発情したふたなりジータちゃんを手で抜いてあげるファーさんの話

「この本たち、もう読み終わったでしょ。資料室に戻してくるから」
 昼下がりの執務室にて。ジータは休憩にとおやつと紅茶を持ってくると、ルシファーは誰もいないのをいいことに応接のために置かれているソファーの片方に座って読書をしていた。
 ただ座っての読書ならばまだしも、肘置きに寄りかかって足をソファーの上に引き上げ、伸ばしながらというジータ以外には見せられない非常にリラックスした状態で、だ。
 いつものことなのでジータはしょうがないな、という面持ちでローテーブルに乱雑に放置されている本たちを片付けて間食が載せてあるトレイを置くと、代わりに読み終わった本たちを持って立ち上がった。
「……ジータ」
「なあに?」
「知らない奴についていくなよ」
「ふふっ。もう、小さい子どもじゃないんだから。それじゃあ行ってくるね」
 呼び止めるものの、ルシファーの目は本に向けられたまま。いつものことなので特に気にすることなく返事をすれば、まさか彼の口からそんな言葉が出てくるなんてとジータは笑みを深める。確かに造られて数年しか経っていないが、子ども向けの言葉をかけられるほどではない。
 それでも、親が子どもにかけるような言葉に素直に嬉しいという感情が生まれる。一体どういう気持ちになってそんなことを口にしたのかは分からないが、彼が気にかけてくれたという事実がジータからすればたまらなく嬉しいのだ。
 去り際の言葉にジータは上機嫌に鼻歌交じりに歩いていると資料室にはすぐに着いた。中はとても広く、数多くある書架にはぎっしりと本たちが詰まっている。
 どうやら今は他の星の民はいないようでがらん……としている。ルシファーと一緒に来たり、今のようにひとりで本を返しに何度も来ているのでどこになんの本があるかはルシファーに造られた優秀な頭脳にしっかりと入っている。
 楽々と元の場所に戻して部屋を出ようとしたところで、
「あの、ジータちゃん」
「はい?」
 扉の開閉によって軋む音が聞こえ、部屋に入ってのはひとりの星の民。フードを深く被っているために顔は分からないが、少なくとも声は聞いたことがなかった。
 男は控えめにジータの名前を呼ぶと、異性に対して警戒心が皆無──そもそも、ジータは星晶獣なので純粋な力は一般の星の民よりも上なので無自覚に強者の余裕があった。
「実は所長のことで話があって……」
「ルシファーの話?」
「そうなんだ。ちょっと他の人に聞かれるとまずい話だから、二人きりになれる場所に来てほしいんだけど……いいかな?」
 ここでジータの脳内によぎるのはルシファーの言葉。知らない奴にはついていくなという妙な警告。だがルシファーの話、しかも他人に聞かれると困る内容。一体どんな話なのか非常に気になる。
 どうしようか……と選択に迷うジータだが、最終的には創造主の話を聞くことを選び、男の指定する場所──数ある倉庫、その中で最も奥に位置する倉庫へ移動することに。
 移動中も男の方は取り留めのない話をペラペラと一方的に喋り、ジータは相槌を打ったり、返事をしてやるがそれは特になにかを思ってとかではなく、自然にやっていること。
 コミュニケーション能力が壊滅的な主と打って変わってジータはコミュニケーションが得意。人と打ち解けるのがとても早いのだ。
 しばらく歩き、目的の場所に着いた。様々な素材を保管しているいくつかの倉庫。その一番奥に設置されているこの場所は、普段もあまり人が訪れるところではない。
 男が扉を開けて中に入ると、ジータも続いて中に入った。換気のための排気口はあるものの、窓はない。開けられている扉から差し込む光が唯一の光源ではあるが、ジータは星晶獣なので明かりをつけなくても問題はない。
 しかし男は違うので出入り口近くにあるスイッチを入れると天井に設置されているいくつもの明かりが灯り、倉庫内を明るく照らす。
 内部は素材が入っている木箱が整頓されて置いてあるが、全体的に埃っぽいのは否めない。今度時間を見つけて掃除しよう、とジータが思うくらいには。
「それで、話っていったい……、っあ!?」
 背後で扉が閉まる音を皮切りに、ジータは話を聞くために振り向こうとするが、瞬間首筋に走るなにかを突き刺す痛み。液体が体の中に侵入してくる感覚に薬を注射されたとジータが理解したときにはすでに体に異常が現れていた。
「体に……力が、入ら、ない……! それに熱い……! あなた、なに、を……!?」
「ジータちゃん……ずっと君を見てた」
 体から力が抜けていき、同時に熱が出たように全身が火照る。しかもただの熱ではない。性的興奮を伴う異常熱。感覚が鋭敏になって、少し触れられただけでどうにかなってしまいそうだ。
 今にも倒れそうになっているジータを見て男は隠していた牙を向ける。君を見ていたと告白し、その後に連なる言葉は異性というのを意識したことがないジータからしても怖いと感じるもの。
 通常時のジータならば実力でこの場を乗り切ることができるので不快感は感じつつも、ここまでの根源的恐怖は感じないだろう。それほどに今の彼女は弱体化していた。
 とにかく彼から逃げたくて。かといって唯一の出入り口の方には男がいる。正常な思考ならば奥へ行けば追い詰められるだけと分かるが、恐怖に支配されたジータは思いどおりにならぬ体に鞭を打ち、足を引きずりながら倉庫の奥へと逃げる。
 走る、もしくは早歩きをすればジータを捕らえられるというのに男はわざとゆっくり歩いてジータを奥へ、奥へと誘導する。その思惑にジータが気づくことはない。ただひたすらに彼と距離を取りたくて、取りたくて。
 男に薬を注射されたジータは途切れそうになる理性の狭間で倉庫の奥へと逃げていたが、追い詰められてしまうのは必然。本来ならこの程度の星の民など純粋な腕力でねじ伏せられるが薬の中に弛緩剤が入っているのか全身に力が入らず、逃げるために足を動かすので精一杯だった。
「助けて、助けてルシファー……っ!」
 木箱が積み重ねられ、ちょうど陰になっている場所。男には絶好のプレイス。立っていることすらできなくなったジータは壁を背に座り込み、執務室にいるルシファーに助けを求める。届くはずもないと分かっていながら、彼の名前を口にせずにはいられなかった。
「ジータちゃん……すごく可愛いよ。あんな陰気な奴にはもったいないくらいに……」
「はぁ……はぁ……いやっ……! こないでっ……!!」
「薬が体に回ってきたようだね。大丈夫。痛いことはしないから」
 星の民の男はじわじわとジータとの距離を詰めてくる。深く被ったローブから見えている口は欲望に歪んでおり、ジータは未知の恐怖に打ち震える。怖いのに、体が熱くて熱くて仕方がない。特に股間はなにかが盛り上がってきている感覚がある。自分はどうなってしまうのか。
「ひっ……うぅ……!」
「ジータちゃん、あがっ……!?」
「……!?」
 涙でぼやける視界のなか、突如として鈍い音が男の方から聞こえ、うめき声を漏らす男の体が宙に舞ったかと思えば彼が今まで立っていた場所の反対側の壁に激突し、木箱が破壊されて荷物が散乱する。ジータもなにがなんだか分からないが、視界確保のために腕で乱暴に目をこすると眼前にいたのは。
「ルシファー……?」
「知らない人間についていくなと、ガキでも分かることができんとは……。その他にも薬物耐性など、改良する余地がまだありそうだな」
 凜と立つ男の顔に拭ったばかりの目に大粒の涙が浮かぶ。
 まさか本当に彼が助けに来てくれるなんて、とジータはこれは現実なのかと疑ってしまう。こちらに冷たい視線を下ろす創造主の手には彼が普段から持っている杖があり、おそらくそれで男の後頭部を攻撃し、そのまま首根っこを掴んで思い切り投げ飛ばしたのだろう。ジータよりも腕力が劣り、魔法で戦うことの多い彼だがそこは星の民。基本スペックは高い。
「立て。帰るぞ」
「ごめ……なさい……、はぁ……っ、体、力が入らなくて……体、あつい……」
「ちっ。弛緩剤の他に媚薬の類いか。獣にも効く濃度となると相当だな」
「ふぅ……ふー……、あそこ、熱い……ルシファー、たすけて……」
 はらはらと性熱に苦しむ涙を流しながら主へと懇願する。肩で大きく呼吸をし、顔を真っ赤にするジータの股間は先ほどよりも盛り上がり、スカートに小山を作っていた。
 ルシファーは彼女の局部を睨みつけると、舌打ちをひとつ。ジータの前に片足をついて座り込むと手に持っていた杖を傍らに置いた。
 中性的な美しい顔、極寒の冬をイメージさせる瞳に自分だけが映っているのを見て、ジータのコアが力強く鼓動を打ち鳴らす。
 透き通るような清潔感あふれる彼の香りは今のジータにとっては媚薬よりも強烈な甘い毒。花に誘われる虫のような気分になりながらジータはルシファーに向かって両腕を伸ばして背中に回した。
 顔は彼の首筋にうずめ、湿った息を吐き出すと肺いっぱいに造物主の香りを吸い込む。その繰り返し。
 頭も体も熱くて仕方がないのに、それ以上の多幸感がジータを包み込む。彼がほしい。好きで好きでたまらない。瞳の奥にはハートの光が宿り、ジータはルシファーにどこまでも堕ちていく。
「…………」
 完全に発情してしまったジータを前にルシファーは引き剥がすことはしない。力も弱体化している今は彼でも振りほどけるくらいなのに、だ。
 望まぬ発情に苦しむジータの姿を見て彼の中に名前の知らぬ暗い感情が渦巻き、首筋に当たる荒い呼吸に若干の不快感を覚えながらも片手をジータのスカート中へ突っ込む。
 むわん♡ と熱気が溢れるソコで主張している肉棒に体温の低い繊細な手が触れるだけでジータは身震いした。これから先なにをするのか、という性知識は乏しいが本能で分かる。気持ちいいと感じることをルシファーがしてくれると。
 硬くて熱い太茎は元は慎ましやかな陰核とは到底思えないほどに極悪だ。はち切れんばかりに太った幹に血管が何本も浮き上がり、カリ首の高い頬張りがいのある亀頭からはダラダラと涎が溢れて止まらず、ルシファーの手を手袋越しに濡らしていく。
(ルシファー♡ すきっ、好きぃッ♡)
 強制発情状態になっているせいで普段は隠している気持ちが止まらない。彼からの気持ちが返ってこなくてもいい。この愛だけは許してほしい。
 愛しい造物主の身体をさらに抱きしめ、ルシファーとの距離を限りなく無くせば、熱い肉体に彼の低めの体温が心地いい。
「っ、ひゃぁぁんっ!♡」
 盛っているとルシファーの手にふたなりペニスを無遠慮に掴まれ、ジータの身体が跳ねる。現時点で最大の弱点をいきなり強い力で握られて全身に電流が流れ、勝手に出てしまった声は雌の甘ったるさを含む。
「はうぅ、ぁんっ♡ んっ、んンッ♡♡」
 力の加減など知らずにただ手を上下するだけの乱暴な手コキ。それでも大好きな人からの行為ということでジータは釣り上げられた魚のように全身をビクビクと振動させ、悦びの涙を流しながら嬌声を奏でる。
「は、ンッ♡ おっぱいもっ、さわって……♡♡」
 ルシファーを抱く腕を一本減らし、そのまま彼のもう片方の手を取ると服の上から胸に触れさせる。
 まるで娼婦のような振る舞いながらもルシファーはされるがまま。
 大き過ぎず、かといって小さ過ぎないほどよい大きさの実り。服に包まれた白桃も薬の影響で乳首は凝り固まって布を押し上げていた。触ってほしいと主張する先端に彼の手が布越しに擦れると、痛みと快楽が同時に襲ってきて甘やかな刺激にジータの口の中に唾液が溜まっていく。
 何度かルシファーの手を胸に押し付け、強弱をつけて回したりと主の手で自慰をしているとさらに欲しくなって、ジータは胸元から彼の手を差し入れる。
 熱くて熱くてたまらない今は体温の低い彼の手が非常に気持ちいい。赤く腫れた乳頭を、骨張った繊細な指先がやりたい放題な彼女をお仕置きするように親指と人差し指ですり潰すように動けば、ルシファーの首筋に顔をうずめるジータからは甲高い嬌声が上がった。
 ルシファーはぶるぶると震えながら乱れるジータに思うところがあったのか、彼女から見えないのをいいことに微笑すると柔らかな乳肉の感触を楽しむように揉み込む。
「はひゅっ……、ひっ、んんッ♡ うぅ〜〜っ♡ おっぱいもぉ、あそこ、もッ……! きもちいぃ……♡♡」
 調べを奏でるような巧みな指遣いにジータの身体は楽器になったように小さく跳ね、顫動せんどうする。
 股間や胸からほとばしる快楽熱にジータの顔は目尻が下がりきり、涙を流して悦ぶ。
「ひっ、ひぅぅっ♡ そんなにっ、強くされたらぁっ♡ も、らめぇ……♡」
「…………」
「ひ、ぎっ……! んふ、んうぅぅぅぅっ……!!♡♡」
 ルシファーは無表情のまま手淫を施してやる。先走りを潤滑剤代わりにして巨砲をにゅこにゅこと扱けば手の圧と濡れた布が皮膚とすれて非童貞処女のジータの脳内に火花が散り始めた。
 粘ついた水の音とジータの甘い声がミックスした妖艶な音楽は、強靭な精神を持つもの以外は魅了されてしまうほどに艶やか。
(気持ちいいのが弾けちゃう……!♡ アソコが熱いよぉ……! あのときと同じように、んあぁぁ♡ でちゃ、う……!)
 テクニックもなにもない、ただ手を上下に動かすだけの雑な手コキもジータからすれば極上の愛撫に等しく、当然のように射精へと導く。
「ふっ、ふぅぅぅっ……♡♡ だめ、もうだめ、るしふぁっ──あッ、ああぁあああああッっ……!!♡♡」
 薬のせいもあるが敏感すぎないか? と思うほどにジータは呆気なく絶頂し、競り上がる奔流をせき止めることなく体外へと放出した。
 ルシファーの首筋に顔を押し付けて声を殺しながら吐き出す濃厚なドロドロ液によって彼の黒い手袋は白く汚れ、その手のまま搾り取るように数回上下させればジータはくぐもった声を出しながら残りの精液をルシファーの手にかける。
 ようやく射精が落ち着いたところでルシファーは股間から腕を引き抜く。粘性がある体液が手袋を伝って流れ落ちようとするのを見て、不快感を隠さずに眉間に表すと汚れていない手で素早く薄手のロンググローブを外し、そのまま証拠隠滅をするかのように火の魔法で燃やして塵にしてしまう。
 こんな場所でグローブを捨てて誰かに拾われて興味本位で解析されたら、たまったものではない。なので燃やしてしまえばその心配もない。
「少しは頭が冷えたか?」
「ま……だ、あつい……」
 抱きしめていた腕がいつの間にか下げられ、拘束がなくなったルシファーは首筋に顔をうずめたままのジータに聞くも、返ってきた返事は首を左右に振るもの。先ほどよりかは思考はすっきりしたが、それでもまだ完全解放とは言えない。
「……戻るぞ。薬を打ってやる」
 ぼそりと呟くとルシファーは動けないジータを肩に担ぎ、横に置いたままの杖を持って立ち上がった。まるで荷物扱いだが、あのルシファーがわざわざ労力をかけて運んでくれることにジータは微かに残る理性で感謝の言葉を述べると、目を閉じた。
 ゆさゆさと彼の動きに合わせて揺れるのがどこか心地よくて、ジータは黙ったまま感覚だけ享受していると人の足音や気配が増え始めた。
「所長? それに──ジータ?」
 通路にて。ジータを片側の肩に担ぎながら堂々と歩くルシファーにすれ違う人々は何事かと視線をやることはあっても、彼から発せられる異様な圧にそそくさと足早に去っていくなか、ひとりの星の民が声をかけてきた。
 星の民の男は通路を塞ぐようにルシファーの前から歩いてきたため、必然的に歩みが止まる。分かりやすく不機嫌オーラを放つルシファーだが、男は気づいていない様子。
「どうしたのですか所長、彼女は……」
「……拾い食いをして動けなくなっていたのを運んでいるだけだ。どけ」
 拾い食いだなんて。人を食いしん坊みたいに言うものだから思わず苦笑してしまうが、今のジータは薄く開けられた口から微かに息が漏れ出るだけ。顔の表情がまだうまく作れない。
「なら私が運びましょう。さあ……、っ!?」
「触るな」
 男がジータへと手を伸ばしかけたところ、パシン、と振り払われる。緊張が走る場。周囲の星の民も思わず立ち止まって成り行きを見守っている。
 他者に対して興味を基本持たない彼が星晶獣ごときに自分の意思を見せたのだ。しかも静かな怒気が含まれた声。このあとどうなってしまうのかと人間たちは固唾をのむ。
 ルシファーはもう一度「どけ」と吐き捨てるとさすがの男もよろよろと横に移動した。言葉がなにも出ないあたり、ショックを受けた模様。あの所長が獣に……? と。
 ジータもジータでコアが力強く鼓動し、体温が上昇していく。だって、そんな言い方。どうしたって意識してしまう。
 他の人に運んでもらっても構わないはず。それなのに触るなと拒絶をした。それはこの女に触れることは許さないという頑なな考え。ルシファーのことを大切に想っているジータからすれば、このまま昇天してしまうかと思うほどに彼の発言は精神を歓喜で満たす。
 時が止まってしまったかのように誰も動かない──動けないしじまの空間にルシファーの靴音だけが響き、それもやがて遠ざかって、ようやく静止した時が動き出す。

   ***

 少しして。着いたのはルシファーの私室だ。扉を開ければ洋風の広い空間が広がっている。寛ぐためのソファーにローテーブル、さらには食事の際に使うテーブルや椅子などはどれも一級品。それが改めて彼の権力の強さを伺わせる。
 だが彼の目的は違う部屋。様々な部屋へと続く扉のひとつを開ければそこは寝室だった。ひとりで眠るには大きすぎるベッドにちょっとした小物が配置されており、非常にシンプル。
 ルシファーはベッドのそばまで歩くと、荷物を下ろすようにジータを投げた。軋むスプリングが乱暴な扱いだと示すが、ジータからすればそもそも彼が自分の手で運ぶこと自体が考えられないことだし、これに加えてお姫様を扱うように下ろされたら熱でもあるのかと疑ってしまうレベルだ。
「ルシファー……ありが、と……う……」
「鎮静剤を持ってくる。大人しくしていろ」
 仰向けになり、なんとか笑顔を作るジータだが、その顔は強張っている。ルシファーは彼女を一瞥いちべつすると寝室を出ていき、薬品棚がある部屋へと向かい、必要な薬剤を充填した注射器を持って戻ってくるとそのままジータの首筋に突き刺す。
 握るように持っている注射器のプランジャーをルシファーが押し込めば、冷たい液体が火照った体を巡り、熱が引いていくような感覚だ。
「…………」
 呼吸が安定してきたジータはルシファーを見つめる。未だとろん、としているブラウンの瞳に主を閉じ込めているともうここには用はないとルシファーは退室しようとするが、彼の服をジータが弱々しく掴んだために動きが止まる。
「おい、放せ」
「…………」
「聞こえないのか。ジータ、」
 平時に比べて力は入らないが、それでもジータが少し服を引っ張るだけでルシファーの体は簡単にベッドへと引きずり込まれ、ジータの上に重なる。
 ルシファーの体の重みをしっかりと感じながらジータは緩慢な動きで体を起こすと、彼の上に覆い被さる。動けない、と言ってもひとりで歩くことが困難なだけで多少のことならばできるのだ。
「どけ。鬱陶しい」
 目と鼻の先にある中性的な顔は不快感を露わにするがジータはぼんやりとした眼差しを向けるのみ。動く気配はない。そもそも、ジータ自身もどうしてこんな行動を取ってしまったのか理解できないでいた。
 行ってしまうのが寂しくて、心細くて。そばにいてと言っても彼はジータの願いを叶えてはくれないと思ったから本能で動いてしまったのかもしれない。
 いま、自分のしていることをまるで他人事のように思いながらジータはルシファーの頬に片手で触れる。白く、滑らかな肌は手に吸い付くようだ。触れていて気持ちがいい。
 このまま彼をどこかに閉じ込めてしまいたい。どこにも行けぬように。そんな危険な妄想をしてしまうほどに、ルシファーのことを愛している。
「ルシ……ファー……」
 近づく顔。互いの呼吸が混ざるのを感じながらもジータの意識は暗闇へといざなわれる。
 このままでは唇が触れる──というところでジータの顔はルシファーの傍らへと埋まる。至近距離の彼の顔をもっと記憶していたいのに、薬の影響で眠ってしまった様子。
 安らかな寝息を聞きながらルシファーは嘆息すると、どけと言っていた割にはしばらくの間、その場から動かないのだった。

   ***

 時間は緩やかながらも確実に流れていく。ジータが次に目覚めたときにはルシファーの寝室、彼のベッドの上というのは変わらなかったが部屋はカーテンが閉められており、明かりはナイトテーブルに置かれている光源のみ。
 ぼんやりとした暖かな印象を与える橙色の明かりが、隣にいるルシファーの横顔を照らしていた。
「ルシファー……」
「ようやく起きたか」
 大きくてふわふわな枕に背中を預けながらページをめくる、分厚い本の乾いた音にどこか安心感を抱きつつ、ジータは今の時間を聞いてみる。
 彼からの答えで知ったのはもう真夜中ということ。次いで考えることといえば夕食をルシファーは食べたのかという疑問。いつもジータが三食作り、しっかりと食べさせているが……。
「ねえ、夜ご飯は……」
「食わん。腹も減ってない」
 やっぱり……と苦笑い。ジータが作らなくても食堂があり、そこで食べられるのだが彼は食事よりも研究が優先。放置すれば何日も食べずにいることもザラ。それはよくないとジータが半ば強制的に食事をとらせているからこそ、彼は毎日三食欠かさずに食べている。
 見た目は細いのに意外と大食漢な彼。大丈夫かな? という心配はあるが、今から食べさせるというのもよろしくない気がするので気持ちを切り替えて話すことは改めての感謝だった。
「ルシファー。助けてくれて本当にありがとう。あなたが来てくれなかったら、私……」
 あのときの星の民の男の様子を思い出してしまい、目を閉じて身震いしてしまう。精神的な恐怖が染み付いてしまい、どうにもならない。
 ジータは仰向けに寝ていた体をルシファーの方に向け、おずおずと距離を詰めると、頭を彼の体にこてん、と預けた。鬱陶しいと言われてしまうかも、と思ったが、ルシファーはなにも言わずに読書を続ける。それが今のジータにとってはすごくありがたかった。
「その様子だとやはり知らなかったか」
「?」
「ここ最近、お前を付けまわっている男がいたが……まさか、本当に分からなかったのか?」
「え? そんなことがあったの?」
「…………」
 きょとんとするジータにルシファーは分かりやすくため息をつく。彼女はルシファーに敵意を持つ者たちには敏感に反応し、いざ彼が暗殺されかけたら無慈悲に対処するのだが自分のことになるとからきしのようだ。
「それがあの男だ。……お前が人間より優れていると驕っているからこうなる」
「う……、ゴメンナサイ」
 驕っているわけではないが、油断はしていたのだと思う。警戒していれば背後を取られることなんてなかったはず。
「……今まで、男の人にあんな目を向けられたことなんてなかったから……すごく──怖い、って思っちゃった。みんながみんな、そうじゃないって分かってはいるけど……」
 他人から向けられる性というものに初めて触れて感じたことは“恐怖”。ただそれだけ。全員がそういう目を向けているわけではないともちろん分かってはいるが、怖いものは怖い。今回の件での精神的ダメージは大きい。
「ほう。俺も男だが?」
「ルシファーは怖くないよ」
 ジータの言葉にルシファーは皮肉るように自分も男だと言うが、ジータは即座に否定する。同じ男でもルシファーは別なのだ。愛する彼ならば……。
 ルシファーはふん、と鼻を鳴らすと読書に戻り、しじまの寝室にはページをめくる音だけが一定の速度で広がっていく。ジータはルシファーのそばで再び目を閉じるとその音に浸る。
 どんなに嫌なことも、怖いことも、彼のそばにいるだけで乱れた心が落ち着きを取り戻す。自分にとっての安寧。そんなことをルシファーに言ったら怒られてしまいそうだが。
 少しの時間が経つと、ルシファーは本を閉じてナイトテーブルに置くと明かりも消した。途端に暗闇に包まれる部屋。ルシファーは己の寝やすい位置に体を直すと、仰向けに眠る彼の腹部にジータの片腕が回った。すりすりと体を密着させて造物主に抱きつく。
「寝れん。引っ付くな」
 鬱陶しそうな表情を作るが、ルシファーは言葉だけでジータを拒絶する行動はしない。本当に嫌ならば行動で示せばジータも離れるのだ。だが今に至るまでの膨大な時間の中でそういったことはなかった。だからジータはこれは大丈夫だと判断し、ルシファーの低めの体温を感じながらコアの出力を最小にして意識を手放していく。
 少しすれば、ルシファーとジータのささやかな寝息が聞こえ始めた。

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