レッド・ルーム - 6/8

終章

 ジータの部屋をあとにしたグランは現在自分の部屋へと戻ってきていた。老婆が生きていたときに住んでいた家では二人で一つの部屋など、何人かと一緒に寝起きしていたが、新しいこの家に移り住むと一人につき一部屋与えられた。
 老婆が亡くなり、ジータが家族を纏めるようになってからできるようになったこと。
 部屋の電気は点けられておらず、暗い。その中でグランはベッドに横になっており、眼前に掲げる手には板状の黒い携帯端末があった。
 これは彼の持ち物ではない。グランは目を閉じると、端末の本来の持ち主とのやり取りを思い出す。
 ──あれは……そう、今日のようにベリアルが用事があるからとジータを連れて行き、彼の車で帰ってきたときのこと。
 ジータが家の中に入ったのを見届けたグランはまだその場に残っていたベリアルに声をかけたのだ。
 姉さんになにをさせているんですか。と。
 ジータがベリアルと行動を共にするようになってから急激に変わった生活。多額の寄付や幼い家族たちへ新品の服などの贈り物。その全てが名も姿も知らぬ誰かによって定期的に届くようになった。
 その頃からジータの雰囲気に陰ができるようになった。さらには悲鳴を上げながら目覚めることも。理由を聞いても嫌な夢を見ただけ、とはぐらかされ続けた。
 他の家族は気づいていないようだが、血の繋がった姉弟であるグランは彼女になにかがあったと気づいたが、どう声をかければいいのか分からなかった。
 胸に重苦しい物を抱えながら月日は過ぎ、ようやくグランはベリアルに聞くことができた。この男ならば全て知っている。ジータが家族のためになにをしているのかを。
 ベリアルはジータと同じ色をした瞳の奥に宿る真剣さに目で笑うと、わざとらしく肩をすくめた。
「お姉さんが言わないことをオレが言うのも……ねぇ?」
「それでも僕は知りたいんです。姉さんは全部一人で抱えて、いつか潰れてしまいそうで……だから……」
「……ふむ。キミの気持ちは分かったが……お姉さんがキミらのためにやっていることを知って、キミは今まで通りにあの子を受け入れられるかな?」
「僕が姉さんを拒絶するとでも!? 馬鹿にしないでください! たとえ姉さんが誰にも言えないことをしていたとしても、僕は……!」
「オーケイ。ならこれをキミにあげよう」
 歯を食いしばり、激怒するグランの赤い感情を真っ正面からぶつけられてもなお、ベリアルは余裕の表情を崩さず、ジャケットの内ポケットから黒い携帯端末を取り出すとグランに差し出した。
 電源の入っていない液晶画面には困惑の表情をする幼い少年が映るのみ。
「これは……?」
「××日の××時からライブ配信がある。時間になったらこれの電源を入れな。そうすればキミの知りたいお姉さんの秘密が分かるよ」

   ***

(姉さん……)
 記憶の想起を終えたグランは手に持った端末を虚しい表情で見つめた。
 ベリアルから教えられた時間に端末の電源を入れ、知ったジータの秘密。想像を絶する光景は普通に生きていればまず関わることなく、一生を終える惨劇が画面の向こう側に広がっていた。
 淡々と慣れた様子で男を拷問していくジータ、トラブルにより激しく取り乱す彼女の様子に狂喜乱舞するコメント欄と怒涛の勢いで投げられるお金は思い出すだけで吐きそうだ。
 グランは一人この部屋で端末を握りしめ、配信が終わるまで見ていることしかできなかった。やがて映像が途切れ、配信が終わると、放心状態だったグランの中に湧き上がってきたのは底なしの罪悪感。
 家族の中で一番年上の彼女はきっと前住んでいた場所をベリアル──マフィアによって追い出されそうになったとき、彼と交渉してこの闇の仕事に就いたのだろう。
 自分の心を殺してみんなのために人を殺し続けた。それはこの先も、きっと。
 一度闇に堕ちてしまったらもう光の世界に戻れない。ならば最期まで陰から家族を支えよう。自己犠牲の強いジータならばこう考えていてもおかしくはない。
「──ッ!」
 勢いよく上体を起こしたグランは衝動のまま、端末を床に叩きつけようと腕を振り上げたが、その手は葛藤の末に力なく下ろされた。
「クソッ……! 僕はっ、僕はっ……!」
 己の無力さを呪うように強く閉じられた目は震え、目尻には光るもの。
 まだまだ幼い少年には──姉を闇から救う手立ては見つけられない。