オメガバースなジタベリ

「なんだよコレっ……! 鍵が合うようにピッタリとオレにハマってる……!」
「いだい゛っ! やめてっ! いやっ! イヤぁァッ!!」
 憎いほどに澄み渡る青空の下、高台にある一面の花畑にジータは倒れ、その上には一人の男が跨っていた。
 彼女の腹からは出血もあり、明らかに戦闘によるものだった。
 なぜこんな目に遭っているのか。それは一時間ほど前に遡る。
 補給と休息のために寄ったこの小さな島でジータはルリアとビィと一緒にこの島に唯一の街に来ていた。規模は他の島の街と比べると狭いが、それでも活気に満ちていて賑やかだ。
 どこに行こうかとルリアたちと話しながら歩いていると、大きな噴水が目立つ広場にジータたちはやってきた。
 するとベンチにヒューマンの女の子がバスケットを持って一人ぽつんと座っているではないか。
 特別不思議な光景ではないが、その女の子が浮かない顔をして俯いているので、お人好しのジータたちは放っておけなくなって女の子に声をかけた。
 話を聞くと今日は母親の誕生日で高台にある花畑にある花をプレゼントしたいが、途中に魔物が出るので戦う力のある者にお願いしようとしたが、報酬も満足に出せず、子供の自分に手を差し伸べてくれる人がいないとのこと。
 事情が分かったジータは女の子を安心させるように頷き、自分が行ってくると告げた。母親思いのいい子。自分でなんとかできるなら手伝ってあげたい。報酬だって要らない。
 ルリアとビィも同じ気持ちだったようでジータの言葉に強く同意するが、せっかくの休みなのだ。依頼内容も簡単ということでジータは一人で行くことを決めた。
 二人には心配されたが、店に買い出しに向かう途中のカタリナたちを見つけると訳を話してルリアとビィを預け、ジータは花を摘む用のバスケットを持ってひとり高台へと向かった。
 道中に現れる魔物もジータにとっては弱い部類に入り、難なく倒し、目的地へと進んでいく。
 おだやかな空。バスケットを片手に散歩気分で登っていくと、やがて広い場所に出た。一面に咲くのは色とりどりの美しい花。ここに咲く花たちを贈られたら誰だって喜ぶだろう。
 一刻でも早く摘んで女の子に渡してあげよう。そう思ったジータは花畑へと一歩進もうと片足を前に動かすが、もう片方は動かなかった。否、動けなかった。
 一陣の風がジータの髪をさらい、撫でる。背後に感じる気配に壊れかけの機械のような鈍い動きで振り返ると、そこには先の戦いで刃を交えた狡知の堕天司──ベリアルが立っていた。
 ベリアル。星の民であるルシファーに造られた原初の星晶獣。最低最悪の不埒者。口を開けば卑猥な言葉と虚言ばかりを吐き出し、相手の神経を逆撫でするような存在だ。
「キミ、油断しすぎでは? ひとりでこんなところに来るなんてさ」
「ベリアル……! なんの用……!?」
 血を連想させる瞳を輝かせ、不敵な笑みを浮かべながらベリアルは一歩踏み出す。それに合わせてジータは後ずさる。
 まずい。非常にまずい。まさかこんなところで遭遇するなんて!
 カナンでベリアルと戦ったときは仲間たちがいてくれたからこそ退けることができた。けれどきっとアレは彼の本気ではない。
 未だ未知数の能力を秘める星の獣。ここは一旦引き、仲間たちに知らせるべきだ。そう結論づけるも、ベリアルは簡単に逃がしてはくれないだろう。
 花畑を荒らされないようにと気にしながらもジータはバスケットをその場に落とし、代わりに剣を抜いた。切っ先を彼へと向け、駆け出す──。
「おっと、別に戦いに来たわけじゃないんだが」
 ジータの剣は緋色の魔力剣を手にしたベリアルに簡単に止められてしまった。力と力のぶつかり合い。甲高い音を立てながら刃から火花が飛び散る。
(なに、この感じ……カナンのときと同じ……?)
 ベリアルとの距離を詰めたことでジータの体に異変が現れた。彼からたまらなくいい香りがする。しかも人工的なものではない。本能を刺激する馥郁ふくいくたる香り。
 この匂いはカナンで戦ったときも感じていた。けれどそのときは香りを気にしている場合ではなく、今の今まで忘れていた。
 それだけではない。体が熱を孕む。これも彼のアナゲンネーシスによる魅了状態のせいだと思っていたが、今は魅了をかけられていない……はず。
「キミも感じるのか? オレのフェロモン」
「は……?」
「本来、星晶獣に第二の性別はない。星の民にないからね。だが……長きに渡る空の民との交わりで、いつだったか……オレにも第二の性が発現した」
 大きな金属音とともに剣を弾かれ、ジータはその衝撃を利用することで後方へと飛び、ベリアルと距離を取った。
 離れてもなお、鼻腔にこびりつく香りはジータの呼吸を荒いものへと変えていく。体も熱く、思考能力が奪われそうになる。
 本能が訴えるのだ。あの男を抱きたいと。
(私はアルファ。アルファも微量ながら他のバース性を惹きつけるフェロモンを出しているのは知ってるけど、アルファがアルファのフェロモンに惑わされるなんて聞いたことない……)
 この空の世界には男女以外の性別、第二の性別というものがあった。身体能力やカリスマ性が高く、人の上に立つアルファ。
 国を率いる王や騎士団の団長などにアルファが多い。特異点であるジータもアルファだ。
 アルファの特徴のひとつとして女性のクリトリスが性的興奮時、勃起することで陰茎へと変わるというものがある。
 また、アルファは僅かながら他の性別を惹きつけるフェロモンを無意識下で放出している。本人の優秀さもあるが、このフェロモンが多少なりとも影響して人はアルファのもとに集うのだ。
 次にベータ。この性別が空の世界の大半を占めている。特にこれといった特徴もない、いわゆる普通の枠。
 だが、努力しだいでは人の上に立つこともできる可能性を秘めている。
 そして最後にオメガ。この性別はかなり特殊な性別だ。男女ともに妊娠することができるが、その代わり、個人差はあるものの、定期的に発情期がやってくる。
 一般的には三ヶ月に一度。期間はやはり個人差はあれど、一週間ほど。その間は激しい体の倦怠感や性欲増進などまともに動けなくなる。
 つまり重要な仕事に就くことは難しい。今では発情期を抑える薬もあるが、絶対効くとは限らない。
 発情期のトラブルはこれだけではない。発情期のオメガが撒き散らすフェロモンは番のいないフリーのアルファを誘惑し、発情させてしまうのだ。
 また、人によってはベータをも惹きつけてしまうこともあるとか。
 強靭な精神力を持つアルファは耐えることができるが、こういったトラブルがあるため、オメガの地位は低かった。しかし、ここ数百年かけて徐々に差別はなくなってきてはいる。
 産むことに特化しているオメガだが、悪いことばかりではない。アルファとオメガの間にだけある番という関係。アルファが発情期のオメガのうなじを噛むことで成立する特別な繋がり。
 番ができたアルファは番以外のフェロモンに惑わされることがなくなる。また、オメガのフェロモンも変化し、番以外は誘惑されなくなる。
 さらに上の繋がりもある。それは運命の番というものだ。魂と魂の結びつき。この広い空で出逢う確率はとてつもなく低いが、もしその二人が出逢った場合、すぐに分かるのだそうだ。
 仮にもう番がいたとしても、運命の番に本能が傾いて別れてしまうとも言われている。
「初めてキミと会ったとき、どうも体が疼いてしょうがなかった。あんなのは初めてでさ。カナンで交戦したときは勃起しっぱなし。今だってそうさ」
 うっとりしながら喋るベリアルの言葉にジータの顔が険しいものに変わる。この男は普通に喋ることができないのか。この場にルリアがいなくてよかったと心底思う。無垢なルリアが穢れてしまう。
「アルファがアルファに惑わされるなんて……」
「オイオイ、なにを勘違いしているんだ? オレがアルファなんて一言も言ってないぜ? それに……こう見えて、今はヒート中でね」
 ベリアルの言葉にジータは茶色の目を大きく見開く。
 アルファという言葉を体現したようなこの男が、アルファではなくて、オメガ? あまりの衝撃に言葉を失うが、ジータは身を蝕む不可解な熱が理解できた。
 発情したオメガは周囲にフェロモンを撒き散らしながら苦しみ、グズグズになってしまう。そういった身体的特徴が出ないのは彼が人間ではないからか。
 ──発情中のオメガのフェロモンに充てられている。今までの旅で発情したオメガに遭遇したこともあるが、ジータはそこまで強く反応はしなかった。それこそ発情してしまったアルファ用の鎮静剤が要らないくらいに。
 それなのに、今、本能は普段とは真逆の主張をする。
 あの男を自分のモノにしたい。胎に子種を注ぎたいと。今まで他人に対して反応しなかった小さな種が熱を孕み、大きくなり始める。
「やっぱりキミはアルファだったか。世界を導く特異点だから当たり前と言ったらそうだが……。なあ、剣を納めろって。こんなにも互いは望んでいるじゃないか」
「誰がっ、あなたなんかにっ!」
 オメガのフェロモンに充てられて淫蕩に身を委ねるなどあってはならない。しかも相手はあの堕天司。絶対に堕ちるわけにはいかない。
 ジータは再び剣を構えるとベリアルに向かっていく。
 彼も仕方がないと肩をすくめると魔力剣を顕現させ、ジータの刃を正面から受け止めた。悲鳴を上げる剣と剣。交差する刃を弾くとジータはベリアルの胴体を薙ぎ、鮮血があふれる。
 この程度の痛みはベリアルにとっては苦痛ではないのか、余裕の表情を崩すことはない。
 傷口目掛けて渾身の回し蹴りを打ち込むとベリアルは姿勢を崩し、その隙をついて駆け出す。振り返っている余裕はない。
「ハァ……今の蹴りは効いたよ。だがオレを昇天させるには弱い。さて、特異点。オレは獲物に逃げられると追いかけたくなる質でねぇ……」
 すでに見えなくなっているジータの背中を思い、ベリアルは乾いた唇を舌でなぞって濡らすと、駆け出す。
 ジータから発せられるアルファのフェロモンを辿ればすぐに彼女の背中が見えた。歩幅の差もあるが、やはり種族が違うのだ。
 ベリアルは人間よりも優れた存在である星晶獣。しかも原初の、だ。覇空戦争時代に造られた獣と規格から違う至高の存在。
「鬼ごっこもオシマイにしようか。特異点」
 ベリアルはジータの姿を視界に入れると、魔力剣を次々と顕現させ、ジータへ向かって飛ばす。背後に迫る剣にジータは逃げるのをやめ、振り向きざまに手にした得物を振るうと弾いた。
 休む間もなく襲いかかる剣の束。そのすべてを捌いていくジータだが、その表情に少しずつ疲れの色が見え始めた。
 終わることのない剣戟けんげきに人間であるジータが徐々に押されてきた。息を荒げながらベリアルの攻撃を躱し、弾き、仲間のもとへと戻ろうとするが──。
「っ……!?」
「やっと捕まえた」
 剣の雨。防ぎきれなかった一本が腹部に刺さり、ジータは止まった。ベリアルは優雅な足取りで彼女へと歩み寄りながら指を鳴らし、ジータの血で染まった剣を消す。
 口から血を吐き、地面に倒れそうになるジータを片腕で抱き止めると、そのまま両手で抱き上げる。抵抗したいジータだが、体がまともに動かない。目で睨みつけるくらいしか今の彼女にはできなかった。
「キミの香りはたまらなくイイ……。こんなの初めてだよ。ナカが早くキミを咥えたいって疼く」
「うっ……!」
 ベリアルはジータの首筋に顔をうずめ、香りを楽しむ。ジータはというと、嫌悪感があるはずなのにそれ以上にベリアルのオメガのフェロモンに誘惑されていた。
 理性を押し流し、この男を抱きたいという性的な欲求ばかりが強くなる。今まで誰にも抱いたことのない激情。
「キミもこんなにして……。ここでヤるのもいいが……さっきの花畑に戻ろうか」
「な、んで私……こんな……」
「オレのフェロモンはキミに効きすぎるようだねぇ」
 腹を貫かれ、血を流し、体は苦しくて痛い。そのはずなのに、ゼロ距離でフェロモンを浴びせられたジータのクリトリスは兆し始めていた。
 ベリアルは喉奥で笑うとジータを抱えたまま来た道を引き返す。彼女に抵抗する力は──ない。
 ベリアルにくったりと体を預け、肩で苦しそうに呼吸を繰り返していると花畑にはすぐに着いた。
 さまざまな色に咲く美しい花たちを踏みながら、ベリアルは中心あたりにジータを下ろし、自分も真横に膝をついた。
 腹から流れる血が花を赤く染め、ジータは肩を大きく上下させながら酷く興奮している。彼女のスカートは不自然に膨らみ、改めてその様子を見たベリアルは微笑みながら彼女の分身を撫でた。
「や、だ……! やめ……て……!」
「堕ちちまえよ。オメガのフェロモンにヤられてキミもツライだろうに」
「いや……だ……私は、あなたとなんか……!」
「まぁ、キミがどんなに拒否をしてもそれを押し通す力がなければ意味はない。分かるだろ? 力なき者は喰われるばかりだ」
 ベリアルの言葉にジータは悔しそうに歯噛みする。そのとおり。こうなったのも自分が弱いせいだ。もっと強ければ、結果はまた違ったものになったかもしれない。
「ところでキミはチェリーかい?」
「…………」
 ジータは答えない。聞き慣れない言葉ながらも意味はなんとなく分かった。きっと男性器を誰かに挿入したことがあるのかを聞いているのだろう。
 生まれて今日に至るまでジータは誰かとそういうことをしたことがない。いつかは心から惹かれ合う人と……とは思っていた。
 それなのに今、ここでベリアルに蹂躙される。本当は泣き叫びたい。嫌だ嫌だと拒否をしたい。だがそれをしたところで無意味。逆にこの男を喜ばせるだけだとジータは目を逸らす。
「なるほどね。キミの初めてをオレが貰えるなんて嬉しいよ。ただのアルファじゃない。世界の中心である特異点のヴァージンだ」
 ベリアルもだいぶ高揚しているようで白い頬が微かに紅くなっている。
 震えるジータの頭をあやすように撫で、スカートを捲くり上げると桃色の下着が現れた。布からあふれる屹立は透明な愛液を垂れ流し、我慢できないと主張している。
「うぅ……! やだ、触らないで……!」
「こぉんな立派なモノを持っているのに使わないなんて勿体ない。オレが使いかたを教えてやるよ」
「ひッ……!」
 ベリアルは膝を立ててジータに馬乗りになると、己のズボンを下げた。押さえつけるものがなくなり、ベリアルの男性器が大きく揺れながらジータの眼前に晒される。
 彼のペニスはジータよりも大きかった。受け入れるのはベリアルだとしても、陵辱されるというのがダイレクトに伝わり、ジータは喉を引きつらせる。
 さらに彼の脚の間からなにかが垂れているのをジータは見つけ、目を離すことができない。
「キミと遊んでいる間に濡れてしまってね。女みたいだろ?」
 オメガ男性の特徴のひとつとして、発情期にアヌスが濡れるというものがあった。ジータは色んな感情が渦巻き、混乱を極める脳内の片隅でぼんやりと思い出し、視線をベリアルへと向けた。
 彼の暗い赤は心底楽しそうな色を宿し、ジータの陰茎を手に取ると──腰を下ろした。
「ひぎぃぃぃっ!!」
 敏感な場所が熱くうねる肉の壁に包まれ、ジータは悲鳴を上げた。初めての性行為。しかも相手はあのベリアル。彼女が耐えられるわけがない。
「なんだよコレっ……! 鍵が合うようにピッタリとオレにハマってる……!」
「いだい゛っ! やめてっ! いやっ! イヤぁァッ!!」
 そして冒頭に戻る。
 ベリアルは自分の想像していた以上にジータのペニスが気に入ったのか、理性を捨てて快楽を貪る獣と化した。
 膝を立て、ジータに体重をかけないようにしていた少しの慈悲も吹き飛び、腹に傷を追う彼女を構わず腰を上げ、思い切り下ろす。
 腹部に叩きつけられるベリアルの体重と衝撃にジータは激痛から、喉が裂けんばかりの声を上げる。
 このままでは死んでしまう。泣き叫ぶジータを襲うのは痛苦と下半身を包み込む淫らな熱。
 ふたりの体液が混ざり合い、結合部からはバチュバチュと粘った水の音が響き、ベリアルが腰を上げると何本もの粘性の糸が引いて切れ、下ろせばまた繋がる。その繰り返し。
 ベリアルに挿入しているのはジータだが、これは一方的な行為。気持ちがいいのはベリアルだけ。
 仮に負傷していなくてもきっと同じ。ベリアルは心が伴っていなくても体が気持ちよければそれでいいかもしれないが、ジータは違う。
 体は生理的な反応で射精するだろうが、精神的に満たされない行為にあるのは苦痛だけだ。
「や゛め……ッ! やめ゛で……ッ、もうや、……あ゛ア゛ぁぁッ! しんじゃ、死んじゃう゛ぅ! や゛アぁ゛ぁあァァ゛っ゛!!」
「ッ……ハハ、すごい量だ……ッ! さすがアルファ……。あぁ、ごめんよ特異点。キミにかけてしまった……って、おーい? 特異点?」
 ベリアルの淫穴の蠕動ぜんどうに限界を迎え、訳も分からず絶叫したジータは体を大きく痙攣させると彼の胎内に白濁を吐き出した。
 まともに自慰すらしてなかった彼女が出すのはどれくらい振りか。
 濃厚な体液はアルファというのもあって量が信じられないくらいに多い。ベータ男性と比べてもその違いは明らかだ。
 ジータの熱を受け、誘発されるようにベリアルも達すると、放出された汚濁の証は彼女の顔を穢した。
 涙や汗、鼻水、唾液……そしてベリアルの精液。さまざまな体液で濡れた顔は星の獣の濁った欲望を刺激する。
 ぐったりと目を閉じ、動かないジータを見てベリアルは思い出したように「あぁ、悪いわるい」と呟くと、ジータから下りるために腰を上げた。
 ずるりと抜かれた幹は元はクリトリスなので少しずつ小さくなっていく。
 塞ぐモノがなくなった後孔からはドロリとした白い液体が垂れ、ベリアルの太ももを伝うのが酷く扇情的だ。
 未だに熱がこもる自分の腹を撫でると、ベリアルは膝辺りに引っかかっているズボンを上げ、ジータから下りた。
 腹部を染める赤へと手を伸ばし、回復呪文を唱えると彼には似合わない青緑の光がジータの傷を癒やしていく。
 傷はすぐに消え、少しだけジータの呼吸が安定した。今はまだ目覚めないが、しばらくすれば意識を取り戻すだろう。

「はっ……!?」
 ぱちり、と目を開けば太陽の光が染みてジータは眩しそうに目を細める。ゆっくりとした動きで起き上がり、周りを見ればベリアルの姿はどこにもなかった。
 太陽の位置からしてルリアたちと別れてから今に至るまで、ジータの想像よりかは時間は経っていないようだ。
 ふと、体の痛みがないことに気づいたジータが視線を下へと向ければ、血を吸って赤くなっていたはずの服は怪我などしていなかったように綺麗だ。
 顔もそうだ。どこも濡れていない。ただ、下半身には違和感が残っていた。ベリアルの……オメガの発情期のフェロモンに充てられ、強制的に大きくなったクリトリス。
 今は元の慎ましやかな大きさに戻っているが、ベリアルの粘膜の感触が忘れられない。つい思い出しそうになって、ジータはかぶりを振ることで卑猥な妄想を霧散させた。
「これ……」
 ベリアルがいないなら今はそれでいい。ここに来た目的を達成しなければ。そう思って立ち上がろうとしたとき、目に入ったのは少女から受け取ったバスケットだった。
 空っぽのはずのバスケットには、見た瞬間に選んだ人物の感性を褒めたくなるほどに色のバランスが抜群の花たちで埋め尽くされていた。
 ──ベリアルだ。この場にいたのは彼だけだし、二千年以上を生きる彼の磨き抜かれたセンスならばこの花の選別も頷ける。
 ジータは自分ではできない花の選びに大きなため息をつきそうになるのをグッ、と堪えるとバスケットを持って立ち上がった。
 忘れよう。アレは悪い夢。誰にも言えない秘密を抱え、ジータは何事もなかったように記憶に封をすると歩き出す。
 体にまとわりつく、ベリアルのフェロモンに気づかないフリをしながら。

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