(ついにこのときが……!)
星々が輝く夜のカーテンに包まれた世界。一国の王女であるジータは自室に備え付けられている浴室でひとり悶々としていた。
バスタブに乳白色の湯が張られ、その中でゆっくりと足を伸ばしながら考えることといえばここ数ヶ月のことだ。
ジータは現女王のひとり娘。つまりは次期女王。年齢も十八ということで花婿を探さなければならなかった。
だがジータには心に決めた相手がいた。公爵家の息子であるルシファー。女王と今は亡き彼の母親が親友同士で、彼が赤ん坊の頃から付き合いがあった。それはルシファーの年齢と同じ十五年という長い付き合いが。
年下ということで可愛い弟と最初は思っていた。しかし年齢を重ねるにつれて恋の感情へと変わり、ジータが結婚を意識し始める年頃になると彼への想いはより強くなった。
だが、彼は結婚に興味なんてない性格。異常なほどに“知”を求める。彼の父親はそれを理解せずに自らの体調が優れないことで息子の結婚を焦り、貴族との婚約を勝手に決めたが何度も相手の方から婚約破棄された。
歪んでいる彼を受け止められる者はそうそういない。ルシファーに仕える使用人も今はベリアルだけだ。もっとも、ベリアル本人がそう仕向けているようだが。
ルシファーに婚約話が何度も持ち上がるがその度に破談になるのでジータも自分の気持ちを伝えることに決心がつかなかったが、ついに自身の結婚が現実味を帯びると勇気を出して告白するが、淡白な反応が返ってきたことに冗談だとその場は逃げた。
そしてやってきたジータの誕生パーティーという名の婿探しの夜会。そこでも色々とあり、最終的にはパーティーは王女の婚約発表という名目に変わったのだ。
それからは結婚に向けて互いに準備が忙しく、あっという間に式当日。それが今日だ。慌ただしかった時間は瞬く間に流れ、今は身を清めている最中。
最後に待っているのはルシファーとの初夜。想像するだけで顔が火の魔力を帯びたかのように熱くなっていく。
(私がリードしないと……! 年上だし、ううん……むしろ彼の欲に溺れた顔が……)
中性的な美貌を持つ彼。性的なこととはかけ離れた存在が情欲に乱れる姿を想像するだけで背徳感が背筋を走り、甘い誘惑に下腹部がずん……と重くなっていく。
ほんのりと赤く染まる白い肌。涙目で快楽に耐えるように細められる青い宝石。小さな唇から漏れる掠れた低音。ラボにこもってばかりで筋肉の少ない、なだらかで、そして滑らかな身体。さらに下には──。
そこまで妄想したところでジータは淫乱思考をわずかに残った理性で不埒だと断ずると、水面を大きく揺らした。
頬から滴る雫。それでも一度火のついた欲望はそう簡単には消えず。どちらにしろ今から“そういうこと”をするのだ。
悶々と思考するのはここまで。と、ジータは浴室をあとにした。
***
「ぁ、ルシファー……」
寝室に入ったネグリジェ姿のジータが見たのはベッドのヘッドボードに寄りかかって読書をしているルシファーだった。
妻が戻ってきたら蜜の時間が始まるというのに本を読んでいる彼からは緊張は微塵も感じられない。ジータの知る範囲では彼は童貞のはずだが、その様子はこういった雰囲気に慣れているとさえ感じる。
かといってそわそわと落ち着かない様子のルシファーも違和感がもの凄いので、常に冷静沈着で彼らしいという感想に着地した。
ジータの登場にルシファーは文章の羅列から寝室の扉の方へと目を向けると、そのまま視線を彼女に固定する。
冬を閉じ込めた瞳の奥に雄の気配を感じ取ったジータは全身が発熱していくような感覚に陥りながら、ちらりと窓を見た。
薄いレースカーテンが窓を覆い、電気を消しても差し込む月明かりで十分室内は見えるだろう。王城の高い階に位置するこの部屋だからこそ。
雰囲気作りも大事だと、そばの壁に設置されているスイッチを操作すると部屋の明かりは消え、ジータの思ったとおりの空間が広がる。
電気をつけたままだと恥ずかしい。けど真っ暗も嫌。このほどよい薄暗さがまたどこか神秘的でジータは緊張したまま、反対側──窓側からベッドに入った。
ルシファーも本をナイトテーブルに片付けており、彼へと顔を向ければ視線が交わる。今から特別なコトをするというのに彼は本当にいつものまま。
自分だけが心臓がおかしくなってしまいそうなくらいに脈打ち、吸い込まれそうな瞳を見つめていると呼吸すら忘れそうになる。
「……ふふ。なんか変な気持ち。ルシファーとこうして一緒のベッドにいるなんて」
「夫婦になったのだから当たり前だろう」
「そうだけどさ。本当にあなたと結婚できるとは思っていなかったから。……触れても、いい?」
頬の熱を感じながら彼の答えを待てば、青い目が笑う。年齢的にはまだ少年である彼だが、少年とは思えぬ艶かしさにジータは生唾を飲み込む。
初夜は自分がリードしたい。彼のぐずぐずに蕩けた甘い顔がたまらなく見たいと、ジータはルシファーの膝に大胆に跨ると青白い頬を両手で包む。
体温の低いひんやり肌。卵の殻のようなつるりとした肌は純粋に羨ましい。特にケアをしているわけでもないのにこの極上肌。
「キス、しても、いいですか」
「了承を得ずとも触れればいい」
「や、でも、あなたのこと大切にしたいから……」