私のファム・ファタール

「ファム・ファタール……?」
 穏やかな風を受けながら次の島へと向かうグランサイファー。移動中ということでジータは自室で一人読書をしていた。
 椅子に腰掛け、文字の羅列をじっくりと見つめる彼女が読む本は恋愛小説。
 その中で見慣れない、だが妙に惹き付けられる単語を見つけ、ジータは声に出して読み上げた。
 ファム・ファタール。一体どういう意味なのか。
 気になりすぎて読み進めるよりかも言葉の意味を知りたくなったジータは本を閉じてテーブルに置くと、団員たちが持ってきた本が収められている書庫へと向かった。
 書庫にある本棚にみっちりと詰まっている本のジャンルはさまざま。恋愛からミステリー、歴史、料理……。
 ジータも新たな島へと立ち寄ったとき、たまに本を買い、読み終わるとここに置いている。誰かが読んでくれたらいいなと思いながら。
 本の背表紙を見ながら辞書が置いてある場所はどこだったかな、と探せばすぐに見つかった。白い背表紙に金色で辞書と書かれている分厚い本。
 部屋に設置されている机と椅子に向かうとジータは目的の言葉を探すべく、薄い紙のページをめくろうとする、と。
「あら、ジータさんじゃない」
「ロゼッタさん!」
「これは……辞書?」
 やってきたのはロゼッタだった。彼女から香る薔薇の匂いは妖艶で、まだ十代のジータは少しドキドキしてしまう。
 ロゼッタも書庫の利用者の一人。きっと新しい本を求めて来たに違いない。
「そうなんです。本を読んでてどうしても気になった言葉があって。ファム・ファタールって言うんですけど……ロゼッタさん、知ってます?」
「ファム・ファタール……。ええ、知ってるわ」
「どういう意味なんですか? なんか、こう……すごく胸がざわざわして。本の続きが頭に入ってこないくらいに」
「あらあら……。ウフフ、いいわ。教えてあげる。ファム・ファタールの意味はね……」

「考えごとかい? ワタシを前にして」
「えっ、あっむ、ふ、ふぁっ……!」
 夜の帳が下り、静けさに包まれるグランサイファー。起きているのは夜間警備担当くらいか。その静寂の中で淫らな口付けがジータの部屋で交わされていた。
 裸のジータの上に乗っている者も同じく裸で、豊満な胸と少女の膨らみかけの胸が互いに押し合う。
 逆立てられている暗い茶髪と夜の闇に妖しく光るオルディネシュタイン。誰が見てもため息をついてしまうくらいの肉体を持つ美女。
 彼女の名前はベリアル。原初の星晶獣であり、自らを堕天司と名乗ったこの女はジータたちと刃を交わした敵……ではあるが、こうして時折部屋を訪れて、交わっていた。
 敵との肉体関係。立場を考えればありえないものだが、どうしてもジータは拒否できなかった。
 一夜の過ちから始まった、名前も知らぬ女性への恋心。
 旅に出たばかりのジータはとある島で夜の散歩に出かけると、自らを娼婦と名乗ったベリアルに誘われ、濃密な時間を過ごした。
 当時は名前すら知らなかったベリアルにまた会えたらいいなと淡い感情を抱いていたジータの願いは最悪な形で現実となったが、それでもベリアルへの想いを断ち切ることはできなかった。
 仲間への酷い裏切り行為。分かっていても、ジータはベリアルを求めた。決して叶わぬ恋だとしても。
「ちゅっ、ふぁ……ぁ……」
 可愛らしいリップ音を残し、ベリアルはジータから顔を離した。名残惜しそうに透明の糸が引き、ぷつりと切れる。
 鼻先が触れそうなくらいの至近距離で緋色の瞳に見つめられ、ジータは視線を逸らすことができない。このまま魅了をかけられでもしたらかなり深く入ってしまうだろう。
「なにを考えていた?」
「別に……。強いて言うなら、あなたのこと」
「へぇ。そりゃあ嬉しいねぇ」
「いっ……! ちょっと、見えるところはやめてよ」
「なら明日は露出の少ないジョブだな」
 涙の膜が張った視界でベリアルが動き出す。下へと体をずらしたかと思えば、胸元に走るピリッとした痛み。次々襲ってくる独特な感覚にジータが声を上げると、ベリアルは嘲笑混じりにさらに赤い花を咲かせていく。
 まるで所有物の証のように。
 少々マゾの気があるのか、ジータはベリアルにキスマークを付けられる度にどこか満たされる気分だった。
 さらにはもっとぐちゃぐちゃにされたいという被虐思考も生まれる。
 どうして初恋の人が世界の敵で、造物主を追い求め続けるこの堕天司なのだろう。
 この広い空。優しく、誠実な愛をくれる人はきっといるはずなのに。
 自問自答しても、最後にはベリアルを選んでしまう。彼女が振り向いてくれることなんて永遠にないというのに。
「またうわの空だ」
「ひっ! アあッ!?」
 下半身から聞こえるベリアルの声。敏感な場所に当たる息にジータの体が小さく跳ねた。
 すでに何度も愛された少女の秘められた部分は濡れに濡れ、月の明かりを受けて卑猥に輝いている。その中心にある矮小な穴は、ベリアルを求めるように反応を見せていた。
 立てられた膝の間、股間に顔をうずめるベリアルを見てジータの中で期待が膨らむ。またあの気持ちよさを与えてくれるのだろうかと。
 敏感なクリトリスを吸われたり、指で扱かれたり。内部に舌を挿入されたときには指とはまた違った悦に溺れてしまいそうになる。
 完全に熱に浮かされたジータの目を見て、ベリアルは赤い瞳を細めると彼女の期待に応えるように濡れ花をひと舐めし、快楽の種に吸い付いた。
「ひゃんっ! ぁう、はっ、あぁッ! あんっ……! それ、好きぃっ……!」
 神経が集まる鋭敏な場所をぬめった快楽が襲い、それだけでもたまらないのに、人差し指と中指で内部を刺激され、ジータは甘い啼き声を抑えられない。
 全身が蕩けてしまいそうな悦楽。もっと感じていたいという気持ちもあるが、今夜だけで何回もソコを愛されているので我慢などできるわけもなく。
「だめだめだめぇっ! い……っ! あっ、あぁァぁッ!!」
 急上昇する性の曲線。それが一定のラインを突き抜けるとギュゥッ……! と膣が収縮し、ベリアルの指の形がより強く感じられた。
 脚も痙攣し、股の間にあるベリアルの顔を柔い肉で挟み込む。
 下半身から脳天へと走る稲妻。抗うことなくぶるぶると震えていると、ベリアルが体を起こした。
 口周りはジータの愛液によりべったりと濡れており、舌で舐めとると、おもむろに少女の片脚を担ぐ。
 ベリアルの眼前にさらけ出されるサーモンピンクの器官。達したばかりの秘処にジータの痴態によって濡れた女を重ねれば、膨らんだ秘豆が互いを刺激し、花部分がくちゃり、と粘着質な音を立てた。
 ベリアルが腰を揺り動かす度にぴったりとくっついた女性器が形を変え、ジータに甘やかな熱を与える。
 秘められた場所同士で濃厚なキスをしていることへの視覚的興奮。秘肉の温度。互いの淫水が混ざり合う卑猥な音。
 様々なものが混ざり合ったこの行為がジータは大好きだった。密かに──といっても、ベリアルには知られているが、想っている相手との直接的な触れ合いが。
「アっ! ぁ、んっ! ふっ、あぁっ!」
「どんどん蜜が溢れてくる。こんなに糸も引いて……さっ!」
「ふぁぁぁッ!? あっ、あっ、ぁ!」
「トロットロな顔をしてまあ……」
「気持ちいい……! 気持ちいいよぉ……!」
「ふふ。それはヨカッタ」
 ぐねぐねと絡み合うばかりではつまらないとベリアルは軽く腰を引くと、ジータへとぶつけた。
 ぱちゅっ! と恥粘液が弾け、ワンテンポ遅れてやってきた衝撃にジータは喉を反らし、心の中で素直な気持ちを吐き出した──のは本人が思っているだけで、ほろりとこぼれた涙と一緒に外に出てしまっている。
 動きに合わせて激しく揺れる乳房にベリアルが片手を伸ばしてきた。掬うように手中に収められ、ピンと上を向く桃色の突起をくりくりと弄られれば、上下に攻められるジータはただひたすらに喘ぐしかない。
 段々と視界に散り始める星。呼吸も浅くなり、感覚が張り詰めていく。あと少し、あと少しで絶頂を迎えられる。
 ベリアルによって調教された肉体は彼女から与えられる快楽に簡単に堕ちてしまう。
 最後のひと押しなのか、ベリアルが親指で乳首を押し込めば、それが合図のようにジータはひと際高い声を上げ、背をしならせた。
 真っ白に染まる世界。繋がっていた場所を中心に広がる震え。乱れる呼吸に身を任せていると、ずっと担がれていた脚が下ろされ、ベリアルが横に寝た。
 蕩けた瞳で彼女の方を向けば、口元に薄い笑みを浮かべたベリアルがジータの顔にかかった髪を指先で優しく整え、体を抱き寄せた。
 ジータの顔を包み込む乳房はどこまでも優しくて、心地よさと行為の疲れからジータの瞼が少しずつ閉じていく。
『ファム・ファタールは男にとっての運命の女。同時に男を破滅させる魔性の女っていう意味なの』
 薄れゆく意識の中で浮かんだのはロゼッタの言葉。
(ベリアルは私のファム・ファタールだ……)
 ジータの団には絶世の美女や美青年が多く乗っている。しかし、どんなに美しくてもベリアルに抱くのと同じ感情を向けることはない。
 仲間、という理由もあるが、それ抜きにしても心を乱されることはなかった。
 出会った瞬間から強く惹かれた。名前を知り、絶対に手に入らないことを思い知らされてさらに欲しくなった。
 これを運命と言わず、なんと言うのか。
(堕天司である彼女と逢瀬を重ねた果てに待つのはきっと“破滅”。でも……)
 あなたによって与えられる破滅なら、喜んで。
 そう思ってしまう辺り、かなり深いところまで堕ちてしまっている。
 もう決して戻れぬ地獄への直行便。たどり着く先は大口を開けた深淵。自分に残された時間はどれほどかを思い、ジータは意識を手放した。