ルシファーから母乳が出る話

 ジータの一日の始まりは早い。ルシファーに造られた星晶獣のプロトタイプであり、続々と造られている獣たちのイヴであるジータは主であるルシファーを起こす前に目覚め、食事の支度を終えてから一杯の紅茶を持っていざ寝室へ。
 紅茶の香りをまといながら歩む先には大きなベッドがひとつ。その中心には銀髪の人間がすやすやと安眠に身を任せていた。
 ジータは彼の寝顔を見て頬をほころばせる。起きているときは凍てつく氷の瞳を持つ彼が、今はあどけない顔をしているのだから。きっとこの顔を知っているのは自分だけ。考えると自然と優越感が心を満たす。
 さて。これから寝起きの悪い主を起こさなければならない。ソーサーに載せたカップをサイドテーブルに置き、カーテンを開ければ窓からは朝陽が入り込む──今日も研究所がある場所は晴れ晴れとしていてとても気持ちのいい日だ。空を見上げれば爽やかな青空が広がり、見ているだけで気分が明るくなってくる。
 背後からは布がすれる音。薄暗い部屋に突如として差し込んだ光から逃れるようにルシファーは無意識下で窓に背を向け、掛け布団を深く被る。これも毎日のように見る光景。些細なことながらも愛する人との穏やかな時間はジータにとって掛け替えのないモノ。
 愛おしくてたまらないという眼差しを向けながらベッドの傍らに両膝をつくと、まずは声をかけてみるが当然のように無反応。次は優しく体を揺らしながら起きるように促せば、もぞもぞと布団が動くも起きない。
「おやおやぁ、眠り姫には目覚めのキスが必要みた──」
「……朝から鬱陶しい…………」
 顔が出る程度に掛け布団をまくり、中性的な顔をした男に対して小悪魔の笑みを浮かべながら顔を近づければ、あと少しというところで顔面が男の手で覆われる。
 掠れた低い声。寝起きが悪いルシファーは不機嫌を隠すことなく出すと、ようやく重たい目蓋を開けて数秒天井を見つめたのちに緩慢な動きで起き上がった。ジータは彼が起き上がるのに合わせて自らも立ち、湯気の立つ飴色の飲料を渡す。
 淹れたての紅茶はいい眠気覚ましになる。ジータが造られてからは朝のルーティンに組み込まれた時間は普段ならば落ち着いた雰囲気が溢れるのだが。
「……ん? なんか甘い匂いがする? 微かだけど……」
 ふと、鼻腔を掠めた香りは優しい甘さを含んだもの。まず紅茶ではない。
 この部屋に甘いものなんてあったっけ? スンスンと鼻を鳴らしながら部屋を見渡すと最後にルシファーが目に入った。眠そうな顔で紅茶を少しずつ飲む彼の胸元の一点が、色が濃くなっている。
 眠るときは黒のインナー姿が多い彼。そのちょうど乳首があるであろう部分が。
「ルシファー……なんか、濡れてる、よ……?」
 思考が纏まらない。なぜルシファーのそこが濡れているのか。そこだけが濡れる理由なんてひとつしか考えられない。ジータの中に浮かぶのは女性──妊婦の胸から出る白い栄養。いわゆる“母乳”。男である彼には無縁のモノのはず。
「は……?」
「胸のところ……」
「……………………は?」
 急に固まってしまったジータの様子に怪訝そうな顔をするルシファーだが、言われたとおりに胸元を見て絶句してしまう。一拍置いたのちに手に持っていた紅茶をジータに渡し、その手でインナーを捲り上げれば。
「なんだこれは……!?」
 人間の男女ともに存在する乳首。その周囲は白く濡れており、こうしている間にも薄紅色の乳頭からはミルクがじわじわと滲んでくるではないか。
 さすがの星の天才も自らの体に起きた唐突な変化についていけず、静止してしまう。石化状態を受けたように固まってしまう主を前にジータの視線は男の胸に釘付けになる。
 ────吸いたい。
 自分は彼によって造られ、その腹の中から産まれたわけでないのに無性に“吸いたい”という欲求に思考が支配される。
 性的な意味よりかも本能で求めるような。
 ほのかに甘い香りのするその体液はどんな味がするのか。
 じゅわりと口の中に広がる唾液。大好物を目の前にした獣のような気持ちなりかけている自分を見つけてコアが脈打つ。
 全身を巡る血液が沸騰して頭がボーッとしてくる。熱を持った瞳は蕩け、ジータはルシファーに渡されたティーカップをサイドテーブルに置くとそのまま、
「っ……!?」
「ん……、ちゅ……」
 ベッドに上がるとルシファーを枕に押し戻して白い涙を流す胸の片方に吸い付く。自然と閉じる両目。可愛い音を伴って口に含んだ乳頭からは想像どおりの甘さが感じられ、知らないはずの母の愛にジータは夢中になる。
 ちゅうちゅうと赤ん坊のように吸えばあまーいミルクが口内を満たして精神が安らぐ。
「おい……ッ……! 離れろ! っ、ぐ……!!」
 ルシファーの反応は当たり前。己の胸から母乳が出ること自体異常だというのにジータに押し倒され、かつ、夢中になって吸ってくるのだから。
 ゾクッ、と走る快感に端正な顔が歪む。奥歯に力を入れて耐えつつも普段とは違う悦にルシファーの白い頬は段々と血色がよくなってきた。
 髪の毛を乱暴に引っ張って離そうとしてもジータは動かない。口の中を満たすミルクに酔い、もっと欲しいと口の動きを強めればさらに多くの白い血液があふれ出るが、無尽蔵のようで無尽蔵ではない母乳は段々と量が少なくなってきた。
「ちゅぱっ……。んんぅっ……、ルシファー……?」
 これ以上こちらの胸からは出ないとジータは赤い顔をしながら顔を上げれば、その瞳は蕩けて濡れていた。
 情事を連想させる表情は見た目の年齢よりかも妖艶。普段の彼女とはかけ離れた顔はルシファーだけが見ることが許される。それは、また逆も然り。
「っ、は……っう……!」
 ジータの視線の先にいる美青年は青星を潤ませ、声を出さぬようにしつつも与えられる悦楽からは逃れられず、悩ましげに眉を寄せていた。
 こんな姿、誰だって欲情してしまう。ジータはぼんやりとそう思いながら、股間部分に熱が集中していく感覚に陥る。普段の自分には無いモノが目覚め、ずぐりとそそり勃って醜い欲をぶつけたいと強く訴える。
 ──ジータは俗に言う“ふたなり”であった。星晶獣のプロトタイプである彼女には様々な不具合がある。星の天才と呼ばれるルシファーといえど、最初から完璧な存在を造り出すことは容易に思えてそうではない。
 不定期に訪れる発情期、もしくは単純にルシファーに欲を覚えた際にクリトリスが変態し、男性器と化すのだ。
「もういい……、離れろ」
 熱を孕んだ吐息混じりの言葉は掠れ気味。寝起きですぐの性的な行為に若干の疲れが垣間見えた。
「駄目だよ。まだもう片方残ってる。一旦カラにしよう?」
 小首を傾げながら可愛くおねだり。話をしている間にも残りの乳蕾からはダラダラと純白母乳が肌を濡らしており、放置して日常生活を送るのは──というのは建前。本音は母乳を味わいたい。
 滑らかな舌触りで癖もなく、しつこくない甘さはジータの好み。さらには愛するルシファーのモノと考えると吸わないという選択肢は存在しない。
「なっ、やめ──ッ、ン……っ……!!」
 ルシファーの言葉が聞こえていないようにジータは乳首に吸い付く。ちゅぱっ、と音を立てながら大きく開けた口の中に桃色の乳輪ごと閉じ込めると軽く吸い上げる。
「はッ……ぁ、ああ……!」
 硬く尖った尖端の感触と柔らかな乳の輪、鼻を通り抜けるミルクの香りと味を堪能して股間がじんじんと痛いほどに反応する。
 全身の血液がソコに集中し、頭がくらくらとしてくる。クリトリスがすっかりと勃起して姿を現した男性器からはカウパーが湧き出して下着やスカートをじっとりと湿らせた。
(ルシファーのおっぱい……可愛くて、美味しい……!)
 白い肌に映える薄紅色の中心の尖りは男の胸だというのに好きな人だからか、愛でたいという感情が止まらない。
 普段の性行為時でもそうなのだ。そんな性愛器官から原因は不明ながらも母乳という、本来ならば出ないはずのモノが出た。味も好み。なによりルシファーから出ているそれを飲まないという選択肢はない。
 きっと一般的な反応だったら突然の出来事に相手の体の心配をするのだろうが、自分が知らないだけでかなり歪んだ性癖があるのかもしれないとジータは乳を吸うその口を自嘲するようにほんのりと上げた。