今日は今年最後の日。新しい年を迎える支度をしているせいか街ゆく人々は朝からどこか忙しい。
セイカはミアレシティに来て初めての年越しを迎えようとしていた。
エムゼット団の面々はクリスマスのときからそれぞれ帰る場所に戻り、家族と過ごしていた。
ピュールとデウロは実家。ガイは祖母であるジェットに呼ばれてクエーサー社へ。
セイカは故郷はあれど、迎えてくれる家族はいない。そもそも戻りたいと考えたことすらなかった。
なので最初はホテルでひとり過ごすものだと考えていたが、駄目元でカラスバのところに置いてくれないかと聞いてみたら逆に誘おうと思っていたとのこと。
そんなこんなでセイカはクリスマス前から年明けにかけて、みんなが戻ってくるまでカラスバの自宅で暮らすことになったのだ。
──朝。サビ組の一階では整列する組員全員を前にしてカラスバが活を入れていた。
サビ組総出の年末奉仕。毎年最後の日はミアレの人々が気持ちよく新年を迎えるため、掃除を始めとする奉仕活動を徹底的にするのが定例になっている。
セイカも予定がないのと、いずれ自分もサビ組の一員になるのだからとクリスマスからずっとお手伝い。
列の最前列の真ん中。カラスバの目の前に立つセイカは他の組員と同じように黒の正装姿。さすがにサビ組のスーツではないが、彼らに混じっても浮かない服装だ。
「ええかオマエら! 市民のみなさんが気持ちよう新年を迎えられるように気合い入れて“お掃除”するで!!」
はい!!!! と威勢のいい返事が下っ端たちから返される。
それぞれグループ分けされ、ジプソの指示によって仕事が振り分けられ散っていくのをセイカはぼんやりと眺める。
ゴミ拾い、メガ結晶の破壊、市民の困りごと、事務所外壁掃除などなど……。
果たして自分の仕事はなんだろうか。
「セイカはオレと部屋の掃除や。おいで」
カラスバが自然な形でセイカの手を取る。優しく握られた手は大きくて、頼りがいが感じられた。
声音も柔らかく、セイカはなんだかくすぐったい気持ちに駆られる。
邂逅したときは大事な仲間をハメた下劣な男とばかり思っていた。
それが今では墓まで持っていくつもりだった秘密を打ち明け、彼が欲しいと告げて恋人の関係になったのだから。
エレベーターでお馴染みのボスの部屋へと着くと早速お掃除の開始だ。
部屋に置かれているインテリアたちは見た目からしてとてつもない値段だということは分かる。
セイカはやや緊張しながらもカラスバに倣って手を動かしていく。
「なんやぎこちないなあ。おっかなびっくりせんでええよ。気楽にし」
「さすがに壊したらと思うとですね……」
もしも傷をつけたり、割って弁償しろと言われたら……。
ZAロワイヤルで稼ぎに稼いだお金はあるものの。カラスバはお金のことはなあなあにしない性格なのでほんの少しだけ、不安になってしまう。
「はははっ! 肝が据わり過ぎとるオマエにも怖いモンがあるんやなあ!」
「……でも、楽しいです。みんなでする大掃除。こんな気持ちは初めてです」
「なんやまた知らん内にセイカの初めてを貰うたんか。……まさかとは思うけど、デカい掃除したことないん?」
「施設時代はありましたよ? でも心を許せる人なんていなかったのでただの作業。特に感想はありません。お屋敷で暮らしていたときは使用人が全部していたので、お恥ずかしい話ですが……掃除を自分でするようになったのは施設に入ってからですね」
「ふとした時に出る品の良さからごっつお嬢様やとは思っとったけども。……ユカリと比べたらどうなん?」
「ふふふ。内緒です。ユカリさんよりは劣るかもしれませんし、同じくらいか──それ以上か。家を捨てた私にはもう、関係ありませんから」
「……そうやな。野暮なこと聞いたわ。さて! 気を取り直して掃除すんで! ここだけやない。まだまだ部屋はぎょうさんあるしな」
「はい!」
短い昔話もこれでおしまい。けれどふたりだけの秘密の会話は確実に両者の距離を縮めた。
カラスバはセイカの生まれを知り、セイカはカラスバに過去を知ってもらった。
まだまだカラスバに話していないことはたくさんある。でも、それは追々と。
***
慌ただしく時間は過ぎていき、年内最後の大仕事も終えた夜。
サビ組地下にある宴会場は笑い声と酒の匂いで満ちていた。
ミアレにしては珍しいが、サビ組事務所の外観からすれば違和感のないお座敷。
上座の真ん中にカラスバ。左右にジプソとセイカが座り、中心を空けた両側にはズラリとお膳と座椅子が並び組員たちが座っていた。
年に一度の無礼講。普段は背筋を伸ばしている者たちも今夜ばかりは肩の力を抜いている。
ワイワイがやがやとした場。セイカは畳張りの宴会場も初めてなのと、純粋に親しみやすい酒の席に新鮮味を感じていた。
年内最後の日は組織、もしくはお呼ばれでのパーティーは経験したが組織では崇められる立場。
それ以外の集まりでも居心地は決していいとは言えなかった。
そもそも当時は幼い頃からのつらい教育に耐えるために感情を抑制していた。心を守るためには感じないようにするのが一番だったからだ。
けれど今は違う。コントロールに難はあるけれど、様々な感情の揺らめきはセイカに大きな成長をもたらしていた。
カラスバの隣でセイカもお酒を楽しむ。カロスの法律的にはセイカも大人なので問題ない。ただ、カラスバが認めないだけで。
このあとも予定があるので酔わない程度に留める。それはカラスバにも伝えてあった。年が変わる前にハシゴを登るので酔わないでくださいね、と。
「今年はほんまに色々あったなあ〜」
「うゔっ゛……! そうやなあ……! ほんま、いぎでてよがっだ!!」
「お前なに泣いとんねん!」
セイカはカラスバがジョウトやカントーから取り寄せた透明な酒を傾けながら周囲の様子を観察する。
本当に多種多様な反応が見られる。普段は粗暴だったり、怖いという印象が強い組員たちも笑ったり泣いたりと忙しい。
最初こそ左右に分かれた席に座って宴会を楽しんでいたが、酒が入るとすぐに崩れ今では乱れ、見る影もなし。
無礼講というのもあって、ジプソやカラスバに話しかける者もちらほらと。それは当然、セイカにも。
「ねえセイカさん。あんたカラスバさまのことどぉー思ってんのさー! セイカさんがカラスバさまと結婚してくれたら、サビ組も将来安泰なんだよ〜!」
女性組員のひとりがにやにやしながら絡んできた。酒の勢いでの発言。それは組員であれば誰でも考えていたこと。
この発言に騒がしかった場がみずでっぽうを受けたように一気に静まり返る。
セイカに集中する視線。その中でも一番の熱視線はカラスバだ。当事者であるのだから当たり前だ。
セイカはなんと答えるのか。組員と軽口を叩いていたのも忘れ、けれど気を紛らわすように酒を口にしながら横目で見守っている。
組員たちからすればセイカはカラスバのお気に入り。彼女が顔を見せるだけでボスがご機嫌になる。
さらにはポケモンバトルは無敗を誇り、一部の組員は以前事務所で暴れた男をセイカ自身が簡単に制圧したのを目の当たりにした。
ポケモンバトルも、本人も強いセイカ。ボスの伴侶はこの人しかいない! そう思っている者がほとんど。だからこその注目度。
「…………」
言われたセイカもまさかの質問にきょとんとしてしまうが、瞬きをすると口角をほんのりと上げ、薄いながらも艶っぽさを纏う微笑みを浮かべた。
快活な笑みしか知らない組員は品がありながらも艶やかな表情にドキッとするものがあるのか、生唾を飲み込む。
「安心してください。いずれはカラスバさんを娶りますから」
──爆弾投下。
「ぶっ……!? げほっ! げほっ!!」
セイカからの執着は知っているものの、まさかの娶る発言にカラスバは盛大にむせる。
普通逆やろ逆! セイカを娶るんがオレ!
そうは思いつつも、彼女らしいともいえる発言にカラスバは納得してしまう。
セイカの答えに周囲は一拍遅れて大歓声。空気を揺らすほどの歓喜にセイカのえくぼは深くなる。
「お、オマエなあ……! こういうのはもっと手順を踏んでやな……!!」
「事実を述べただけですよ? それとも……私から逃げるおつもりで? 私の(色々な)初めて、あなたに捧げたのに……」
「えっ!? えっ!? うそっ!」
「誤解や誤解! 中略すな!! そこ大事やろ!?」
大事なところを省いての発言にジプソは乙女のような素っ頓狂な反応を示し、組員たちもボスの手の早さに囃し立てる。
「カラスバさん、ひどい……。私のあんなこと(秘密)を暴いた癖に……」
「オマエ酔っとるな! それ以上誤解生む発言はやめーや!!」
およよ……とわざと泣き真似をし、さらなる爆弾投下に女性組員からはブーイングの嵐。ボスであるはずなのに針のむしろ状態。
まだ唇にキスすらしてへんのになんということや……! 頭を抱えるカラスバがなんだか面白くて、セイカはくすくすと笑ってしまう。
自分では酔っている自覚はないが、彼の言うように酔っているのかもしれない。
だってこんなにも、このひとときが楽しい。
心の深いところから──そう思えるのだから。
***
宴会も終盤。あちこちで寝落ちする者が増え、あれだけ騒がしかった会場はかなり静かになっていた。
(カラスバさんがこの人たちのお天道様になろうとするのも、分かる気がします)
以前カラスバがかわいい子分と言っていたのを思い出す。みんなカラスバが大好きで。そんな彼の志に賛同してサビ組として活動している。
こうして腹を割って話すと気のいい人たちばかりで、セイカの中にも彼ら彼女たちを守りたいという気持ちが芽生える。
それは組織時代の“導く”とは似て非なるもの。
導くことは正しいとセイカが思う場所へと相手の手を引き、ときに引きずってまで連れていくこと。後ろを振り返ることなんてしなかった。
守ることは手を取り相手の歩幅に合わせ、ときに振り返りつつも一緒に前に進むこと。
──セイカはスマホで時間を確認する。あと少しで零時。今から外に出れば充分間に合う。
「カラスバさん。……外に行きませんか」
そう言って、カラスバの袖を引いた。
外は暖房の利いた屋内と違って刺すような冷たさが襲う。
暖かいコートを着てはいるが、吐く息は白い。
「っ、さっっっっむ……! 酔うてても一気に醒めるなあこれ……。なあセイカ。外行くゆうてどこに行くつもりやねん。メディオプラザでやっとるカウントダウンにでも行きたいんか?」
黒のコートのポケットに手を突っ込み、身震いしているカラスバの手を引きセイカは門を出るとそのままぐるっと回り、サビ組屋上へと繋がる長いハシゴを登っていく。
まさか屋上に行くとは思わなかったが、カラスバは思い出す。
セイカにはハシゴを登るから飲みすぎないように言われていた。なるほど屋上に行くためだったのか。聞かされたときはハシゴ? と特に気にしてはいなかったが。
カラスバは渋るが、どんどん小さくなるセイカの姿を見て登るしかなかった。
行くのに少々手間がかかるサビ組事務所屋上には竹がこれでもかというほどに生えており、セイカはメディオプラザ方面が見える場所に立つ。
目の前は五番ワイルドゾーンが広がる。
ワイルドゾーンになる前は人々が思い思いに過ごしていたが、今では野生のポケモンたちが集まりそれも難しい。
メディオプラザに続く道はイルミネーションが煌めき、多くの人々が集まっていた。
プリズムタワーは崩壊してしまったが、それでもミアレの中心地。カウントダウンという特別なイベントには最適な場所なのだ。
セイカは頭上に輝く月を見上げる。太陽の光を受けて輝くことができる月。まるで自分のようだと思う。
ミアレの人々、そしてカラスバ自身もセイカのことを救世主、まばゆい太陽のように思っているだろうが実際は違う。
セイカはカラスバにしか本当の自分を見せていない。
日陰者たちのお天道様であろうとするカラスバ。彼の光を受けてセイカは本当の意味で輝くことができるのだ。
「遅かったですね」
「おんまえ……このクソ寒いのにハシゴ登らすな! 手の感覚があらへん……」
「ふふ。すみません。見晴らしがいいところであなたと二人きりになりたくて」
ようやく来たカラスバの動きは油の切れた機械のようにぎこちない。
その手を包み込めば驚くほどに冷たく、セイカは自分の口に手を持ってくると温かい息を吐き出す。何度も、何度も。
「私……色んなことがありましたけど、ミアレに来て、みんなと……カラスバさんと出会って」
組織から解放され、たまたまミアレを紹介していた雑誌を手に取ったのが全ての始まり。
来たばかりのときは自分の人生が大きく変わることになるとは思いもしなかった。
後継者でもなんでもない、ただの人間として自分の意思で選んで歩いていきたい。それだけだったのに。
「人とポケモンが共生する美しいミアレを、かけがえのない人たちを守れて本当によかったって……心の底から思います」
──そして。これから先も、ずっと。
カラスバの手を握ったまま、セイカは彼の目を見つめる。黄金色に輝く眼差しは温和に縁取られ、人々のカウントダウンの声が響く。
「カラスバさんがお天道様なら」
彼の片手を持ち上げ、そっと……口付ける。
手首へのキス。ミアレの男性であるカラスバならきっと意味を知っているはず。
ああ、その顔はやっぱり。
「私は、お月様になります」
あなたが錆色に輝く太陽ならば。私は全てを包み込む月になりましょう。
これは彼への変わらぬ愛の誓い。この先なにがあってもあなたと共に。
あなたが守りたいミアレを、私も守っていきます。
──零時。新しい年を迎えたことにメディオプラザ方面からは花火が打ち上がり、大きな歓声が聞こえてくる。
その瞬間、セイカはなんのためらいもなく屋上から飛び降りた。
「セイカ!?」
慌ててカラスバが下を覗き込むと、すでにセイカはスマホロトムの安全装置を使用して着地しており、そのまま事務所近くに設置されているバトルコートへと駆けていく。
「ちょお、待てや! オレに肉体労働させるなや……!」
ぶつぶつ文句を言いながらも追わないという選択肢はないのでカラスバも屋上から飛び降り、後を追う。
「…………」
先にバトルコートに着いたセイカはカラスバに背中を見せるように立っていた。
どんどん近づく音。コンクリートを奏でる靴音は上品で、それだけで質のいい革靴なのだと分かる。
ああ、早く来てと高ぶる気持ち。寒いはずなのに体は熱を孕んでいく。
「いきなり飛び降りたときはなにしとんねん思うたけど……。なるほどな。外出る前、手持ち全員連れて来い言うた意味はこれか」
「私の新年最初のバトル」
セイカが振り返る。
祝いの花火が照らす横顔。穏やかに、けれど確かな闘志を宿した瞳がカラスバとかち合う。
「カラスバさんに捧げます」
「……嬉しいこと言うてくれるやんけ。ええで。新年早々泣かしたる!」
「私だって。その顔、歪ませます!」
新しい年の始まりは、本気のバトルで。
終
