この愛は私だけのもの

「お待たせ、ルシファー」
「遅い。早くしろ」
「うん。ごめんね」
 ひんやりとした空気が満ちるルシファーの寝室。研究所がある星の世界にも季節というものがあり、今は冬。外は朝から雪が降り続けており、明日の朝になってやんでいるかどうか。どちらにしろ分厚く降り積もっていることは確実だ。
 大きなベッドの上。上質な枕に頭と背を預けながら、ナイトテーブルに置かれている照明の落ち着いたオレンジ色の明かりの横で読書をしているルシファーは部屋に入ってきた金髪の少女──彼が初めて造った星晶獣であり、プロトタイプに位置する存在。研究・実験の補佐や生活面においての世話役を担っているジータに遅いと平坦に言うも、その目は文字の羅列に向けられたまま。
 夏やそこまで寒くない日は黒のインナー姿で寝るルシファーだが、今の彼は暖かな作りの寝衣に身を包んでいる。星の民といっても彼は人間なのだ。つまりは寒い。
 反対にジータは上下ともに長袖ではあるが、ルシファーの服よりかは薄い。暖かさより触り心地を重視した服。
 それは彼女の閨での役目のため。ジータはルシファーの小言には慣れているので軽く謝罪すると、いそいそとベッドに潜り込む。密かに想いを寄せる主の透き通るような香りがいっぱいに広がるふわふわのベッドは横になるだけで安心感に包まれ、ジータを癒やす。
「そろそろ寝たほうがいいよ。明日も朝はやくから会議があるし」
「ああ」
 ジータが声をかけるも彼は生返事。底なしの知識欲は彼が星の民の中では異端児である証拠。
 これもいつものことなのでジータは読書の邪魔にならぬように口を閉ざし、目を閉じて自らの体温をルシファーが好む温度まで上げる。
 ──そう。彼女のこの場での役割は“湯たんぽ”代わりである。星晶獣である彼女にとって体温を操作することなど容易いことなので、ルシファーが快適に眠れるように同衾しているのだ。服が肌触り重視なのも彼が触れたときに少しでも心地よく思ってほしいから。
(明日の朝は体の温まる料理を作ろっと)
 目を閉じてルシファーの意識が睡魔にいざなわれるのを待ちながら考えるのは朝食の献立。明日も冷え込むだろうから体の芯から温まる料理を奮おうとジータの脳内には様々な料理のレシピが浮かんでは消えていく。
 色々考えていると気配からルシファーが寝落ちしたのを感じ取り、目を開けて確認すれば思ったとおり本を開いたまま、すやすやと夢の世界へと飛び立っていた。
 ジータはルシファーを起こさないようにしつつ起き上がると、主の寝顔に優しい微笑みを浮かべる。起きているときは凍てつくような鋭さを放つ美しい青い目は威圧感があるも、双眸が閉じられている今はどこか幼さを感じて母性に似た感情が揺さぶられる。
 造られた命ながらもジータは感情豊かであり、それは星の民よりかも空の民に似ているのだ。
 本を慎重に彼から離すと、ナイトテーブルに置き、その手で明かりを消せば辺りは真っ暗闇に包まれる。それでも星の獣であるジータには昼間と同じようにハッキリと見えるが。
(おやすみなさい。ルシファー)
 心の中で呟くとジータはルシファーに密着し、片手を彼の体に回すとさらに距離を縮める。本音を言えば抱きしめたいところだが、さすがに彼を起こしてしまうので妄想の範囲に留めておく。
(ねえルシファー、私のこの気持ちはあなたが私を造った人だから? ……ううん。あなたへの愛は私の自由意思。誰にも──ルシファー、あなたでさえも定めることができない大切な気持ち。……あなたのことを守りたい。力になりたい。届かない、愛……だけど)
 いつからだろう。彼に対して愛を自覚したのは。当時のジータはどうしてもこの感情が分からず、資料室に置いてある本を片っ端から読むことでこれが愛というのを理解した。
 理解して、これが届かぬ愛だというのも分かった。けれどジータとしては彼のそばにいることを許されていること、彼に尽くせるだけでいいと、それ以上は望まなかった。
(ルシファー、あなたが好き)
 愛しい人の寝顔を記憶に刻むと、ジータも眠りの世界に旅立つ──。