現パロでオメガバースなジタベリ2

 意識の向こう側で轟音が鳴り響く。それをきっかけに深く沈んでいた意識が浮上し、音はさらにはっきりと聞こえるようになった。
 天を焦がす音。狂ったように大地へと水を叩きつける音。その水を風に乗せ、窓を激しくノックする音。
 音の影響か、閉じられた瞼の裏で光が散った気がした。
 完全に覚醒したジータの眼前には逞しい胸板があった。彼女を抱きしめる腕は離れたくないと訴えるように小柄な体に絡みついている。
 今日の夜は激しい雷雨。そのとおりの天気になり、早めに仕事を終えて帰ってきてよかったと思う。
 ちらり、と視線を上へ向ける。彼女がこの世の誰よりも愛しいと思う男の両目は閉じられ、規則正しい呼吸を繰り返しており、乱れている髪が艶めかしさを強調していた。乱したのは、ジータだ。
(愛しても愛しても足りない。もっと欲しいと貪欲になってしまう)
 ジータをここまで惑わす彼の名前はベリアル。そしてオメガ。つまりアルファであるジータの番である。
 胸元に軽く口づけると、カーテン越しに雷が明滅する。荒れ狂う天候の轟きを聞きながら、彼女はベリアルとの出会いを思い出し始めた──。

 ジータは子供の頃からの夢を叶えるため、オメガを人身売買などの闇から救う仕事に就いていた。
 アルファというのもあるが、元々ポテンシャルが高い彼女はすぐに頭角を現し、様々な仕事を任されるようにもなった。
 そんなある日、金持ち相手に容姿の整ったオメガをオークション形式で売る組織を潰すためのメンバーに彼女は選ばれた。アルファとして、否、人としてこのような非道な行いは許せない。
 正義感溢れるジータは胸に静かに燃える炎を携えながら仲間とともに売買が行われるオークション会場へと向かった。
 チームのリーダーが会場の扉を開け、一斉に中の人物たちの視線を浴びる。が、ジータはスポットライトが当てられている檻の中の人物を見て呼吸を忘れた。
 アルファの本能を突き動かす強烈なフェロモンが漂い、彼女の理性を奪う。
 フリーのアルファであるジータだが、今までヒートを起こしたオメガに対してここまで強い反応をしたことがなかった。それこそオメガに誘発される形で発情してしまったとき用の鎮静剤が要らないくらいに。
 それなのに、この身を駆け巡る熱はなんなのか。怒りなのか。全身の血が沸騰したような錯覚に陥る。
 商品として欲望の眼差しを向けられている少年を守りたい。ここにいる誰の目にも映したくない。
 彼を助けなければ。自分が、この手で。
 気づいたときには作戦も忘れ、檻に向かって一直線に走っていた。向かってくるのは組織の人間。
「どけえぇぇッ!」
 普段は物静かな彼女から怒号が発せられ、正面に立ち塞がる男の顔面に思い切り回し蹴りをめり込ませる。
 ジータの手加減を知らぬ蹴りを受けた男は泡を吹きながら床に伏す。少年に向かって腕を伸ばしながら再び駆けるが、四方八方から男たちがジータを止めようと覆い被さってきた。
 アルファであっても女と男。一対一ならまだしも、複数の男がジータの上に山のように折り重なっては潰されてしまう──。
「邪魔を……」
 人の山が震える。
「するなァァァッ!!」
 その細く小さい体のどこにそんな力があるというのか。山を下から崩したジータは近くにいる男の両足を持つと周りを薙ぎ払うように回転し、その勢いのまま投げ飛ばす。
 男を投げた先に誰がいるかなんて関係ない。彼女の中にはあのオメガの少年を助けることしか頭になかった。
 ジータの暴走によって会場は大混乱へと陥る。組織の人間はジータたちを倒すために集い、客は逃げ惑い、仲間たちはそんな客を捕らえ続けている。
 もう誰が敵で、誰が味方か分からなかった。
「ハァっ……! はぁっ……!」
 苦しい呼吸。だが彼女は止まらない。少年へと続くこの道を血で染めながら行くしかないのだ。
 攻撃を受けてはやり返し、振り上げる拳は血の色へと変わる。体の様々なところから血を流しているが、一種の興奮状態からか痛みは感じない。
「あと、すこし」
「クソッ……このバケモンがぁぁっ!」
 乾いた音が響き渡り、場にひとときの静寂をもたらす。打ち出された弾丸はジータの肩を貫くが、衝撃でよろめくくらいで彼女は歩みを止めない。
「ひっ……! ひぃぃぃっ!」
 顔色を変えずに近づいてくるジータを恐れた男はその場で崩れ、頭を抱える。戦意を喪失した相手を通り過ぎ、ジータはやっと檻へと続く階段までやってきた。
 周りから音が波のように引いていき、なにも聞こえなくなった。聞こえるとすれば己の鼓動のみ。
 檻の隙間から手を伸ばす少年を求めて、ジータも手を伸ばしながら階段を上る。
 スポットライトを浴びながら舞台へと立つ彼女と少年はこの劇の主役だ。
 鉄格子を挟みながら抱き合う。間近で感じるフェロモンは尋常ではないくらい濃厚で、ほんのわずかに残っていたジータの理性を吹き飛ばす。
 名も知らぬこの少年に自分のモノだという証を刻みつけたい。そしてずっと一緒にいたい。
 愛でたい、触りたいのに冷たい鉄檻が邪魔をする。
 ゆらり、と立ち上がると近くにいた司会者の男を視界に捉える。彼はジータの狂気をはらんだ猛攻に早々に腰が砕け、逃げることを放棄してしまったようだ。
 鬼気迫る表情で足を引きずりながら歩き、男の胸ぐらを掴んで膝立ち状態にすると、端から血を流す唇が動く。
「檻の鍵はどこだ」
 目からは光が消え、声は地の底から発したように低い。素直に答えなければ命がなくなってしまうかもしれない。
 自分でも訳が分からぬうちに男の両眼からは涙が溢れ、幕の袖口に立っている小太りの男を指さした。
 逃げようにも逃げ場を塞がれ、こうして会場に戻ってきてしまった男はジータの凍てつく視線を受けると脱兎の如く逃げ出す。
 人間の本能で感じた。アレはヤバイ。殺される、と。
 ジータは気を失った男を放すと、逃げた獲物を追いかけた。絶対に逃がすわけにはいかない。一刻も早く少年を救い、この手に抱きしめなければ。
 男と距離が縮まると大きく踏み込んで飛びかかる。両脚で首を捕らえると、その場で逆回転。重い体がジータの後ろに叩きつけられた。
 うつ伏せになって呻く男の体を靴で転がし、仰向けにするとジータは片足で男の胸を踏み付けた。次第に強くなる力は男の骨をミシミシと軋ませる。
「ぃ……ぎっ、鍵っ! 鍵ぃっ!」
 震えながら男は懐から鍵の束を取り出し、ジータはそれを奪い取るともう用はないと早々に男から離れ、少年のもとへと向かう。
 惹き付け合うように少年もジータに近づき、檻の錠に鍵を差しては外しを繰り返している彼女を見つめている。
 最後の一本になり、ようやく檻の扉を開けると少年はジータの胸に飛び込んできた。ジータもしっかりと抱き止め、離したくないと少年の背中を掻き抱く。
 ずっと探し続けていた最後のパズルのピースがかちりとハマり、実感する。自分はこの子と出会うために生きてきたのだと。
「落ち着くんだジータ。さあこれを」
 背後から心地よさを感じる低い声。振り返れば、仲間の男性が片膝を折ってそばにいた。
 その手には粒状の薬があり、彼はジータの口にそれを押し込む。抵抗することなく飲み込めば、霞のかかった思考が晴れていき、体の熱も収まってきた。
 その代わりに襲ってくるのは全身の激しい痛み。今まで体験したことのない激痛にジータは悲鳴を上げ、その場に倒れる。
 闇へと引きずり込まれる意識。霞む視界に最後に映ったのは愛しい少年の顔だった。

 束の間の記憶の旅を終えたジータは改めてベリアルを見た。出会った頃から変わらぬこの気持ちは、死ぬまで不変のものだろうと確信できる。
「ん……ジータ……?」
「ごめん。起こしちゃった?」
「いいや……それにしてもすごい雨だな。雷も。本当に早く帰ってきてよかった」
 近くに雷が落ちたのか、音で肌が震える。
 だがそれよりも、今は目の前のこの男が欲しくてたまらない。最初は再び寝るつもりだったが、彼のかすれ気味の低い声を聞いたらその考えも霧散した。
 胸を中心点として全身に広がっていく蕩けるような甘さを含む熱。彼の腕から抜け出し、馬乗りになって両手でベリアルの顔を閉じ込めれば、彼はジータの顔を見て困ったように表情を崩す。
「オレ明日も仕事なんだけどなァ……」
「一回で終わらせるから」
「一回程度でキミが終わるとは思えないけど」
 苦笑しながらも、彼の長い脚はジータに絡みつく。その行動は了承の答え。
 空を割る稲妻、降り荒ぶ雨、荒れ狂う風のなか、番同士は愛を交わす。何度求めても足りないが、少しでもその隙間を埋めるように。