夏が嫌いなファーさんと夏が好きなジータちゃんの話

 星の世界にある研究所。季節は夏の気配が近づいてきており、日によっては暑いと感じるくらいだ。それでも空の世界にあるアウギュステよりかはマシか。
 研究所の所長であるルシファーによって造られた星晶獣ジータは休憩にと、冷たい飲み物と手作りのミルクアイスをトレイにのせて執務室を訪れた。
 大きめなデスクに乱雑に広げられている書類。暑いのか気だるげな表情で手に持っている紙を読んでいるルシファーの姿にジータは困ったように笑む。
 所長という役職ゆえに書類を捌かなければならないのだが、彼は事務仕事をするよりかも研究をしていたいと常々考えている。実際のところジータに代わりに書類の確認、彼女の判断でも問題ない内容はそのまま処理させたりしているが、今はおやつの用意のためにルシファー本人にやらせていた。
 本来ならば彼がやるのが当たり前の仕事なのだが、普段はジータがやっているので不服のようだ。書類とにらめっこをしていた目がジータの姿をジトリと這うのを彼女はいつものようにスルーすると、応接用にと設置されているローテーブルに持ってきたおやつを配膳する。
「今日はいつもより暑いね〜。はい、冷たい飲み物とアイス持ってきたよ。一緒に食べよう?」
 氷がたっぷり入ったカラフェの中にはレモンのスライスとハーブが入っており、さっぱりとしたフレーバーウォーターをガラスのコップに注げば容器の中の氷が涼やかな音
を立てた。聞いているだけで暑さが少し引いていくようだ。
 ふたり分の配膳を終えたところでルシファーがやって来た。無言でソファーに腰掛け、ジータも隣に座ると彼が涼しいと感じる温度まで体温を調節する。当たり前になっているこの行動も始まりはいつだったか。
 ジータが造られてしばらくの月日が流れ、ルシファーのサポートも慣れてきた頃。連日のように暑い日が続いていた。このときはまだ別々の部屋で眠っており、ジータは最近彼の調子が悪いことが気になっていたため、十分な睡眠をとれているのかの確認として深夜に彼の寝室を訪れれば寝苦しそうにしていた。
 彼の口から直接聞いたわけではないが、暑いのが苦手なのは明白。睡眠をしっかりとれないのだ。調子が悪いのも頷ける。
 彼の許しを得ずに……とは思ったものの、彼のためを思うと体が勝手に動いていた。起こさないようにそっと、ベッドに潜り込むとルシファーのそばに横になり、できるかな? と思いながらも体温を下げてみる。するとジータの体温はイメージどおりに下がっていった。本人もこんな機能があったんだ〜! と内心驚きながらも、なにごともやってみるのが大切だとしみじみ。
 ルシファーの眉間に寄っていた皺も徐々に薄くなり、最後はどこかあどけなさを感じる寝顔へと変わった。
 自分の隠れた機能に気づいた翌日からさっそくジータは体温を下げてルシファーを起こすと、目覚めた彼は彼女の顔をしばらく見つめた。未だ眠気まなこのアイスブルーに見つめられると、どうしようもなくコアが脈打つ。当時の彼女はまだこの感情がどういったものなのか理解していなかったので、ルシファーのことを愛しているという自覚はない。
「え、えっと……おはよう、ルシファー! 朝ご飯の支度、できてるよっ!」
「……お前、体温の調節ができるのか」
「う、うん。できる、みたい」
「そういった機能をつけた覚えはないが……。……お前は俺が初めて造った星晶獣。不具合が生じる可能性は考えていたが、有用ならいい」
「?」
「ジータ。俺のそばにいろ、いっときも離れるな」
「っ……!」
 いつの間にか覚醒していた鋭い青に見つめられ、ドスの利いた低い声に命令されてジータのコアが先ほどよりかも激しく鼓動する。
 彼に求められて嬉しい。ジータの全身が歓喜の感情で満ち、至上の幸福感に体が蕩けていくようだ。
「この忌々しい夏が終わるまで」
 心の底から思っているのかルシファーの美しい顔は憎々しさで歪み、その声はデスボイス。ジータはあまりの迫力に苦笑いしつつも、気温が安定するまでルシファーのそばを離れることはしなかった。もちろん寝るときもだ。
 これが現在になっても続いている不思議な関係。彼の技術ならばジータがおらずとも気温をコントロールする装置などを作れるはずなのだが、なぜか彼はそういったことをせず。
 他の星の民が冷気を発する装置を作っても見た目が不細工だ、などと言って使わない。もちろん彼の技量があれば見た目を洗練したものを作れるが、作らない。ジータがいるのだから必要ないのだ。
 自らの意思を持ち、自立移動可能。スマートで見た目もよく、戦闘でも申し分のない強さを誇る──自らの造った最初の獣なのだから。

   ***

「そろそろ本格的な夏だね〜」
 ひとときの想起を終えるとジータは目線の先に設置されている窓から外の様子を見て呟く。洗濯物がよく乾く日差し、夏の薫りを感じる爽やかな風が木々を揺らしている様は見ていてなかなかに気持ちがいい。しかし隣で黙々とアイスをスプーンで掬って食べている男は、
「夏なぞ不要だ」
「はいはい。もう、本当に夏が嫌いなんだから。ふふっ。私は好きだけどなー」
「理解できんな」
 本当に夏が嫌いらしく、不要と吐き捨てる。そんな彼と違ってジータは夏が好きと微笑む。その視線の先には理由となっているルシファーが映っていた。
 合法的に彼と一日中くっつける、という単純なものだがジータにとっては最大の理由となる。木々をそよぐ夏の爽やかさも好きだが、やはり一番は彼なのだ。
 ジータは一層えくぼを深めると、涼やかなドリンクをひと口。コップの中で氷が揺れ、からんからんと気持ちのいい音が鳴り、すっきりとした味が口の中に広がる。
 今年もまた、彼との夏が始まる──。