造物主に巨大感情を抱く被造物ジータちゃんを慰める副官の話

「ルシファー様」
「……なんだ」
「評議会からの呼び出しです。どうやら施設拡張の件のようで」
「……ルシフェル、お前も来い。意見が聞きたい」
「分かった。友よ。すまないジータ。せっかく君が焼いてくれたのに」
「ううん、いいの。気にしないで。それより早く行かないと」
 研究所の中庭にて。空からの温かな光が降り注ぎ、穏やかな雰囲気の漂う場所では小さなお茶会が開かれていた。
 真っ白な丸テーブルを三角の形で囲むのは研究所所長のルシファーと、彼女と瓜二つの天司長であるルシフェル。そして金糸の髪を持つジータという名前の少女の姿をした星晶獣だった。
 ジータの焼いたアップルパイとルシフェルの淹れた珈琲でさあ食べようというところで、タイミング悪く招集がかかってしまった。
 機嫌が悪いのを隠そうともせずに眉間に皺を寄せると、ルシファーは呼びに来た研究員の後を追うようにルシフェルとともに行ってしまった。
 ジータはその背中を見て小さく「いってらっしゃい……」と声をかけるが、彼女以外には届かない言葉だ。
 一人になったジータはふう、と息を吐いた。目の前には純白のソーサーが置かれ、その上には同じデザインのコーヒーカップ。
 湯気の立つ茶色の液体を見て表情を曇らせると、おもむろに右手を伸ばし、カップを持ち上げた。
 水面には目を半分ほど閉じて顔から力が抜けている女の顔が映っている。
「どうしたの? 元気ないね」
「ベ、ベリアル!? いつの間に!?」
 突然掛けられた声に驚き、顔を上げるとちょうど目の前、ルシファーが座っていた椅子に白い軍服を着た暗い茶髪の女が座っていた。
 彼女はベリアル。表向きはルシフェルと同じ天司だが、ジータとともにルシファーのために暗躍する堕天司だ。
 ベリアルの言葉にジータは自嘲するように頬を緩めると手にしていたカップを口へと運び、一口飲んだ。
 苦さと酸味が口に広がり、やっぱりこのままだと少し苦手だと受け皿に戻す。
「なんでもないの。なんでも……」
「なんでもないようには見えないが……。ところでキミの焼いたアップルパイ、食べてもいい?」
「どうぞ。まだ誰も口をつけてないし」
 白を基調に縁に金色のラインが入っている高級感があるお皿には焼き立てのアップルパイ。
 本当は研究と実験ばかりのルシファーに少しでもリラックスしてほしいと思い、心を込めて作った物。どんなに美味しそうにできても、彼女が食べてくれなければ意味はない。
 ベリアルはフォークでパイを切り、甘く煮込まれた林檎とともに口に放り込む。何度か顎を動かし、咀嚼すると「美味しいよ」と微笑みを浮かべるが、ジータのコアは反応しない。
 上辺ばかりのありがとうを口にするも、狡知を司るベリアルにはすぐに見抜かれてしまう。
「いっそのこと嫌いになってしまえばいいのに。いつもニコニコ、みんなの優しいお姉サマじゃなくてさ」
「あはは……。こんなの、ただのワガママだもん。そう──例えるなら、お母さんを妹に取られちゃうお姉ちゃんの気持ち。ルシフェル……彼女に八つ当たりなんて」
「造られた存在だというのに本当に人間みたいだ。感情を理解し、苦悩する。だからこそ出来のいい妹に嫉妬してしまう」
 ベリアルの言葉にジータは力なく笑うと、テーブルに両肘をつき、顔を覆う。嫉妬。彼女の言うとおり自分はルシフェルを妬んでいる。
 ルシファーに最高傑作と呼ばれ、かつて自分がいた場所を奪われた。
 天司がまだいない頃、その前身として造られたジータはルシファーの隣で毎日を過ごしていた。つらい実験も心酔する彼女のためなら耐えられた。
 全てはお母さまと呼び、慕うルシファーのため。彼女のためならば、終末計画のためにどんなに犠牲を払うことになっても痛む心を隠し、笑っていられる。
 なのに、ルシフェルが造られてからは全てが変わってしまった。ルシファーの隣を歩くのはルシフェル。造物主が愛でるのはルシフェル。ルシフェル、ルシフェル……。
 気が狂いそうだった。今まで知らなかったドス黒い感情が芽生えるようになり、その感情の名前を知らぬジータは人間の書物を読み漁ることでようやく知った。これは嫉妬なのだと。
 理解した瞬間、この気持ちは永遠に消えないのだと思った。ルシフェルがいる限り、ずっと。
 どんどんおかしくなっていく精神。本能ではルシファーを求めるが、気持ちを押し殺して先に造られた星晶獣、姉としてにこやかに振る舞う。
「またワタシが必要みたいだね。フフ、まったく困ったお姉サマだ」
「そう、ね。お願い。ベリアル」
「オーケイ。今夜、キミの部屋に行くよ」
 大きくなるばかりの感情を、ベリアルが処理してくれた。一度経験したらそれなしではいられなくなり、こうして不安定になる度にベリアルに頼んでいた。

 夜もとっぷりと更けた頃。ジータは研究所にある私室でベリアルのことを待っていた。
 ダブルベッドの縁に座る彼女の姿は黒いベビードールで、胸の中心から下に向かって扇状に広がるように布が半分ほど透けており、普段の彼女を知る者がこの姿を見たら驚くのは必至。
 遅いなあ、なんて思っていると寝室の窓が数回ノックされた。
 まさか、と思い、飛び跳ねるようにベッドから下りて厚めのカーテンを開けると、そこにはいつもの白の軍服ではなく黒いラフな格好をしたベリアルがいた。
 月を背に立つベリアルは普段とは違う印象だ。服のせいもあるが、いつもの清廉さはなく、蠱惑的な甘さを放つ女へと変わる。
「やあ、コンバンハ」
「ふふっ。みんなの憧れの副官姿も似合ってるけど、その姿のあなたが一番らしくて好きかも」
「みんなの憧れはキミだよ。優しくて、一緒にいるだけで心が癒やされ、星の民と星晶獣たちを繋ぐ潤滑油の役割をしている。そんなキミがワタシがデザインしたランジェリーを着てくれるとは。それだけで濡れてしまうよ」
「ベリアルがこれを着てほしいって言ったんじゃない……。透けてるし、恥ずかしいんだから……」
 ベリアルの言うとおり、ジータの下着は彼女がデザインをし、作ったものだった。
 下着や服に特にこだわりがなかったジータのクローゼットは、今ではベリアルが贈ったそれらで埋め尽くされている。
 口を尖らせてぶつぶつ言いながらベッドへと戻るジータを見てベリアルは小さく笑うと、軽い身のこなしで窓枠を飛び越えて中に入った。
 これから起こることが外に漏れぬように窓を閉め、カーテンでしっかりと目隠しをするとジータを追って歩き出す。
「ベリアル……」
「おおっと、性急だな」
 ベッドに隣同士で座ると、ジータは待てないと言わんばかりにベリアルの首に腕を回して口付けた。
 心の中に渦巻く様々な感情。少しでも早く忘れてしまいたい。
 この部屋には二人しかいない。偽りの皮を脱ぎ捨て、ただの雌になって求め合う。
 唾液で濡れた舌でベリアルの唇を撫でれば歓迎するように開かれ、彼女の厚い舌と絡み合う。
 ジータはベリアルの後頭部に右手を伸ばす。柔らかな髪を指で梳きながら離れないように押し付け、にゅるにゅるといやらしく体液の交換をする。
 どちらの物か判別できない唾液がぼたぼたと流れ落ちて二人の口を汚す。
 何度も角度を変え、互いを高めあっていくなか、ベリアルはベビードールの上からジータの胸に触れた。
 小ぶりの膨らみはベリアルの大人の手にすっぽりと収まり、弱く握るだけで、ベリアルによって開発が進んだ体は敏感に反応してしまう。
 口内に吐き出されるくぐもった声。ジータは背中に走る甘い熱にもどかしそうに腰を揺らす。
「フフ……ワタシだけがキミのトロトロの顔を知っていると思うと興奮するよ」
 離れる前にジータの唇をべろりと舐め上げると、透明な糸が切れ、落ちた。
「脱がしてあげる……」
 うっとりとした表情でジータはベビードールを脱ぐと床に落とし、続いてベリアルの服に手を伸ばした。
 ボタンを外せば大きな膨らみが現れ、誘われるがままに先端にキスをすると腕から服を引き抜く。
 ベリアルの上着も床に落とし、胸に抱きつくとわずかにコアの鼓動を感じた。聞いているととても心地がよく、荒んだ心が落ち着いてくるような……。
「フフ。この先はしないでおこうか?」
「ううん……。お願い。してほしいの……」
「オーケイ。お姉サマ」
 ベリアルに聞かれるとジータは首を横に振って否定する。たしかに脈動を聞いていると安らぐが、これだけではこの感情を霧散させることはできない。
 彼女の願いを聞いたべリアルはあぐらをかくと、その上にジータを抱き上げた。
 向かい合う体勢にすると片手で背中を抱き、もう片方の手はフリルのあしらわれた黒い下着に包まれる臀部へと向かう。
 布の中に侵入し、ハリのある二つの丘を撫でると割れ目を指でなぞり、年齢の割には幼さの残る性器にたどり着くと中指を沈めた。
 ずぷりと簡単にベリアルの細指は迎えられ、反時計回りに掻き回す。
「んっ……ぁ、そう、そこ……あぅんっ、ぁ……」
 内部から広がる熱。待ち望んでいた快楽にジータは気持ち良さそうな声を出しながらベリアルの首筋に顔をうずめ、彼女の香水の香りを存分に肺に収める。
 背徳感があるスパイシーな香りは思考を緩やかに溶かしてくれ、ベリアルという名の甘美な猛毒に堕ちていくのみ。
「ねぇ……もっと、強くして……いつもみたいに……」
「ウフフ。これだとどちらが姉か分からないな」
「ふぁ……ぁ、ベリアルの指っ、気持ちいい……!」
「お姉サマが気持ち良さそうでナニヨリ。さぁ、嫌なことは忘れて淫蕩に浸ろうじゃないか」
「あ……、っ……! ん、ぁ……!」
 くちゅくちゅと卑猥な音を奏で続けると、ジータは軽く達したのか恥裂から溢れた愛液がベリアルの手を濡らした。
 粘性の液が滴る指をジータの口に持っていけば、なにをすればいいのか分っているかのように彼女は口を開き、両手でベリアルの手を包むとその指を咥えた。
 至近距離でベリアルの鮮紅色せんこうしょくを見つめながら舌で丁寧に自分の蜜を舐め取り、口から解放すると指の裏側を突き出した舌でなぞる。
 擬似的な行為にベリアルは興奮しているのか、白い肌に薄いながらも赤い化粧を施す。
「ハァ、ヤバいな。お姉サマ、ワタシと体を重ねる度に淫乱になってない?」
「あなたが……私を変えたんでしょう……?」
 ベリアルから教えてもらわなければ知らないままだった世界。一度知ってしまったらもう元には戻れない。
「フフッ。たしかにね。でもここまでハマるとは思わなかったよ」
「こうしているときだけ、醜い感情を忘れられるの。いつもの私を保つためには必要な行為。だから、お願い」
 指先にキスをするとジータはベリアルから離れ、ベッドに倒れ込んだ。
 真っ白でふわふわの枕に背を預け、脚を開く。
 ゆっくりと焦らすように下着を止めている紐をほどき、取り去ると薄紅色に咲く花が晒された。
 花は淫らで甘い蜜を垂らし、目の前の雌を誘う。
 純粋無垢だと知られているジータの自分だけが知る一面を見てベリアルは喉を鳴らすと、革のパンツを脱ぎ捨て、ジータに覆い被さり、蜜を流す場所同士をぴったりとくっつけた。
「お姉サマはこれ、好きだったよね?」
「うん……好き……。ドキドキしちゃう……」
 そう呟く双眸の奥には魅了を付与されたような熱が秘められ、硬く膨らんだクリトリスを擦り付けるように腰を揺らした。
 小さな動きでもぬめりを帯びた快感が走り、ジータは顔を綻ばせる。
 もっと欲しいと自分より後に造られた存在に願えば、ベリアルは了承の答えの代わりにキスを落として激しく腰を打ち付け始めた。
 花蜜がローション代わりになり、その動きはなめらかだ。
 秘めやかな場所全体が絡み合ってそれだけでも気持ちいいのだが、恥骨同士がぶつかり、その衝撃も快楽のスパイスになる。
 快感の曲線が急上昇し、ジータはベリアルの下で善がり狂う。そんな彼女を見てベリアルも己のサディズムが満たされるのか、口角が上がっている。
「ベリアルっ、お願い、ここも触って……!」
「キミは本当にココが好きだねぇ」
 二人の愛液が混ざり合い、粘着質な音を立てているなか、ジータはベリアルの手をとると自分の胸に沈めた。
 血が出ることもなく、痛みもなく、ベリアルに己の心核を触れさせる。
 ジータがなにを求めているのかを理解しているベリアルに自分そのものの球体を撫でられると、全身が痙攣し、頭の中が明滅する。
 どんな負の感情も忘れられるベリアルとの性行為。その中でもこの行為は格別だった。
 自分自身だからか、触れられるとなにも分からなくなる。全身が蕩け、そのまま崩れてしまうような……。
 いっそのこと壊してもらえれば楽なのかもしれないと思うが、最後までルシファーの側にいたいと願う気持ちが強いため、それは叶わない。
「あぅ、ああっ! もっと、強く触って、ぐちゃぐちゃにしてっ! なにも考えたくないの、忘れたいの……!」
 願えば、ベリアルはジータのコアを思いきり握る。それでも壊れないように手加減はしていた。
「ひっ、ぁぁ……が、ぅ……」
 コアから苦しみが伝わり、意識が途切れそうになる。目の前がぼやけ、機能が停止してしまいそうだ。
 ここまで来て、ようやくジータは黒い気持ちを一時的に忘れることができるのだ。
「そろそろ、かな」
 ベリアルは頃合いだと手を引き抜いた。彼女の下で震えるジータの目からは光が消え、その視線はどこを見ているのか分からない。
 妖しく微笑し、ジータの上から下りると彼女の横に寝た。ぶるぶると震える小さな体を抱き寄せてやり、その顔を胸元に当てて髪を撫で続ける。
 そうすると何分経ったか、意識が回復したジータはその場で顔を上げた。負の感情を散らすことができたのか、その表情はどこかスッキリしたものだ。
「ベリアル……」
「気分はどう?」
「うん。もう大丈夫。……ごめんね。こんなお姉ちゃんで」
「いいさ。一番になれない者同士、仲良くしようじゃないか」
 一番になれない者同士。その言葉が深く刺さる。ジータはベリアルがルシフェルに抱いている劣等感をよく理解していた。
 ベクトルは違うかもしれないが、彼女もまた、ルシファーを求めている。決して叶わぬと知りながら。
 お互い難儀な存在に心酔しているものだ。ジータは目を閉じるとベリアルの体に腕を回す。
 女性の体だからか、こうしているだけでも心が安らぐ。
「あ、雷が……」
「音からしてまだ遠くだが、もしかしたらこっちに来るかもね」
「今まで気づかなかったけど雨風も強いし……。世界の終わりって、こんな感じなのかな」
「さあ……。でもファーさんの計画が成就した暁にはその光景が見られる。三人で一緒に見ようじゃないか」
「……うん」
 神への反逆のために世界を無に帰す。
 ルシファーに対してとても言葉では言い表せられない感情を持っていなければ、きっと全力で止めていたであろう計画。
 最後は誰ひとりとして生き残ることはないが、それまでに至る過程でどれほどの血が流れるのか。
 コアがじくりと痛む。しかし、それ以上にジータはルシファーを求めていた。
 心は良心を訴え、本能はルシファーを求める。矛盾する感情に人間のような獣は苦悩し、遠雷を聞きながらそっと、目を閉じた。