(……?)
目を開けた瞬間、カラスバの目の前は白と丸みを帯びた柔らかさで埋まった。
──あぁ、そうだ。と、数秒遅れて彼女は理解する。
自分はセイカに膝枕をしてもらい、そのまま眠ってしまった。
仕事が立て込んでいて疲労が溜まっていたとき。
事務所にやってきたセイカに少しは休んでください! と強く言われ、終いにはジプソにも。
膝枕をしてあげますから。セイカの提案は疲れで思考能力が低下していたカラスバにとってご褒美そのもの。
誰かに膝枕をしてもらう日が来るなんてつい最近まで思いもしなかったし、想像すらできなかった。
それが可憐で、バトルは無敗の強さを誇る年下の恋人にしてもらう。それだけで疲れが吹き飛ぶ勢いだ。
(……天井が半分しか見えへん)
視界の半分を占める存在感のある膨らみ。
白いオフショルダーに隠された、たわわな果実は重そうに実っている。
(絶景……やな)
心の中で呟いた瞬間。罪悪感と感謝が同時に押し寄せる。
セイカはいわゆる巨乳である。服によっては太って見えてしまうからとタイトなものを選ぶと、当然ながら胸が強調されてしまう。
それでジロジロと見られたりすることも多く、あまり自分の胸が好きではないようだった。
しかしカラスバという大切な人ができて彼女の認識は変わった。
この胸はカラスバさんに愛されるために大きくなったのだと。
カラスバも今まで女の胸を見て特に感想を持つことはなかったが、可愛い可愛い恋人の胸は違う。
柔らかくて温かい。愛でればセイカは好ましい反応をするし、逆に甘えれば優しく包み込んでもくれる。
特に疲れているときに胸に顔をうずめ、よしよしと頭を撫でられると自分の年齢も忘れて甘えてしまう。セイカにしか見せられない姿だ。
「起きました?」
頭上から柔らかな声が聞こえ視線だけ上げると、胸越しに見える少女はこちらを覗き込んでいた。
「ああ……。いま起きたとこや……」
眼鏡をしていないために恋人の顔はぼやけてよく見えない。
歯切れの悪い言葉も寝起きだからではなかった。
言えるわけがない。幸福で視界が塞がれているなんて。今だって、つい視線は膨らみにいってしまう。
セイカはカラスバが不埒なことを考えているとは露知らずの様子で、手が艶のある髪へと伸びる。
整髪料で固められた髪型が崩れぬようにしつつ触れ、優しく撫でる。何度も。何度も。
慈しむような手つきにカラスバの心が蕩けていく。
(顔が見えへん……!)
セイカの顔が無性に見たくなったが体を起こす気にはなれず。
眼鏡は寝る際に外し、今はペンドラーたちが入るダークボールと一緒にテーブルの上。
すぐ届くやろと手探りで眼鏡を取ろうとするが、なかなか触れない。そんなに奥に置いただろうか。
「眼鏡ですか? 私が取りますよ」
カラスバを膝に乗せたまま、セイカはテーブルの上にある眼鏡に手を伸ばす。身を乗り出した、その瞬間。
──むに。
カラスバの視界が柔らかさで完全に遮られる。顔にはほのかな熱と甘い香り。ふんわりと柔らかいものが優しく押し付けられる。
(え? 待て、これは……!)
服越しでもはっきりと分かる。圧倒的存在感。そして感じる多幸感。
まるで母なる海に大の字になって揺蕩うような。包み込まれるような感覚。
脳の処理が追いつかないのは不意打ちだからか、はたまた息がしづらいせいか。
「っ!? ごめんなさい、カラスバさん! 大丈夫ですか!?」
セイカは数秒遅れて異変に気づき、慌てて体を離す。
「だいじょうぶ……大丈夫や……」
大丈夫じゃない。精神的に。
心臓は妙に速く脈打ち、全身には熱が回る。
組織のボスであるカラスバは基本甘えることをしない。威厳にも関わるし、舐められるわけにはいかないからだ。
けれどセイカだけは違う。彼女と過ごしている間はひとりの“カラスバ”という女に戻れる。
年上だとか、高圧的で冷たく怖いボスの仮面を外して甘えてもいいのだと知ったのは、セイカからの触れ合いが始まり。
恋人同士の戯れの中。セイカにいつも頑張っているからと胸に抱き寄せられ、慈しむように頭を撫でられたときの衝撃といったら。
──気を取り直し、ゆっくりとカラスバが起き上がると、セイカはくすっと笑った。
「カラスバさん、私のおっぱい……本当に好きですよね」
「……せや」
セイカの隣に座るとカラスバ隠しもせずに短く肯定した。
それでも恥ずかしいという気持ちはあるのか、その視線はセイカの顔から少しだけ逸らされている。
「セイカのやからいつでも興味津々や。今まで女の胸にこんな感想抱いたことないで。……責任取ってや」
「ふふっ。はいはい」
セイカよりも白い肌。頬にほんのりと紅を差し、ぶっきらぼうに告げる年上彼女の可愛い一面。
セイカは自然と表情を緩ませ、からかうように小さく笑うと。
「……おいで」
そう言ってセイカはカラスバを胸元へ引き寄せた。もちろんカラスバはされるがまま。
顔がふわりとぬくもりに包み込まれ、規則正しいリズムで脈打つ心臓の音がカラスバに安寧をもたらす。
とくん。とくん。とくん。
聞いているだけで体から力が抜けていく。
「ずるい子やね……」
「ずるくないです。好きな人を甘やかしてるだけ」
セイカの手がゆっくりと頭を往復する。
よしよし。彼女の言葉どおり甘やかされている現状にカラスバの思考は溶けていく。
難しいことは考えたくない。セイカに触れられて嬉しい。
彼女に母性を見出しているのか。カラスバも人の子ではあるが、親の顔など覚えていない。
甘えとは無縁の世界で生きてきたカラスバは、ひし……とさらにセイカを抱きしめる。
「なあセイカ。ワタシ、これ……好きや」
「知ってます」
即答だった。
「顔、すぐ緩むから」
「それは言わんでええ。……情けないやろ? 普段はおすまし顔しとる女が、こんな……」
「情けなくなんかありませんよ。誰だって甘えたいときはありますし、カラスバさんは頑張り屋さんですから。いっぱい私に甘えてください」
自虐するもセイカから離れることはできなかった。彼女という癒やしを知り、もう戻れない。どんなに情けなく思われようとも。
そんなカラスバにセイカは否定を交えつつ、逆にもっと甘えてほしいと深く抱きしめた。
立場上弱みを見せることはない彼女。常に気を張り続けているからこそ、こうしてふたりきりの時は肩の力を抜いてほしいのだ。
セイカは少しでもこの気持ちが伝わってほしいと、なにも言わずにただ撫で続ける。カラスバもまた、彼女の優しさに溺れていく。
昼下がりの事務所。ボスの顔に戻るのは、もう少しあと。
終
