シャル・ウィ・ダンス?

「こんな時間に部屋を抜け出してナニをしているんだい?」
「ッ!? び、びっくりしたぁ……。気配を消して抱きつかないの」
 深夜のできごと。起きている者より眠っている者の方が多い時間。空に黒いインクを流したかのように暗い時間にジータはひとり研究所の屋上にいた。
 欄干に腕を置いて空を仰ぎ見ていると、背後から気配もなく近づき抱きついてきた人物にジータは体を硬直させたが、気を許す相手だったことに体から力が抜けていく。
 ──ベリアル。狡知を司り、天司長副官として稼働している彼はジータにとって特別な存在。親であるルシファーに向ける愛とはまた違ったベクトルの愛を向ける唯一の人物。
 ジータは後頭部に当たるベリアルの厚い胸板の感触や彼の体温の心地よさに表情を崩してその身を委ねると、より深く抱かれた。
「で、お母さまは夜更けに一人でなにを?」
「特別な理由はないよ? ただ──星がとても綺麗だったから」
 そう口にして、ジータは顔を上げる。母性や慈しみが宿る優しい瞳に映るのは満天の星空。天司の羽を以ってしても届くことのない空の彼方からの輝きは見入ってしまうほど。
 触れることは叶わないと分かっている。それでも手を伸ばすと上から大人の男の手が重ねられ、握られる。繋がれた手を取られ、その場で一回転。ベリアルと向き合う形になった。
 副官の純白の制服に身を包み、星々を背負う秀麗の男は童話の王子様そのもの。明るい時間に見る彼とはまた違った魅力がある。
 月の光を受けて煌めく真紅の瞳は、なんて美しいのだろうか。
 何度も何度も見ているというのにコアが発熱し、脈打つ。まるで生娘みたいな自分を思い、ジータは口元を柔らかく崩すとベリアルの体に片手を回した。
「ベリアルって踊れたっけ?」
「もちろん。キミは?」
「うふふっ。お父さまの同伴で何度もパーティーには行っているから」
 言い終わるや否や二人はゆったりと動き出す。ベリアルの動きに合わせてジータも揺れ、星空の下でまた一つ大切な思い出を記憶する。
 願わくば、この安寧が永遠に続きますように。
 だがそれはルシファーの願いと相反するもの。ジータはベリアルの胸に顔を寄せながら、せめて今だけは全て忘れようと目を閉じた。