焼き菓子ゲームをするジタベリの話

「ふう……」
 夜空を駆けるグランサイファー。団員も夜間警備に当たっている者以外はほとんど寝ているので艇内は静まり返っている。
 その一室でランプの淡い橙色を頼りに机の上の羊皮紙に向かい合っている少女がいた。
 流れるような金色の髪に夜を思わせる色をしたヘアバンド。黒を基調にした丈の短いワンピースから伸び、組まれている双脚は漆黒色のストッキングに包まれていて艶めかしい。
 無防備な服の上に白衣を羽織るこの少女の名前はジータといい、この騎空団の団長である。現在はドクターのジョブで普段と格好が違っている。
 木製の椅子に座っていた彼女はその場でぐぐっ、と背伸びをし、体をほぐす。体の動きと一緒に漏れた声は頑張りの証。団長としてやることが山積みなのだ。
 首を左右に動かしながら机の上の時計を見ればジータの想像よりも長い時間が経っていたようで、時刻につられるように大口を開けてあくびを一つ。
「オツカレサマ、特異点」
「…………」
 口の前に手を当て、あくびの涙を目尻に浮かばせると、まとわりつくような声と一緒に頭部にむにゅりとした感触。
 この独特の柔らかさと重さをジータはよく知っていた。部屋の壁に映る自分のほかに、もう一人の影が視界に入ると緩んだ顔を真顔にし、首を反らせて背後の人物を見上げる。
 ジータが動いたことで一歩下がった存在は黒衣の女だった。短いダークブラウンの髪を逆立て、明かりによって輝く柘榴色はジータのアンバーと重なる。
 大きいながらも美しい形の実りや腰のくびれ、長い脚は完璧だ。顔もよし、体もよしの彼女の名前はベリアルといって、原初の星晶獣だ。
 自らを堕天司と呼び、世界に終末をもたらそうとしていた人物。敵のはずなのだが、ジータにちょっかいを出しにこうして来たりとなにを考えているのかよく分からない。
「なあ特異点。キミの艇では“焼き菓子ゲーム”というモノが流行っているそうだな? フフッ。艇内に咲き乱れる白い花たちを見てワタシもシたくなってね」
「あぁ……アレね」
 ふっくらと形のいい唇をカーブさせ、ベリアルはゲームの名前を口にした。言われたジータの脳内に浮かぶのは細い棒状の焼き菓子の両端を咥える女の子や女性たちの姿。
 なぜか団内で流行っている遊び。誰が始めたのかは分からない。気づいたら周りが焼き菓子ゲームをする団員だらけだった。
 ジータもルリアに誘われてしたことがあった。焼き菓子を両端から食べていき、唇が触れるギリギリまで近づいた記憶が思い出される。
 一種のコミュニケーションなのだろうが、ジータは変にドキドキしてしまい、誘われたらするが、自分から誰かに声をかけたことはなかった。
 それにしてもベリアルはどこから見ていたというのか。団のセキュリティを考え直すという案も浮かんだが、彼女相手では意味がないのだろうなとすぐに却下された。
 改めてベリアルを見ればいつから持っていたのか、宙に浮く右手には棒状の焼き菓子が入ったワイングラスがあった。
「連日夜遅くまで頑張っているキミのために作ったんだ。ワタシ、パティシエだし」
 そういえば彼女と初めて会ったとき、そんなことを言っていた気がする。二千年という気が遠くなるほどの時間を過ごしてきたのだ。お菓子くらい作れてもおかしくはないとジータは脳内で処理をし、グラスの中身を見た。
 菓子はチョコレートでコーティングされているが、持ち手部分だけは裸のまま。首を倒したまま気怠さを宿す瞳でじいっ、と見つめれば、ベリアルが動き出す。
 グラスから直接菓子の裸の部分を口に咥え、ジータに顔を近づかせてくる。軽く開いたままのジータの唇にチョコ側を器用に入れると、準備ができたとゆっくりと食べながら傾国の美女が迫ってくる。
 団員たちは目を閉じながらしていたが、ベリアルはジータの反応を楽しむように目を開けたまま。このまま至近距離でアナゲンネーシスをかけられたら回避のしようがないくらいだ。
 だが、ジータの脳内に浮かぶのはじれったさだった。口の中の温度でとろけるチョコは少しばかり甘さが強いが、今のお疲れモードのジータにはちょうどいい。
 もっとチョコがほしい。思考能力が低下した脳は体に命令を下す。
「んぅっ!?」
 あまりに焦らしてくるものだから、ジータは片手を伸ばすとベリアルの後頭部を自分のほうにグイッと押した。
 ベリアルもジータが積極的に動くとは思っていなかったのか、突然のことに反応しきれない。
 頭を押したことでチョコ部分がジータの口内に一気に入ってきて、ベリアルと唇が触れる。よく手入れがされている狡知の唇は意外に心地よくて、ジータは目を閉じて感じ入る。
 普段の彼女ではありえない行動にベリアルは目を点にすると、がり、と菓子に歯を立てて折ってしまった。
「……美味しい」
 ベリアルの頭部から手を離したジータは首を元の位置に戻すと、口内の菓子を咀嚼し飲み込む。クセになる甘さの棒をもっと欲しいと再び首を後ろに倒して口を開ける。その姿は親鳥に餌をねだる雛のよう。
「オーケイ。仰せのままに」
 ジータの行動は疲れているから楽をして糖分を摂取したいというものでベリアルもそれを見抜いているが、あえてなにも言わずにジータの願いどおりの行動をする。
 チョコの付いていないほうを咥え、ジータの口の中に押し込むと、程よいところで折られる。
 噛み砕いた焼き菓子がジータの喉を通過するのを視認すると、ベリアルはまた顔を前進させた。触れる柔い肌と折られる菓子。
 ジータは残り少なかった菓子を噛み、下すと新しい焼き菓子を手にしようとするベリアルに向かって手を伸ばし、引き寄せる。
 どこまでも滑らかな赤い皮膚を舌でなぞり、小さく開いた入口に侵入すると濡れた舌が迎えてくれた。
 軽く絡めるだけでベリアルの唾液が下りてきて、ジータは飲み込む。口の中に残っていたチョコと混ざり合って本来味のない体液は甘かった。
(なんでこんなことしてるんだっけな……でもまあ)
 戯れを終えてベリアルを解放すれば、また焼き菓子を与えられる。
 この行動の確たる理由が見つからないままだが、お菓子が美味しいからいいやと酷使し続けた頭で思い、ジータはベリアルを受け入れた。
 誰も知らないベリアルとジータの焼き菓子ゲームは、もうしばらく続きそうだ。