お兄ちゃんグランくんの受難(R18)
僕には前世の記憶というものがある。今のこの世界からすればファンタジーな世界に僕は生きていて、騎空艇に乗って空を旅する騎空士だった。
あの世界で僕が死んでどれほどの時間が経ってこの世界になったのか、そもそもの世界線が違うのかは分からないけど、蒼い記憶に刻まれている世界と違ってここは平和だった。
人間はヒューマン族のみだし、魔物や星晶獣もいない。争いは……昔はあったけど今では平和そのものだ。
そして魔法の代わりに科学が発展したこの世界で……僕は高校生をしていた。
──お昼を少し過ぎ、お客さんの数もだいぶ減ったファミレスで僕は父さんととある人たちを待っていた。
僕が父と呼ぶ人は前の人生と違う人だけど、大切な家族には変わりない。
硬めのソファーに座りながらひたすら待つ。ちらりと腕時計を見ればそろそろ待ち人がくる時間。
隣に座る父さんも落ち着かないようだった。それもそうか。初めて僕に会わせるんだもんね。
母さんは僕を生んですぐに亡くなってしまい、それからは父さんが一人で僕を育ててくれた。いわゆるシングルファーザー。
そんな父さんから一週間ほど前に会わせたい人がいると告げられ、真剣に交際している女の人を紹介された。
スマホの画面に映し出されている女性は母性にあふれた優しい笑みをたたえていて、父さんにはもったいないくらいの美人。
父さんが苦労しながら僕を育ててくれたのを間近でずっと見てきたし、父さんが幸せになれるなら僕も嬉しい。
そんなことがあり、今に至る。
一つだけ不安があるとすれば相手も旦那さんと死別してしまい、連れ子が一人いるということ。
父さんもまだ実際には会ったことないけど、ミックスの子で女性に写真を見せてもらったらものすごく可愛かったみたい。
歳の離れた男の子らしいけど本当にどういう子なんだろう。仲良くなれればいいな。
いきなりお兄ちゃんになるのは心配だけど……なんとかなるよね。
「ぁ……」
父さんが立ち上がり、店の出入り口のほうに向かって手招きをする。その視線を辿れば、写真の中にいた女性がこっちに向かって歩いてくる。
──それを見た瞬間、僕は息するのを忘れた。
落ち着いたコーディネートに身を包んだおっとり系の女性に驚いたわけじゃない。女の人の後ろを歩いてやってくる男の子を認識した刹那、頭が真っ白になった。
「ベリアル……?」
暗い色をした茶髪にくりっとした丸い赤。見た目の年齢相応のシンプルな服装だけど見事に着こなし、そこから見える病的なほどに白い肌と人当たりのいい薄い笑み。
僕の記憶の彼と比べると全体的にだいぶ小さい。でもその顔は忘れない。
「ん? ベリアル君のことを知っているのか? グラン」
なんとなく相手の子の名前を聞くのを忘れてこの日を迎えたけど、まさか、まさかベリアルだなんて……!
宿世では原初の星晶獣で狡知を司る堕天司だった彼。ルシファーとともに次元の狭間に吸い込まれたのが彼を見た最後の姿。
まだかつての仲間と誰とも会っていないというのに、ベリアルが最初って……。
でも……前生の記憶にいる人に会えて嬉しいという思いもあった。ベリアルは敵だったけど不思議な関係でもあったし。
新しい世界で前の記憶を持っている僕はどこか孤独感を感じていた。目を閉じれば鮮明に浮かぶビィやルリア、グランサイファーの仲間たち。だけど、目の前にはいないんだ。誰ひとりとして。
だからこの縁の糸が切れるようなことはしたくない。
目の前のこの子が記憶を保持しているかまでは分からない。でも、僕は……。
「グラン?」
まずい……! 父さんになんて説明しよう。「知り合いなの?」ときょとん顔をしている女性にも。
「え、えーっと……」
「久しぶり。グランお兄ちゃん」
「へっ!? ……あ、えと、うん。そうだね、ベリアル」
困っている僕に助け舟を出したのはなんとベリアルだった。どうやら僕と同じように記憶があるらしい。
彼は軽くウィンクして話を合わせるようにと目配せをすると、僕との出会いを流暢に語り出す。
その言葉を聞いていると本当にそういう出来事があったように錯覚してしまいそうになる辺り、創造主に与えられた狡知の才は未だに現役のようだ。
父さんも、ベリアルを産んだ女性も、まったく疑うことなく彼の嘘を飲み込んでいる。まるでベリアルが虚言なんて言うわけないって顔して。
そいつは筋金入りの嘘つきだよ。人を騙すのが生きがいって自分で言っていたくらいに。まあ今はその嘘に助けられているんだけど。
*
結果から言おう。女性とベリアルに会ってすぐに父さんは再婚した。本当に早かった。僕も女性を受け入れるのに抵抗はなかったし。
ベリアルには少しあったよ。でも言えるわけない。こいつは前世で敵でした──なんて言った日には僕の頭がおかしくなったと思われちゃう。
そんなこんなで今まで住んでいたアパートも引き払い、今では四人で暮らしても十分なくらいに広いマンションに住んでいる。
あのベリアルと! あのベリアルと!!
ビィに変態堕天司と言われていたベリアルだけど今のところ特に変なこともしてこない……いや、多少のセクハラはしてくるけどね。
基本は昔話に花を咲かせたり、ヒトよりもずっと賢いがゆえに年齢相応の演技がたまに疲れるとこぼす彼の愚痴を聞いたり、ファーさんに会いたいとしょげるベリアルを慰めたりと一緒にいる時間が多い僕ら。
きっと父さんや義母──母さんは仲良しの兄弟とでも思っているんだろうな。
「ん?」
ご飯も食べ終わったし、そろそろお風呂にでも入ろうかなーと思い、支度をして脱衣所へ向かうためにリビングを抜けようとしたところで小さな手が服の裾を掴んだ。
この家でこんなことをするのは一人しかいない。大きなため息をつきたいところだけど我慢し、視線を下へと向ければ無駄に目をキラキラさせて可愛いかわいい弟を演じている狡知の男が僕を見上げていた。
「オレも一緒に入りたい」
「ぇ……」
「いいじゃないかグラン。可愛い弟の頼みなんだ。聞いてあげなさい」
ソファーで寛いでいる父さんや母さんの目は歳の離れた兄弟の仲睦まじい姿を見守る保護者のそれ。くそっ。そんな目で見られたら断るわけにいかなくなる。
相変わらず無駄にお人好しなんだから、僕……。
自分でツッコミを入れつつ、再婚したばかりの二人の仲を取り持つためだと言い聞かせ、了承した。
ベリアルを連れてリビングを出て扉を閉め、振り返ればさっきの顔とはかけ離れたニヤニヤとした表情を見せる悪童の姿。本当に演技は得意なんだから。
将来俳優にでもなればすぐに人気出るんじゃないか? きっと……成長すれば前世と同じように退廃的な魅力を持つ男になるはずだ。
「てっきり拒否するかと思っていたが……。本当にお人好しだな。キミ」
「ああ。本当は嫌って言いたいさ。でも言えるわけないだろ!? あんな目を向けられてさぁ……。はぁ……」
親の前では吐けなかった重苦しい息を深く吐き出し、こいつと一緒に風呂に入るというどうにもならない現実に嫌々向き合う。
足を引きずりながら脱衣所に向かう僕の後ろを大人しくついてくるベリアルだけど、その顔は見なくても分かる。ああ、本当にムカつく。
*
「さっさと出よう……」
廊下とはスライドドアで仕切られた空間。天井からの柔らかな光を浴びながら僕はベリアルに背を向けて淡々と服を脱いでいた。こいつと一緒に入るなんてなにをされるか分かったもんじゃない。
「ひっ!?」
「前世より筋肉量が少ないな? まあこの世界には魔物もいないし、キミの年齢では普通か」
背後から撫でるように小さな手が腹筋に触れる。騎空士時代は戦いの内に体が鍛えられたし、個人的に鍛錬を欠かさなかったからそれなりに筋肉はあった。
でもこの世界は平和そのもので戦う必要もない。必然的に前の僕と比べれば筋肉量は落ちる。
首だけで後ろを向き、眼下の子供を見る。ベリアルだってかつてのたくましい体の面影はない。胸筋も膨らんでないし、腹筋だって割れてない。脚だって細い。どこに触れても柔らかそうな子供体型。
「なぁに? お兄ちゃん。オレの体に興味あるの?」
「あッ……あるわけないだろ!? 変なこと言うなよ!」
下着一枚姿のベリアルをついつい見つめてしまい、高い声に揶揄されて我に返る。けど……本当に人間なんだなと、なんか変な気持ちになったのは事実。
あの世界ではルシファーと一緒に世界を滅ぼそうとしていた原初の星晶獣が今ではヒトの子で、なんの因果か血の繋がりはないとはいえ僕の弟。本当に不思議だ。
「ほらっ、風呂に入るんだろ? いつまでもそんな格好じゃ風邪引くぞ」
「オレの心配? 嬉しいねぇ」
下着を脱いで風呂場の扉を開ければ温かい空気が肌を撫でる。ベリアルに入るように促せば彼はやれやれと言いたげに軽く肩を竦め、全裸になると浴室へ。僕も続いて入る。
「……母さんから聞いてるぞ。お前、あんまり体が強くないんだろ」
「なんだ、知ってたのか。ヒトっていうのは不便でならないよ」
蒼穹の世界のベリアルはもちろん“星晶獣”という特別な存在だった、っていう理由もあるけど本当にしぶとかった。胸を貫いても死なないし、空の底へと自ら落ちたと思ったら生きていて……。
そんな彼もヒトに堕ちたことで変わってしまった。
母さんから聞いた話によれば小さい頃から体が弱く、入退院を繰り返していた時期があると。ときには死の淵を彷徨ったことも。
成長して体力がついたことで昔と比べると落ち着いているそうだけど、油断はできない。この世界に生きて、しかも家族になった以上、僕だって思うところはある。
シャワーを出しながらそんなことを考えている、と。
「ふぅん……これがキミの。大きさは前と同じくらいか?」
「なっ、ちょっ、どこ見てるんだよ! ひぅっ!?」
僕と向き合うように立つベリアルが人差し指で陰部をつつく。蟻に木の棒でちょっかいをかけるように。さらには残りの手で睾丸を揉み始める始末。
特異点時代に彼に味わわされた快楽が記憶の引き出しから無理やり引きずり出される。仲間の誰にも言えなかったけど僕は……ベリアルに後ろの処女を散らされた。
それから少しずつ、侵食するように何度も、何度も。
姿や種族が変わっても中身はベリアル。汚いことはなにも知らない純粋無垢な子供を演じていても、内側は腐りきった林檎なんだ。
やめさせようと両手首を握る。僕より細い腕は少し力を込めたら折れてしまいそうで怖いくらい。
「いいのかい? グラン。ここで大きな声を上げてもいいんだぜ?」
「は……?」
見上げてくる二つの真紅は笑い、口も子供がしないような悪辣な笑みが浮かんでいる。
言われた意味が分からなくて言葉を失っていると、ベリアルは顔を近づかせて胸を舐めてきた。しかも乳首を重点的にねぶり、赤ちゃんのように吸い付いてきたと思ったら今度は噛んだり。
シャワーを出していてよかった。漏れ出てしまう声が水流の音にかき消されていく。
「若いな。もう勃ち始めている」
「も、もう本当にやめろよ! これ以上は……!」
「大人しくしろよグラン。いいか? ここでオレが大声を出せばリビングで寛いでいる二人が飛んでくるだろう。どうした!? って。なぁ、分かるだろ? 高校生と○学生。大人はどっちを信じる?」
目の前が真っ暗になりそうだった。襲われているのはこっちだけど相手は○学生。誰だってベリアルを信じてしまうだろう。それに彼は人を騙すのが生きがい。
変態の烙印を押され、性犯罪者扱いになるのは必至。せっかく父さんが幸せになってくれたのに、僕のせいでその幸福を失うかもしれない。
周りの人たちにも冷たい視線を浴びせられて、ヒソヒソされて……“破滅”の二文字がドン、と頭上にのしかかる。
「いい子だ」
気づけば僕はベリアルの手首を掴む手から力を抜いていた。その手はそのまま口へ。声が漏れないようにぎゅうぎゅうと押し付ける。
膝で立ったベリアルはご馳走を目の前にした獣ように赤い宝石を輝かせ、舌なめずりをすると大きく開けた口で僕のモノを咥えた。だけど小さな口だから先端部分しか入ってない。
それでも気持ちよさと、抗えないように脅されているとはいえ○学生に口淫されての背徳感、破滅の気配を背後に感じて普段の自慰よりも深い快感におかしくなりそうだった。
こちらを見上げながら見せつけるように逸物を舐めしゃぶる小さな悪魔は射精に導こうとカリを責めたり、鋭敏な裏筋を舌先でなぞったりとやりたい放題。
「んぐ、うぐぅ……! んっ、んふぁっ……! あ゛ッ!?」
精液を吐き出そうとパンパンになった袋を転がされ、射精まであともう少しというところで尻に走った異物感。
生唾を飲み込みながら視線をベリアルへと向ければ、僕のブツを握りながらフェラをする彼のもう片方の手は……僕のお尻へと回されていた。
つまり、この小さな違和感はベリアルの指。そんなところまで触れられるなんてまさか──ここでヤろうっていうのか!?
「ゃ……やめろ、そこは駄目だっ……!」
「転生してからは使ってないのか? あんなにソドミーのよさを教え込んでやったのに」
「使うわけないだろ……!? 本当にやめてくれっ……!」
「ふ〜ん。やめてほしいなら相応のお願いの仕方、っていうモンがあるだろう?」
くそっ……! なんで年下相手にいいようにされているんだ僕! でも家族がいつ来るか分からない状況でこれ以上のことをされるわけにはいかない。
早々に観念した僕はベリアルにどうすればいいのか乞う。そうすればこいつはニィ、と口角を吊り上げて文字通り“悪魔の笑み”を顔に張り付けた。
「ベリアル様の○学生のお口でイかせてください。って言えば今日のところは勘弁してやるよ」
尊厳を踏みにじる言葉の羅列。こんな言葉、普通に生きていたら一生縁のないもの。それを年下に、○学生に言わされるなんて! でも……。
「うっ……ひっぐ、ベリアルさま……のっ、○学生のお口でっ……い、イかせて……くださ、い……ッ……!」
情けなくて涙が出てくる。力では簡単に抑えることができるのに、精神部分を握られてしまったら反抗できない。
ごめん父さん。僕、またベリアルに堕ちちゃった……。
*
──この状況はなんだ。なんで僕の部屋、僕のベッドにベリアルと一緒に寝ているんだ? しかも至近距離で見つめられているし。
サイドチェストに置かれている間接照明の淡いオレンジが照らす天井に向けていた顔を油の足りない機械のような軋む動きで横へと向ければ、まん丸のオルディネシュタインの瞳がそこにはあった。その目の持ち主はオルディネの意味とはかけ離れた人だけど。
気を取り直して少し前のことを思い出す。えーと、たしか僕はベリアルと一緒にお風呂に入ってそこで……。
あぁ……なんとなく思い出してきた。脅されて、恥ずかしい言葉を言わされて、○学生に強制絶頂させられた僕はあまりの情けなさに気抜けしてしまったんだ。
たぶん僕が現実逃避している間に体や髪を洗われて、湯船にも入らされた。髪が乾いているから乾かしてももらった……? 記憶が曖昧で不明。
「ようやく意識がコッチに戻ってきたか。あの程度でショックを受けるとか精神も脆くなったか? お兄ちゃん」
「あのなあ……! はぁ……もういいや。それよりなに、この状況」
「ハハッ。キミとは何度も夜をともにしただろうに。なぁ、シュガー?」
「気持ち悪い言いかたやめてよ。あと触るな」
僕にすり寄り、パジャマの上から股間をまさぐってくるベリアルの手を掴む。本当に小さな手だ。昔は彼のほうが大きかったのに。
その大人の手でときに苛烈に、ときに恋人のように甘やかすベリアルに身だけではなく心まで籠絡されそうになったのが懐かしい。
でも駄目だ。義理の兄弟というのを抜いても目の前のベリアルは子供。欲情なんてしない。しちゃいけないんだ。
「いいのかい? オレに反抗して──と言いたいところだが」
また脅される……! と体をこわばらせると、ベリアルは自由に動かせるほうの手を口に当てて大きなあくび。そのときに鋭く光る犬歯が見えた。
普段は隠れているそれは彼を表しているようにも思える。
表に出す頭のよさは年相応よりも少し賢いくらいに抑え、周りに溶け込むために己を偽っている。本当の彼は人間の物差しで測れば“天才”や“神童”。
でもそれは伏せている。目立つのはいいことばかりじゃないっていうのを知っているから。
「……前世では二千年も寝なかったんだ。その反動かな? ほら、もうおやすみ」
壁にかけられている時計を見れば寝るには少し早いかな? と思うけどベリアルの体はもう星晶獣じゃない。人間には生きるために必要なことが多い。
眠気を訴えるベリアルを見ているとあんなことをされたのに少し可愛く思えて──僕は体ごと彼のほうを向き、肘枕をすると掛け布団を深く掛け直し、あやすように腹を優しく、ゆっくり叩く。本当にお人好しだと自分でも呆れてしまう。
「急にオニイチャン面するんだねぇ。風呂場ではオレにイかされて泣いてたくせに」
「おっ、お前なぁ……!」
前言撤回。やっぱり可愛くない!
浴室での痴態を馬鹿にするように片側の唇の端を上げて嗤っていたベリアルだけど、ふっ、と目を細めた。その顔はどこか憂いを帯びて、大人びた印象だ。
「……人間の体は不便だな。勝手に眠くなるし、腹も減る。なにかを疎かにすれば活動できない」
「そうだよ。それが人間。だからこそ、限られた命の中で一生懸命生きるんだ」
「本当に……難儀な……から……だ……」
睡魔には勝てなかったようで、吸い込まれるように瞼が閉じていく。数分もすれば規則正しい生命の音が聞こえ始め、僕も手枕をやめて愛用の枕に頭を沈めた。
いつもならまだ起きている時間だけど、なんだか僕も眠くなってきちゃった。
ベリアルの幼い寝顔を見ながら自然と重くなる目の蓋を抗うことなく受け入れれば、僕の意識も心地よい世界へと溶けていった。
終