「毎年配っているんですか?」
「せや。少しでも寂しい思いをする子ぉらが減ればええなって」
サビ組事務所。地下にある倉庫にはラッピングが施された大量のプレゼントが用意されていた。
今日はクリスマスイヴ。現在セイカは翌日のクリスマスに子どもたちに配るプレゼントの整理中。
エムゼット団の面々──デウロとピュールは実家に帰省。ガイは祖母のジェットに呼ばれて不在。
次に会えるとしたら年明け。落ち着いてからだろう。
セイカには故郷はあるが迎えてくれる家族はいない。そもそも帰るという選択肢すらない。
ホテルでひとり。けれど駄目元でみんなが帰ってくるまでカラスバさんの家に置いてほしいと相談すれば、逆に彼の方から誘おうと思っていたところだったという。
これといった予定もなく、一時的ながらもカラスバのところで居候させてもらうのと、将来はサビ組に所属するのだからとセイカは彼の手伝いをしながら過ごしていた。
クリスマスカラーの袋たち。中身はお菓子だが子どもからすれば“貰える”ということが大きな意味を持つのだと、セイカは知っていた。
以前のセイカはとある組織の後継者。弱き人々を導く強者という使命のもと、表向きは慈善活動をしていた。
孤児院も支援しており、クリスマスにはプレゼントを配ったりもしていた。
あのときの子どもたちの嬉しそうな顔。当時はにこやかな笑みを貼り付けて接していたが、感情が揺れることはなかった。
ただの義務。セイカからすれば弱い者を導くのは当然のことなのだから。それ以外の考えはない。
「ところでセイカはクリスマスにプレゼントを貰うたこと、あるんか?」
「もちろん。高級ブランド品、ハイジュエリー、美術品、希少価値の高いポケモン……色々頂きました」
けれどそれはセイカ個人というよりかは後継者への貢物、便宜を図ってもらうための献上物という側面が強かった。
欲望にまみれたモノたち。
本当は、そんなもの要らなかった。
(高価なものや貴重品。そういうのではなくて。私が欲しかったのは、ただ……)
目を閉じれば目蓋の裏には情景が浮かぶ。クリスマス当日。街に出かけたとき。子どもたちが楽しげにサンタクロースからのプレゼントの話をしていた。
受け取る相手のことを心から想い、選んだプレゼント。当時の自分は彼ら彼女たちが一生かかっても手に入れられないものを贈られていたはずなのに。
──羨ましい。
どんなに望んでも手に入れられないもの。
ただ、“愛”が欲しかった。
「価値のあるものをどれだけ頂いたとしても、クリスマスの朝に目が覚めて、枕元にプレゼントがあった。そう目を輝かせる街の子どもたちを見て──羨ましいと思ったことがない、といえば嘘になります。……私は悪い子でしたから。サンタクロースも来なかったのでしょうね」
今更欲しいとは思わないが、それでも人生で一度くらいは枕元に欲しかったな。
高価なものなんて要らない。お菓子でもいいから、朝起きたら愛のこもったプレゼントがある光景に憧れてしまう。
自嘲するセイカに、カラスバは言葉を失ってしまう。
「それで今日の夜なんですけど私、カラスバさんが作ったご飯が食べたいです。……カラスバさん?」
「……あぁ。ええよ。凝ったもんは作れへんけど、オマエが喜びそうなもの腹いっぱい食わしたる。食材買って帰るさかい、これが終わったら先に家に戻っててな」
「わ、また子ども扱いして……!」
よしよしとセイカの頭を撫でる手つきはもう慣れたもの。
カラスバはよくセイカの頭を撫でる。それは彼女が常に完璧を求められていたのを知ってから。
誰にも愛を与えられず、本人も愛が分からない。特殊な環境で育ったゆえに年齢の割に幼いと感じる部分があり、カラスバはセイカを体だけ歳を重ねた子どもと考えていた。
セイカが様々なしがらみから解放されたいま。カラスバは色々な初めてを教えながら情緒育成中。
カラスバ本人も子ども時代は厳しい環境で過ごしたせいか、セイカを自然と甘やかしてしまう。かつての自分が得られなかった愛情を代わりに与えるように。
「そないなこと言うても、嫌やないやろ?」
「っ……」
図星のセイカは、なにも言えないのだった。
***
「ん…………」
ゆるゆると浮上していく意識。自然と持ち上がっていく目蓋が開いたとき。セイカの目の前に映る光景はカラスバの寝顔だった。
起きているときは鋭い眼光を宿す双眸も、閉じられているとどこか幼さが感じられる。
サビ組ボスがすやすやと安寧に身を任せている光景は見ていると、なんだかくすぐったい気分になってくる。
きっとこんな距離で見れるのは自分だけ。
ちょっとした優越感。いま、この瞬間。カラスバを独占しているのだと想像するとセイカの口角は勝手に上がってしまう。
(昨日は楽しかったな……)
カラスバとふたりきりで過ごしたイヴ。
彼が作ってくれた料理を食べながらゆっくりするというささやかなものではあったが、今までの人生で一番楽しかった。
組織のボスの娘といえど表の顔はお嬢様。
パーティーにお呼ばれして行ったことは何度もある。が、楽しいと思ったことはなかった。仲がいい人間などいないし、金持ちたちの社交の場は退屈極まりない。
薄っぺらい微笑みを貼り付けて、お人形さんのように静かに佇んでいただけ。
しかしカラスバとの時間は違った。豪華なシャンデリアが煌めく広いホールでもない。
カラスバの家で彼の作った料理を食べ、映画を見て過ごした時間はセイカの中に色鮮やかな記憶として残った。
「……カラスバさん」
小さく呼ぶもカラスバは未だ深い眠りに身を委ねているため、眉をほんの少し動かしただけだった。
けれどセイカにとってはそれで十分。朝起きたら大切な人が横にいる。それだけで優しい気持ちになるのだ。
(ん?)
体を起こそうとして枕元に気づく。
デリバードやクリスマスツリー、プレゼントボックスなどが描かれた大きな袋。袋の口には真っ赤なリボンの装飾が施されている。
(これ、は……)
紛れもない。
(クリスマス、プレゼント……!)
理解した刹那。セイカは飛び跳ねる勢いで起き上がり、初めてプレゼントを見た子どものように興奮混じりに袋を胸に抱えた。
──クリスマスプレゼント。枕元に置かれていただけでこんなにも嬉しいものなのか。
想いのこもった贈り物。本来は冷静な性格のセイカではあるが、今は目を輝かせながら隠し切れない嬉しさに頬が緩んでいる。
袋の中身はずっしりと重たい。いったいなにが入っているのか。
逸る気持ちを抑えながらリボンをほどき、袋を開けると。
(ふしぎなアメ、いじっぱりミントと……これはひかえめ? あとはマックスアップやタウリン、リゾチウム──)
中に入っていたのはポケモンの育成に役立つアイテムたち。どれも派手ではないが、セイカにとって確実に“役に立つ”ものたち。
「実用的ですね」
独り言みたいに呟いて、セイカは少しだけ笑った。
きっとサンタクロースが大急ぎで用意してくれたに違いない。
用意できるタイミングがあるとしたらカラスバより先に事務所を出たあの後。
しかし、いざ贈ろうとしても何を用意すればいいのか。正直困っただろう。
なぜならばセイカがさらりと告げたプレゼントたちに比べたら贈り物として定番なアクセサリーは霞む。
せっかくのクリスマスプレゼント。セイカが絶対に喜ぶものがいいと、おそらくジプソと一緒に悩んだに違いない。
そして少ない時間で出た答えが育成セット。負けず嫌いなセイカは本格的に育成しようと決めたらしっかりと基礎ポイントを振り、そのポケモンに合わせた能力が伸びるようにミントを嗅がせる。
それを知っていたからのチョイスは大正解。
(袋の中にまた袋?)
育成アイテムとは別に入っている袋。なんだろう? と開けてみる。
(バンギラスのぬいぐるみ……!)
ラッピング袋の中にはセイカの相棒であるバンギラスのぬいぐるみ。抱えるのにちょうどいいサイズだ。
本物と同じくキリッとした表情をしているも、ぬいぐるみだからか可愛いという気持ちが芽生える。
ぎゅっ、と抱きしめれば当然ながら柔らかい。
子どもたちが目を覚ましたとき。枕元にプレゼントがある喜びがようやく分かった。こんなにも高揚するのだから。
自分は一生知ることはないと思っていた感覚。
カラスバがセイカのことを考えて選んだプレゼントにはたしかな愛が感じられ、セイカの頬がほころぶ。
(でも)
視線が自然と隣に戻る。
彼と出会う前は自分は孤独に生きるのだと漠然と感じていた。人のぬくもりなんて知らずに生きていくのだと。
けれど今は違う。目覚めて隣を見たら、彼がいる。
それだけで胸の奥がじんわりと温かくなる。
(カラスバさんが、一番のプレゼントですね)
そう思った瞬間。隣の男がゆっくりと目を開けた。
「なんや……もう起きたんか。おはようさん……」
薄く目を開けて眠そうな声。ボスの顔とはかけ離れた、どこか可愛らしささえ感じる無防備な姿はセイカにしか許されない特権。
セイカはぬいぐるみを抱えたまま少し考えるように視線を落とすと、ふっと微笑んだ。
「おはようございます。また、私の“初めて”。貰ってくれましたね」
静かで穏やかな声。それでもわざと選んだ言葉によって一瞬、部屋の空気が止まった。
「お、オマエな……!」
一気に眠気が覚めたカラスバは目を丸め、ぎょっとする。
セイカの言葉に偽りはないが適切な使い方ではない。彼女も分かった上での発言だが。
だからその言い方やめぇや……!
言葉にはしなくとも、ほんのりと朱が差していく顔を見れば考えていることは丸分かり。
意外と感情表現が豊かな可愛い人。だからこそ色んな顔を見たくて歪ませてしまうのはセイカだけの秘密。
「カラスバさん」
「ん?」
「プレゼント、ありがとうございます。嬉しい……」
ぬいぐるみを胸に寄せ柔和な笑みを浮かべる。それは無理をしていない、自然な笑顔。
来年も、再来年も。きっとこの人の隣で目を覚ます。
そう思える朝が──なによりも嬉しかった。
終
