風邪っぴきにおうどんいかが?

「ママ、ご飯できたよ」
「ああ、今行く……って持って来てくれたのか」
 寝室に入ったジータはすぐ隣にある部屋の明かりを点けた。パッと瞬時に明るくなる部屋はカーテンが閉められ、それが現在の時刻を示している。
 返事をするベリアルの声は掠れており、額には体温を下げるために冷却シートが貼られている。この姿から想像できるように彼は風邪を引いてしまい、今日一日ベッドで休んでいた。
 ジータはそんな彼のために食事を作ったのだ。その手に持つトレイには一人用の土鍋と取り皿やレンゲ、箸がのせられている。
 ジータは体を起こしたベリアルの傍らに腰を下ろし、掛け布団越しにトレイを彼の膝に置いた。
「うどん、作ってみたんだ。ママの口に合えばいいんだけど……」
 土鍋の蓋を開ければふんわりとした湯気が広がり、中から出汁の優しい香りが漂う。
 うどんには刻んだ万能ねぎがぱらりと振りかけられており、かまぼこが数切れ添えられている。
 極々普通の煮込みうどんだが、ジータが自分のために作ってくれたということが嬉しいのか、ベリアルの頬は自然と緩む。
「美味しそうだ。食べてもいいかい?」
「うん! おつゆはね、ちょっと甘めにしてみたんだ。麺も普段より柔らかく煮込んで食べやすいように」
 嬉しそうに語りながらジータは取り皿にうどんを盛り付けていく。それが終わると皿を自分の口元に近づけ、箸で持ち上げた麺をふぅ〜ふぅ〜と息を吹きかけて冷まし、母親の口へ持っていく。
 まさかそこまでやってくれるとは……とベリアルはほんの少しだけ驚くも、娘の優しさを素直に受け取ることに。少しかさついた口を開き、麺を口内へと招けばしょっぱさの中にまろやかな甘さが広がっていく。
 ──とても、美味しい。
 嚥下しやすいように柔らかく煮込まれた麺は軽く噛むだけで細かくなり、風邪によって痛む喉をあまり刺激せずに通り抜けていく。
 病人を労って作られたこのうどんは、どんな高級な料理も敵わない。そこにあるのは想いの大きさ。ジータがベリアルを大切に想う愛がこもった料理に勝てるものなどない。
「ネットのレシピを見ながら作ってみたんだけど……」
「麺に味が染みてて美味しいよ。つゆも程よい甘さでオレ好みだ」
「そっか。よかった……!」
 安心したような笑みを浮かべるジータはその後もベリアルに食べさせ続け、また、ベリアルも大人しくされるがまま。
 うどんの入った鍋はすぐに空になり、あとは片付けだけだ。
「ところでジータ。風邪のオレを前にして妙にキミが嬉しそうなのは、ママの気のせいかな?」
「えっ……そう、かな……?」
 鍋に蓋をし終えたジータに聞けば、彼女は分かりやすく目を泳がせる。
 朝、体調不良を告げれば学校を休んで看病をする! と言い出した娘を大丈夫だからとなんとか学校に行かせ、学業を終わらせて帰って来た彼女の手にはスーパーの袋。
 その他にも家事を率先してこなし、汗をかいたでしょ? と着替えを持ってきた彼女の雰囲気はどこか嬉しそうで。
 まさか弱っているオレを見て喜んでいる? と考えてしまうくらいには。
「嬉しい……って言ったら変だけど、ママの言うとおりだよ」
 ベリアルから目線を逸らし、小さく零すジータだが、すぐに「でも誤解しないで!」と否定する。
「ママってなんでも一人でできちゃう人だから……。そんなママに色々お世話できるのが、嬉しくて」
 モジモジとするジータを前にしてベリアルは思わず真顔になってしまう。なんていじらしい。
「ごめんなさい。ママが苦しんでるのに……」
「いいや。キミのその気持ちが嬉しいんだよ。そんなことを言われたこと自体、初めてだしな」
 しょげるジータの頭をぽんぽんと撫でれば、しおれていた花は再び咲き誇る。
 まあ、今日くらいはいいだろう。弱った、カッコ悪い自分を見せても。