し、敵を一閃。一撃の名のもとに屠った。
「話をしている時間はないようだ。早く城の中へ!」
しんがりをベルが務めつつ、屋内へと避難した一行。城内は避難民でごった返しており、至るところで泣き声や医者を呼ぶ怒号が響き渡っている。
「オレは父上の元に向かう。ジータは蒼の少女と共に部屋に居てくれ。すぐに護衛の兵を向かわせる」
「あっ、待って……」
遠くなっていく白い背に手を伸ばすも、届くはずもなく。伸ばされてた手は空を掴み、静かに下げられた。
昔ならば民を守るために戦場へと身を投じていたが、今では逆に守られる立場。どうしようもないこととはいえ、悔しいことには変わりない。
拳を震わせるジータのその手を、ルリアがそっと握った。
「部屋に行きましょう。ジータ」
ルリアもジータの無力感が分かるのだろう。その表情には憂いの色が浮かぶ。
部屋に到着し、程なくしてベルの命令を受けたのであろう兵士が二名訪れたが、ジータは自分の身は自分で守れるからと、民間人のもとに向かうように皇子の妻としての新しい命令を下す。
兵士たちは迷ったが、ジータがもう一度強く言えば大人しく引き下がり、現在部屋にはルリアと二人きり。
こうしている間にも外からは激しい戦闘音が窓を叩き、不安感を増長させる。居ても立ってもいられず、ルリアの制止を無視して窓を開け、バルコニーへと飛び出す。
眼下では兵士たちが一般人を城内に避難させたり、魔物たちと戦ったりと混沌を極めていた。
地上には獣、獣人、不定形やアンデッドたちが蔓延り、空は竜族や悪魔などの翼がある魔物が支配していた。まさに地獄絵図。
「こんな、こんなことって……!!」
「ジータっ! 危ない!」
「ギャガッ!?」
呆然としているとルリアが叫ぶ。ジータたちのいるバルコニーに向かって怪鳥型の魔物が突進してきたが、城の魔法使いたちが発動したバリアによって弾かれ、身を焦がしながら落下していく。
これならば城にいる人間は安全……だと思いたい。あとは外の魔物たちをなんとかすればいい。
見える範囲では新たに魔物が出現している様子もないが……。
「皇子!?」
思わず手すりから身を乗り出してしまう。すかさずルリアが「危ないですよ!」と後ろから抱きつき、体勢を戻そうとするもジータは愛する人が兵士たちと共に戦っている姿に目を離すことができない。
まさに多勢に無勢。ベルたちは奮闘しているが、数の違いから戦況は悪化の一途を辿る。
「いやッ……! こんなの、ベル……っ!」
周囲を魔物たちに包囲されるベルと兵士を見てジータは欄干を掴んだまま床に崩れた。点々と濡れていく純白の衣装はジータの心の叫びを表している。
「──お願い! コロッサス!」
絶望に涙するジータに寄り添うルリアはなにかを決心したように顔を引き締めると立ち上がり、両手を重ねて前方に突き出す。
彼女の掛け声に呼応して清らかな光がルリアの足元から溢れ、それはベルたちのいる戦場に変化をもたらした。
「あれは……!」
濡れた視界の先に見える鉄の巨人。見るのは久しい姿だが、変わらぬ力強い姿は一閃で多くの魔物をなぎ払い、倒していく。
その圧倒的な力を振るう魔人を認識したジータは振り返り、メイドであるのと同時に親友でもある少女が自らの力を発現しているのを見た。
「これ以上誰かが傷つくのを見たくありません……! それにあなたの大切な人は私にとっても大事な人です。守ります……! 絶対に……!!」
(私の国でも知るのは限られた人間だけのルリアの能力は精霊を呼び出し、その力を引き出す秘術。けどその代償にルリアの体力が削られていく……)
精霊。それは超自然的な存在。ときには神として崇められる存在。なぜルリアが精霊を使役できるのかは謎に包まれているが、絶体絶命の状況を打破できたことは喜ばしいことだ。
「きゃぁっ!」
「ルリアっ!」
見えない衝撃を受けたようにルリアは後方へ吹き飛び、床に倒れる。急いで駆け寄れば彼女はふらつく体に鞭を打ってなんとか立ち上がり、再び腕を突き出してコロッサスに力を与え始めるではないか。
「こんなの、痛くないです……! いつも助けられてばかりだったから……今度は、今度は私があなたの、ジータの力になりますっ……!」
ルリアの体からはさらに強い光がほとばしる。
コロッサスによって魔物たちを撃破したのはいいが、敵が途切れることはない。現在は五つの首を持つ赤き竜が二匹、コロッサスへと交互に攻撃を繰り返しており、ルリアは鉄の巨人が受けたダメージを間接的に受けたのだった。
(ルリアだって戦っているのに、私は……!)
戦いに集中しているルリアの額からは大粒の汗が次から次へと浮き出て頬を流れていく。その姿にジータは泣いてばかりの自分を恥じた。
腕で涙を乱暴に拭い、決意を胸に刻むと腰にあるリディルを──鞘から引き抜いた。
「ッ……! ッう……!!」
止まらぬ震え。心中の奥底からの理由なき恐怖。今までは逃げてきた。だがもう終わり。向き合い、克服しなければならない。
「ジータ……!」
「私は……もう逃げたりしないッ! 私には守りたい人たちがいる! 助けたい人たちがいるッ! 私は……戦える!! だから力を貸して! リディル!」
喉が裂けんばかりの魂の叫びにようやくそのときが来たと刀身が輝き始める。まばゆい光はジータとルリアを包み込み、収束すると覚醒したかのように極光を纏っていた。
今ここに、ジータはリディルを握ることができた。
震えも、恐怖もない。体の底から力が湧いてくる不思議な感覚だ。
「ルリア! コロッサスを下げてティアマトで私をベルのところへ! 私があの竜たちと戦う。けど……今の私じゃ一人だと厳しい。だからルリア。あなたの力を貸してほしい」
「あなたが望むなら私はあなたの剣となり、盾になります。……私も、ジータと一緒に戦わせてください」
ルリアはジータの両手をしっかりと握り、親友の純真な心にジータは力強く頷くとバルコニーの手すりに足をかけ、勢いよく飛んだ。それに合わせてルリアは風の精霊ティアマトの力を借り、ジータを風にのせて渦中へと運ぶ。
「くそっ! 巨人も消えちまったし、俺たちはもうここまでなのか……!?」
「皇子! あなただけでも逃げてください!」
「ハッ……。仲間を見捨てて一人で逃げろって? 笑えない冗談だ……!」
戦闘に次ぐ戦闘でベルはボロボロだった。品のよさを醸し出す衣装はところどころ破れ、土埃や血で汚れてしまっている。国で一番と称される顔も同じ。
兵士たちの疲弊も極まり、頼りの巨人も消えた。まさに万事休す。
ここで果てるのか。迫る異形の首にベルが諦めかけたそのとき。
「ハァァァッ!!」
ティアマトの風に運ばれて駆け付けたジータがベルを喰らおうとした竜の首を渾身の力で斬り落とし、竜は痛みに暴れ始める。
巨体を揺らす竜に地面が揺れ、兵士たちは立っているのが難しいのか体勢を崩すが、ジータとベルだけは地震をものともせずに立っていた。
「ジータ……キミ、剣を……?」
「ベル。あなたは私が守る」
ベルを背に、竜たちから庇うように立つジータは彼にだけ届くくらいの声量で呟くと、赤き存在たちを引き付けながら城下の外に向かって走り続ける。
空の魔物は城の兵士や魔法使いが弓や魔法で攻撃し、だいぶ数を減らしている。それは地上の魔物も同じ。全魔物の中で脅威なのはこの二匹だけ。竜たちを倒すことができれば帝国を守ることができるだろう。
(町中で戦えば被害が大きくなる……! 早く外に誘導しなきゃ……!)
「グォォォッ!」
「ッ、しまっ──」
狙う敵は自分だと、ジータは竜たちの隙を突いて攻撃を加えつつ、外に向かって大通りをひたすらに走る。だが一匹の竜がその五本の頭から地獄の業火を吐き出し、それを避けた先にはもう一匹の竜の鋭い牙。
避けられない……! 刹那、死を思い浮かべるジータだが脳に直接声が聞こえた。
「あなたを守ります! 力を貸して! ユグドラシル!」
地面が盛り上がり、分厚い土の壁がジータに迫る死を遠ざける。
先ほどまで自分がいたバルコニーを見遣れば、ルリアが力を発動していた。彼女のサポートを必要にしたのは事実だが、コロッサスだけでもだいぶ消耗しているのにティアマトに加えてユグドラシルまで。
彼女のためにも、一刻も早くこの戦いを終わらせなければ。
ジータはあと少しのところまで近づいた外へ続く門へ向かって全力で駆け、怒り狂った竜たちもそれに続く。
密集した家屋を破壊しながらジータを追いかける狂獣たちは聞いたものを身震いさせる雄叫びを上げ、ブレス攻撃による連携攻撃を仕掛けるがジータは蝶が舞うように華麗にかわす。
「ここまで来ればっ……!」
ようやく城下町を抜け、だいぶ離れた場所へと竜たちを引きずり出せた。開けた平地なのも好都合。ここならば周りを気にせず戦える。
さあここからが本番だと、ジータは神々しい光を放つ愛剣を構え直す。
すると一匹が今までとは毛色の違う咆哮を上げ、それに呼応するように空に散っていた魔物たちが呼び寄せられるではないか。
「くっ……!」
城を飛び出す前に見た数よりかは減っており、竜に比べれば弱い魔物とはいえ鬱陶しいことには変わりない。
ジータはのべつ幕無しに襲い掛かってくる魔物を光を纏う剣で斬り倒しながら竜に大きな一撃を加えられる隙を伺う。
帝国の人々を守りたいという気持ちはある。だがそれ以上にルリアを、愛するベルを守りたい。ジータはその誓いを胸に魔物たちを屠っていく。
「っ、邪魔──あ゛ぁぁ゛ぁぁッ!?」
ジータの視界を遮るように数体の魔物が壁となり、反応するのが遅れてしまった。竜のブレス攻撃は低級魔物たちもろともジータを焼き尽くし、なんとか避けたものの左手に火傷を負ってしまった。
人の肉が焼ける嫌な匂いと激しい痛みに泣き叫びたくなるのを堪える。ジータに首を一つ落とされた竜は自分をコケにしてくれた人間が苦しむ姿を笑っているようにも見えた。
「リヴァイアサン! ジータを癒やして!」
ルリアの声が聞こえ、清らかな水の力がジータの火傷を瞬く間に癒やし、焦げた肉も元に戻る。加えて消費していた体力が幾らか回復し、戦う力を取り戻させた。
「ルリア……! ありがとう」
姿が見えずとも、彼女も一緒に戦ってくれているのだと思うとそれだけで勇気が湧いてくる。
竜が魔物を焼き払ったおかげで壁になる雑魚はいない。今が好機だとジータは両手でリディルを持ち、自分の何倍もある巨体へと駆け出すと地面を踏み締めて大きく跳躍。ありったけの力を込めて斬撃を繰り出す。
「これで仕留める! 星河一天ーーッ!!」
竜の体に浴びせられる一撃いちげきが星の軌跡となって輝く。硬い鱗を切り裂き、竜は絶え間ない連続攻撃に体をよろめかせ、断末魔を上げる。
最後の一太刀を喰らわせ、離れると地面へと倒れる竜。巨体は動く気配はなく、事切れたようだ。
残り一匹。上がった息を整え対峙すると脳内にルリアの声がはっきりと聞こえた。
「あとは私に任せてください! 始原の竜。闇の炎の子……」
青い空が赤く染まり、空中に五つ首の竜よりかも大きく、体に拘束具が施されている黒きドラゴンが顕現する。それだけで息が詰まりそうなほどの威圧感があり、ジータは滅びをもたらす存在が現れたことに素早く射程圏内から離れた。
──バハムート。ルリアが使役する精霊の中では一番強く、消耗が激しいが一撃必殺の力を持つ大いなる竜だ。
「汝の名は……バハムート!」
拘束具を引き千切ったバハムートの口にはエネルギーが溜まっていき、地上に向かって一気に放たれる。大いなる破局の光線は残りの魔物たちを飲み込み、全てを無へと帰す。
離れた場所に移動したジータだが壁になるものがないため、強烈な風に吹き飛ばされるかと思ったが、温かな光が球体型のバリアを形成して風を防いだ。きっとルリアの力だろう。
爆発音と共に土煙が舞い上がり視界を奪う。風圧も強く、バリアがなければどこまで吹き飛ばされていたか。息を潜め、視界が明瞭となるまで待つと少しずつ見えるようになってきた。
風も落ち着きを取り戻し、ようやく見えた空は蒼く、魔物たちと一緒に大いなる存在も消えていた。だが地面は大きく抉れ、草一本もない。それが竜の破壊力を物語っている。
「ジータ!」
「ベル……」
ジータを守る球体が消えたところで背後から多くの足音。愛しい人の呼ぶ声に体ごと振り向いた瞬間、柔らかなものが顔を包み込んだ。
なんだか気持ちがいい……。緊張の糸が切れ、体から力が抜ける。だがベルがしっかりと抱きしめているため、崩れることはない。
ベルの胸に顔を押し付けられているジータは緩慢な動きで上を向く。そこには少し太めの眉を眉間に寄せ、今にも泣いてしまいそうな表情をしている男の顔。
いつも余裕たっぷりで涼し気で、ときには年下の姫を慈しむような、どこか甘えたくなる一面しか知らなかったため、この表情はジータにとって新鮮だった。
「ジータ、ありがとう。キミと蒼の少女のおかげで脅威は去った」
「よかった……。ベル、怪我は……?」
「大したことないよ。キミが守ってくれたから」
ジータの腰と後頭部に回されている腕の力が強まったことで、密着度がさらに上がる。こちらを見つめる赤い瞳は優しげに細められており、ずっと見ていたいくらいだが、愛する人のぬくもりに視界が掠れ、目を開けていられなくなる。
「あとはオレたちに任せて。ゆっくり休んでくれ、ジータ」
「うん……」
耳触りのいい声のトーンにジータは安心して両目を閉じる。体を支える力が完全に抜けたジータをベルは横抱きにすると踵を返し、兵士たちを連れて城と戻っていくのだった。