第四章
誕生会も終わり、時間も時間なのでホームには静けさと夜の闇が満ちていた。その中に一つだけ、明かりが点いている部屋があった。ジータの部屋だ。
中ではテーブルを挟むようにジータとグランが座り、両名の目の前に置かれているマグカップから立ち上る湯気が淹れたばかりなのだと示している。
そろそろ寝ようか、なんてジータが思っていたところ、グランが訪ねてきたのだ。普段はこんな時間に来ることもなく、深刻そうな顔もしていない。これはなにかあったなと考えたジータはグランを部屋へと招き、こうしてホットココアを淹れてあげた。
じっ……とブラウン色の水面を見つめるグランを見て、ジータは今日一日の彼の様子を思い浮かべる。そういえば誕生会のときもどこかうわの空だったような。そもそもベリアルにホームに送ってもらったときも、彼は無言だった。
考えるも、グランの様子がおかしい理由は分からない。
「……姉さん。なにか……困っていることとか、ない?」
「なにもないよ」
「……そう」
「どうしたのグラン。急にそんなことを聞くなんて。……もしかしてお金のこと? それなら心配要らないよ。みんながここを巣立つまでの蓄えはあるから」
ようやく口を開いたグランに言われても、ジータは“ない”と答えるしかない。否、答えてはいけない。家族の幸せを守るために他者を害しているのだから。
グランたちには少しでも学業に専念してもらい、いつかここを巣立ったあと、生活に困らないようにしてあげたい。これがジータの願いだった。もう貧困街にいた頃の暮らしをさせたくなかった。
「……姉さん。つらかったら僕たちを頼って。姉さんは……なんでも一人で抱え込み過ぎだよ」
グランの言葉に心臓を握られたように苦しくなる。もしや自分の秘密が彼にバレているのではないか。いやしかし、この仕事を知るのはベリアルと彼の部下サリエル、そして彼らの主であるルシファーのみ。
グランが接触できるのはベリアルくらいだ。まさか彼が漏らしたのか。ジータの頭の中でぐるぐると疑念が渦巻く。
冷静になるためにココアを一口飲むが、味が分からない。
「姉さん……?」
「深く考えすぎだよ。つらいことなんて……なにもない。ほら、明日も学校だしもう寝よう?」
声や体が震えそうになるのをジータはこらえ、手に持ったマグカップをテーブルに戻すと無理やりの笑みを向けた。
大丈夫。バレていない。きっと大丈夫。グランが心配性なだけ。そう自分に言い聞かせながら。
まだなにか言おうとするグランを強制的に立たせ、男の子らしい大きな背をぐいぐいと押して「おやすみ」と部屋から出すと、体をくるりと反転させて扉に背を預けた。
少しずつ足音が遠ざかるのを聞き届けると、ジータはずるずるとその場に崩れ、静かに涙を流す。この涙の意味は家族のために手を汚し続けることへの罪の意識か、犯罪が露見したときに家族たちから向けられる目への恐怖か。
お金を稼ぐため、トーメンターとして仕事をすると決意した日から流すことのなかった涙が、ジータの頬を濡らし続けた。