序章
「いやっ! 離して! 誰かっ……! いやあぁぁぁッ!! ──ぁ」
空は薄暗くなり始め、夜の訪れを知らせていた。
昼間は子供たちが賑わう公園も今では誰もおらず、街灯があるといっても暗く、近くにはちょっとした林もあるためにわざわざ近づく人間はいない。
そんな場所に響く悲鳴は誰の耳にも届かない。
明かりのない林の方には男によって地面に押し倒されている制服姿の少女がいた。
必死になって暴れるも子供と大人。女と男。力の差は言うまでもなく。
泣き叫びながらも、なにかないかと地面に手を這わせれば、こつりと指先に当たる硬い感触。少女は男の側頭部に向かって思い切りそれを打ち付けると、覆い被さる男はうめき声と共に意識をなくした。
少女の手にはとっさに取ったであろう拳大の石があり、血の色で汚れている。
男が気を失ったことで全体重が少女の体にのしかかる。体温が服越しに感じられ、それがまた気持ち悪い。
吐きそうになりながらも男を横にどけた少女は泣きながら立ち上がると、ピクリとも動かない体を見下ろす。生きているのか死んでいるのかも分からないが、確認しようという気は起きなかった。
仮に死んでいたらどうしようという考えが浮かぶ。警察が訪ねてくるかもしれない。が、そのときはそのとき。素直に言うしかない。
今はとにかくこの場から離れたい。一秒でも早く。少女は地面に落ちていた鞄を拾い、逃げるように走り去る。
「おや、あの子は……」
公園から飛び出し、泣きながら駆けていく少女とすれ違った男は、見覚えのある顔にその場で振り返った。
どんどん小さくなる彼女の背中の服は汚れていて、さらにはあの表情と出てきた場所、女の子ということから導き出される答えに男は口元に手を当て、口角を上げると歩き出す。
その先にあるのは──公園への入口だ。