「お父さま、そろそろベリアルの定期メンテナンスでしょう? 私がやろっか?」
「急になんだ」
「ううん。お父さま、最近新しい実験で忙しそうだから。メンテナンスくらいはできるの、知ってるでしょ?」
「……やるなら完璧にやれ。分かったな」
「もちろん! 任せて」
こんなものは口実だ。
天司の前身として造られた獣である私は、なぜかお父さまの想像を超えた感性を持っていた。
人間と同等のそれら。天司を作る上で必要になるデータを取り終わったら廃棄予定だった私は、この特異性からお父さま──ルシファーの身の回りの世話をする役目を得て、生きながらえた。
ただのヒト型の獣の私から天司と名付けられた星晶獣たちが造られた。空の世界の進化のために様々なものを司っている獣たち。
私にとって弟や妹にあたる存在。その中の一人、ベリアルと自然な形で二人きりになりたかった。
彼は天司長副官。お父さまの獣である私とは普段はあまり接点がない。けれどメンテナンスなら話は別。
毎回私が担当するとお父さまに不審に思われるかもしれないから、こうしてたまにメンテナンスを申し出ている。
今のところお父さまにはなにも言われてないし、周りにも変な噂はない。私の秘密も彼以外にはバレていないと思う。
他の子にとって私は平等な愛を与えるお姉ちゃん。清廉潔白なイメージを壊すわけにはいかない。私の汚い部分は、あの子だけが知っていればいいの。
──メンテナンス当日。稼働検査やその他の確認作業も終わり、あとはコアの触診だけになった。
薄暗い部屋の中央にある検査台には、薄手の検査服を着た成人男性が仰向けになっている。彼がベリアル。狡知という名の知性を司っている。
お父さまの手によって造られた獣、という意味では血の繋がりがある弟とも言える。第一世代の天司だから本当に近い存在。
彼の胸に深く手を沈め、肋骨からコアへと干渉する。彼自身がアクセスを許可しているから血も出ず、痛みもない。
彼自身に触れると、ほんのり温かい。ぬるま湯に浸っているようだと錯覚してしまう。
優しく触れた球体を軽く握れば、目を閉じている彼が熱い吐息を漏らす。艶やかなそれに私のコアも熱を帯びてくる。コアを中心にじんじんと甘い痺れが走り、全身に広がっていく。
──あぁ、触ってほしい。
もともとコアに触れられるのが好きだった。お父さまに触れられると心の底から嬉しくて、ぐちゃぐちゃになってしまう。
でも隠してる。表に出しちゃ駄目だって、本能で分かるの。知られてしまったら私という存在が崩れてしまいそうで。
そんなとき、彼のメンテナンスをお父さまに頼まれた。ひと通りの作業が終わり、最後に残ったのがコアに直接触れての検査。お父さまが私にするように淡々とした動きで触れれば、彼は呻いた。
最初は痛みかと思ったら違った。彼が言うにはお父さまに触れられても同じように感じてしまうと言っていた。
私と同じ……。そこで私は思った。純粋な疑問。お父さま以外の人に触れられたらなにを感じるのか。
思考の片隅では駄目だと訴えたけど、好奇心には勝てなかった。ベリアルに私のコアに触れるよう頼み、彼の手が触れると──。
そこからはもう、沼に嵌って抜け出せなかった。彼の前では自分をさらけ出せた。コアに触れられて快楽に溺れるなんて誰にも言えない。
「そろそろお姉サマも触ってほしいんじゃない?」
コアに異常はなし。腕を引き抜き、用紙にペンで記入していると彼は検査台の上に座り、私を誘う。
その濁った目に見つめられると、思考という名の絡まった糸が緩やかにほどけ、散っていく。
たぶん、今の私の顔は誰にも見せられないオンナの顔をしていると思う。
記入が終わった用紙をそばの台に置いて彼の前に立てば、両脇に腕を通され、軽々と抱き上げられた。
彼の脚の上に腰を下ろし、腕は首に回して顔は肩へうずめる。
薄い検査服越しに彼の体の凹凸を感じて、コアが疼いてしまう。彼の大きな手は背中に回され、残ったほうの手が臀部を撫でながら這い上がり、とある場所で止まった。
ずぷり。そんな音が聞こえたような気がした。
体内に入ってくる手は許可しているから痛みはない。骨が邪魔しないところから私自身に触れようと、腕が奥へ奥へと侵入を続ける。
「あ、っ……!」
体が硬直する。こつり、と彼の指が表面に触れると悦びが駆け巡った。お父さまに触れられたときと同じ感覚。
あの人の前では表情や声に変化がないように必死で我慢している。でもベリアルの前ならそうする必要がない。
彼は言ってくれた。全てを受け止めてあげると。私の知られたくないところ、全部さらけ出してしまえと。快楽に身を任せるのは悪いことじゃない。
他の人から見れば倒錯した異常な癖。実際彼は嫌悪することなく受け止めてくれるし、秘密を漏らしたりもしていない。
「も、もっと、つよ、く……」
ギュウ……! と彼に縋りつけば、ベリアルは私の願いを叶えてくれた。
コアに圧をかけられると息が詰まりそうになる。生理的な涙が頬を伝い、ベリアルの服に濃い染みを作っていく。
いま、私の生殺与奪の権利は彼が握っている。この子がもう少し力を入れたらコアは破壊され、私は死ぬ。そういう側面もあって、感じてしまうものがある。
彼の思うがままにコアを弄くり回されると脳髄が痺れ、表情筋から力が抜けていく。呼吸も浅くなり、涙が止めどなく溢れる。
分泌液でぼやけた視界に星が散り始めた。コアもオーバーヒートしそうなくらいの熱量。それを中心点として甘さを孕んだ快楽が体を巡って、私の歪んだ心を満たしていく。
あ、あぁ……なにも考えられなくなる。そう。ここまでくればあとは身を任せるだけ。彼の頭を掻き抱き、頬と頬をくっつける。
最後のひと押しのようにコアを指で弾かれると、引きつった声とともに私の意識は一瞬消えた。
体に力が入らず、くったりと体を預けていると、彼がまとわりつくような声で囁く。
「気持ちよかった? お姉サマ。なあ、オレいい子だっただろ? ご褒美をおくれよ」
唇にちゅっ、と可愛らしいキスをされ、ねだられる。
彼がなにを求めているかは分かる。だって私の下腹部に彼が当たっているから。
私ばかり貰っているわけにはいかない。幸いまだ時間には余裕がある。あまり遅くならなければ大丈夫。
「いいよ。今度はあなたが気持ちよくなる番」
きっと一般的な常識で見れば私たちの関係は異常だと思う。けど異常な者同士の世界がここにはある。誰にも邪魔はさせない。
淫蕩にまみれた顔で微笑む。今の私はみんなのお姉ちゃんの前に、一匹の雌だ。
終