セイカ「そろそろ本場の寿司を食べないと○ぬ」

 唐突だけど私は食べることが大好き。食は全ての原動力。
 その中でもお寿司が大好物。揺らがぬ不動の一位。
 ここ、ミアレシティに観光に来たのもテレビで見たミアレ飯が美味しそうだったのが理由。それがまさかミアレを救うことになるとは思いもしなかったけど。
 ミアレのご飯はどれも美味しい。でも……やっぱりお寿司が一番好きだから、ローリングドリーマーを知ったときには本当に嬉しくて。
 もともとロワイヤルで稼いだ賞金はほぼ食費に消えていたけど、お寿司に消えた。
 でも私の出身地、カントーのお寿司と比べると……。
 異国の地で故郷の味を食べれるのは嬉しいけど、どうしても本場の味を知っているからこそ恋しくなってしまって。
(そろそろカントーの寿司を食べないと死にそう……)
 思い立ったが吉日。長くて一週間程度の帰国。
 寿司はもちろんカントー飯を思う存分食べてすぐに帰ってくるからと、エムゼット団のみんなにだけ挨拶をしてミアレ駅に向かったはずなのに。
(どこ、ここ!?)
 目覚めたら知らない部屋。大きなベッドの上に寝かされていた。
 皺ひとつない真っ白なシーツに包まれたベッド、ご丁寧に黒い掛け布団まで掛けられて。
 頭には大きなふわふわ枕。反発力がちょうどよくてホテルの自分の部屋でも使いたいくらい。
 起き上がり、視線をぐるりと部屋に向ければモノトーン調のおしゃれな寝室が広がっている。
 そばに置いてある机には白い帽子やエムゼット団のロゴ入りブルゾンが畳まれて置かれていたけど、腰に着けていたはずのポーチやボールホルダーはない。
 もちろん、スマホも。
 ポケモンバトルは強くても、私自身には特別な力はない。
 警鐘が鳴り響く。ここはどこで、そもそも誰がなんのために?
 焦燥感にポッポ肌が立ち、とにかく部屋を出なければと動こうとしたところで。
「起きたんやなセイカ」
「カラスバさん……?」
 扉を開けて入って来たのはカラスバさんだった。
 普段着ているペンドラーの毒を連想させる黒いジャケットを脱いだ紫色のワイシャツ姿の彼は、困惑する私を放ってベッドサイドのマットレスを沈ませた。
「ここはどこ言う顔してるなあ。安心せえ。オレの家や。それよりも……セイカは悪い女やなあ。なんも言わんでミアレからバイバイは許されへんよ」
「だってカラスバさんに言うほどじゃないですし……」
 すぐに戻ってくるのに、仰々しく挨拶するのもなあ……。そう思ったからガイくんたち以外には言わなかった。
 帰ってきたとき、お土産を渡すついでに地元に帰ってましたって挨拶すればいいかなって。
「……あ゛?」
「っ!?」
 でもカラスバさんは額に青筋を立てて、瞳孔が針の先ほどに細まった目で私を鋭く責める。顔を見なくても空気で分かる。
 ちりちりと肌が焦げるような感覚。──怒っている。しかも、すごく。
「あかんあかん……。怖がらせるつもりはないねん。ただな、筋も通さんで出てくのは違うよな?」
 カラスバさんの片手が私の手首を掴む。力は入っていないけど、振り払うことなんてできない圧があった。
 でもどうしてカラスバさんはこんなに怒っているの? 分からない。
「私はただ……ただ、お寿司を食べたかっただけなのに……」
「は? 寿司? ミアレでも食えるやろ」
「たしかにそうですけど……! うぅ゛っ……、本場カントーの寿司に比べたら……! ローリングドリーマーのは天と地ほどの差があるんですよッ……!!」
 寿司で思い出す。今の時刻は分からないけど、もしかしたら今頃はカントー行きの飛行機の中だったかもしれない。
 そう考えるとふつふつと怒りが湧いてくる。食の恨みは恐ろしいんですよ……! つい暴言を吐いてしまうくらいには……!!
「……せやけどなあ、なんでオレに黙ってミアレ発とうとしたんや。ウマい寿司食いたいならそう言えばええやん。寿司は口実でほんまは別れようと思たんやろ。なあ……! せやからオレになんも言わんへんで……!」
(別れる?)
 カラスバさんが私の両肩をひし、と掴んでくる。その力は強くて彼の必死さが皮膚越しに伝わってくるような。
 私の知っているカラスバさんはいつも余裕があって。サビ組のボスだから高圧的なところもあるけど根っからの悪人ではなく、善性もある人。そんな印象だった。
 弱いところは決して見せない。けど今の彼は置いていかれることに恐れを感じている。まるで置いていかないでと縋る年下の子のようにも感じられた。
 それにしても……どうもさっきからカラスバさんと話が噛み合わない。互いの認識に齟齬が感じられる。
 カラスバさんの言い方じゃ、まるで私があなたの恋人のような……。
「別れてないし、そもそも私たち付き合ってませんよね!?」
「は?」
「告白だってされてませんし!」
「こく……はく……?」
 カラスバさんは告白? なにそれ美味いんか? みたいな、ゾロアにつままれた顔をするから逆に私もぽかん、としてしまう。
 私、なにも変なことは言っていないはず。
「あー……セイカ。オレらよく飯食いに行ってるよな?」
「まあ……カラスバさんに誘われて。私が食べた分は自分で払うっていうのに全然払わせてくれないですし……。自分で言うのもなんですけど、私すごく食べるので払ってもらうの結構気まずいんですよ?」
 月に何回かは彼に誘われて一緒に食事をしていた。会計も自分のは自分でって言ってるのにサビ組ボスが女に払わせたらメンツ丸潰れや、みたいなことを言われて払わせてくれないし。
 かといって量を減らせば我慢せんで好きなもん食いやと言われるし。
 もしかしたら私のことが好きなのかも……? と思ったけど一度も好意を口にされたことがない。
 私自身の取り柄もバトルしかないから……彼に釣り合わないような気がして、私から告白するのも憚られた。
 ミアレを救ったし、共闘した仲。たまにカラスバさんから仕事依頼もあるから食事に誘ってくれているだけ。そう解釈していた。
「…………セイカも仕事以外でよく事務所来るやんか。オレの顔を見に」
「あっ。それはまっさらアネゴのついでというか……。事務所に来たのにボスのカラスバさんに挨拶しないで帰るのは違うかなって。もしかして迷惑でした? ごめんなさい……」
 カラスバさんは目に穴が開くんじゃないかってほど私を見つめると、肩を大きく落として深い深い息を吐き出す。
 さっきからなに。この違和感。こんな反応……。
 顔を上げた彼は、今の今までの怖い雰囲気はもうなかった。
「オレは……嫌な顔ひとつせんでいつも飯に付きおうてくれて……事務所に、オレに頻繁に顔見せに来てくれとるからてっきり、オマエもオレに気があると思うてたんや。ああ、オレとおんなじ気持ちやんな、って」
「え……それって……」
「オマエの出身はカントーやったな。文化がミアレと違うのを忘れとった。堪忍な……」
 手が離れていき、カラスバさんは私に背中を見せると額に手を当てて項垂れる。自分はとんでもないことをしでかしたのだと、後悔するように。
 つまりカラスバさんが私を拉致監禁したのも、恋人であるはずの女が自分に黙ってミアレにバイバイしようとしたのが許せなくてってこと?
 それでもやり過ぎとは思わなくもないけど……こうするほどに私のことを想っていると判断する。
 まさか告白の文化がこっちにないなんて……。
 それなら彼の勘違いも頷ける。私だって彼の立場だったらもうこれは付き合ってる判定だもの。
 ──よし!
「ねえカラスバさん。私、バトルしか取り柄がないし、美味しいものに目がない食いしん坊で……。あなたとは釣り合わないと思って気持ちに蓋をしていました。……私も、あなたのことが好きです。カラスバさんの気持ち、改めて聞かせてください」
 カラスバさんと両片思いなのが分かった以上、もう突き進むしかない。
 ずっと胸にくすぶり続けた感情。口にするとスッと軽くなって、ウジウジしている時間があったら玉砕覚悟で告白すればよかった。
 カラスバさんにも悪いことしたな。丸くなっている背中に触れる。小さく寂しげだった背は私の告白に元気を取り戻したのか、伸びると勢いよく彼が振り返る。
 目を見開いて驚く彼。自分の勘違いで酷いことをした人物に罵られはしても、まさか告白されるとは思いもしなかったんだろう。
 面と言われると恥ずかしいのか、私より白い彼の頬が少し熱を持つ。ひとつ深呼吸をすると、片手を握られた。
 そっと……力加減を探るような手つき。それだけで大事にしているという気持ちが伝わってくるみたい。
「オレはバトルが強うて、ポケモンたちにも好かれて……なによりいつも幸せそうに飯食うオマエに惚れたんや。半端もんのオレには眩しいくらいのお天道様。…………好きや、セイカ。寿司ならオレが幾らでも握ったる。せやからずっとオレの隣にいてほしい」
 真剣な表情での告白に私も全身が熱くなる。
 今まで生きてきてピン、と来る人がいなくて恋人を作ったことはなかった。美味しいご飯を食べる方が好きだし。
 けど、初めていいなと思った人とこうして心を通じ合わせることができて、舞い上がってしまいそうなくらいに嬉しい。
 そしてなにより……。
「カラスバさん! お寿司握れるんですか!?」
「まあな。腕には自信あるで」
 寿司というキーワードで思い出す。そうだ。私は本場の寿司、美味しいお寿司を食べたくて帰国しようとしていたんだった。
 気づいた瞬間。大きな空腹音が寝室に響く。
「ワタシ、スシ、タベル。カラスバサン、ニギル」
「せやな。詫びの気持ちもあるさかい、ウマい寿司ぎょうさん食わしたる」
「…………ふふっ。ふふふっ……」
 私とカラスバさん。どちらからともなく笑い始める。
 文化の違いですれ違って。順序を間違えてしまったけど、これで私たちは正式に恋人になったんだ。
 ──その後、カラスバさんのお寿司を食べた私はしばらくは帰らなくていいかなと思ったのは当然。
 なんならローリングドリーマーで食べるより、大金を払ってでもカラスバさんに握ってほしいと思うくらいには、彼のお寿司は美味しかった。
 さらには立場上自炊することが多いというカラスバさんが、現在進行形で私の胃袋を本格的に掴みにかかってきている。
 そのどれもが私好みの味付けでますます彼から離れられそうにない。
(幸せ、だなあ)
 大好きな人と、大好きな人が作ってくれたご飯を食べる。
 些細なことかもしれない。けどこの日常がずっと続きますようにと願うくらいには、私にとってかけがえのないものになっていた。
「ところでカラスバさんって何歳なんですか? 私とほぼ同じくらいと思ってるんですけど……」
 彼の自宅にお呼ばれしての夕食。握られた色とりどりのお寿司を堪能しながらの会話は前から気になっていたこと。
 ジプソさんより年下なのは分かるけど……本当に何歳なのか。
「何歳に見える?」
 ニヤニヤしながらカラスバさんがサーブを返してくる。
「う〜ん……」
 深みのある上品な赤色をしたマグロを頬張りながら考える。
 あっさりとしている中に広がる赤身の濃厚な味や酢飯のほどよい酸っぱさと甘みを味わいつつ、想像する。
 サビ組ボスをしている彼は当然舐められないように自分を魅せている。けど寝ているときは無防備な寝顔で……幼い印象。
「私が二十五なので、二十三……とか?」
 ごくりと飲み込んでの言葉。カラスバさんは私の答えを聞いてさらに笑みを深め、しまいにはくっくっく……! と小さな笑い声を漏らし始める。
 なにがそんなに面白いんだろう?
「オレ、そんな年上に見えとんのやなあ」
「?」
「これはジプソしか知らんねんけどオレ、実は……十八やねん」
 ──ゑ?
「えっ!? えっ!? うそっ!?!?」
「嘘ちゃうよ。まあ、実際のところ正確な年齢はオレも分からへん。せやけどそのくらいやと思うで」
「カラスバさんって私よりだいぶ年下……カラスバくんだったって、コト!?」
 ズドン! とカラスバさんの年齢が大きな石となって私を押し潰す。
 私の住んでいる地方では成人は二十歳。つまり私の地方では未成年とお付き合いしている大人ということ。
 あれ? でもここはカロスだから関係ない? そもそもカロスの法律では何歳から成人?
 私も童顔で年齢言うと驚かれるけど、カラスバさんのは比較にならないほどだよ……。
 本人に言われても本当に? と疑ってしまうくらい、彼は大人びている。
 ガイくんやピュールくん、デウロちゃんとほぼ変わらない年齢なのに。彼らに比べると……。
 ……彼を取り巻く環境が、そうした。生きていくために。
「カラスバくん……」
「あっ、ごめん」
 宇宙背景にニャスパーの顔が浮かんでいそうなカラスバさんの呟きが耳に届く。
 サビ組のトップに立つ人だから、くん付けで呼ばれることなんてほぼないはず。
 気分を害してしまったかもと謝れば、彼は逆にニヤリと口角を上げた。
「ええな」
「?」
「ふたりのときはカラスバくんって呼んでや。セイカさん。もちろん敬語も禁止」
「ぐふぅっ!」
 すごく年下というのを知っただけで感情が行方不明なのに。それはアカンでしょう……!
 胸を抑えながら、ちらりと盗み見る彼の笑みはどこか嬉しそうで。とても柔らかくて。年齢を知った上で見ると年相応に思えた。
 厳しいなんて言葉が生温いくらいの環境でフシデと育ったカラスバさん。それを思うと年上っていうのもあるのか、彼を優しさで包み込みたい衝動に駆られる。
(私が彼を絶対に幸せにする……っ!)
 大切な人だもん。幸せになってほしいって気持ちは当たり前。
 ひとり心の中で宣言する。
 覚悟してね、カラスバさん! ううん……カラスバくん!