ファーさんの被造物ジータちゃんのコアを弄る副官ベリアルの話

「お父さま、星晶獣ってヒトみたいに恋……とかするの?」
 ルシファーの私室。カーテンが開かれた窓からは太陽の温かな光が入り込み、鳥のさえずりも聞こえる。清々しい。そんな言葉がぴったりの時間。
 真っ白なテーブルクロスが敷かれたテーブルに着く造物主の前に自らが作った朝食を配膳しながら、ルシファー付きの獣であるジータは問いかけた。
 彼女は天司の前身として造られた存在。データを取り終わった後は廃棄される運命だったが造られた命で、彼がコアに書き込んだ情報を軽々と超えて、まるで人間のように自由な思考と感情を持つ彼女に特異性を見出したルシファーによって彼の世話をするという役割を得て、生き長らえていた。
「そのような機能はつけていないが……お前の場合しない、とも言い切れない。なんだ急に」
「私、たぶん恋……してる。その人のこと見るとコアが発熱するし、気づくとその人のことばかり考えちゃう」
 自分の分の皿も並べ終え、ルシファーの斜め横の席に着席するジータは自身の胸に手を当ててほのかに頬を染める。それは紛れもなく恋する女の子であり、他の星晶獣がしない表情。
「……一応聞いてやる。誰だ。ルシフェルか」
「違う」
「ラファエルか?」
「ううん」
「ウリエル」
「あの、」
「ミカエル、もしくはガブリエルか? 奴らは雌だがつがいが雄でなければならない理由はない」
「ねえお父さま。頑なに名前を上げようとしない人いるよね」
 天司長を筆頭に四大天司の名前を矢継ぎ早に口にするルシファーに困ったような笑みを浮かべながら、ジータは指摘する。
 上から順番に名前を言うのならば、一人だけ意図的に外しているからだ。
「……ベリアルか」
「うん」
「アレはやめておいた方がいいと思うが?」
「ふふっ。私もそう思う。すぐセクハラしてくるし。それでも……彼が好き」
 ジータの返答にルシファーは嘆息しながら答え、淹れたばかりで湯気の立つ珈琲を口にした。その様子を目で追いながらジータも同意し、困ったように微笑む。
 身持ちの悪い彼。人間や獣で遊んでいるのを承知の上での想い。そして、彼の最愛はルシファー。だがそこに関しては愛の形の違いはあれど、ジータも同じなので気にしていない。むしろ嬉しかった。
 ジータもルシファーに倣って珈琲を口に運び、その独特の味を楽しみながら目を閉じると、過ぎ去りし時を思う。
 思い返せば彼には一目惚れだった。ルシフェルの宿る天司の繭の隣にあったもう一つの繭。そこから生まれた彼を見た瞬間、強く惹かれた。
 その感情を言葉にすることはなかったがつい最近、ひょんなことで──というより、ベリアルに騙される形で恋愛を通り越して肉体関係に至ったのだが、そこでベリアルに対する自分の気持ちを口にした。
 明確に好きという言葉は発してないが、あの状況ではジータの好意は十分に伝わっているはず。
 あのあとルシファーに長期の任務を下され、研究所を離れてしまったので彼の気持ちが分からないのがむず痒い。
「……ジータ。今度のルシフェルの定期メンテナンスをお前に任せる」
 ベリアルの話題が一区切りついたところでルシファーが切り出す。その内容はジータにとっては驚きのもの。ルシファーのそばで実験の手伝いや獣のメンテナンス作業を行っているジータにとっては、難しい仕事ではない。
 が、最高傑作であるルシフェルのメンテナンス作業はルシファーが必ずしていたのでジータの反応は当然のものだ。
「ルシフェルの!? お父さまどうしたの? ルシフェルのメンテナンスは絶対お父さまがしていたのに」
「メンテナンスの日に別の研究施設での会議が入った。他にも実験で忙しい」
 会議があるなら違う日に日程をずらせばいいとは思うが、他にも実験があるからと重大な仕事を与えられ、ジータは子供のように顔を綻ばせる。
 ジータにとってはルシファーは親。親に必要とされたい、親の役に立ちたい。永遠に満足することのない欲を抱えているのだ。どんな内容であれ、ルシファーに必要とされた以上仕事を完遂するのみ。
「お父さまの最高傑作のルシフェルを私が……。ふふっ。私、ルシフェルを任せてもらえるくらいお父さまに信頼されてるって思っていいのかな?」
「他の研究員に任せるよりかはマシな程度だ」
「それでも嬉しいの。お父さまの役に立てるってことが」
 決定的な褒める言葉は与えられないものの、ルシファーがそういった面倒なことを口にしない性格なのは十分に知っているので今更気になったりはしない。
 早くその日が来ないかな、とウキウキする様子は星の民では見られないもの。親である星の民とは全く違った強い喜怒哀楽の感情は今のところジータだけが有するもの。だからこそ今日こんにちまで廃棄されずに生きていられた。

   ***

 夜も深まり、起きている者が極端に減った時間帯。居住区にある天司長副官の部屋の中には湿った音と声がひっきりなしに響いていた。
 ベッドの上で仰向けに寝る半裸の男。その男の下腹部に跨り、割れた腹筋に手をつきながら一生懸命に腰を上下させている全裸の少女の双眸は、悩ましげに閉じられている。
「っんん……! ん、ぁ、気持ち、ぃ……! 腰っ……止まんないよぉっ……!」
 結合部からはグチュッ、グチャッと粘った水の音が鳴り、金髪の少女──ジータの秘裂から溢れ出る愛蜜が天司長副官であるベリアルの猛りによって攪拌され、小さな泡を作っていた。
「すごく硬くてっ、女の子の大事なとこ、あぁ゛っ! ところ、にぃっ……! 先っぽがちゅう、ちゅうって、ひぁぁぁっ!? アっ! ベリ、アルぅっ! はげしっ、はげしいよぉ!」
 出ては入り、出ては入りの繰り返し。単調な動きはジータの経験が浅いと物語っている。
 充血して膨らんだ長大を使い、自分の気持ちいいところを刺激していると今まで大人しかったベリアルが動き出した。
 ジータのしなやかな腰を強めに掴み、ガツン! と突き上げたのだ。それを皮切りに自らの欲望のままベリアルは腰を打ち付ける。上下に激しく揺さぶられ、見た目からしてその柔さが伝わってくる二つの乳房が暴れ回り、その内の一つをベリアルは手中に収めると、感触を楽しむように指を沈ませた。
 肌と肌がぶつかる乾いた音に少女の甲高い嬌声。暴力的な快楽を叩きつけられたジータは徐々に白くなっていく頭の中で、なぜこうなっているのかをぼんやりと思い出していた。

   ***

「楽しそうだね。なにかあった?」
「あっ、ベリアル! 戻ってきてたんだね!」
「あぁ。今さっきファーさんに報告が終わったところさ」
 それはぽかぽかとした陽気の日だった。ロープに吊るされたタオルや衣服が風にそよぐ。
 洗濯物も干し終わり、空のカゴを持ってさあ帰ろう! としたところで背後から声がかかった。その場で振り向けば白い軍服を来た男性型の天司の姿。太陽に照らされ、きらきらと輝く白い肌はまるでおとぎ話から飛び出してきた王子様のようだ。
 ベリアルはジータの想い人であり、天司長副官としてルシフェルの補佐をしている。
 ジータは駆け寄り、花の笑みを浮かべながらベリアルを見上げた。それは誰でも見れるものではない。ジータが恋心を抱く彼だけが見ることを許されたかんばせ。
「ねえ聞いてベリアル! 私ね、今度のルシフェルのメンテナンスを任されたんだ〜!」
「……へぇ。ルシフェルの。よかったじゃないかジータ。大好きなファーさんにそんな大役を任されるなんて」
 普段はベリアルに配慮してルシフェルの話題を出さないように努めているジータだが、今回ばかりは嬉しさでつい口を滑らせてしまった。
 案の定ベリアルの口調に陰が含まれるが、ルシファーに対して求めるばかりで決して満たされない、偏った感情をジータが秘めていることをベリアルは分かっているため、話題を変えるためにジータの手を取るとくるりと回転させ、背後から抱きしめる形を取った。
 いきなりのことでベリアルの腕に閉じ込められているジータは慌ててしまう。こんなところを誰かに見られたら恥ずかし過ぎる。今のところベリアルへの気持ちを知っているのはルシファーとベリアル本人だけで、仮に他の人に知られてしまっても特に困ったことにはならないとは思うが、単純に恥ずかしいのだ。
「オレも次のメンテナンスをキミにしてもらえるようにファーさんに頼んでみようかな? オレの全てを余すところなく、キミに見てほしいんだ……」
 片手がいやらしい手つきでジータの腰を撫で上げ、耳には言の葉を吹き込まれ、脚が震えてしまう。
 耳が弱いのかい? ジータの弱点を見つけたベリアルが乾いた声で笑いながら耳の溝をねぶり、耳穴に湿った息を吹き掛ければ大げさなほどにジータの体が跳ねた。
 ぐちゃ、ぬちゃっ、ぐちゅっ。聞くに耐えない音がダイレクトに伝わり、ジータの処理能力はパンク寸前だった。
 部屋で二人きりならまだしも、ここは野外。いつ他の者がやって来てもおかしくない場所。そんなところでこれは拷問に等しい。
「ベ、リアル……その……欲求不満、なの?」
 長期任務で溜まったフラストレーションを解消するために、こんな触れ方をしているのではないか。
 そう考えたジータが探るように口にすれば、ベリアルの動きは止まった。
「ん〜? そうだねぇ。長期の任務でファーさんやキミに会えなかったからね。溜まってるんだよ。イロイロと」
 かぷり、と耳を食まれ、走る媚電流。これ以上されたらおかしくなってしまうと直感したジータはベリアルの腕から逃れ、向き合った。
「な、なら今夜……みんなが寝静まる頃にあなたの部屋に行くから……それまではいい子にして待っていてほしいの」
 ──こうしてジータはベリアルと夜の約束をして別れた。秘密の約束がバレないように細心の注意を払い、研究所で働く星の民が寝静まる頃に自室を抜け出し、警備の者に見つからないようにしてベリアルの部屋を訪れれば、彼は上半身裸でジータを迎えたのだった。
 交わす言葉もそこそこに二人はベッドへと向かい、押し倒そうとしてくるベリアルをジータは止めた。今日は私がするからベリアルは寝ていてと。
 ベリアルによってセックスというものを知ったジータではあるが、まだ一回しかしてないので自分優位の行為はハードルが高い。それでも長期の任務から帰ってきたベリアルを少しでも労りたいという気持ちから申し出たのだ。
 特に異論はないようで、ベリアルは後頭部を枕に預けて仰向けに寝ると思い出したように、そしてさも当然だと言うように顔に乗ってと告げた。
 ジータは当然恥ずかしがった。他人の顔に乗る、ということ自体も背徳感があるのに、ルシファーによって造られた美青年の顔に乗るだなんて!
 だがそこは惚れた弱み。ベリアルがもう一度頼むとジータは控えめに頷き、彼が望むように顔の上に跨った。
 ベリアルに少しでも良く見られたくて着てきた白いベビードールの裾に隠された彼の顔。腰を引き寄せられたことでショーツ越しにベリアルの鼻や口が当たっていることが伝わり、ジータの頬が林檎色に染まる。
 それだけで死んでしまいそうなくらいの羞恥心だというのに、ベリアルはわざとらしく鼻を鳴らして陰部の匂いを嗅いでくるではないか。
「や、やぁっ……! 匂い嗅いじゃ、ダメぇ……!」
「石鹸のいい香りだ……。念入りに洗ってきたのかな? オレのことを想いながら……」
「ひぅぅ……! あ、うぅ……! ベリ、アルっ……! それっ、気持ちいいよぉ……!」
 クロッチ部分をずらされるとベリアルの熱い吐息が直接伝わり、鼻もちょうどクリトリスに当たり、ジータは出てしまいそうになる声を抑えた。それを許さないとでもいうようにベリアルは割れ目をひと舐めし、狭い穴へと舌を挿入した。
 彼の長めの舌は肉壁を優しく撫で、ジータは膣内を蠢く柔らかいものに目を強く閉じ、ヘッドボードを掴むことによって体勢を保っていた。
 下半身から脳天へと這い上がるぬめり快楽。間違ってもベリアルの顔に座らないようにしていた配慮もあまりの気持ちよさに消し飛び、今では完全にベリアルの顔面に座り込む形に。
 甘い雌猫の声に合わせてベリアルの舌の動きや膣分泌液を啜る音も激しさを増し、お腹の中もじんじんと疼く。
 ああ、もうきちゃう……!
 もっとこの快楽を味わいたいが、体は言うことを聞いてはくれない。愛する人がもたらす気持ちのいいことに耐えられるわけがない。
 だがベリアルはジータが果ててしまうギリギリのラインで動きを止め、顔を秘部からずらした。
「あと少しだったのにっ……ベリアル……」
「今宵はオレを労ってくれるんだろう? なら一緒に果てよう。オレも暴発寸前なんだ」
 ベビードールから顔を出したベリアルにどこか非難の色を滲ませた目を向けながらジータが呟けば、ベリアルはなだめるように頭を撫で、彼の言葉を聞いたジータは確認するために振り向く。
 彼女の背後にある白いボトムに包まれた股間部分は盛り上がっており、欲の解放を願っていた。その山の大きさにジータはゴクリと生唾を飲み込む。思い出すのは初めての記憶。少女の体に入るには酷なほどの雄。
 それに貫かれたときの衝撃を思うと子宮が甘く疼き、ベリアルが欲しいと訴えてくる。それは膣液を矢継ぎ早に生み出し、ジータの秘められた場所はじっとりと濡れ、受け入れる体勢を整え始めた。
 ジータは跨ったまま下半身へと移動し、太ももに乗ると身に纏うランジェリーを脱ぎ、紐タイプのショーツも外した。
 全裸になったジータは己の呼吸が早まるのを感じながらボトムに手をかけ、下着と一緒に下ろすと白い肌に対して激しく主張する赤黒い熱杭を解放した。
 腹に付きそうなくらいの怒張。二つの玉も張り詰めており、皺があまり見られない。
 凶暴な男を見ているだけでジータそのものと言えるコアも熱を発し、頭がくらくらとしてくるようだ。
 ベリアルが欲しくて欲しくてたまらない。早く繋がりたい。そればかりが思考を支配する。ベリアルによって性行為を教えてもらう前まではこんな気持ちにはならなかったのに。
「濡らすね……?」
 肉棒を手に取ればコア同様こちらも熱い。陰茎を手で支えながらジータは自らの愛液を塗りつけるように肉貝をくっつけ、軽く腰をスライドさせる。
 鈴を思わせる先端もナカには入れないように気をつけながら恥部に押し付け、最後は自分のためにクリトリスとペニスの先端を数回キスさせた。
 陰核への刺激はビリビリと淫らな欲望を膨らませ、ようやく膣口へと狙いを定めると、腰を下ろしていく。
「んぅ……! く、うっ……!」
 カリ高の肉槍が内部をむりゅうと押し広げ、埋まっていく。一度経験したといっても二回目。しかも体位が違う。
 初めてのときとはまた違う甘い痛苦にジータは苦しげな表情と息を漏らしつつも全てを腹の中へ収めれば、ベリアルが気遣いの声をかけてくれた。
 それに大丈夫と返すと、ジータは動き始める。最初は探るように控えめに。少し慣れてくると大胆に。そして先ほどのシーンへと繋がる。
「イクときはちゃんとイクって言うんだ……ぜっ?」
「あっ、ぁ、ンん゛、アぁっ! ひっ、ぃ、イクぅっ! ンっ、んん〜〜ッ!!」
 座っていられなくなったジータがベリアルに倒れ込む。
 子宮を貫く勢いで串刺しにされ、奥を突かれる度に脳髄が痺れてマトモな思考ができなくなる。
 口から唾液を垂らしながら悶えていると、快感のうねりがジータを襲い、魂が解放されるような法悦が身を包む。
 子宮に向かって放出されるベリアルの白い熱に好きな人との愛し合いはこんなにも気持ちがいいのかとしみじみと思う。同時に互いにヒトの姿でよかったとも。
 人間と違って愛の結晶は残せないが、それでも心身は満たされている。世界中で一番幸せなのだと錯覚してしまうような、そんな多幸感が溢れてくる。
 蕩けた目で幸福に浸っていると、ベッドに下ろされ、背中にはベリアルのたくましい筋肉。なにをするんだろう……? と夢見心地の頭で思っていると片脚を持ち上げられ、ベリアルの白濁で濡れた穴に再び挿入されると、絶頂したばかりで敏感になっているジータは愛しい悲鳴を上げた。
「ひゃぅぅっ!? 待って、しゅこし休ませあぅ! ひ、こんなの変になっちゃう、ア゛ぁっ! あンっ!」
「ついこの間まで処女だったとは思えないほどの感度のよさ……。清純そうな顔して本当は淫乱だったんだねぇ? キミにこんな一面があるなんて知ったらファーさんもびっくりだ」
 なにも考えられない。このままされれば本当におかしくなってしまうのではないか、と感じるほどの悦。
 赤い道を蹂躙する肉竿に合わせて連続的なエクスタシーを味わい、イキっぱなしになった膣は男根から精を搾り取ろうと幾つもの濡れ襞が絡みつき、ベリアルを責め立てる。
「ん、っ……! はっ……絡みついてくる……! 分かる? オレのザーメンがもっと欲しいってキミの本能が訴えてるのが」
 まさに獣の如く、雌の奥に向かって射精のためだけに腰を振られ、ジータはもうなにも分からなかった。ただ感じるがままに乱れ、耐え難いアクメに身を任せている。
「ねえ、どうされたい? 今度は外に出そうか? 白濁まみれになるキミを見るのも一興だ」
「ふぅ゛ぅ! ア゛ッ゛! だ、めっ! このままぁっ! 私の中に出して、ベリアルのでっ! お腹、いっぱいに、ひっ、ひぃ゛ぃぃ゛ぃ!!」
「ッ……! ハ、ハハッ……こんなに出したら孕んじまうかもなぁ……!」
 ジータを深く抱きしめ、熱い体液を奥へ奥へと送り込むとベリアルはようやく腰を引いた。その際にまた気持ちのいいところを抉ってくるものだから、ジータは雄を誘う声で啼く。
 ぽっかり穴からはドロッとした精汁が溢れ、お尻の穴まで汚す。
 ぶるぶると震えが止まらないジータを自分の方に向かせてベリアルは抱きしめた。服を着ていてもその大きさが分かるくらいに膨らんだ胸は女性と違った膨らみだが、ジータは自ら頬を寄せると安堵の表情を浮かべた。
 ジータは見た目こそ人間だが中身は星晶獣。父はいるが、母はいない。もし母という存在がいたのならばこういう感じなのかと想像しながら、安寧に身を任せている。
「ねえベリアル……キス、してほしい……」
 熱を孕んだとろんとした眼差しを向けながら甘えれば、ベリアルは軽く笑んでからジータに覆い被さり、唇を重ねてきた。生殖器同士を交えての快楽もいいが、唇同士の愛し合いもジータは好きだった。むしろこちらの方が好みかもしれない。
 ふっくらとした形のいい唇がジータの唇を食みながら舌を伸ばしてくる。ジータも深く繋がりたいと両腕をベリアルの背中へと回し、抱きしめると自らも舌を接触的に絡めた。
 汗ばんだ肌の触れ合いやベリアルの香り。様々な要素がジータのコアを熱くさせ、満足感を生み出す。幸せすぎておかしくなってしまいそうだと。
「コア、熱い……ドクドクしてる……」
 胸の中心に秘められている心核。人間で例えるなら心臓であるコア。普段は異常はないのに、ベリアルと一緒にいるとおかしくなってしまう。
「コアに触れても?」
 互いの息が感じられるほどの至近距離。ジータはベリアルの言葉に頷くと片手を取り、胸へと沈ませていく。アクセスを許可しているからこそ、簡単に触れられる命の宝珠。
「あ……」
 こつり、とベリアルの指先が触れるとジータは呼吸を一瞬忘れた。コアから広がる痺れにも似たなにか。メンテナンスのときにルシファーに触れられるのとはまた違うそれ。
「ひっ、ぃ……!」
 今度は握るように触れられ、息が詰まる。獣にとって一番大切なモノ。それをルシファー以外に触れられている。
 彼が少し力の加減を間違えれば最悪死んでしまう行為。己の命の危機だというのに、コアから溢れるのは苦しみとそれをかき消すほどの多大な法悦。
「コアに触れられて気持ちいい?」
「ごめんなさいっ……ぁ、あぅぅ! お父さまに触れられてもこんなに感じないのにっ、ベリアルだと、あっ、ぁ……!」
「その気持ち分かるよ。オレもファーさんにコアを弄られると今のキミのようにおかしくなってしまう。まあ、表に出すと彼がやめてしまうから我慢しているんだけどね」
 挿入もしていないのに、これではコアを使った交接。異常な行為だというのにベリアルはジータを蔑んだりせず、むしろ自分と同じ気持ちを理解しているということで嬉しそうだ。
 指で球体の表面をなぞったり、手で握ったりするだけだが、絶妙な力加減にジータ顔は快楽に甘く蕩け、体からは力が抜けてまともに動かせない。
 今までルシファー以外に許さなかったコア。それを他人に許していることへの背徳感。ベリアルならば自分の全て──そう、命でさえ差し出してもいいと思ってしまう。
「っあ……! ぁ……!」
「フフ……。こうしているとファーさんパパからママを寝取っているみたいで興奮するよ」
 オーガズムを迎え、ぼうっとしているジータの額にキスを落とすとベリアルは胸から手を抜き、横に寝るとジータを引き寄せた。すっぽりと包まれている彼女はとても大人しい。
「ベリアル……好きだよ……」
「一番?」
「それは……意地悪だよ。あなただって一番は私と同じでしょう?」
 ベリアルの腕の中でジータは力なく笑う。分かっているはずなのに聞くなんて。
 ジータにとって一番はルシファー。被造物だからか、本能的に造物主を求める。だがそれはベリアルに向ける感情とは違う。ルシファーへと向けるのは子が親を求めるモノ。だが……もし、彼にこの体を求められたら差し出してしまうのだろうなと簡単に想像がつく。ジータにとってルシファーは絶対的存在。
 それでもベリアルのことが好きなのだ。自分の全てをさらけ出してもいいと思ってしまうほどに。

   ***

「こんな時間に珍しいね? まだ仕事終わってないでしょう?」
 それはある日こと。時刻は夕暮れ時。レシピ本を片手にソファーに座り、ルシファーに出す夕飯のメニューを自室で考えていたジータは、来客を知らせるノック音に立ち上がって扉を開けた。
 ジータを訪ねて来たのはベリアルだった。だがこの時間はいつも仕事をしているはず。スキマ時間ができたので遊びに来たのか。
「悪いね。キミもファーさんに出す料理を考えていたところなのに」
 部屋の奥、ソファーに置かれたままの本を見て、ベリアルは零す。それにジータは「気にしないで」と微笑み、彼の手を引いて部屋の中へと招いた。
 ベリアルにソファーに座っているように言うと、ジータはキッチンへと向かい、紅茶の支度。
 それも終わり、椅子に座るベリアルの前に飴色の飲料が入ったカップを置くと、ジータは隣に座った。その距離は近い。
 ベリアルと深い仲になる前は二人の間には普通だと思われる距離があったが、今ではジータの方が甘えるようにベリアルとの距離を詰めていた。
「それでどうしたの? なにかあった?」
 カップの中で揺れている水面を見つめながら、妙に表情が硬いベリアルを心配したジータが顔を覗き込む。
 ──刹那。窓から差し込む夕日に照らされ、真っ赤に燃える瞳がジータを捉え、気づいたときにはベリアルに押し倒されていた。
「ねぇ……どうしたの? 顔、怖いよ……」
 ベリアルに押し倒され、親であるルシファーと対を成す色をしたジータの髪が広がる。
 馬乗りになったベリアルがジータの両腕を頭上で一纏めにし、その拘束を解こうとジータはもがくが、片手で抑えられているだけなのに振りほどけない。
 ジータも星晶獣ではあるが、天司の前身となる存在。ルシフェルと同等の力を持つ唯一の存在に敵うはずもなく。
「っ……!? な、なに……?」
 ジータの愛用する桃色のワンピースは胸元が露出しており、その中心にベリアルはグローブに包まれた白い手を置いた。肌越しでも感じる力強い鼓動。彼女が人間だと錯覚してしまいそうだ。
「…………」
 困惑の眼差しを向けてくるジータを見ながら、ベリアルはこうする切っ掛けになった出来事を思い返していた。
「ベリアル。ジータのことなのだが……」
「ジータ? 彼女がどうかしたのかい?」
 数時間前。副官として天司長であるルシフェルの執務室を訪れ、ルシファーから渡すように言われていた書類を彼に渡したベリアルは、早々に退室しようとしていた。
 が、その背にかけられた単語に足を止めざるを得なかった。
 振り向けばなにかを悩むような、心配するような顔。ルシフェルの口から彼女の名前が出ることに対してコアが熱を発し、眉間に皺が寄りそうになるのを耐え、普段通りの表情に努める。
「この間のメンテナンスのとき、彼女が自分のコアに触れてほしいと言ってきたんだ。不調ならば友に……と伝えたが、彼には言わないでほしいと」
「ふぅん? それでキミはジータのコアに触れたいのかい?」
「ああ。だが触診しても特に異常は感じられなかった。彼女も納得したようだったが、明らかに様子に変化があった。……キミは彼女ととても親しいようだから聞いてみてくれないか。もしかしたら友に言えない問題を抱えているのかもしれない」
 星晶獣にとってコアは急所。それを無闇に他人に触れさせるなどありえない。
(あぁそうか……。キミはそんなにも“アレ”が気に入ったというわけか)
 思い出すのはコアに触れられ、悦を感じていたジータの姿。ルシフェルの前だ。顔に感情を乗せることはなかっただろうが、内心はきっと……。
 ベリアルの心中に渦巻き始める漆黒の炎。彼女は自分のことを好きだと言っていたのにそれは嘘だったのか。裏切りにも似た重苦しい感情。
 確かめなければ。彼女の意図を。本当に快楽のためだけに、よりにもよってルシフェルを選んだのか。父親と同じ顔をした、最高傑作を。
「ルシフェルはキミのコアにどういうふうに触れた? ファーさんやオレ以外の雄に触れられて気持ちよかったかい?」
「ぁ……! 待って、やめてっ……!」
 ジータの肌が揺らぎ、中心に触れている手が沈んでいく。伸ばす手の速度をじっくりと、焦らすように落とし、半泣きになっているジータへと屈み込む。その距離は互いの息が感じられるほど。
「教えてくれジータ。なぜルシフェルにコアを触れさせたんだ」
「そ、それはっ……ぃ、言えない、よ……」
 頬を紅潮させ、顔を逸らして真一文字に結ぶ唇からは頑なな意思を感じる。ああ、本当によりにもよってルシフェルだなんて。これが他の者ならばこんな気持ちにならなかったのだろうか。
 ベリアルの顔から表情が抜け落ちたのを視界の端に捉えたジータは、怯えるようにベリアルと目を合わせた。軽く開かれた唇が微かに震えているが、この状況を変える力は彼女にはない。
「そんなにコアを弄くり回されたかったならオレに言ってくれればよかったのに。それともファーさんと同じ顔をした息子とする方が気持ちよかった?」
「な、にを……あッ──ぁ゛ぁ゛ぁァア゛ッ!?」
 ジータのコアを手中に収めるとそのまま引きずり出していく。肉体はコアを抜かれるものかと抵抗してくるが、ベリアルはものともせず腕を引いていき、それに合わせてジータの声が引きつり、体が仰け反る。
 肌から露出し始めた球体は金色に輝き、ジータのコアとひと目で分かるほど。柔らかな光を中心にたたえ、渦巻く様子は彼女の優しい性格を表しているようだ。
 その美しさに魅入っているベリアルの下で、ジータは涙を流しながらぐったりとしていた。完全にコアが肉体から離れてしまった体は弛緩し、思うように動かせない。
「どう……して……ベリ、アル……」
 光を失った目は言葉と同じ色をしていた。信じていたのに、どうして。ベリアルに好意を抱き、信頼していたのに。
 ジータが裏切られたような面様をするものだから、ベリアルは思わず口を醜悪に歪ませてしまう。
 先に裏切ったのはそちらだろうに。ベリアル自身は欲に身を任せて遊んでいるというのに、どうしてなのか。ジータが同じように不貞を働いたらこんなにも激情に突き動かされる。しかも相手がルシフェルだから、余計に。
「ひ……!」
 ジータは初めて見る悪意に満ちた表情に喉を引きつらせて恐れの感情を声に出した。ベリアルの手の中にあるコア。扱いを一歩間違えれば、修復不可能なくらいに砕かれてしまったら……と。
 ベリアルは捕食者を前に恐怖に縛られる獣を見てうっそりと目を細め、腕の拘束を解くとジータのコアを両手で包み込むように持った。
 目を閉じて豊かなまつ毛をふるりと震わせると、無垢な少女が禁断の果実に口付けるようにコアに唇を寄せる。
 その瞬間。電流を流された如くジータの体が跳ね、苦しそうな声を上げた。
 額に汗を滲ませ、目を閉じてなにかに耐える面持ち。歯も食いしばり、隙間から荒い呼吸が漏れ出ている。
 ベリアルはガーネットの双眸を開き、眼下の少女を見つめた。こんなにも苦痛に満ちた表情は初めてだと、ベリアルは己の歪んだサディズムが満たされていくのを感じていた。
 穢してもなお、美しい人。愛する造物主の獣を蹂躙していることへの高揚感。
「うぁ……やめてっ、やめてよぉっ……! ひっ、あ、アあっ! ぃぎッ! コアっ、舐めない、でっ! んぐぅぅ!!」
 ルシフェルを上書きするようにベリアルは手の中にある球体を舌でなぞった。つるつるとした表面から伝わる熱は火傷してしまいそうなくらいだ。
 コアを舐められるという行為に、力がまともに入らない体を揺らしながらジータはやめてと懇願するも、ベリアルがやめることはない。
 黄金の宝珠を余すところなく舐め上げ、愛おしげにキスを送りながら時折湿った息を吐く。廃棄される星晶獣のコアで何回か遊んだことはあるが、いま感じているような奥底から溢れる衝動に駆られたことはない。
 原則ルシファーしか触れることを許されないジータのコア。さすがのルシファーもこんな触れ方はしないだろう。それを今、自分が好き勝手している。その事実に思考回路がイカれてしまったのか、ジータのことしか考えられない。
「お願い゛ッ……やめてっ……! こんなの゛っ、わたしっ……! もうこれ以上はっ、ゆるしてぇ゛っ!! こわれちゃ──あ゛ああァッ!!」
 握ったり、こすったり、舐めたり、キスしたり。幼子がビー玉で遊んでいるのかと思ってしまいそうな触れ方でコアを弄り続ければ、弱点から伝わってくる感覚にジータはあられもない声を上げて最後は色んな体液で顔を汚し、気を失ってしまった。
 ようやく弄ぶことをやめたベリアルは意識のない状態のジータの頬を片手で撫でると、コアを体内に戻し、彼女を抱き上げた。
「なあ頼むよママ……。オレはファーさんの獣であるキミが好きなんだ。このカラダを許すのはファーさんとオレだけ。それ以外は許さない」
 ジータに言い聞かせるように言うも、その言葉が届くことはない。眠り姫の濡れた頬に唇を寄せると、彼の足は真っ直ぐ寝室へと向かう。

   ***

「ここは……」
 覚醒して自覚したのは酷い倦怠感。このまま目を閉じてもう一度眠りたいくらいに心身ともに疲れている。
 記憶が混濁しているジータは己の置かれている状況を確認するために二つの黄星で部屋をぐるりと見渡せば、ここは自分の寝室だった。
 ふかふかのベッドに寝かされ、衣服の乱れ──はなかったが、下着がじっとりと湿っており、正直気持ち悪い。
 一瞬漏らしたのかと思ったが、自分が星晶獣であり、人間でいうところの排泄機能は備わっていないことをジータは思い出す。つまりこれは愛液。あの行為で濡れてしまったという事実に顔が熱くなってくるが、振り払うように激しくかぶりを振ると、ジータは窓の方を見た。
 カーテンの引かれていない窓の向こう側には冷えた輝きを放つ月が夜の空を照らしていたが、雲に隠されてしまい、部屋は幽々たる闇に包まれる。
 弾けたようにナイトテーブルに置かれている置き時計に目をやれば、昼も夜も変わらず視界を確保できる目に映ったのは深夜の零時を過ぎた時計の針。
 ジータの役目はルシファーの世話をすること。最近は新しい研究に集中しているため、一食くらい忘れても彼はなにも言わない──むしろ食べさせるとぶつぶつ言われるので(それでも毎回ジータの出した食事は全て平らげている)大丈夫だと思うが、役目を果たせなかったことが気になってしまう。
 たった一度の失敗。それでも天司より劣るジータにとっては己の役目を全うできないのはとても恐ろしいこと。
 それでも起こってしまったことは仕方がないとジータは緊張状態で張り詰めていた息を腹の奥から吐き出すと、部屋に響くノック音。
 こんな時間にジータの部屋を訪れる者はまずいない。そもそもここはリビングを通ってしか来れない寝室だ。
 いったい誰だろうと険しい表情のまま扉を凝視していると、ドアノブが回り、扉が開かれた。
「よかった。起きていたか」
「っ……!? ベ、ベリアル……!」
 雲の切れ間、月明かりに照らされた人物は普段の軍服ではなく、露出の多い黒い服。ジータは個人的にこちらが本来のベリアルだと思っている。もちろん白い軍服姿も好きだが。
 そんな彼の登場でジータは自分の身になにが起こったのかを思い出した。夕方、部屋を訪れた彼にお茶を淹れたところで押し倒されて……。
 ジータの右手が自然とコアが埋まっている場所に触れる。彼はジータがルシフェルにコアを触れさせたことに怒っていた。あんな恐ろしい顔をするのかと驚いたくらいに。
「ファーさんの世話なら心配ないよ。ちょうど実験に没頭していてね。一応キミの代わりにオレが食事を作ってみたけど、要らないって見向きもしなかったよ。やっぱりママの料理が好きなんだねえ、彼」
「…………」
「怒ってる? けどルシフェルじゃあ決して与えてくれないオーガズムを得ることができただろう?」
 ジータが想起している間にベッドまでやってきたベリアルは縁に腰掛けると、胸の中心に置かれているジータの手の上に自分の手を重ねた。
 とくん、とくん、と反応するコア。酷いことをされたというのに嫌いになれない。そもそも──彼は勘違いをしていた。あのとき恥ずかしがらずに説明していればああいう展開にはならなかったかもしれない。
 自らの過失を考えると、逆にベリアルに対して申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「ううん。私が悪いから……」
 両手でベリアルの手を包み込み、彼と向き合う。月光を受けて鋭く煌めく真紅は逸らされることなく、ジータへと向けられていた。
「で、ルシフェルにコアを触れさせた理由は? ここまできて言わないなんてことないよなァ?」
 ベリアルもジータに怖い思いをさせたことに思うところがあるのか、聞いてくる声音はソファーに押し倒されたときと比べてずっと優しい。
 ジータもジータでここで言わないと次はなにをされるか分かったものではないので、本当のことを言おうとするが、恥ずかし過ぎてベリアルの顔を見ることができない。
 縋るようにベリアルの手を握る力を込め、目を閉じると、絞り出した声は小さく震えていた。
「……へ、変な気持ちにならないか」
「?」
「お父さまやベリアルにコアを触られると変な気持ちになっちゃうから……! 他の人でもそうなのかなって。もしそうならコアの異常だと思うし……!」
 ようやく告げた言葉は数刻前、ベリアルが勝手に想像したものとは違っており、そこに邪な考えはない。特別な感情を抱いていない人に対してもコアは反応を示してしまうのか、それが知りたかった。
 コアのもたらす快楽。現にルシフェルのコアを触診したときには彼の様子は変わらず、また、今までメンテナンスをしてきた他の天司たちからもなにも言われていない。
 そんな中でもしかしたら自分はおかしいのではないか。コアに異常があるのではないか。そんな不安からタイミングの関係でルシフェルに触ってもらっただけ。
 顔を真っ赤にしてぷるぷると羞恥心に悶えながら、小動物のように訴えてくるジータにベリアルは緩やかな笑みを浮かべると、追撃を仕掛けてきた。
「で、ルシフェルにはなにを感じた?」
「なにも。強いて言うなら違和感だけ」
 問うその声はジータの答えを分かっているもので、棘は感じられない。また、ジータもベリアルの予想通りの答えを口にする。それでもまだ満足しないのか、ベリアルは続けた。
「……ルシフェルに特別な感情は抱いてないと?」
「そうだよ! ルシフェルに抱くのは家族愛っていうか……それは他の天司も同じだけど。とにかく、私の中で特別なのはお父さまとベリアルだけ!」
「ならあのとき素直に言えばよかったじゃないか。あぁ、キミはオレにお仕置きされたくてワザと口をつぐんだのか」
「ち、違うよ! 恥ずかしかったからに決まってるでしょう!? そんな……二人以外にコアに触れられて気持ちよくなるのか気になって、なんて言えるわけないよ……」
「別にキミが淫乱だなんてもう分かってるんだから、今更恥ずかしがる必要はないだろ」
「あぅぅ……!」
 あの恐ろしい一面はどこに行ったのか。ベリアルは平時と同じ調子でジータをからかってきた。年下の獣に翻弄されるばかりで、どちらが年上なのか分かったものではない。
 非常に穏やかな会話を繰り広げる二人だが、スッ、とベリアルは表情を引き締め、会話が途切れた。どうしたのだろうとジータがベリアルを見つめていると、小さい子に話しかけるような口調で言葉を紡ぐ。
「ジータ。“好奇心は猫をも殺す”って言葉知ってるかい?」
「ううん。知らない」
 初めて聞く言葉だと素直に首を横に振ると、ベリアルはジータの胸元に触れていた手を離して人差し指を立てた。
「なら狡知を司る天司から知恵を一つ。この言葉は好奇心が強すぎると身を滅ぼすことになりかねないという意味。興味本位で行動するとまたイタイめに遭うぜ?」
「う゛……。ハイ……」
 立てたままの人差し指でコアの埋まっている部分をトントンとつつかれ、お得意のアルカイックスマイルをしながらも感じる無言の圧にジータは居た堪れなくなり、視線を泳がせる。
「今回のことも先に相談してくれたらよかったのに。ファーさんはキミが誰とナニしようが気にも留めないだろうが──オレは許さない」
 胸元に触れていた手で頬を包まれ、告げられた言葉。今までは普通のトーンだったのが最後の部分で低くなり、ジータは彼から外していた視線を反射的に重ねた。熱く滾る血潮の瞳。それがこれが冗談なのではないと伝えてくる。
「キミは、ファーさんの獣なんだから」
「……そのルシファーの付きの獣が、あなたとこういうコトをしているのはいいの?」
「オレはいいのさ。それにファーさんの獣をオレが穢していると思うと……それだけで腰にクるものがある」
 性格に難がある存在だとは思っていたが、ここまでとは。その考えならばルシフェルの件で怒りを宿していたのも頷ける。
 他の者から見ればこの関係は歪なのだろう。だがジータはそれでもいいと思っていた。自分を通してルシファーを見ていても構わない。彼が求めてくれるならば、それで。
「ところでジータ。なにか食べる?」
 顔に触れていた手は離れ、掛け布団の上に置かれているジータの手と絡められる。指を遊ばせながらの言葉にジータは星晶獣にはないはずの空腹感を感じた気がした。
「食べたいかも……。作ってくれるの?」
「ファーさんに作った残りがあってね。キミが食べるかと思って取っておいてあるんだ」
「本当!? ベリアルの料理ってすごく美味しいから大好きなの!」
「じゃあ用意する間にシャワーを浴びてて。濡れて気持ち悪いだろう?」
「な、なんでそれを……」
「え? あのコア弄りで本当に濡れたのかい? そうか……キミには被虐嗜好があるのか。覚えておこう」
「……ベリアルのいじわる」
 まさか鎌をかけられるなんて。普段は優しいながらもたまにイジワルだとジータは膨れ、ベリアルは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべると、ジータの髪を撫でて食事の準備のために部屋を出て行ってしまった。
(私がお父さま付きの獣じゃなかったら、彼との関係はどういうものになっていたんだろう)
 互いにすれ違ってしまった今回の件。ベリアルが秘める苛烈なほどの激情を垣間見ることができ、それがもたらしたのは歪んだ愛情。
 思い出すのはルシファーに言われた、ベリアルはやめておけという言葉。
 本当にその通りだとジータはひとり笑うと、ベリアルに続くように寝室を後にした。

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