ファーさんとベリアルの焼き菓子ゲーム

「ファーさん」
 執務室にて。椅子に座って書類を眺めているルシファーの隣に立ち、んっ、と顔を近づけてくるベリアルを見て、造物主は凍てつく氷の視線を向ける。
 そんな彼の視線を受けても逆に嬉しそうにしている男の口には、棒状の焼き菓子が咥えられていた。
「…………」
 ほのかに漂う甘い香りを受けてルシファーの体は糖分を欲する。が、ベリアルはなにを思ってこんなことをしているのか。
 空の民の真似事だろうが、菓子を咥えたまま動かない被造物を見て内心嘆息する。けれどその顔は見ていて飽きない。
 同時期に造ったルシフェルは自分をモデルにしたが、この男は違う。
 設計図の段階で顔を描いては消し描いては消しの繰り返し。納得が行くまで試行錯誤した末に生まれたベリアルはルシファー好みの造形。飽きなどくるはずがない。
 かといって膠着状態を続ける気もないルシファーは片手をベリアルの後頭部へと回して自分の方へグイ、と引き寄せると焼き菓子を口に含み、唇同士が触れる寸前で噛み砕いた。──ベリアルが。
 そんな彼を無視してルシファーは口の中に広がる菓子を味わいながら、口元を緩ませる。悪くない味だ。
「もうないのか?」
「え!? あ、えと……はい、コレ……」
 片手を唇に当て、直立不動のベリアルに対して聞けば彼は手に持っていた箱をルシファーに渡すものの、普段の彼とは別人のように動揺している。
 若干頬を赤くし、歯切れの悪い会話をするベリアルは自身がよく口にする“ヴァージン”という言葉を連想させた。
「ほう……。淫売のお前でも生娘のような表情をするのだな」
「こんなのファーさんだけだって……。はぁ。空の民の間で流行っている遊びでさ。棒状の菓子を口に咥えて互いに食べ進めるってヤツ。てっきり不愉快だ、って蹴られると思ってたんだが……」
 ベリアルとしてはルシファーが自ら引き寄せ、食べるとは思ってなかったようだ。それなのになんの躊躇いもなく菓子を食べるものだから、すっかり調子を狂わされてしまった。
「呆けている暇があったら茶でも淹れてこい。休憩だ」
「は〜い、ファーさん。焼き菓子はまたオレが咥えた方がいい?」
「くだらん。さっさと行ってこい」
「ウフフ。りょーかい」