白兎テンプテーション

 自然豊かな森の木々から差し込む日の光が辺りを明るく照らしている。新緑の中を駆け抜ける優しい風は金と銀の髪を撫で、消えていく。
 静かなこの場所を歩くのは二人の少女。金髪の少女はウサギを想像させるジョブ、セージの格好をしている。
 対になる髪色をした顔色が悪いと思えるくらいに肌が白い少女は黒のキャミソールにミニスカート、ぶかぶかのジャケットに紫羽根のファーストールと派手で、セージの清廉さとは反対に邪悪さを感じる。
 今回少女──ジータは魔物討伐の依頼で団員の一人とこの森に来ていた。ジータそっくりの顔をした団員と。
 彼女たちに血の繋がりはない。そっくりさん……マリシャスはジータが旅を始めてすぐに空から艇へと落ちてきたのだ。
 記憶喪失で自分の名前も分からぬ彼女は、自分がジータの悪堕ちしたような容貌だからと悪意の意味も持つマリシャスを名乗り、ジータたちとともに戦いの日々を過ごしていた。
 記憶のないマリシャスだが、体は戦いを覚えているのか魔物討伐系の依頼には高頻度で選出されていた。それほどに強かった。まるでさまざまな修羅場を潜り抜けてきたように。
 今でこそ高位ジョブを取得し、それなりに高度な技や魔法を使えるようになったジータだが、まだまだマリシャスの背中を追っている状態。
 謎に包まれているマリシャス。性格的なものなのか、発言も子供に聞かせられないようなレベルのものを発することもあるが、基本的に仲間思いで優しい人なので他の団員とも上手くいっているのが幸いか。
 代わり映えのしない森の中を無言で歩いていく二人。目的の魔物はまだ見つからず、闇雲に歩いているだけだ。
「ねえジータ。本当にいるの? 魔物」
 ジータの後ろをファーを揺らしながら歩くマリシャスは心底つまらないという顔で呟き、握っていた右手を開く。するとなにも持っていなかったはずなのに真っ赤な林檎が現れ、彼女はひと齧り。
 ビィと同じくマリシャスは林檎を好み、よく食べていた。今したように林檎を出すことも。いつの日かジータがどうやっているの? と聞いてみたことがあったが、「ほら、私マジシャンだから」と適当な答えしか返ってこなかった。
「絶対いるよ。もう少し奥の方かな?」
「ん? あー……そうかも。ほら、構えてジータ。魔物」
「あっ! って、マリシャス! あなたも戦ってよ!」
「アハハッ! この程度の雑魚ならあなた一人でも大丈夫。ちょっとした修行よ」
 突如現れた無数の魔物の気配。その群れの奥には今回依頼された討伐目標らしき存在があった。ジータはすぐさま臨戦態勢に入り、杖を構えるが、マリシャスは余裕の笑みを保ったまま呑気に林檎を齧り続けているではないか。
「もうっ! それ食べ終わったら戦ってよ!?」
「ハイハイ」
「もー……! 本当に分かってるのかな……!」
 ぶつぶつ言いながらもジータは魔法を唱え、魔物を蹴散らしていく。なんだかんだ言ってマリシャスもジータの身に危険があればすぐに助けてくれるだろう。
 彼女たちの間には、確かな信頼があった。
 ボスが花から人間が咲いたような姿の魔物のせいか、取り巻きたちは植物系ばかりだった。ツタを伸ばしての攻撃に気をつけながら確実に数を減らしていく。
 昔は仲間と協力して捌いていたこの数も今のジータは一人で難なくこなしていく。彼女も旅の中で経験を積み、成長したのだ。故郷のザンクティンゼルを旅立ったときとは大違い。
 敵の攻撃をかわしながら戦場を舞う白ウサギにマリシャスが見惚れていると、背後から忍び寄る魔物の姿。
 攻撃態勢に入り、当たる寸前というところでマリシャスは振り向きざまに闇の魔力を纏った回し蹴りで攻撃を打ち消し、巨大な闇の爪をかたどった拳で切り裂く。
「ちょうど食べ終わったし相手してあげるわ」
 芯だけ残った林檎を地面に放り捨てると、マリシャスは悪辣に唇を吊り上げ、突き上げるような破壊衝動に身を任せながら魔力を纏った体術で敵を薙ぎ払っていく。赤い一閃を前にして生き残れる者はいない。
 圧倒的な暴力の前に雑兵は散っていく。
 二人の活躍でボスを守っていた魔物は一匹残らず全て倒され、残るは女型の魔物だけになった。今のジータのジョブは後方支援が得意なのでマリシャスが前に出て牽制する。
 不敵な笑みを浮かべ、敵と睨み合うマリシャス。ジータは緊迫した空気に杖を構え直す。
「オーケイ。ジータは魔法で私を援護して。すぐに終わらせる」
「分かった!」
 魔物から無数の触手が伸びてきて、マリシャスを絡め取ろうとする。それを闇の刃が斬り刻むが、数が多いのでどうしても防ぎきれない。
 迫る触手。他の触手に気を取られていたマリシャスが気づいたときには眼前に迫っていた。だが、触手がマリシャスに触れることはない。ジータが魔法で触手を焼き落としたのだ。
「ありがとうジータ! 昇天させてあげる──サムシング・デセプション!」
 魔物の攻撃の手が止まった刹那、マリシャスは懐へと潜り込み、暗黒の魔力と何本も顕現させたオルターエゴ・リアライズで敵を貫く。
 襲いかかる凶刃に花びらは散り、ヒトの形をしている部分からは鮮血が噴き出るが、汚れる前に素早くマリシャスは後退した。
 これで依頼は終わり──とマリシャスが構えを解くと、息絶える寸前の魔物が花粉のようなものを辺りに撒き散らした。
(くっ……! この粉、魅了効果がある……!?)
 広範囲に飛び散る粉は魅了の魔力を含んでいたが、耐性があるマリシャスは抵抗レジストしたため特に問題はない。問題はジータだった。
「ジータ! 大丈夫!?」
 今度こそ魔物が倒れたことを見届けたマリシャスは後方にいるジータの方に振り返る。すると抵抗しきれなかったジータは杖を支えにしながらその場でうずくまり、華奢な肩を苦しそうに上下させている。
 顔色は俯いているため分からないが、明らかに魅了を付与された状態。マリシャスはジータに駆け寄り、様子を伺うように片膝をついた。
 両手を伸ばし、頬に触れれば火傷しそうなくらいに熱い。そのまま顔を持ち上げれば、体温が低めのマリシャスの手が気持ちいいのか、ジータは目を閉じて感じ入っていた。
 火照った顔にまなじりには透明な雫。少女らしからぬ顔にマリシャスの胸が熱くなる。
 発言はきわどいものが多い彼女だが、未だ性的な経験がなく、いわゆる処女だった。なのでジータの変わりように慌ててしまう。
 今のジータは今まで出会ってきた誰よりも扇情的に映り、マリシャスは口内に溜まっていた唾を音を立てながら飲み込んだ。
「ジータ。今のジョブならキュアーフェンを使えるでしょう? それで回復しなさい」
「ご……めん……な、さい……。頭がぼうっとし……て……。お願いマリシャス……クリアオール、を……」
「しょうがないわね。クリアオール!」
 頬に触れている手からじんわりと広がる癒やしの光はジータを優しく包み込むが、体の熱は引かない。通常の魅了よりも強いものだったのかもしれないとマリシャスの顔が曇る。
 もう一度クリアオールをかけてみるも、熱はそのまま。マリシャスの手の中にある顔は苦しそうに歪められており、赤い唇の隙間からは熱くて重い吐息が漏れた。
 このまま艇に戻るわけにはいかない。マリシャスはとりあえずこの場を移動しようとジータに手を貸して立たせてやるも、自分の力で立つことさえもできないようで、全体重がマリシャスの肩にかかる。
 とにかく移動しなければ──。マリシャスはジータを軽々と姫抱きにすると落ちないようにしっかりと抱きしめ、早足で場を離れる。ここは魔物の血で汚れすぎている。
 辺りに警戒しながら移動していると、水のせせらぎの音が聞こえてきた。近くに水場があるに違いない。腕の中にいるジータは悩ましげに眉をひそめ、浅い呼吸をしており、早く熱を解放してあげたいという気持ちが芽生えたマリシャスはジータを抱き直すと、小走りで向かうのだった。

   ***

「気分はどう?」
「頭と体が、あつ……い……」
「どうやら魅了が深く入りすぎたみたいね……」
 マリシャスの考えた通り近くに大きめな河川があった。水辺へとやってきたマリシャスは身に纏うファーストールを片手で手に取ると地面に敷き、その上に頭部がくるようにジータを寝かせる。
 少しでも呼吸が楽になるようにとマントを脱がし、純白のレオタード姿にすればその妖艶さにマリシャスは息を呑む。
 消去不可のデバフ、といったところか。厄介なものを撒き散らしてくれたと胸の奥でマリシャスは舌打ちすると、なにかを迷うように視線をジータから逸らす。
 決断しなくてはいけない。どうすればいいのか頭では分かっている。その方法も……なんとなくは分かる。だがそう簡単に行動に移せない。
 マリシャスにとってジータは大切な仲間の一人だからこそ、余計にそう思う。それと同時にジータに惹かれていた部分もあり、触れたいと思う気持ちがあった。
「マリシャス……私、変なの……あそこがじんじんして……」
 その言葉に自然と目が布に隠された秘めやかな場所を見つめてしまう。まだ愛液は染み出してきていないが、内部は濡れ始めているはず。
「……いい? 今のジータは正常な状態じゃない。そして今から私はあなたを落ち着かせるために体に触れる。……もし好きな人がいるならその人のことを考えていなさい。すぐに終わらせるから」
 己がやらなければジータは苦しいまま。そんなことを望むわけがない。マリシャスは決意するとジータに言い聞かせるように優しく語りかける。
 これは合意の行為ではない。なのでもし好きな人がいるなら、と前置きしてマリシャスはジータの体へと手を伸ばした。
 キスはしない。ジータがしたい相手とするべきだと考えたからだ。
 真っ白なレオタードに包まれた乳房は先端が膨らみ、布を押し上げて小さな存在を主張していた。誘われるように布を下げればジータの年齢にしては大きい実りがこぼれ、横へと流れる。
 見た目からして柔らかいというのが伝わってくる。自分にも同じものが付いているというのに、マリシャスはジータの白い実に対して激しく欲情していた。
 紅い尖りに吸い付いて、舐めしゃぶりたい。その柔さを感じたい。
 性的な雰囲気に早くも呑まれ始めているマリシャスは興奮のままに屈み込み、そっと……優しく唇に咥えた。
 それだけでジータには強い刺激なのか、マリシャスの頭上で甘い声が上がる。
 それを聞いているとマリシャスの気分も高揚し、淫らな気持ちになってくる。股がうずうずと疼き、ジータをもっと味わいたいという欲求が強まってきた。
 普段は色事に慣れているかのように振る舞うマリシャスだが、本当は処女。もしかしたら記憶をなくす前はそういう経験があったのかもしれないが、ジータの艇に落ちてからはない。
 女同士の正しいセックスのやり方など分からない。教えてくれる人もいない。今は己の本能に従うのみ。それでもジータを傷つけないように、細心の注意を払う。
「ジータ、気持ちいい……?」
 薄紅色の突起を口に含むと飴玉を転がすように舐め、母乳を求める赤子の如く吸い付く。自分と似た声が奏でる性歌は可愛らしく、理性のタガが外れそうになるが、暴走しそうな欲を強靭な精神で封じ込めると、乳首から口を離して探るように聞いてみた。
「うん……! もっとつよ、く」
(こうかな……)
「ふぁっ、あッ、ン……! マリシャスっ、もっと触ってっ……!」
 すると、目を閉じて快楽に身を任せていたジータが開眼し、濡れたブラウンの瞳が切なげに揺れながらさらなる悦を望み、マリシャスは手探り状態ながらも再び赤い種を食べると軽く歯を立てた。
 それはジータを喜ばせるのに正解だったようで、少しだけ心に余裕ができたマリシャスは残っている白い果実を手の中に収めると、マシュマロのようにふわふわとしたそれの感触を確かめるように強弱をつけながら揉む。
 汗ばんだ白い肌はしっとりと手に吸い付き、今の自分とジータの姿を第三者視点で想像したマリシャスの頬は瞬く間に紅潮していく。
 不可抗力とはいえ、野外で、片想いの女の子を抱いている。それに加えて魅了効果のせいだと思うが、ジータの反応も良好でマリシャスを求めるもの。
 全身の血液が沸騰し、頭がぼうっとする。終わることを知らぬジータの甘い声はいつか読んだ本の中にあった歌声で船乗りを魅了し、船ごと海の藻屑にする空想上の存在セイレーンのようにマリシャスを誘惑した。
 これが魅了という状態異常なのかもしれない。魅了に完全な耐性を持ち、今まで一度もかかったことのないデバフを体験し、マリシャスはジータの胸から顔を上げた。
 熱く湿った息がかかるジータのサクランボは唾液で濡れ、妖しく光っている。
「マリシャス……顔、あかいよ……? あなたも苦しいの……?」
「わ、私なら大丈夫。心配しないで」
 ジータの手が伸び、頬に触れると、もともと体温の低めなマリシャスにとってはヤケドしそうなくらいに熱かった。それなのに自分の心配ではなく、他人の心配をする辺り、どこまでお人好しなのかと自嘲する。同じ顔をしていても自分はジータと同じようには振る舞えないと。
「マリシャス……きす、しよ……」
「えっ、でも……」
「わたし、マリシャスのこと……好きだよ?」
 熱に浮かされながらもジータはしっかりとマリシャスを見つめ、引き寄せると彼女が躊躇っていたキスをいとも容易く実行した。
 積極的すぎるジータに赤いガラス玉を見開いたマリシャスだが、甘美な口づけに目尻を下げ、互いに目を閉じながら真綿に包まれているような触れ合いを続ける。
(キスってこんなにも気持ちいいんだ……。それにジータ、私のことを好きって……)
 胸が温かくなり、多幸感が溢れる。ジータが自分のことを好きと告げるのは今の状況からして本心なのか判断ができないのがむず痒いが、嘘でもいいから好意を口にされたことは嬉しかった。
 口も自然と開かれ、舌同士で濃厚な絡み合いをしていると、どうしようもなくジータが欲しくなる。彼女の大事なトコロに触りたい。もっと気持ちよくさせて、蕩けた顔にさせたい。
「マリシャス……私のアソコ、触って……。とても切ないの……」
 ジータが言葉を紡ぐ度に生温かい息がマリシャスの肌に当たり、感情を揺さぶる。好きな子にそんなことを言われたら誰だって我慢の限界。
「……できるだけ、優しくするから」
 今にも切れてしまいそうな理性という名前の細糸を保ちながらマリシャスは片手をジータの乙女の場所へと伸ばす。まだ触れていないというのに熱気を感じ、魅了効果があるといえどジータが自分の愛撫で感じてくれたことが嬉しくなる。
 絶対に傷つけたりしないと誓いながら湿ったレオタードを下着と一緒にずらし、熱源を晒す。口づけを織り交ぜながら中指で軽く触れれば、ソコは洪水状態。
 恥蜜が溜まっている膣前庭を往復すれば、それだけでマリシャスの口内にジータの嬌声が吐き出される。
「っ、はぁ、はぁ……」
「だいじょうぶ……?」
 自分に覆い被さるマリシャスの苦悶に歪む表情を見てジータは心配そうに声をかける。これが互いに望んでの行為ならばジータに対して自分のも愛してほしいと言えるが、この状況でどうして言えようか。
 子宮がジータを求めて甘い熱を孕みながら存在を主張する。それは大量の淫水を生み出し、下着の中はグショグショだ。
「私なら大丈夫。ね、私の指に集中して……」
 ジータの鼻先にキスを落としたマリシャスはブラウンの瞳の奥にくすぶる熱を覗き込むように見つめながら、ジータの淫溝から甘露を掬い、神経が集中している快楽のためだけの器官に触れた。
 大きく膨らみ、硬くなっている淫核を指の腹で撫でればジータの顔がいやらしく歪む。唾液で濡れ、てらてらと光る唇の間から溢れる愛おしい嬌声を聞いていると、マリシャスの精神が満たされていく。
 まるで楽器を演奏するかのように指をリズミカルに動かす度にジータから喘ぎが漏れ、互いの息遣いも合わせて淫らな演奏会が始まった。
「ジータ……イクの?」
 目の前の少女の乱れ具合にそう思い、聞いてみれば快楽の涙を流しながらジータは何度も首を縦に振った。
「あっ、ン……! 頭が、まっしろぉ……。マリシャス、マリシャスぅ……!」
 うわ言のようにマリシャスの名前を呼びながらジータは腕を伸ばし、マリシャスの後頭部を引き寄せると唇を重ねた。舌も伸ばし、互いに淫猥に絡み合いながら高みへと昇っていく。そして──。

   ***

「あれ? マリシャス……。寝てる、のかな。……助けてくれてありがとう。あと……ね、好きって言ったの嘘じゃないよ」
 ジータの性熱を解放し、意識を失った彼女を騎空艇まで運び、心配する仲間たちにお得意の嘘を並べながら部屋へと連れ帰ったマリシャス。
 ベッドに眠り姫を下ろし、汚れた体を丁寧に拭いてやり、寝間着に着替えさせたところでマリシャスは急激な眠気に襲われた。仕方がなかったとはいえ、衝撃的な体験をした影響で感じた精神的な疲労に、少しだけならとマリシャスはベッドの横に置いた椅子に座るとうたた寝を始めた。
 いったいどのくらいの時間眠っていたのかは分からないが、ジータの声に反応してマリシャスは覚醒した。だが下を向いている首を上げることは彼女にはできなかった。
 こちらが眠っていると勘違いし、自分の気持ちを伝えてくるジータとどんな顔をして相対すればいいのか。
「自分の写し鏡みたいな人を好きになるなんてナルシストなのかな……と思ったりしたけど、強くて、なんだかんだいって仲間思いで優しいあなたにどんどん惹かれていった。それにマリシャスはマリシャスで、私じゃないし」
 ジータの告白はマリシャスの体温を急上昇させる。本当に俯いている姿勢でよかったと思う。首は痛いが、この赤色に染まった顔を見られずに済む。
「それにしても……私、マリシャスとえっちしたんだぁ……! 色々な過程を飛ばして……! これからどんな顔をしてマリシャスと接すればいいの……!?」
 それはこっちのセリフだよ、とマリシャスは心の中でツッコミを入れる。
「うぅん……。とりあえず覚えてないフリをしてた方がいいよね。うん」
 一人納得するジータにぜひそうして! とマリシャスは願う。変に気まずくなるよりかは、記憶のないフリをしてもらった方がこちらとしても都合がいい。
 それにしても、一緒にいたのが自分ひとりで本当によかったとマリシャスは幸運を噛み締めていた。仮に他の誰かがいたらどうなっていたか。また、自分以外の誰かでなくてよかった。
 ジータに対する気持ちを抜きにしてもあのときの彼女の色気は凄まじかった。そもそもマリシャスは魅了に完全耐性を持っているが、他の者は違う。ジータと同じように魅了され、本能のまま互いに求め合う──なんてことになっていたかもしれない。
 そうなったら悲惨すぎて目も当てられないし、嫉妬でおかしくなりそうだ。今でさえ、想像しただけで胸が詰まり、例えようのない赤い感情でいっぱいになるのだから。
 それなら誰にも盗られない内に自分のものにしてしまえばいい話なのだが、そこまでの度胸はまだマリシャスにはなかった。
 様々なことを熟考した上で、改めて自分が同行者で本当によかったとマリシャスはほっ、とする。
「ジータ、起きてますか……?」
「ルリア……! どうぞ、入って」
「よかったぁ! 起きてたんですね、ジータ。気分はどうですか?」
 控えめなノックの後に透き通る声が聞こえ、ジータは入室を促すと木製の扉が短く軋む音を立てて開かれた。
 訪問者はジータにとって片割れであるルリア。ジータはルリアの問いに「特に問題ないよ」と答え、視線を狸寝入りをしているマリシャスへと向けた。
 椅子に座るマリシャスの隣に立つルリアもそれに倣ってマリシャスを見下ろすと、ジータに話し出す。
「最初はびっくりしたんですよ? マリシャスさんがジータを背負って帰ってきて……。そうしたら魔物の攻撃で眠っているだけって言われたんです。怪我もしてないし、普段頑張っている団長さんをこのまま寝かせてあげましょ、って」
「そんなことが……」
「はい。普段はその……ちょっと困ったところもありますけど、本当はジータみたいにすごく優しい人ですよね。マリシャスさん」
 ルリアの言葉にジータは微笑みをたたえながら同意した。普段はからかってきたり、きわどい発言をしたりと見た目の格好からして危険人物のように思えるが、いざとなったら率先して動く仲間思いでとても優しい人。だからこそ他の団員とも調和がとれ、また、彼ら彼女たちを惹き寄せるのだろう。どこかの団の団長をしていたと言われても納得してしまうほどに。
「ねえルリア。マリシャスのこと、好き?」
「はい! 大好きですよ!」
「ふふっ。私も大好き」
 ルリアと好きとジータの好き。言葉は同じでも秘める意味はまったく違うもの。
「お揃いですね! あっ、そうだ。そろそろ夜ご飯だから呼びに来たんでした」
「あぁ、ほんとだ。お昼近くに出発したから……結構寝てたかも。んー、マリシャスも起こした方がいいよね……?」
「でも、気持ちよさそうに寝てます……」
 ルリアがマリシャスの顔を覗き込むも、彼女は両目を伏せてすやすやと寝息を立てている。
「なんだか起こすのも悪いし……このままにしておこう。ローアインさんに言ってマリシャスの分を取っておいてもらえばいいし」
「そうですね。じゃあ起こさないように行きましょうか」
 部屋にマリシャスを残して二人は行ってしまった。静寂に包まれる部屋。一人になったことでマリシャスは目を開け、首の凝りをほぐしながら大きく息を吐く。それは今までずっと溜めていたのか、とても深いものだ。
 本当に自分の演技力には大したものだと自画自賛してしまう。心中ではジータの発言に激しく動揺していたが、あんなに近い距離で見られても覚醒しているのには気づかれなかった。いったいこの演技力や息を吐くように嘘をつけるのはどういうわけなのか。未だに戻る気配のない記憶が戻ったら、分かるのだろうか。
 自分のためを思うなら思い出した方がいいとは思うが、なんとなく思い出したくない気持ちもある。その理由は……分からない。
(顔、熱い……)
 特に部屋は暑くないのだが、今のマリシャスの顔は真夏のアウギュステの太陽に照らされたように火照っている。普段こうして好意を言葉にされることがないので、どうしても恥ずかしいという気持ちが勝ってしまう。
 パタパタと手を団扇代わりにして扇ぎながら顔の熱を冷まし、彼女は思考する。
(今回の件で両片思いっていうのが分かったし……ここは私から行くべき? う〜ん……)
 どんなに強い力を持っていようとも彼女もジータと同じ年頃の女の子。恋愛に関しては奥手になってしまう。
 しばらくうんうん唸りながら考えていたが、空腹の音によって一人恋愛会議を強制終了させたマリシャスは大人しく部屋を出ると、ジータたちがいる食堂へと向かっていく。
 彼女たちの甘くて優しい恋愛模様は、まだまだ始まったばかり。