お掃除の時間

「大変ですカラスバさま!」
「なんやジプソ、血相を変えて……」
「先ほど事務所上空を飛んでいた鳥ポケモンがこれを落としていきまして……!」
 サビ組事務所。朝礼も終わり、さあ業務を開始するぞとカラスバがノートパソコンに手を伸ばそうとしたときだった。
 エレベーターを転げる勢いで出てきたジプソはデスク越しに立つと、持っていた紙をカラスバへと渡す。
 普段は鋼の心の如く冷静沈着な部下。その慌てように緊急事態だと察したカラスバは受け取った紙切れに視線を流す。
 丸まった癖が付いている、なんの変哲もないコピー用紙。そこには文章が綴られていた。
 その内容を理解するのと同時にぐしゃりとカラスバは紙を握りしめる。
 ぶるぶると震える体。怒りを通り越して殺気を放つカラスバの顔は額に何本もの青筋が浮かび、瞳孔は針のように細まる。
 セイカが捕まった。いくら彼女が普通の女の子ではないとはいえ、隙を突かれたら……。
 昨日の夜はロワイヤルに参加すると言っていた。ならば終了後、疲労状態のところを襲われたとしか考えられない。
(オレらのことを気に食わん連中……。一体どこの組織や……!)
 ミアレのために活動するサビ組のことを快く思わない連中がいる。
 しかし複数ある敵対組織のどこなのか。いいや。どこでもいい。ぶちのめす。
「カラスバさま、今すぐ行かれるので……?」
「当たり前やろ! セイカの命が懸かっとんのや! いくらあの子が強いゆうても女の子なんや……!」
 とにかく無事であってほしい。それだけでいい。
「行くでジプソぉ……! オレをおびき寄せるためにセイカを巻き込んだ奴らに“お礼”せんとなあ……! オレひとりならなんとかなる思うとるのを死ぬほど後悔させたるわ……!!」
 指定場所まで車で行くため、ジプソを伴っていざ出発しようとエレベーターに向かう途中だった。
 ポン。と、短い電子音が鳴り、鉄の扉が開いていく。すると。
「セ、セイカ!?」
「セイカさん……!」
「その様子。もしかして私を助けに行こうとしていました? したっぱさん達も私を見て驚いていましたし」
 エレベーターから出てきたセイカは数歩歩き、立ち止まる。白い帽子にロゴ入りブルゾン。見た目は普段の彼女だ。
 何事もなかったかのようにしているが、カラスバは眉を寄せ悲痛に顔を歪めると勢いに任せてセイカを抱きしめた。
「大丈夫やったか? 怪我は? 酷いことなんもされへんかったか?」
 体を少し離し、確認しながら気に掛ける。一見傷もないし、服も乱れてはいないがいきなり拉致されて心細かったはず。
 隅々にまで視線を遣るカラスバは恋人に向ける眼差しではなかった。
 まるで迷子の子どもを見つけたときのような様子にセイカは安心させるため大きく、力強く頷く。
「ただの女だと侮ってくれたので拘束もお粗末ですぐに抜け出せました。そのあとはポケモン大会を少々……」
「そうか……。オマエに怪我がなくてほんまによかった。怖い思いさせて堪忍な……!」
 セイカらしいといえばらしいが、とにかく無事に帰ってきてくれたことにカラスバは今一度深く抱きしめると、ワシャワシャとセイカの髪を撫でる。
 カラスバの頬に顔を寄せているセイカも髪を乱す男の手を受け入れるように視界を閉ざすと、自分からも甘えるように抱きしめた。
「全然平気でしたよ。逃げるついでに“お掃除”しておいたので、後の処理をお願いしますね」
「逃げるついでに……。流石やんなあセイカは。せやけどあまり無茶したらアカンで」
 本当に平気そうに言うものだから、頼もしいという感情とそれでも無茶はしてほしくないという相反する気持ちがカラスバの胸を乱す。
「ふぁああ……。眠い……」
「ロワイヤル帰りで疲れとるところにこれやもんな。上でゆっくり休みや。カラスバさんが連れてったる」
 疲労の蓄積。平気とはいえ精神的にも疲れているセイカは、カラスバの香りや頭を撫でる手に素直に睡眠欲を告げる。
 連れて行く。そう言ってカラスバはひょい、と軽々とセイカを横抱きにした。セイカとほぼ同じ身長でもそこは男性。
 衣服の下に隠れる肉体も鍛えているので、カラスバにとってセイカをお姫様抱っこするのは朝飯前。
「わ……! 重いですよっ……!」
「なに言うてるねん。軽すぎるくらいや。ええから目ぇ閉じ。眠いんやろ? 今にも目蓋が落っこちそうになってるで」
「…………」
 さすがのセイカも安心感がもたらす甘い睡魔には勝てないのか、カラスバの腕の中で静かに目を閉じるとすぐに可愛い寝息が聞こえ始める。
 すっかり大人しくなり、体を預けているセイカを見つめるカラスバの目に鋭さは皆無。愛おしいものを見るように柔和に細められ、口元には微笑み。
 彼のこの表情を引き出せるのはセイカやポケモンたちだけだ。
「ジプソ。準備しとき」
「はい。カラスバさま」
 エレベーターに乗る直前。カラスバの呟きに後ろに控えていたジプソは短く返事をする。
 セイカが掃除してきたといってもそれで終わりではない。徹底的に“お掃除”しなければ。
 ミアレからゴミがひとつなくなるまで、あと数時間。