「私の安眠を邪魔して楽しい? ベリアル」
「おいおい待ってくれよ特異点。今回に限ってはオレはキミの夢に介入していない。ファーさんに誓って」
どこぞの貴族の部屋かと思うほどの広さを誇る一室。床には白いタイルが敷き詰められ、壁も天井も、なにもかもが白いここにあるのはおしゃれな丸テーブルに、お揃いのデザインのハイバックチェアが一つと大きなベッドだけ。もちろんこれらもホワイト一色。
広さの割には物がほぼない謎の空間にいるのは一組の男女。黒衣の背の高い美丈夫の名前はベリアルといって原初の星晶獣。自らを堕天司と名乗る男。
もう一人の背の低い金髪の少女の名前はジータ。彼女はとある戦いでベリアルと刃を交えた仲であるが、彼の力が宿った武器を渡されたりと敵同士という単純な名前では語れない不思議な関係である。
そんな二人の現在の状況は睡眠の邪魔をされてイライラ度MAXなジータにベリアルが壁に追い詰められ、片足で壁ドンをされているという、彼からすればご褒美に当てはまる状況。
しかも就寝前のジータのジョブはカオスルーダー。その服装がおそらく夢であるこの空間に反映されており、そういうプレイをしていると言われても過言ではない。
なぜジータとベリアルがこんな奇妙な部屋にいるのか。その原因は不明だが、ジータからすれば何度も夢に介入してきたベリアルなのだ。今回も彼のしたことだと決めつけ、睡眠の邪魔をするなと凄む。
けれどベリアルは本当に心当たりがないのか、自身のメシア──救世主であるルシファーに誓うことで身の潔白を訴えた。
「今日は依頼ですごく疲れているの。早く元の世界に帰して」
「だからオレじゃないって……。むしろ特異点がオレを想って、キミの特異性がオレを夢の世界に引きずり込んだんじゃないか? ウフフ……」
「は?」
冗談を言うのも許されない圧倒的な圧。光のない茶色をした両目は丸く開かれ、真顔で言われたベリアルは取り付く島もないと軽く息を吐く。
「……オーケイ。からかうのはやめよう。この空間を見るに出入り口はない。攻撃しても傷一つつかない。あるのはベッドに椅子、テーブルとその上に置いてある小瓶や紙。きっとそれが脱出の手がかりだろうな」
今のジータにジョークは通じないと、ベリアルは大人しく丸テーブルへと移動する。彼が言うようにテーブルには半分に折り畳まれた紙と、ショッキングピンク──いかにも害がありそうな色をした液体が小さなガラス瓶に入って置かれている。
「ふぅ~ん……? へえ……これはこれは……」
「なによ」
ベリアルの隣に立ち、彼から紙を受け取ったジータは目を見開いて絶句。今にも零れてしまいそうなくらいに開かれている暗いブラウンの瞳が映すのは、衝撃的な内容だった。
“ジータはベリアルに口を使って媚薬を飲ませてください。ベリアルが絶頂したら部屋から解放されます。頑張ってくださいね”
「……これ、やっぱりあなたが仕掛けたんでしょう」
「そうであってもなくても、指示に従わないとダメみたいだぜ? 早くここから出たいんだろう? オレとしてはキミとたっぷり遊べるからこのままでもいいけど」
頬を赤く染め、明らかに興奮しているベリアルを前にしてジータは黒いマスクに隠された口元を歪めた。なぜ自分が夢とはいえ、ベリアルにそんなことをしなければならないのか。しかも彼が絶頂するまで。
けれど彼の言葉もまた事実。攻撃しても無意味のこの空間から出るためには指示に従ってみるしかない。
たっぷりの嫌悪の感情を双眸に込めて睨み付け、小瓶を手に取るとこちらがどう行動するのかニヤニヤしながら見下ろしてくるベリアルに冷たく「膝立ちになって」と告げる。もはや女王様と言っても相違ない。
「オーケイ♡ 特異点」
真っ赤な宝石を性熱でギラつかせながら、ベリアルは従った。ジータは顔を上げる彼の顎を乱暴に掴み、口を開けるように言う。
あ、と口を大きく開けた彼の犬歯がきらりと光った。
ジータも漆黒のマスクを外し、ガラスの中身の半分を口に含んで顔を近づかせ、舌を出すとそこから液体を少しずつ垂らしていく。
なんとも言えない甘ったるい味が口内に広がり、ジータの眉間の間には自然と皺ができてしまう。
紙には口を使ってと書いてあるだけで口移しで、とは書かれていなかった。これも口を使って飲ませてはいるので第一の指示はクリアしている……と思いたい。
ジータの赤い舌先から滴る媚薬をベリアルは大口を開け、一滴も漏らさずに飲み込んでいく。魅了の効かない彼だが、内部から作用する薬には反応するのか目は潤み、対象を誘うように目尻が下がっている。日焼け知らずの白い肌は熱を持ち、呼吸は明らかに荒くなっている。
もしこれがジータ以外の誰かならば、ベリアルに対して支配欲を抱くのだろう。だがジータはただひたすらに“無”に徹し、残りの媚薬も舌を使ってベリアルの口へと流し込んでいく。
誰にでも優しい快活な少女とは思えないほど、ジータは冷たかった。選んだジョブによって性格が変わってしまうという点を除いても、今の彼女はノース・ヴァストの氷のような女。
「はぁ、はぁ……。こりゃあ普通のキスよりもクるな。さあ特異点。おあつらえ向きにベッドもあるんだ。続きはそっちでヤろうぜ? オレを満足させてくれるんだろう……いっつ!?」
完全に出来上がった顔で、真っ赤に濡れた長い舌を犬のように垂らしながらご主人様に媚びへつらうベリアルを、突然の衝撃が襲った。
黒マスクを装着し直すジータに胸を蹴られて後ろへと倒れ、その際に頭蓋から嫌な音が聞こえたような気がしたが、人外の彼は痛みを言葉にしただけで大して痛がってはいない。
夢の世界なので現実には影響ないだろうとは思うが仮に影響があってもベリアル相手というのと、疲労が溜まっている中での睡眠妨害によるイライラにジータは容赦しなかっただろう。……単純に“八つ当たり”である。
「キミのこの行動はジョブのせい? まあいい。女王様によるSMプレイでオレを調教してくれるのかい?」
ベリアルは期待の眼差しを向けながら手足を折り畳み、服従のポーズを取ってみせる。もちろんジータは反応しない。ただただ侮蔑の感情を目に宿すだけ。
「ギっ!? ぁ、おオッ……!!」
ジータは腕を組み、おもむろに片足を上げると──その足でベリアルの緩く勃ち上がっている股間を思い切り踏みつけた。
ズドン! と急所に走る衝撃に、さすがのベリアルも目を見張る。
「いッ……! いたぁッ……! はっ、ハハ……! まさか特異点にそんな趣味があったなんて、ひっ、ぃっ! ぁ、ぎ、ぃ……、玉っ、潰れるっ……♡」
股間を踏みにじられる痛みを言葉にしてもやはりマゾヒズムの方が勝っているのか、ベリアルの整った顔は暴力的な快楽に歪むだけ。
自身が注目している特異点の、しかも自分よりもずっと年下の“女の子”に蹂躙されているという点でも気持ちよくなっている。
それを想像して、マスクによって顔半分が隠されているジータの目は蔑み一色。
ぐぐぐっ……! と前のめりになることで陰部を踏み付けている足に体重がかかり、顔を真っ赤にしたベリアルの目尻からは痛覚からなのか法悦からなのか分からぬ涙が流れる。
赤い目玉はぐるんと上を向き、アヘ顔を晒しながらあんあん喘ぐベリアルは雄よりも雌を強く感じさせた。
だがさすがにグロテスク方面に行く気はないので、ジータは姿勢を戻すと足の力を弱めた。
「はっ、はぁ……どうだい特異点。オトコを力で屈服させるのは気持ちがいいだろう?」
「私にそんな趣味はない。そんなことより早く達してくれない? いつも達する、達するって口癖のように言ってるんだから」
冷たく吐き捨てるとジータはボトム越しに触れている雄勃起を今度は靴を上下に動かすことで刺激する。その動きはとても雑。
慣れていない者がされればすぐに痛みを訴えるだろうが、淫奔な獣は苦痛を通り越して気持ちよさだけを受け取り、いやらしく腰をくねらせる。
「ぁ、んぁっ♡ あん♡ はあ、足コキまでしてくれるなんて、あぁっ♡ さいっ、こう……!」
「うるさいっ……! 早くイけったら!」
性急になる足の動きは一刻も早く終わってほしいというジータの願いを如実に反映している。だがベリアルを絶頂させるには至らない。
やはり布越しではなく、直接触れた方がいいのかという考えが一瞬よぎったが、ベリアルのモノに靴だとはいえ触れるのが嫌すぎる。ああ、だがここから脱出するには仕方のないことなのか──。
「ん、フフ♡ ナニを焦ってるんだい特異点。こういうのはじっくり楽しむモンだぜ? なにせキミとのSMプレイだ」
「っ……! この……!」
この行為。一見すればジータが主導権を握っているように見えて、その実ベリアルが握っている。なにせ部屋から出る二つ目の条件が“ベリアルが絶頂したら”。
性の権化であるベリアルからしてみれば達しないギリギリのラインで楽しむのは、そう難しいことではないはず。
「う〜ん。でもこれじゃあヴァージンなのに頑張ってるキミがかわいそうだな。よし。手か口でシてくれたらオレもイけるように努力するよ」
「ぅ……!」
あからさまに歪むジータの目元。手で生の肉棒に触れるのを想像するだけで気持ちが悪いのに、口で咥えるなんてもってのほか。
「特異点だっていつかは恋人とそういうコトをするんだから……これは予行練習だと思えばいいさ。……おっと。オレとしたことが失念していた。キミのパートナーが男と決めつけるのはよくなかったな。悪い悪い」
「…………」
ベリアルの言葉はジータには届いていない様子。もともと疲れている中でのこの異常事態。追い詰められたジータは口は無理でも最悪手でなら……と考えあぐねていると、彼女の揺れる瞳を見てベリアルは上体を起こして座った。
「露骨に嫌がらなくてもいいだろぉ? フフ……。こう見えてオレは愛情深い獣でね。可愛いかわいいキミにはもう一つの選択肢をあげるよ」
口角を上げ、ジータに向かって人差し指を立てる。それは悪魔の誘惑に等しい。
「触るのも咥えるのもイヤなら“見てる”っていう選択肢があるぜ?」
ジータにとってとても難しい二つの選択肢を提示した上での第三の案は、すんなりと受け入れられるものだった。
見ているだけで勝手に達してくれるのならばどれだけ精神的に楽か。その見ている、という内容は察しがつくが、触れることよりもマシ。それこそ空の世界と赤き地平ほどには。
「その椅子に座ってオレのオナニーを見ているだけでいい。……見方を少し指示させてもらうが、今のキミにとっては許容範囲だろう?」
「……見方ってなにをさせるつもり」
椅子に座り、正面に座るベリアルを見下ろす。まさかこちらに全裸になれとでも言うつもりか。ジータの背に緊張が走るが、彼はジータの考えを見透かすように軽く笑った。
「安心しなよ。キミが思っているようなことは言わないから。そうだな……まずは脚を組んで、頬杖をついて。そうそう。そして興味のない目でオレを見下ろして……」
ジータはベリアルの指示に従う。むっちりとした太ももを組み、テーブルに肘を置いて頬杖をつく。普段このジョブでよくしてしまう動作をすることは意識しなくてもできた。
動揺してしまい心の中で揺れていた水面も鎮め、無になり、ハイライトのない眼差しで星の獣を見下ろす。ベリアルもジータの姿に満足したのか、次なる行動へと移る。
脚をM字に開き、大きなテントを張っている局部を強調すると手のひらで数回撫でてからボトムのジッパーを下げた。
無機質な音がやむと彼の勃起した赤黒い陰茎が飛び出すが、ジータは反応しない。ベリアルの要求通りの表情を保っている。先ほどは焦燥感に駆られて取り乱してしまったが、元の調子に戻ったジータにとっては難しくない。
「はァ〜……♡ オレの痴態を目に焼け付けてくれ、特異点……♡」
すっかりと出来上がった顔をしながらベリアルは妖しく輝く二つのルビーを細めると、カウパー液をたれ流し、ビクビクと震える分身へと手を伸ばす。
腹部に向かって屹立するペニスは何本もの血管が浮き出ており、亀頭は大きめでエラも張っている。ある種惚れ惚れとする理想的な陰茎は見た者をたちまち虜にするだろう。
けれどジータには効かない。凶暴な怒張を目の前にしても、もう心を乱したりはしないのだ。彼女の願いはただ一つ。この部屋から脱出して早く寝たい。それだけ。
「ハァ……」
「っ♡」
辟易するように息を吐けば、ベリアルはなにを感じたのか頬を紅潮させ、手の中の性器を扱き始めた。まるで愛する人を見るかのような熱っぽい瞳でジータを見つめ、呼吸を荒くして自慰に耽る。
大量の我慢汁を男根全体に塗り広げるように手を上下させれば濡れた音が聞こえ始め、熱源は淫猥な光を帯びて性の香りを増していく。
「あッ♡ その汚らわしいモノを見る目っ♡ たまんないな♡♡ けど特異点、あの人は基本オレに興味なんてないんだ。だから、んっ♡ 頼むよ……」
目の前の男が想いを寄せる人ならば雰囲気に引っ張られて発情するのだろうが、ジータにとってそういう人物ではない。
なので気を抜くとどうしても汚物を見るような目になってしまうが、ベリアルに指摘されたことで改めて無になることに集中し、なにも考えないように努める。
自分とルシファーを重ねて独り遊びを続ける獣に対して気怠げな瞳を向け、行為の終わりを見届けることに。
「そう、それでいい……♡」
蕩けた両目が嬉しそうに細められ、口元はカーブを描く。ジータをルシファーに見立てた公開オナニープレイはベリアルの気分を高揚させ、それは手の動きに連動する。
手が上下する度にクチュクチュと粘った音が奏でられ、鋭敏な先端をぐりぐりと手のひらで捏ねれば相手を誘惑するように腰が揺れて、体温の上昇によってベリアルの額からは汗が流れ落ちる。
造形が完璧な雄の嬌声は途切れることなく、自らの声で性感を高めているようでもあった。
「はぁ、んっ……♡ ぁ、ん……オナニーがこんなにも気持ちいいのは久しぶりだ……♡ 誰の仕業かは知らないが……この部屋を提供してくれたコトには感謝しないとな♡」
艶声で呟くと、手の動きは速度を増していく。それがなにを意味するのかは性知識に疎いジータでも分かる。
あと少しで終わり。ようやく解放のときが来た。それはベリアルも同じ。まあ、彼とジータでは意味が違うが。
「あっ、ぁ♡ いく……っ、特異点っ♡ オレの射精するところ、しっかり見ててっ♡♡」
片手を床につき、むわり♡ とした熱気漂う淫部を大きく開脚してジータに見せつける。汁気を帯びた猛りを射精のためだけに一心不乱に擦る彼はだらしのない顔で舌を突き出し、目は今にもひっくり返りそうだ。
それを見つめるジータは極上の雄のセルフプレジャーだというのに無反応を決め込む。彼がそう望んだから。
「アっ! ああぁァッ! イクッ! 特異点に見られて、勃起ちんぽっ♡ イッちまぅぅぅ♡♡!!!! ああぁぁーーッ♡♡」
首を反らせて白目を剥きながら絶頂を訴えるベリアルのペニスからは白い体液が勢いよく発射され、自らの肌を汚す。下半身がビクッ、ビクッ、と震え、それに合わせて白濁が吐き出されるも、やがて何も出なくなった。
熱を持ち、ほんのりと赤く染まるベリアルの上半身をどろりと流れる精液がなんとも艶めかしい。
深い快楽にベリアルは大きく呼吸すると開脚していた脚から力を抜き、伸ばしてジータを見た。
片や熱気に包まれ、片や冷え冷えとした空気が満ちる場は決して混ざり合うことはない。
「私を使ったオナニーは満足した?」
条件を達成したからか、ジータとベリアルの体が少しずつ光の粒子になり、薄れていく。
「あぁ、ヨかったよ……。なあ、今度は現実世界でヤらないか? ドクターのジョブでさぁ……。もちろんキミは見ているだけでいい……」
「もちろんオ・コ・ト・ワ・リ! もし現れたら容赦なく斬るから」
そのセリフを最後にジータの姿は完全に消え、部屋にはベリアルだけになる。が、彼もまた消える寸前だ。
「つれないねぇ……。ま、楽しめたのは事実。たまにはこういうのも悪くない。なぁ? 特異点」
終