カラスバ専属癒やし係

「ん〜? なんやセイカ。もしかしてまだシたいん?」
 甘い熱が残るカラスバの寝室。ふたりで横になっても余裕があるベッドにセイカとカラスバの姿はあった。
 寄り添う彼女たちは裸。もじもじしながらなにか言いたげなセイカに、カラスバは掛け布団の中で敏感になった腹部へと手を伸ばす。
 すり。と、意味ありげに撫でられれば引いてきていた悦楽が再び押し寄せるような気がして、セイカは慌ててイタズラの手を握ることで止めた。
「ちっ、違います……! これ以上したら変になっちゃいますから……! ただ……あの、怒らないでくださいね?」
「?」
 手を握ったままセイカは体ごとカラスバの方に向くと、伺うように慎重に言葉を紡ぐ。
 なにを聞きたいというのか。カラスバは静かにセイカを見つめた。
「カラスバさんのテクが凄くて、いつも余裕たっぷりで……。美人だし、たくさん経験してるんだろうなぁ……って」
 セイカから見てカラスバは魅力あふれる女性そのものだった。
 威厳ある態度や美しさ。バトルの強さも。そしてなによりミアレに対する熱い思い。
 どうして自分を選んでくれたのか分からなくなるほどに。
 初夜はもちろん、何度も体を重ねた今も。カラスバのテクニックに溺れ、いつも喘がされて……。
 きっと経験豊富に違いない。美人だから引くあまたのはず。そんなことが自然と浮かんでしまうことが多く、ついに口にしてしまった。
 そして後悔する。自分の知らない誰かがカラスバを知っているかもしれない問い。聞かなければ分からなかったのに。経験があるかどうかなんて。
 しゅん……と分かりやすく表情を曇らせる年下の女の子を見て、カラスバはフッ、と薄く笑うと安心させるようにセイカの頬に片手を置いた。
「──ないで」
「え?」
「経験も。余裕も。いつもオマエを気持ちよおしたくて、オマエが欲しくてたまらへんねん。カッコ悪いから“そう”見えるように振る舞っとるだけや」
「ウソぉ……」
 その言葉はセイカが欲しかった唯一の言葉ながらも、本当に? と疑ってしまう。もしや気遣って……と。
「嘘やない。……ガキの頃。生きるためにはなんでもした。せやけど自分の体だけは売らへんかった。売れば稼げる。でも……妊娠したり、病気なって命落とした女もぎょうさん見てきた。絶対あないにはなりたない。そう思て男として生きてきた」
「カラスバさん……」
 子どもの頃に苦労した話は知っているが、男として生きてきたのは知らなかった。
 ジプソから以前、生意気な小僧〜という話は聞いたことがあり、女の人なのに小僧? と疑問に思いつつも流したのを思い出す。
 一般家庭で育ったセイカにはカラスバの経験した日々を想像はできても、実際のつらさまでは思い描くことはできない。
 しかし福祉から取りこぼされた者たちの世界で、周囲の女性の悲惨な姿を見ていたら……。
 眉を下げて自分のことのように胸を痛めるセイカの純粋な善性に、カラスバは黄金色の瞳を柔和に細める。
 気にせんでええ。髪を撫でる手が告げ、重い過去を話しているとは思えないほどに軽い口調でカラスバは続けた。
「女として生きれるようになったのはジプソのお陰やな。アイツも最初はワタシを男と勘違いして追いかけ回してたけど、ボスを押し付けられたときに女や言うたら今までのが嘘のように過保護になってなあ」
 当時を思い出したのか、くつくつとカラスバは笑う。
「女やからって取り引きの条件にカラダ求められたことも無いわけやない。せやけどみ〜んなバトルで叩きのめしたり、ジプソが間に入ってくれてな。セイカが正真正銘初めてやねん」
「わ、私がカラスバさんの、初めて……!?」
「せや。最初は一応ネットでお勉強はしたけど手探り状態。とりあえず乳揉めばええか……!? って内心ドッキドキ。今は多少慣れたけど、オマエが思っとるような余裕なんてないで」
 セイカの双眸がカラスバを閉じ込める。
 どこか恥ずかしげに余裕がないと告げる彼女に好きという気持ちがあふれる。
 なんでもできる人。実際にそつなくこなしてしまうのだが、そんな人が自分にだけ見せてくれた一面や彼女の境遇。
 “この人と幸せになりたい”と、包み込みたい感情に突き動かされ、セイカはカラスバの顔を自分の胸に抱き寄せた。
「私、バトル以外あんまり取り柄ないですけど……あなたを絶対に幸せにしてみせます」
 セイカの思いにカラスバはすぐに答えることはしなかった。
 目を閉じ、命の鼓動に耳を傾けながら自らも腕を回し、セイカの背中を指先でゆっくりと撫でる。
 まるで確認するように。ここにいることを確かめるように。
「……幸せにする、やなくてな」
 胸元での小さな呟き。
「ずっと隣におってほしい。それだけでええ」
 ぎゅ……、とセイカの豊かな胸に顔を寄せる。
 サビ組ボスとしての威圧も、余裕も、なにもない。
 ただのひとりのカラスバという女性の姿がそこにはあった。
「強いフリはできる。誰の前でもな。せやけど……セイカの前では無理や。疲れたとき、弱っているとき。全部出てまう」
「出してください。全部」
「……幻滅せえへん?」
「しませんよ」
 間髪を入れずの返答。
 セイカとて生半可な気持ちでカラスバと恋人になったわけではない。どんなカラスバだって受け入れる気持ちでここにいるのだ。
 少しでもこの思いが伝わってほしいとぎゅ……、とカラスバを抱き締めれば彼女は顔を上げ、アッシュブラウンと黄金色が交差する。
 しばらくの見つめ合いののち、ふたり同時に笑い出すと空気が少し軽くなった。
 カラスバはセイカを優しく押し倒すと、そのたわわな実りを両手で寄せ、甘えるように顔をうずめる。
 セイカは自分の胸があまり好きではなかった。カラスバに出会うまでは。
 服もぴったり系でないと逆に太って見えてしまうし、かといってタイトなものにすれば胸が強調されて人々の視線を向けられる。
 胸で嫌なことを言われたりもした。けれどカラスバと恋仲になって可愛がられるようになると、ようやく自分の胸を肯定できるようになったのだ。
 彼女に愛されるために大きくなったのだと。
「なあセイカ。バトル以外取り柄ない言うけど、そないなことないで」
「そうですかね……?」
「まず料理上手いやん?」
「普通ですよ、普通。凝ったものは作れません」
「ポケモンにもぎょうさん好かれとる。才能あるで。手持ちたちも大好きなセイカのためやから頑張れるんやろな」
「そう言われると照れます……!」
「他にも色々あるけど──なりより。ワタシ専属の癒やし係。セイカ以外にはできへんよ」
「じゃあカラスバさんをたくさん癒せるように頑張らないと、ですね」
 カラスバの髪を撫でれば感じ入るように両目が閉じられる。
 ミアレに恩返しするためにずっと頑張っている人なのだから、自分に癒やしを見出しているのならそれに応えたい。
「……ほんま。オマエが初めてでよかったわ」
「私もです」
「後悔してへん?」
 胸元から見上げてくる眼差しはまだどこか思うところがあるのか、セイカはその不安すら断ち切るように微笑む。
「一ミリも」
 迷いのない返事にカラスバの瞳がわずか揺れた。
 ようやく安心できたのか、自然と唇がセイカに近づき重なる。
 愛を確かめるような口づけ。求めるように繋がれる手に、セイカは身も心もカラスバという毒に溶かされていく──。