ドキドキ♡サマーデイズ!

 星の世界にも季節の巡りがあり、今は夏の季節。今年の夏は例年よりかも観測気温が高く、日中の日差しも星の民といえど対策をしなければ体調を崩してしまうほどだ。
 そして夏を心から憎む男がひとり。ここは研究所。所長を務めるルシファーは執務室で小休憩という名の読書をしていた。上等な素材で作られたソファーはふたり並んで座ってもまだスペースがあり、そのど真ん中に彼は座っている。
 さらに膝の上には金髪の少女の姿が。彼女はジータ。ルシファーの造った最初の星晶獣。
 彼女には不具合ではあるものの体温調節機能があり、夏は冷たく、冬は体温を上げて主が快適に過ごせるように努めていた。
 一応他の研究員が作った冷たい空気を吐き出す冷却装置があるものの、ルシファーは不細工だといって使おうとしないし、己の気に入るデザインの装置を新たに作ることもしない。それはすでにジータという存在があるから。
 装置のように大きくなく、自分の意思で移動可能。なによりルシファー自身が設計したため、見た目もいい。
 今日もジータは自らの体温を下げて彼のそばにいることで快適さを提供していたのだが、本日の暑さはいつもより酷く、ついにルシファーは密着することで直接の冷たさを感じることにした。
 膝に乗せたジータの肩口から顔を覗かせ、彼女の胸元近くに本を広げた状態で黙って読み進める。この体勢ですでに数十分経過し、未だ解放される兆しはない。
 ジータはせっかく本が見えるのだから自分も文字列に集中しようとするも、間近に感じる彼の存在に熱暴走を起こしてしまうのではないか、と思うほどにコアが発熱していた。
 人間でいえば心臓が激しく脈打って痛いというところか。だって仕方がないじゃないか。世界で一番大好きな人に後ろから抱きしめられて、しかも彼のひんやりとした清潔な香りにも包まれて。
 獣でもジータは人間、特に空の民のように感情豊か。内側を駆け巡る熱が体温に影響を与えぬよう、我慢するので精一杯。
(ドキドキしちゃうけど、同時にすごく安心する……)
 彼の現在の行動には快適さを求める以外の理由はないものの、ジータからすれば好きな人の腕の中というのは彼への愛を募らせるのと同時に安心感があった。
 なにか嫌なことがあっても忘れられる。まるでフカフカのタオルケットにすっぽりと包まれているような。その安寧は彼女の心身に作用し、まぶたが自然と重くなっていく。
 起きていないといけないのに、眠気が強くて目を開けていられない。閉じては開け、閉じては開けの攻防を続け、やがて意識は途切れた。

   ***

「服を脱げ」
 昼間の穏やかな時間は過ぎていき、就寝時間。ルシファーの私室の隣にジータの部屋があるものの、夏は彼のベッドで一緒に眠るのが常となり、寝巻きに着替えたジータが閨に入ったときだった。
 こちらを向いたルシファーが無表情で淡々と言い、ジータは自分の耳を疑う。聞き間違いだろうか? いいや、彼に設計された聴覚は至って正常。つまり、これは実際の彼の発言。
「い、いきなりなに言うの!? って、ルシファー、なんで上脱ぐの!?」
「……? なにを恥じている。風呂や発情時には自分から、もごっ」
(え、もしかして誘ってる? ……ううん。彼の方からは考えづらいし、十中八九暑いからだよね……)
 デリカシーの欠片もない発言を手のひらで押さえつけながら理由を考えるも、彼の性格からして自分から誘うとは思えない。なのでもうひとつ浮かんだ案が理由だろう。
 昼間よりかは気温は下がったが、湿度が高めの熱帯夜。執務室での読書のときと同じく、今度は抱き枕にして眠ろうという魂胆。
「分かった、分かったから……」
 ジト目で睨んでくる彼に小さな笑みが自然とこぼれる。ジータはしょうがないなと困った笑みを浮かべながら衣服のボタンに手をかけるが──指の動きはすぐに止まった。
 ここまで我儘を聞いてあげているのだ。少しくらい彼にもなにかしてほしい。かといって特別してほしいこともなし。もう寝るだけなのだ。
 あぁ、そうだ。これを頼めばいいのだと、ジータの笑みは悪戯を思いついた小悪魔へと変わる。
「ルシファーが脱がしてよ」
 はい、どうぞ。そう言わんばかりに両腕を広げてアピールする。これならば彼の目的も叶えられるし、自分だって少し嬉しい。胡乱げな目を向けても駄目だ。ここは譲れない。
 ルシファーは数秒逡巡したが、結果的に自分がやった方が効率がいいと判断したのか、大きなため息をつきながらも両手を伸ばしてくる。
 ジータの服装は上下ともに長袖。触り心地を重視しつつも、夏向けにさらりとした素材をしている。彼女は星晶獣なのでたとえ冬服でも問題ないのだが、全ては隣に寝るルシファーのために。
 一つひとつ外す彼の表情や手つきからは“無”しかないが、ボタンに視線を向けているために伏せ目がちになり、豊かなまつ毛に囲まれた青星の輝きに黄星は釘付けになる。
 どうしてこんなにも彼は美しいのか。時に女性に見えるときもある端正な顔。天才と称される頭脳。ジータからすれば完璧ながらも、彼はどこか本能的欠乏感を抱えていることを日々の様子で知ってはいた。
 自分がなにかをしてその感情を埋めてあげることはできないかもしれないが、せめて彼の役に、彼のそばにいたい。
 愛している。心の底から。どうしてこんなにも彼が愛おしいのか。造物主だから、なんて陳腐な理由では納得できない。
 熱に浮かされた眼差しで彼を見つめているのに夢中で、ようやくルシファーの手が離れたあとに自分の姿を視認してジータは慌てて両腕で胸を隠す。
 なんと上だけでなく、インナーまで脱がされていたのだ。相手も半裸なのだから当たり前と言われたら反論できないが……。入浴時や“そういうコト”をする際は特に恥ずかしくはないのだが、妙に彼のことを意識してしまっている今は羞恥心が宿る。
「いまさら生娘ぶるな。……消すぞ」
 呆れたように言いながらルシファーはナイトテーブルに置かれた照明のスイッチを切り、辺りは闇に包まれる。獣であるジータには暗さは関係ないが、ご主人様が寝ると言っているのだ。従う他あるまい。
「わ……!」
 なかなか横にならないジータに痺れを切らしたルシファーの腕が彼女を引きずりこむ。
(…………ぁ、ルシファーの心臓、どくん、どくん、ってしてる……)
 マットレスの柔らかさと顔に当たる硬い感触。皮膚の奥、骨に守られた心臓から聞こえる鼓動は彼が生きているという証明。
 一定の速度で聞こえる心音はなかなかどうして。ずっと聞いていたくなるほど。彼の生きている音を聞いたのはこれが初めてではないものの、何度耳にしても同じ感想を抱く。星晶獣とはまた違った命の煌めき。彼のだからこそ特別な気持ちが湧き上がる。
 背中に回されている片腕は細いながらも男の腕で。抑えきれない喜悦を彼から見えないからと素直にかんばせに出しながら、ジータは自らもルシファーの背を抱く。さらに密着し、聞こえる心音も大きくなった。
 昼寝をしたのでまだ眠気は遠いものの、しばらくはこの音を聞かせてもらおう。そうすればそのうち、眠気がくるはず。正直にいえばコアの出力を下げて今すぐにでも眠ることは可能なのだが、自然に任せたかった。
 当のルシファーはもう眠ったようだ。息遣いから察し、ちらりと顔を上げれば鋭く冷たい瞳は閉じられ、どこかあどけなさが残る寝顔があった。
 綺麗で、格好よくて、可愛い人。彼自身も知らない無防備な可憐さを知っているのはおそらく自分だけ。優越感から満足げに口の両端を頬の筋肉を使って持ち上げると、起こさないように注意を払いながら顔を元の位置へ。
 彼の白くて平らな胸の中心へと近づくと、ジータは再び命の音に耳を傾けた。