なあ未来ちゃん。オレとゲームしない?

「あれ? 織部君。なにしてるの?」
「ここで待ってれば未来ちゃんが来るかと思って。一緒に帰りたくてさ」
「一緒には帰らないけど、なんで私が来ること知ってたの?」
「だってキミ、教科書忘れてっただろ」
「……人の机の中みたの? 最低」
 夕焼けに包まれる放課後。部活が終わった未来はそのまま帰宅しようとしたのだが、なんとなく鞄の中身をチェックすれば教科書の忘れ物に気づき、こうしてひとり教室に戻ってきていた。
 他の教室同様、未来の教室もがらん……としているが、彼女の前の席の椅子に背もたれを前にして座っている一人の男子生徒──織部明彦の姿を見つけて内心うなだれる。彼と会うと面倒なことになる場合が多いのだ。
 今回も例に漏れずに一緒に帰りたいからと待っていたという。だがなぜ未来が戻ってくると予見できたのか、その理由を問えば彼は忘れ物を指摘した。
 織部なら机の中を見てもおかしくないとはいえ、やはり気分のいいものではないので未来は険しい顔をしながら最低と吐き捨て、今度から忘れ物には気をつけようと心に強く刻む。
 ニヤニヤとしている織部をよそに未来は怖い顔のまま自分の席へ。机の中をのぞき込み、教科書以外の忘れ物がないことを確認すると鞄に教科書をしまい、バッグを肩に背負う。
「なあ未来ちゃん。オレとゲームしない?」
「ゲーム?」
「そ。互いにこの棒菓子の先端を咥えて、食べ進めていって……先に折った方が負けってゲーム。これでオレが勝ったら一緒に帰ろう」
 織部が自分の鞄から取り出したのは未来も何度も食べたことがある棒状のチョコ菓子だった。そういうゲームがあること自体は知っており、どちらかが先に折らなければ彼とキスをする羽目になる。
 織部は一本咥えると、ん、と口を突き出してアピールしてくるも未来には受けて立つ理由がない。
「私にはなんのメリットもないじゃない。お・こ・と・わ・り!」
 取り付く島もなしにぴしゃりと拒否した未来は付き合ってられないと織部に背中を向けて去ろうとするが、その背に投げかけられた言葉に体の動きが止まることになる。
「あ~、もしかして怖い? オレに負けるの」
「は?」
 煽ることに関しては少なくとも未来の知っている人間の中に彼の右に出る者はいないだろう。
 織部に関してはスルー、もしくは塩対応が安定なのだが彼の小馬鹿にするような一言に未来の中でなにかが切れた。
 刹那、相変わらずチョコ菓子を咥えたまま澄ました顔している織部のネクタイを乱暴にグイ、と思い切り自分の方に引き寄せると未来はあっという間にチョコ部分を食べてしまい、最後には織部の唇に触れる寸前で彼の方が菓子を折った。
 中腰になって菓子を食べ進めた未来は勝敗が決すると織部を素早く解放し、姿勢を元に戻して口の中のお菓子を味わう。長く愛されている市販品ということで味は安定して美味しい。今度買い物に行ったら買おうかな、と思うくらいには。
 少しのあいだ口をもごもごさせ、噛み砕いた菓子を飲み込んだ未来は改めて鞄を肩に背負い直すと、ぽかん、としている織部に向かって勝ち誇る。
「また私の勝ちだね? 織部君」
 ふふん、と勝者の笑みを浮かべ、教室をあとにする未来のその足取りは心なしか軽やかに見えた。
 ──彼女が去ってから少しして。ようやく織部は我に返り、口の中の菓子を飲み込むと大きなため息をひとつ。片手で口元を覆い、マジかよと動揺を隠せない。彼としては挑発に対して負けず嫌いの未来だ。乗ってくるとは想像していた。だけどまさかあんなにも堂々と迫ってくるなんて。
 彼の中の妄想では最終的に未来の方が折ってこちらが──。という流れだったが、実際は逆だった。大胆不敵な行動力と気迫に圧されて織部の方が折ってしまった。
(未来ちゃんの方から攻められるのも悪くない……!)
 竹刀で叩きのめされたときから思っていたが、彼女から攻められるのがむしろイイとさえ感じてしまうほどに未来に対して歪んだ欲望を織部は抱いていた。トキメキすら感じてしまう。
(それにしても……あ~、もう少し我慢すれば未来ちゃんとキスできたのになァ……)
 あと数ミリ折るのが遅かったら彼女の柔らかな唇に触れることができたのに。
 今までの女子は織部が望まずとも簡単にキスくらいできたので、未来の難攻不落ぶりに堕とし甲斐があるとさらに執着心を燃やすのと同時に自分の不甲斐なさに呆れ、ひとり寂しくチョコ菓子をひとかじり。
 傷心の男の傷を癒やすような優しい甘さに、織部は浸るのだった。

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