ファーさんの被造物ジータちゃんの耳が弱いことに気づいたベリアルの話

「うひゃぁっ!?」
「くくくくっ……色気のねぇ声」
「っ〜〜! いきなり耳に息を吹きかけるなんて反則っ……! というか、いつ部屋に入ってきたの。ベリアル」
「今さっき。ちゃんとノックはしたぜ?」
 ジータの自室に彼女の小さな悲鳴が響く。窓辺に立ち、外の景色を見ていた彼女は耳に与えられた小風に飛び上がり、吹きかけられた方の耳を抑えながら振り返った。
 頬を赤くさせ、白い軍服を着た犯人を上目遣いで睨むものの、相手はノーダメージ。
「ふむ……」
「えと、ベリアル……?」
 顎に手を当て、ニヤニヤしながらわざとらしい動きで近づいてきたベリアルに対して、ジータは嫌な予感がして一歩下がる。すると彼は一歩前へ。ジータもそれに合わせて後退。
 そうしているといつの間にか壁際まで追い詰められてしまった。もう逃げられない。壁にぴったりと背を預けるジータをベリアルは両腕に閉じ込め、覆い被さった。俗に言う“壁ドン”。
 背丈の高い美青年にこんなことをされたら老若男女誰でも堕ちてしまうだろうが、ジータはそれ以上に焦りを感じていた。
 いったい彼はなにをしようとしているのか。流れ的にそういうコト関連だとは分かるが、こんな真昼間から盛るのはさすがに避けたい。
(それにしても顔がいい……)
 視界いっぱいに広がる絶世の美男子。ルシファーがルシフェルにかけたのと同じくらい長い時間を費やし、生まれた存在はなにもかもが完璧。ベリアルはルシフェルのことを“黄金比”を例えるが、ジータはあなたこそ、と密かに思っていたりもした。
 水面に血液を一滴垂らしたような双眸が少しずつ近づいてくるのを熱に浮かされた瞳でぼんやりと見つめ、顔の距離がなくなるに連れて自然とジータの瞼は下がっていく。
 だが、ベリアルから与えられたのはジータが想像しているものではなかった。
 ちゅっ。
「ッ!?」
 リップ音が耳元で聞こえ、ジータは体を跳ねさせるのと同時に開眼する。彼女の妄想の中ではベリアルの顔は目と鼻の先にあり、唇同士が触れていたのだが、現在彼の顔はジータの頬にくっつけるように真横にあった。
「ハァ……」
「っ、は……!」
 弱点である耳に生温かい息と声を直接吹き込まれれば、体が反応してしまうのは必至。少し気を緩めてしまえば床に膝から崩れてしまいそうだ。
 これがベリアル以外の不埒者ならば抵抗するのだが、ベリアルだからこそ心が受け入れてしまう。
 頭ではこんな時間から駄目だと訴える声と、受け入れれば彼も喜ぶわよ、と誘惑の声がせめぎ合う。
 細い足場の上を歩いているかの如くグラグラと揺れる精神。ジータが判断を迷っている間にも、ベリアルの耳責めは続く。
「んぁ、や、だめ、ダメだってばぁ……!」
 濡れた舌が耳の窪みを丁寧になぞり、穴へと侵入してきた。ぐぢゅり、と水の音がダイレクトに伝わり、その恥ずかしさにギュッと目を閉じてベリアルの肩を押すも、力が入っていない。
 そもそもジータは星晶獣であり、その気になれば体を離す程度のことはできるのだ。それができない辺り、彼女の心がどちらに傾いているかは明白。
 耳から伝わる甘美な電流はジータの全身を駆け巡り、愛らしい震えとして表に現れる。ベリアルも彼女の反応に思うところがあるのか、時折混ざる吐息の熱と艶が増していく。
「脚をすり合わせてもどかしそうだね。ナニが欲しい?」
「やっ、ほんとうに耳、弱いからぁ……! ひぅぅ!? 指でこねないでぇ……!」
 脳に直接響く低い声に加えて反対側の耳を指で触れられ、ジータはベリアルの腕の中で身をよじらせる。耳以外触られていないのに気持ちよすぎておかしくなってしまいそうだと。
 ベリアルによって性を知らぬ乙女から一人の女へと開花させられたジータは、現在進行系で新たな性感帯を開発されて溺れそうになっていた。
(ベリ、アル……)
 胸や秘部への愛撫によって感じる快感とはまた別の快楽は、ベリアルに身を委ねるか迷っていたジータをついに陥落させ、その両腕で彼の背を抱こうとしたとき。
「ん? あー……この気配はミカちゃんか。ごめんよジータ。行かないと」
「ぁ、え……」
 部屋に広がる規則正しいノック音。それは淫らな行為を中断させるには十分。ベリアルは扉の向こうにいる人物を思い、残念そうに口にするも、全くそういうふうに思えないのは彼が狡知の獣だからか。
 ジータもまさかここで終わり? と生殺し状態である。
「この続きはまた後で。フフッ。それにしても本当に耳が弱いんだねぇ? 耳しか触れていないのにトロトロの顔してるぜ?」
 去り際に唇に軽いキスを落とし、ベリアルは今の今まで卑猥な行為をしていたとは思えないほどに優雅な立ち振る舞いで出て行ってしまった。
 呆然としながらその様子を見ていたジータは部屋に一人になるとずるずると崩れ、床にへたり込んでしまう。汗ばんだ額からは一縷いちるの汗が流れ、紅潮したその顔は誰が見ても情事を思わせ、見た目の幼さからは想像できないほどに色気が溢れていた。
(これっ……どうするのよ〜〜っ!)
 スカートの上から股間部分を掴めば、濡れた布と皮膚が擦れて独特の感覚が広がる。ベリアルによってすっかりその気になっていたのにお預けされたジータは、夜まで悶々とした気持ちを抱えたまま過ごすことに。
 その日の夜は我慢させられた分、濃密なものになったのは──言うまでもない。