私の先生⇔悪魔の先生 - 1/8

プロローグ 私の先生

 私の通う学校の担任の先生はドジが多くて弱々しくて頼りない。たとえばこの間なんて。
「わぁ~~!」
「ちょっ、先生! 大丈夫ですか!?」
「センセーどんくさ~い」
 掃除したばかりで滑りやすいと分かっている廊下でお約束のように滑って尻もちついて……持っていたプリントやファイルをばらまいて生徒に呆れられたり。語尾に笑いマークがつく感じの軽い口調だから本気で言っているわけじゃないとは思う。
 先生の名前はベリアル。私がこの高校に入学する少し前に採用されたらしく私が一年のときから担任で、クラス替えもあったけどずっと私のクラスの担任。三年間ずっと同じ先生が担任なんて改めて考えれば不思議な縁を感じなくも……ない。自意識過剰かもしれないけどね。
 思えば最初のときからドジが目立つ先生だったな。だからもう“そういうキャラ”と生徒たちにすり込まれているから笑いになってる。
 ドジだけならいいけど襟がよれたシャツにセーター、瓶底眼鏡、くしゃっとしたヘアスタイルにはたまに寝癖らしきものがついていて、それに加えて猫背だから正直頼りなくて弱そうなイメージなんだよね。実際にそうだけど……。だからちょっと素行の悪い子たちにちょっかいを出されて。
「先生~~! 自習にしよ~」
「あは……」
 授業中。窓際の後ろの方に固まっている素行の悪いクラスメイト三人に邪魔されて、さらにはプリントで作られた紙飛行機を投げられてそれが頭に当たっても強く注意できない。
 表情も困ったような顔が多くて生徒に軽んじられることが多いけど、彼の授業は他の先生に比べてとても分かりやすいし、分からないところがあって後で聞きに行っても親切丁寧に教えてくれるからなんだかんだいって生徒からは好かれている。
 それに授業だけじゃないの。相談事も他の先生だと面倒がっても彼は聞いてくれるし、なにより穏やかで優しい心に私は惹かれていた。
「まーたベリアル先生ドジってる。会長、助けに行ってやりなよ~」
 私の近くで先生が間の抜けたことをするとそういう声が他の子から上がり、私が助けに行く。周りからすればそれが日常で、ある意味学校の名物になっているとか。ドジっ子先生としっかり者の生徒会長の図が面白いらしい。
 そんな先生との不思議な関係は一年生のときから続いている。もともと困っている人がいたら助けたい性格だから目の届く範囲で彼が困っているのを見て、助けるのが私の中では当たり前だった。気づけばそれが三年生になった今も変わらないって……それは名物になってもおかしくないか。
「もー、先生。もっとしっかりしてください!」
「ごめんよ〜。ジータさん」
 太めな眉をハの字に曲げてあはは……と笑う彼とのやり取りももう何度目か分からない。他の女子なら情けないと呆れるんだろうけど、逆に私は彼らしいと思っていた。もし彼が急にしっかりしだしたら熱出しちゃいそう。口ではしっかりしてと言っているのに反対のことを考えるなんて本当に人の心というのは複雑。
 ──ねえ先生。先生は私が親切心だけで助けてると思っているかもしれないけど、それだけじゃないんだよ? けど……この気持ちは隠しておかないと。誰にも知られるわけにはいかない。生徒が先生にこんな感情抱いているだけでも彼の迷惑になってしまうから。
 これは私だけの秘密。彼の生徒じゃなくなる、そのときまでは。

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