「オマエってバトルで負けたことあるんか?」
「いきなりですね」
「実際、ミアレに来てから一度も負けたことないやろ。だから気になったんや」
「敗北……か」
サビ組事務所にて。ソファーに座りカラスバの休憩に付き合っていたセイカは言われて初めて気づく。
彼の言うようにミアレで敗北したことは一度もない。負けることは許されないという根深い教育のせいか、それとも本来の性格か。
洗脳が解けてもなお、負けることが嫌なのでポケモンの鍛錬は怠らず。そのおかげで連戦連勝を誇っている。
だがそれはミアレでの話。元いた地方では──。
「…………一度だけ」
「ん?」
「一度だけ、負けました」
「……それでも一回か。オマエを負かした相手、気になるなあ」
セイカは過去に思いを馳せるように双眸を閉じる。まだボスの娘として組織に所属していた頃。
思えばあのときに敗北しなければ、今の自分はここにはいないかもしれない。
運命の分岐点。勝つことだけが許された自分が初めて膝をつかされた日。
あのときの子は自分とほぼ同年代。まさか組織が子どもによって壊滅するなんて思いもしなかった。それほどに卓越したバトルセンス、なによりポケモンとの絆があった。
(あのときの子は男の子? 女の子?)
よく覚えていない。そもそも初めての敗北のショックで目の前が真っ暗になり、思考停止状態。ようやく我に返ってもすでに子どもの姿はなく。
セイカは程なくして警察に身柄を拘束され、保護施設に。
きっとあのときの子どもの情報は探そうとすれば簡単に出てくる。あれだけ強かったのだ。あのままポケモンリーグに挑戦してチャンピオンを打ち負かしているかもしれない。
「組織に身を置いていた──当時の私と同年代の子どもでした。男の子だったか、女の子だったか……。負けたのが信じられなくて目の前が真っ暗になってしまいましたから。あの子に負けなければ今の私はここにはいないと思います」
「そう言われるとその子に感謝せなあかんのやろな」
「……ええ。私もそう思います。こうしてカラスバさんに出会えてよかったと、今は強く思いますから」
もしもあのとき負けなければ。そもそもあの子が現れなければ。きっとカラスバとは出会えないし、なんらかのきっかけで会ったとしてもここまでの仲にはならなかっただろう。
今の自分の気持ちを考えれば本当にあの子に感謝してもし足りない。
「嬉しいこと言うてくれるやん。……ところでその子と再戦したいとは思わんの? 今のセイカなら勝てる思うで」
「再戦……。いつかは……そうですね。でも、今はこうしてあなたと過ごす方が楽しいので」
今もトレーナーをしているのだろうか。いつかは再戦したいとは思う。そして勝つ。
けれどそれ以上にセイカにとってはカラスバと過ごす時間がかけがえのないものになっていた。
「お、オマエなあ……。サラッと言うやんけ」
「カラスバさんは私といるの、嫌ですか?」
「そないなわけないやろ。オレこう見えてしつこい男なんやで? オマエが嫌やいうても追いかけるさかい」
「ええ。そうやって私を離さないでくださいね? いつまでも。ずっと」
終
