釣り合わないふたり

 墨を垂らしたような空の下。色とりどりの明かりが街を彩るミアレシティを歩く少女がひとり。セイカだ。
 今日の依頼は思いのほか時間がかかったが、ようやく帰路につくところだった。
 すると近くのレストランから出てくる一組の男女の姿が視界の端に入った。
 毒を連想させるオートクチュールのスーツはセイカの視線を縫い止めるには充分。
 建物から出てきたのはカラスバだった。着飾っている女性をエスコートしているところを見れば仕事中か。
 だがセイカは特になにも問題ないかのように顔を前へと戻して歩き出す。──しかし。

「ねえ! ミアレの英雄さん!」
「…………」

 声を掛けられ立ち止まったところでやって来たのはカラスバがエスコートしていた女性だった。
 身長はセイカよりも高く、全体的にすらりとしていてモデルと言われたら信じてしまいそうなほど。
 カラスバの腕から離れ、わざわざ声を掛けてきたことや、じろじろと見下ろしてくる視線はまるで値踏みしているようだ。
 後方から歩いてくるカラスバは見えないからと、面倒臭そうにため息をついている。
 ここで慌てたりしないのは自分にやましい気持ちがないのはもちろん、セイカが嫉妬をしないと分かっているからだ。
 ──サビ組をより大きく、安定させるために必要なこととはいえ大変ですね。
 セイカはカラスバの気持ちを汲むと、女性と視線を合わせた。

「ミアレの英雄、セイカさん……よね? 彼が夢中になるほどの子なのかしら……」
「えっと……、なにか用ですか?」

 みんなが知る“綺麗なセイカ”として対応する。あくまで年齢相応の小娘として。
 戸惑う演技をしながら聞くも、言われることはだいたい予想がつく。

「ねえ。カラスバさんとお付き合いしているって噂……本当?」
「はい。事実です」
「……あなた、自分が釣り合うと本気で思っているの?」

 ああ、やっぱり。創作物では定番の場面をまさか自分が体験することになるとは。
 セイカは嫉妬の念に張り詰めていく空気を肌で感じながらも、その胸はどこか楽しい気持ちがあふれる。
 また初めてを経験した。セイカにとって様々な初体験をくれるのは、やはりカラスバだ。
 女は揶揄するようにクスクスと笑いながら言うも、セイカは意に介さず。
 逆にこの人はなにを言っているんだろう? と、セイカはわずかに首を傾げた。

「思っていますよ」
「え……?」

 当然だという様子は想像していた反応と違っていたのだろう。口を小さく開けたまま、女は分かりやすく固まってしまう。

「私がカラスバさんを欲しいんですから」

 自分がカラスバを欲している。それだけでセイカは完結していた。そこに他人の意見や、カラスバ本人の意思さえ関係ない。
 たとえ彼が嫌だと言っても逃さない。それほどの重苦しい執着を秘めていた。

「……ほんまになあ」

 ようやくやって来たカラスバは女性の隣に立つと、真っ直ぐセイカを見つめるもその顔はどこか自嘲的だった。

「たまにな、思うねん。セイカとオレ、釣り合わへんな……ってな」
「ほら、やっぱり──」

 セイカとカラスバの視線が交差し両者ともに世界が遠くなって、互いしか見えなくなる。
 その横でカラスバの言葉を“誤解”している女は得意げになるも、もう彼女の声はふたりには届かない。

「生まれ、才能、品格。なにもかもオレとは違う。本来なら出会わへんタイプやろ? オレら」

 カラスバの言うとおりだ。本来であれば彼とは一生関わることはなかっただろう。
 同じミアレという街にいて名前や姿を知ることはあっても知り合いに──ましてや恋人関係になどなるはずがない。
 出会いの発端となった借金騒動。詐欺紛いのその方法は同じ悪人といえど、セイカの矜持に反するもの。
 それでも。きっかけには違いない。

(心底下らない……)

 まさか彼がそんなことを胸の内に秘めていたとは驚きだ。
 セイカからすればカラスバは欠けている己に様々なことを教え、満たすことのできる唯一の人だというのに。
 そもそも本当の意味で心を許せる人は、彼しかいない。
 セイカはカラスバから目線を外すことなく、静かに告げた。

「それでも出会い、あなたを欲しいと思った。それだけで充分ではありませんか?」
「セイカ……」
「私はあなたの手を放すつもりはありませんよ。諦めてください」
「──諦めるもなにも」

 カラスバはセイカの手を取ると自らの頬に当て、感じ入るように目を閉じる。
 セイカよりも白い肌は見た目どおりのなめらかさ。軽く触れているだけだというのに、もっと欲しくなってしまう。
 ここが外でなかったら今頃抱きしめているだろう。そして頬にキスをしている。
 ああ、早く大人になりたい。そうしたら唇で触れ合えるのに。

「たとえ逃げても、地の果てまで追いかけてきてくれるんやろ?」
「当然」

 カラスバは薄く目を開き、呟く。毒のような色香が漂い少女を包んでいく。
 ドクン! と胸の中心がひと際強く高鳴る。全身が熱を帯びていくようだ。
 早くこの人の全てが欲しい。ぐつぐつと腹の底で煮えたぎる仄暗い欲望を隠しながらセイカは答え、頬に触れている手でもう一度だけ撫でると離す。

「……あれ? 先ほどの方は……」
「帰ったんちゃう? アホやなあ。自分から吹っかけておいて逃げ足だけは速い。ポチエナもびっくりや」

 ふたりの世界から戻るとカラスバの横にいるはずの女の姿はなかった。
 周囲を見渡してもおらず、カラスバは呆れるように吐き捨てる。ビジネス関係だけな上にセイカに絡んでおいて無言で敗走。
 彼が辛辣な態度になるのも当たり前だ。

「随分な言いようですね」
「ええねん。取引先の娘なんやけど、そことももう潮時や思うてたし。……それより。家帰る前にバトルせえへん?」
「いいですね。新しい子を試してみたいと思っていたんですよ」

 カラスバも直帰するようだ。
 セイカとしては挑まれた勝負は買うし、彼のストレス発散、そして育成中のポケモンの強さを確かめるためにも断る理由はない。
 ふたり並んでバトルコートへと向かうその道すがら。セイカはふと、カラスバの横顔を盗み見る。
 ボスとしてではなく、ひとりの男として会話をする彼はどこか楽しげだ。

(色々と考えてしまうのはカラスバさんが大人だから? こんなにも単純なことなのに)

 誰になにを言われようと関係ない。釣り合う・釣り合わないかなんてどうでもいい。
 欲しいと思った。
 だから隣にいる。
 ただ、それだけの話。