「……これ、は」
「今日はバレンタインやろ? オレからの気持ちや。受け取ってほしい」
カラスバの家に帰ってきたセイカは差し出された薔薇の花束を見て最初は意味が分からなかった。
だが理由を説明されるとじぃっと花を見つめたまま動けなくなる。
鼻先に届く甘い香りがどこか落ち着かない。
──セイカにとって、カラスバの家はもう“泊まりにくる場所”ではなかった。
洗面所には歯ブラシが二本。クローゼットには彼女の服が少しずつ増えている。
今朝。カラスバと同じベッドで目覚めたセイカは、彼に時刻を指定されてその頃帰ってくるように言われていた。
指定されるなんて珍しいと思いながらも特に深くは考えず、帰宅するとリビングで渡された花束。
キッチンの方からはいい匂いが漂い、それだけでお腹が空いてしまいそうになる。
──バレンタイン。言葉だけはセイカも知っている。だが自分に関係する日だと思ったことは一度もなかった。
地方によっては女性が男性にチョコを贈ったりするが、ミアレでは男性が女性に贈り物をするのか。
しかも赤い薔薇の花束。意味を思い出した瞬間に体の中心から発熱していき、心臓の鼓動が速まる。
顔が熱い。花束に集中する視線をカラスバに向けることができない。
「ぁ……ありがとう、ございます……」
初めてのバレンタイン。カラスバに改めて想っていることを形で表現され、セイカは視線を逸しながら受け取り礼を言うも、その声はとても小さい。
そして。赤い花束で顔を隠してしまった。
(なんやねん! このかいらしい反応は……!!)
普段はあまり見られない反応にカラスバも内心興奮してしまう。
脳内シミュレーションではいつもの冷静な表情でお礼を言いながら微笑まれる……くらいを想像していたがいい意味で裏切られた。
まさに“キュン”としてしまうセイカの反応に男心をくすぐられたカラスバは「顔、見してや」と、そっと花束をどかせば耳まで赤くなったセイカの姿が。
「わたし……全身が熱くて、あの、あまり見ないで……」
「オマエもそんな顔するんやなあ」
「どんな顔していますか? 私……」
「嬉しゅうてしゃあない、って顔しとるで」
「嬉しい……。……そう、ですね」
時にカラスバをも呑み込む勢いがあるセイカではあるが、ちらちらと目線を彼に向ける今の彼女は年相応。どこにでもいる恋する女の子。
赤い薔薇の花言葉は愛に関するもの。
カラスバからの変わらぬ愛情を受け取ったセイカにも、突き上げるような衝動が生まれる。
胸に浮かぶ言葉たちを伝えたい──。
セイカは一旦花束をテーブルに置くと、カラスバの両手をそっと……手に取った。
「私、カラスバさんに出会えて本当によかった。あなたに沢山の初めてを教えてもらって、ずっと閉ざされていた窓が開いていくような……これからも、よろしくお願いします」
今まで父親の言うとおりに生きてきた。そこにセイカ自身の意思はなく。
変わりたいとミアレに来て自分で選択し行動するようになって、カラスバと出会って少しずつ窓が開け、広がる世界は眩しくて。
ぺこりと頭を下げての告白に贈った側のカラスバも気恥ずかしいものがあるのか、ほんのりと白い肌に赤色が差す。
「な、なんかそう言われると恥ずかしいな。……オレの方こそ、よろしゅう頼んます」
カラスバの方も軽く頭を下げ、どちらからともなく小さく笑い出すとちょうど鍋が煮立つ音が聞こえてきた。
「飯にしよか。今日のためにジプソと特訓してたからな。味は保証するで」
にっ、と片方の口角を上げてカラスバはキッチンへと向かう。その姿を視線で追うセイカの眼差しはとても安らいでいた。
ふわりと香る薔薇の花に、セイカはおもむろに花束を抱え直す。
たとえ枯れる日が来ると分かっていても。それでも、贈られた想いは胸に残るのだ。ずっと。
セイカは花束を胸に寄せると、そっと目を閉じる。
この温もりを──忘れないように。
終
