ペンドラーになってしまったカラスバの話

 突如としてペンドラーになってしまったカラスバ。原因は不明。ポケモン研究所の所長代理であるモミジにも秘密裏に調査を依頼したが進展はなし。
 ポケモンになってしまった彼は当然ながらジプソたちと意思疎通できない。そんな中でセイカだけがカラスバの言葉が分かるということで一緒に過ごすようになった。
 カラスバの言葉をサビ組の者たちに伝え、業務をこなす。最初は戸惑っていた部下たちも今ではすっかりと慣れたもので平常運転だ。
 だがカラスバは違う。いつまでポケモンのままなのか。もしやこれが一生?
 変わりたいとミアレに来たセイカをずっと自分の都合で日陰の世界に閉じ込めておくのか?
「──……なにを、考えているんです?」
「セイカ……」
 サビ組事務所。応接に使うソファーに座り、書類に目を通していたセイカは隣で神妙な顔をするカラスバに声をかける。
 最初は組の仕事の全容を見せることを渋っていたカラスバだが、彼の判断が必要な仕事もあるわけで。
 だがセイカは表に出せない内容の書類を見ても顔色ひとつ変えずに淡々とカラスバの言葉をジプソたちに伝え、今ではカラスバにこうしたらどうですか? と提案するまでになっていた。
 幼い頃から歪んだ英才教育を受けてきた賜物。引き換えに失ったものはあるけれど。
 セイカは書類をテーブルに戻してカラスバに向き合う。
 通常のXSサイズのペンドラーよりもやや小さく、色もカラスバをイメージした配色。
 パッと見は普通の色違いとも異なる希少個体。カラスバがポケモン化した姿だと言われれば納得がいく見た目だった。
「オレは人間に戻れるのか。もしずっとこないな姿やったら……オマエに迷惑かける思てな……」
 裏社会の人間であるカラスバも人の子か。原因不明のポケモン化。元に戻る方法も不明。言葉が通じる人間はセイカひとりだけ。
 弱々しく項垂れる彼を見てセイカは胸がじくじくと痛む。悲しげなあなたは見たくない。
 そもそも迷惑だなんて思っていない。確かに変わるためにミアレには来た。だがカラスバと知り合い、秘密を打ち明けてもいいと思うほどに心も許していたときにこの状況。
 カラスバには自分が必要。もしこの先、一生ポケモンのままでも支える覚悟でセイカは隣にいるのだ。
「セイカっ……!?」
 セイカにだけ見せる弱々しい姿の男をそっと……抱きしめる。カラスバの顔を肩に乗せ、硬い外皮を安心させるように撫でながら、静かな声音で語りかける。
「私があなたを一生支えますよ。あなたの大切な組も、あなたのポケモンも、全部私が守ります」
「……おおきにな。せやけどオマエをこのまま日陰モンにするわけには、」
 ここまで言っているのにまだこの人は。女の覚悟を見せているというのにどこまで……!
 セイカはムッとすると体を離し、カラスバの小さな顔を両手で包むと口に近い部分の額に顔を寄せる。
 ちゅ。と誓いの口づけはカラスバの思考を漂白するには充分で。
「未だに恋や愛の感情はよく分かりません。でもこれだけは分かります。カラスバさんが欲しい。力になりたい。そばにいたい。これが……愛と定義されるもの──なんでしょうね」
 カラスバの頭に頬を寄せ、慈しみを込めた声音で自分に言い聞かせるように呟く。
 ミアレで過ごすようになってしばらく経ったが、恋、ましてや愛がどういうものなのか理解できない。
 けれど、彼が欲しい。力になりたい。そばにいたい。
「それに変わりたいの意味は太陽の下を歩ける人間になりたい、っていうわけじゃないんです」
 変わったとしても過去の罪は消えない。一生付き纏う。それを抱えながらも陽の光の下を歩くか、日陰に潜み生きるか。
 今までは命令されるばかりで自分の意思で歩いたことはない。生まれたときからレールが敷かれ、その上を無感情に走ってきただけ。
 自分の意思で決め、向かった先になにが待っていようとも後悔はしない。
「私は私の意思で歩く。その先が日陰だとしても」
 真剣な表情で、自分のことを欲する言葉を連ねられたカラスバは気絶してしまいそうなくらいの衝撃を受けていた。
 セイカの好意には気づいていたが、日陰者の大人だからこそ色々と考えてしまって一歩を踏み出すことが出来ずにいた。それだというのにこの少女は。
 ポケモンになってしまった今、言葉を交わせるのはセイカのみ。並々ならぬ感情を抱いていたのに加えてのこの状況。彼女からの言葉。そんなことを言われたら……。
「……後悔してももう遅いで。逃さへん。セイカ……!」
 傷をつけないように気をつけながら短い爪でセイカを抱きかかえ、低く鳴く。
 手を伸ばし続けていた人物の覚悟を見せられたのだ。もうなにも迷わない。この先彼女が離れたいと言っても逃さない。
「望むところです」
 フッ、と勝ち誇ったように笑うセイカもカラスバを抱きしめる。
 寄り添いあう体温と、静かな鼓動。
 人とポケモンという境界さえ、もうどうでもよかった。